All Chapters of Pale Moon〜虚無の悪魔と蒼月の女神〜: Chapter 41 - Chapter 44

44 Chapters

Nox.XI『狂皇の眷属』III

女神の流した涙より生まれたとされる海は、すべての生物の命の源だ。 同時に海は、罪人には最期に赦しの機会を与えるとも神話では伝えられていた。 海の底に人は身体を捨てることで真の意味での自由を手にすると。 そして〝魂〟となりて神々の御座す|天界《カエルム》へと還る。 王国を代表する美術館にも、この伝承をもとにした名画が多数所蔵されていた。 〝『入水するアンリとマルグリット』『現世からの解放』『罪なき子への慈悲』〟 だが、伝承には必ず負の側面が存在し、それは決して美しいものではない。 女神の管理する秩序から外れて〝進歩〟の道を歩み出した人類の魂は、俗世の中で穢れていった。 自分の罪を背負いきれなくなった罪人たちは、最後の希望を求めて海の中へとその身を沈めた。 彼らを受け入れ続けた海は、本来あったとされる輝きを失ったという。 本来の海は|蒼玉《サファイア》のように青い輝きを放ち、その美しさは今の人類が見る海からは想像できぬほどに神聖で特別な場所だったとされている。 『|慈愛と慟哭より創造されし蒼き抹消世界《カエルレウス・オルビス・ルクトゥオース》』 神話の時代に存在した宝石そのものと見紛うほどに輝く海を天空へと再現して、女神の慈悲が込められた涙を雨として降らす。 レイフの目前では、こちらへと進撃してきていた騎士たちが満ち足りた表情で寝息を立てている。 この雨は魔術の発動者へと敵意を向ける者を、|醒《さ》めることのない安らぎの世界へと連れ去る。 今の魔術で騎士団は全勢力の三分の一近くを失っただろう。 だが、クロヴィスの顔からは涼しげな笑みが消えていなかった。 剣を持たない左手を顎へと当てて、思案を巡らす素振りを見せる。 「いやぁ、お見事! これはしてやられたねぇ。さて、ここからどう――」 クロヴィスの表情が一瞬、硬直した。 次の瞬間、|紫色《ししょく》の閃光が宙を一直線に駆け抜け、それはクロヴィスを目掛けて、神速の勢いで襲いかかる。 「おっと――!?」 宙を駆け抜けた閃光が、即座に体を横へとズラしたクロヴィスの右頬をかすめた。 滴り落ちる血を左手で|掬《すく》いあげると彼は、獰猛さを感じさせる笑みを浮かべる。 即座に二射目、三射目の閃光が宙を駆けた――。 「ぐぁっ!!」 「
last updateLast Updated : 2025-09-11
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Nox.XII『受け継がれる想い』I

 ◆◇◆◇  前線ではエマニュエルが率いる部隊が、騎士たちと激しく切り結んでいた。 その数に最早ほとんど差はなく、戦い慣れした死神たちに優位に戦況は進んでいた。 |細剣《レイピア》を構えるエマニュエルの身体が、|紫色《ししょく》の光に包まれて消えた。  いや、消えたのではない――。  閃光そのものと化した彼は、瞬く間に前方に立つ男性騎士の前に移動し、その胸を貫いていた。 ぐったりと身体を折る騎士の顔に一瞥を送った|後《のち》、即座に彼は細剣を引き抜き、新たに迫っていた騎士の目前に移動し、その首を突き刺した。 次の瞬間――後方から迫る気配を感じ取り、振り向けば大斧を振り上げた金髪の女性騎士が、勇ましい雄叫びをあげながら宙より迫っていた。 風を受けて|金色《こんじき》の髪が、獅子の立髪のように揺れる。  勢い良く振り下ろされる大斧の風圧が、エマニュエルを頭上から圧迫してゆく。  襲い来る圧に歯を食いしばり、回避行動に移ろうとすると、それを待たずに〝蒼炎〟が女性の首へと喰らいついた――。  わずかに、くぐもった声が響く。 次の瞬間にはエマニュエルの視線の先に、身体を震わせながら地面に倒れる女性騎士の姿があった。「うぅっ……」 か細い声と、モノを〝咀嚼〟する醜怪な音が響き渡る。 獰猛な唸り声をあげる|黒狼《べオルグ》が、口元から|薔薇《バラ》の|花弁《かべん》を、すり潰したような鮮やかで淫猥な|色彩《いろ》を纏う雫を垂らしていた。 ――やはり、ウルバノヴァ様の鬼才は戦場において圧倒的だな。 視線を周囲へと向ければ、黒狼の群れが前線へと介入し、その牙と爪でひとり、またひとりと騎士たちの命を刈り取っていた。「――カルロス、グィネヴィア!!」 エマニュエルの声に反応し、少人数の|部隊《チーム》を率いて騎士たちを迎撃していたカルロスたちが視線をこちらへと向ける。「君たちは、ウルバノヴァ様の護衛に向かってほしい! ウルバノヴァ様が、やられれば形成は一気に逆転する。それに……なにか嫌な予感がするんだ」「了解だ!」「……このように順調な時こそ、背後には気をつけなければいけませんね」 エマニュエルの言葉に、二人は即座にヴィオレタのもとへと踵を返した。 多くを伝えずとも、こちらの意図を汲み取ってくれる頼りになる仲間に感謝しつつ、
last updateLast Updated : 2025-09-12
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Nox.XII『受け継がれる想い』II

  天よりクロヴィスの背へと降り立った竜は、首をゆっくりと動かすと、その場に存在する全てを|睥睨《へいげい》した。 爬虫類のような金色の瞳を向けられた者は、例に漏れることなく身体を震わせ、言葉すらも発することができずにその場にへたり込む。 ヴィオレタによって召喚された冥府の眷属達さえも、この竜の前には萎縮してしまっている。 唯一、漆黒の鱗を身体に纏う大蛇――ハイドヴェルズだけが、ヴィオレタを庇うような位置に立ち、上空で巨体を鞭のようにしならせる竜を睨みつけていた。 ――『こうして呼び出されるのは、いつぶりか――。いや、これも所詮は〝紛い物〟の記憶か……』 |大蛇《ハイドヴェルズ》の視線を意にも介さず、竜は厳かな声音で独白を始める。 竜が視線を下げれば、そこには悠然と宙に立つ、クロヴィスの姿があった。「そのとおりだ。君は、かつて女神が産み落として使役したとされる竜の|一柱《ひとはしら》。それを受け継がれてきた記述をもとに僕が再現しただけの存在だ」『くくく、紛い物の神族と、死神という存在の枠は出ようとも神にはまだ届かぬ〝半端者〟か――』「あぁ、そうだよ。だからこそ、|愉《たの》しいんじゃないか。そんな僕たちが、神々が創造された、この不完全で美しい世界を壊そうと言うんだ」 両手で自らの身体を抱きしめ、恍惚とした表情でそう語るクロヴィスに、竜は呆れたような嘆息を漏らす。『|汝《なんじ》は、この世界を〝美しい〟と評するか……』「あぁ、間違いなく美しいよ。誰もが、心の内側に〝欲望〟を〝狂気〟を〝劣情〟を抱えて生きているのに、自分を正常だと思い込みたがっている。そして教義と信仰、他者にすがることで正しく生きようと、必死にもがいているんだ。あの|歯車《システム》であろうとする女神が生み出した箱庭とは、とても思えない。実に醜悪で滑稽――だからこそ美しいんだ」『その〝神〟に至ろうとする者にしては、実に俗物的な思考だ。美しいと思うならば、汝は何故それを壊そうとする?』「ふふふ、僕はね……花をただ植えただけでは満足できないんだ。その中に飛び込んで匂いを嗅いで、じっくりと愛でて、そして自分の気分で摘み取る。〝法〟という仕組みがあるからやらないだけで、縛るものさえなければ、本当はすべての人々はそう生きてるんじゃないかな。そうだ、僕が神様になったら真の意味で〝自
last updateLast Updated : 2025-09-13
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Nox.XII『受け継がれる想い』III

 少女は桃色の長髪を左右の高い位置でまとめ、|二本の尻尾《ツインテール》のように肩で垂らす。 愛らしい外見と対照的に、その|金糸雀色《かなりあいろ》の挑戦的な瞳は蠱惑的で、どこか世慣れした雰囲気を漂わせている。――「おいおい、なんだ結局失敗しちまったのか。キャンディッド」 快活な声が響いたかと思うと、少女の背に濡羽色の長髪を腰まで伸ばした理知的な顔立ちの死神が立っていた。  だが、その容姿もまた徐々に変貌してゆく――。「貴方は――!?」 真っ先に驚愕の声音を上げたのは他ならぬヴィオレタだ。「よっ! ヴィオレタ、昨日ぶりだな」 |燕尾服《テイルコート》だけを残し、そこには先ほどまでとは別人の|精悍《せいかん》な顔立ちの男性が居た。 朝日に煌々と輝く手櫛で整えただけのような黄褐色の髪、その内面を映したように意志の強そうな|黄赤色《クロムオレンジ》の瞳が特徴的な男――ルーカス・クラインだ。「っ……」  彼の登場にヴィオレタは続く言葉を発することもできず、露骨に動揺した様子を見せる。 「どうした? 俺を、あの世に送る覚悟はまだできてねぇのか?」 その様子にルーカスは、挑戦的に獰猛な笑みを浮かべる。「ねぇ、あんな女、さっさと殺しちゃおうよ? それで……私と気持ち良いことしよ、ね?」 背伸びしてルーカスの腕に抱きついたキャンディッドと呼ばれた少女が、艶かしい声音で誘う。「おい、俺は|子供《ロリ》に興味は、ねぇって言ったはずだぞ」「むぅ! これはあくまで入れ物の仮の姿だし! そんなに綺麗なお姉さんが良いなら、ほら」  キャンディッドが指を弾くと、その姿が一瞬にしてヴィオレタとよく似た容姿の女性へと変貌した。「うわ! やめろ! その姿で抱きつくな!!」「えぇ〜、何よ、もう!!」 ルーカスに振り払われたキャンディッドが、露骨に不満げな表情で、もとの姿へと戻る。 自身の姿を変えて死神に紛れていたのは彼女の能力、そして風に乗って忍び寄ったのは昨日見せたルーカスの力だろう。 一度、嘆息した後に身なりを正したルーカスが、再びヴィオレタへと視線を向ける。「さて、んじゃまぁ始めるか。お前とやるのは久々だな。ヴィオレタ――」 にんまりと不敵な笑みを口元に浮かべたルーカス。  次の瞬間、その両手に握り手の付いた棍棒――〝|旋棍《トンファ
last updateLast Updated : 2025-09-14
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