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Nox.XI『狂皇の眷属』III

Author: 皐月紫音
last update Last Updated: 2025-09-11 06:01:54
女神の流した涙より生まれたとされる海は、すべての生物の命の源だ。

同時に海は、罪人には最期に赦しの機会を与えるとも神話では伝えられていた。

海の底に人は身体を捨てることで真の意味での自由を手にすると。

そして〝魂〟となりて神々の御座す|天界《カエルム》へと還る。

王国を代表する美術館にも、この伝承をもとにした名画が多数所蔵されていた。

〝『入水するアンリとマルグリット』『現世からの解放』『罪なき子への慈悲』〟

だが、伝承には必ず負の側面が存在し、それは決して美しいものではない。

女神の管理する秩序から外れて〝進歩〟の道を歩み出した人類の魂は、俗世の中で穢れていった。

自分の罪を背負いきれなくなった罪人たちは、最後の希望を求めて海の中へとその身を沈めた。

彼らを受け入れ続けた海は、本来あったとされる輝きを失ったという。

本来の海は|蒼玉《サファイア》のように青い輝きを放ち、その美しさは今の人類が見る海からは想像できぬほどに神聖で特別な場所だったとされている。

『|慈愛と慟哭より創造されし蒼き抹消世界《カエルレウス・オルビス・ルクトゥオース》』

神話の時代に存在した宝石そのものと見紛うほどに輝く海を天空へと再現して、女神の慈悲が込められた涙を雨として降らす。

レイフの目前では、こちらへと進撃してきていた騎士たちが満ち足りた表情で寝息を立てている。

この雨は魔術の発動者へと敵意を向ける者を、|醒《さ》めることのない安らぎの世界へと連れ去る。

今の魔術で騎士団は全勢力の三分の一近くを失っただろう。

だが、クロヴィスの顔からは涼しげな笑みが消えていなかった。

剣を持たない左手を顎へと当てて、思案を巡らす素振りを見せる。

「いやぁ、お見事! これはしてやられたねぇ。さて、ここからどう――」

クロヴィスの表情が一瞬、硬直した。

次の瞬間、|紫色《ししょく》の閃光が宙を一直線に駆け抜け、それはクロヴィスを目掛けて、神速の勢いで襲いかかる。

「おっと――!?」

宙を駆け抜けた閃光が、即座に体を横へとズラしたクロヴィスの右頬をかすめた。

滴り落ちる血を左手で|掬《すく》いあげると彼は、獰猛さを感じさせる笑みを浮かべる。

即座に二射目、三射目の閃光が宙を駆けた――。

「ぐぁっ!!」

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