◆◇◆◇ 蒼月の薄明かりが照らすのは、人影のない裏通り――。 王都アルジュリュンヌは、夜の化粧をほどこした|後《のち》に、まるで別の|表情《かお》を見せる。 陰謀、快楽、堕落、暴力――。 煌びやかな中心街の陰――その闇は、さまざまなものを覆い隠す。 立派な顎ひげを生やし、仕立ての良いスーツに身を包んだ壮年の紳士が、周囲を警戒する様子を見せながら歩いていた。「ボス、こちらへ――」 声の方へと視線を向けると、黒スーツに身を包んだ怜悧な雰囲気を纏う女性の姿が見えた。「外でその名を呼ぶな。まったく、ここは〝共和国〟ではないのだぞ」「申し訳ありません。例の〝新薬〟ですが、既に旧市街のいくつかのグループへと売り込みをかけています。快楽に飢えた連中ですから、必ず乗ってくるでしょう」「そうか。王国へと逃げてきて、はじめての|大仕事《ビジネス》だ。抜かるなよ?」「はっ――。ところで、交渉の方は、上手くまとまりそうでしょうか?」 二人は、肩を並べて裏通りを闇に潜るように歩いてゆく。 その背には、いつの間にか大柄な黒スーツの男性が二人、付き従っていた。 途中で何人かの物騒な人物とすれ違うも、ただならぬ男たちの雰囲気に多くの者が道の端へと避けてゆく。 男は母国で麻薬や奴隷商売を行い、莫大な富を築いた。 しかし、後ろ盾だった貴族が、権力闘争に敗れたことで、立場が危うくなり、一家ともども王国へと脱出してきたのだ。「何人かの小物政治家の抱き込みには成功したが、とてもまだ安心できるような状態ではない。それこそ、ヘーデンストローム家との繋がりでも持てれば良いのだが、あの男には意外と潔癖なところがある……」 男の苛立ちを露わにするように、握り締められた杖が忙しなく揺れ動く。「余所者同士、協力できることも多いだろうに……。私を侮るなよ、帝国人風情が!」 そこで男は、今まで自分の周囲にあった足音が消えていることに気がついた――。 振り返れば、そこには誰もおらず、自分の隣を歩いていた女性も消えている。「おい! お前たち、どこに行った? ふざけているのか!?」 怒声を張りあげても、それは虚空の先へと消えてゆくだけだ。 背筋を冷たいものが駆け抜け、闇が急速に〝恐怖〟という怪物へと姿を変えて、胸を締めつけてくる。 懐へと手を忍ばせ、愛用の拳銃を取り
Last Updated : 2025-07-14 Read more