All Chapters of 欲しがり男はこの世のすべてを所望する!: Chapter 51 - Chapter 60

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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――④

「聞きたいことって、なんでしょうか?」 メガネの奥から窺うような視線を一身に受けながら、余裕を見せつけるような笑みを浮かべる稜。芸能界という世界で色々と暗躍してきた彼の強みが、目の前で展開されようとしていた。「僕のところへ最初に依頼をしてきたのが、日本民心党だったんです。公認候補のふたりの内のひとりを、絶対に勝たせてほしいという電話を戴いたんですよ」「へえ……二階堂さんが好きな候補を、勝たせるということですか?」「自分の好みで、安易に選んだりしません。確実に勝てる相手を、リサーチした上で選んでいるだけです」(――なるほど。それで勝率が、八割というわけなんだな)「しかしその電話の五分後に、革新党にいる兄から電話が着ました。公認候補の貴方に、力を貸してほしいと……どうしてアナタが日本民心党の話を蹴ったのか、その理由が聞きたかったんです」 ……それか。俺としては勝つ為の大きな後ろ盾として、日本民心党の話を優先して欲しかったのに、対立候補のメンツを見て、稜がすごく渋ったんだ。「だって、おもしろい選挙にしたかったから」 俺にもこのセリフを、今見せているような微笑みで言ってのけたっけ。 くすくす笑う稜の姿を見て、二階堂は呆気にとられた顔をする。あの時の俺もきっと、同じ表情をしていたに違いない。「選挙をおもしろくするって、なにを考えているんでしょうか?」「だって、一番の対立候補になる元県知事の元村さんって、日本民心党の公認候補でしょ。党の議席確保の為に、俺に話を振ってきたのが見えみえでしたし。それにツートップが同じ政党っていうのも、投票する側からしたら、おもしろくないだろうと思ってね」 稜が肩をすくめた途端に、二階堂はそれまで浮かべていた笑みを消し去り、挑むような眼差しを向ける。「こういう理由ですけど、二階堂さんとしてはどうでしょうか。俺としては、負けない戦をするつもりです」 すると今度は、二階堂が笑い出した。事務所に響く彼ひとりの笑い声が、妙な感じで聞こえてくる。「芸能界の荒波を、自力でかいくぐって来ただけのことはありますね。そこら辺にいる、バカな政治家よりも度胸がある」  言いながら片膝をつき、稜の左手をとって甲にキスをした。 その瞬間、周囲の者たちが息を飲むのが伝わってきて――稜と二階堂の周りが、そこだけ別世界に見えてしまい、胸がキリ
last updateLast Updated : 2025-08-06
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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑤

*** 自分の意見を言うため克巳さんの動きを止めたことに、少なからず心に引っかかりがあったせいで、つい彼の動きを目の端で捉えてしまう。 だから気がついてしまった。俺と同じように、克巳さんの動きをチェックしている女のコに――。(あのコは確か、幹部の娘さんだっけ。学生時代から、選挙活動でお手伝いのウグイス嬢をしているから、ぜひ使ってくださいって紹介された……)「相田さん、ここは私が片付けておくので、あそこにまとめられている段ボールの移動を、お願いしてもいいですか?」「ああ、いいよ。これからは力仕事、どんどん引き受けるから、遠慮せずに声をかけてくださいね」「わぁっ、すっごく助かりますぅ」 ……克巳さん、女のコに頼られてデレデレした顔してる――俺といるときよりも、楽しそうに見えるのは気のせいかな。ほほ笑み合って、なかなかいい雰囲気じゃないか。「まったく……稜さん、時間がないと自分から言っておきながら、手が止まっていますよ」 唐突に告げられた、はじめの怒気を含んだ声にハッとする。克巳さんの動きに気をとられて、手元が疎かになってしまった。「恋人が傍にいることで、自分のモチベーションが上がる分にはいいと思いますが、異性と喋ったくらいで不機嫌になられると、周りが気を遣うことになるんですよ」「不機嫌になんて、そんな……。むしろ、他の人と仲良くしてくれるおかげで、団結力が増すなぁと思って、ちょっとだけ見ていたんだよ」 心の中では克巳さんに対しての不満をぶちまけていたけれど、表情でそれを出していなかったはず。顔色ひとつで心情を読み取られて足を掬われないための、芸能人のワザを披露していたんだけどな。「作り笑いをすると目が笑っていないこと、ご存じないのでしょうか? あからさまに出ていました」 ――やり手の選挙プランナー。よく観察していたな……。「そっかー。じゃあこれからはしっかりと目が笑うような、作り笑いの練習をしておくよ。教えてくれてありがと」 その場から身を翻し、目聡いはじめから離れようとしたら、素早く腕を掴まれてしまった。「僕なら……稜さんにそんな、作り笑いなんてさせませんよ」「は? なにそれ」 行動を止められたことの不機嫌を表すべく、目力を強めながら睨んでやる。これをすると大抵の人は、恐れおののいたからね。「図星を突かれてイライラしても、そん
last updateLast Updated : 2025-08-07
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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑥

*** あれから稜と口をきかずに一瞬だけ視線を合わせ、直ぐに背中を向けてしまった。なにか話しかけたかったのに、どこか悲壮感を漂わせる彼の眼差しが、俺から言葉を奪ってしまったから。 しかも二階堂からの宣戦布告で、心中穏やかじゃいられないというのに、ぷいっと顔を背けられてしまい……。(もしかしたら、さっきの女性とのやり取りで、どこか気に入らないところが稜にあったのかもしれない) 普通に対処していたつもりだったけど、稜の中でなにか思うことがあったから、あんなふうに態度に表しているのかもしれないな。 普段、他人には出さないようにしている稜の心中を察し、揉めるのを覚悟であとで聞いてみようと思った。「すみませんが片付けが終了次第、これからのことについて、会議をしたいと思っております。皆さん、帰る前に一度集まっていただけませんか?」 書類を傍らに置きながらパソコンを操作しつつ、皆に向かって話しかけてきた二階堂に、あちこちから返事がなされる。「明日からがんばらないといけないから、さっさと作業終わらせてさ、はじめの話をしっかりと聞いて、とっとと帰りましょう!」 士気をあげるように声を出した稜。黙々と事務所内部を作っていた人たちに、それぞれ笑みが零れた。 相変わらず、盛り上げることに関しては誰にも負けない――本来なら俺も、こういうのをしなければならないのだけれど、どうにも照れくささが手伝ってしまい、声をかけることすら出来ないんだ。 見習わなければと考えていたら、背中を叩かれる感触に振り返った。「秘書さん、ちょっといいですか?」 乱雑に置かれたたくさんのファイルを、立ったまま整理していた俺に、少しだけ背の低い二階堂が、メガネを光らせながら見上げてくる。手には、俺が作った書類が握りしめられていた。「はい、なんでしょうか?」 さっきのやり取りがあるせいで、無機質な声で返してしまった。稜のためにここはもう少し、友好的な態度をとらなければならないというのに。「作っていただいたこの書類なんですが、内容に古いものがありましたので、こちらで差し替えさせていただきました。秘書さんの目で、きちんと確認してもらえますか?」 ばさりと無造作に手渡されたせいで、恐々とそれを受け取る。 傍にあった椅子を引き寄せ、改めて書類と向き合い、差し替えたというものをチェックしていった。
last updateLast Updated : 2025-08-08
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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑦

「有名人が恋人って、どんな感じですか?」 ぽんと投げかけてきた言葉に、マーカーしている手が止ってしまった。「あっ、ゴメンなさい。相田さんお仕事していたのに、変な質問してしまって」「いや……」「ちょっと興味が湧いてしまって。大変なのかなぁって」 横目で彼女を見ると、頬杖をして前を向いたまま、上座にいる稜を見ているようだった。「実際のところ、それなりに大変だけど……有名人だから、なんていうのを気にしなければ、そこら辺にいる恋人と変わらないと思うよ」 面倒くさくなる前に返答し、すぐさま作業を続行すべく書類に目を落としたら。「そこら辺にいる恋人と変わらないって、言いたいことはわかりますけど、同性だからこその大変さがあるんじゃないですか?」「変わりないです」「だってほら、ああやって他の人と仲睦まじくしていたら、男女共々気になってしまうでしょ?」(ああやって――?) 告げられた言葉に、書類から目の前に視線を移したら、稜がほほ笑みながら二階堂と顔を寄せ合い、なにかを話し込んでいる姿に、心がざわめいてしまった。「普通の恋人は、ライバルは同性のみですけど、稜さんの場合は両方でしょ? モデルで芸能人、人目を惹く彼に言い寄りたい人は、たくさんいると思うんです」 そういう輩は付き合う前から、うんざりするほど見てきた。魅力的な稜を手に入れたいと誰もが思うから、それはしょうがないことなんだ。「私はどっちかっていうと、相田さんの方が好みですよ」「ありがとうございます。そんなふうに言われても、なにもあげられませんけどね」 仲のいいふたりを見ないように、あえて視線を書類に落とした。「なにかを強請ったつもりはないんですけどね。あしらうのがうますぎます」「恐縮です」「私は、相田さんと稜さんを応援したいなって思っているんですよ。はじめちゃん、容赦のない男だから」(はじめちゃん――!?) 彼女の言葉に引っかかったので、顔を上げて反応すると、耳元に顔を寄せてくる。「実は私、はじめちゃんの幼なじみで元恋人なんです。ナイショにしてくださいね」「……元恋人が他の人に言い寄る姿は、あまり見たくはないものですか」「そりゃまあ。しかもその相手が稜さんなんて、正直いい気がしないです」 自分の心の内を隠さず、ありのままを話してくれる姿に、俺は好感を抱いた。「……噂なんで
last updateLast Updated : 2025-08-09
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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑧

*** 戦略会議と銘打ったそれは、二階堂が中心となって、これからの選挙戦をどう戦っていくのか、素人の俺でもわかりやすい説明を、次々としてくれたものだった。「これから17日間という短い期間を有意義に使い、稜さんのことを有権者にアピールして、確実に当選しなければなりません。対立候補三名のうち元県知事の元村氏が、接戦する相手となるでしょう。お手元にある資料の、2ページ目をご覧ください」 その言葉で、事務所内に紙をめくる音が響き渡る。「インターネットを使って、有権者にアンケートを実施しました。貴方が選ぶ、国会議員に相応しい候補は誰か――見てのとおり、元村氏が圧勝です」 資料のチェックをしたときに、最初に目に飛び込んできたグラフがそれだった。こうして、目にわかるような結果を突きつけられ、俺としては胸が痛んだのだが、不思議と稜は僅かな微笑みを口元に湛えていた。(そのポーカーフェイスの下にある心の内は、いったいどうなっているのだろう……)「県知事時代の元村氏は、これといった政策をしたわけでもありません。この方が県知事だったっけという印象の有権者も、実際は多いはずです」 確かにと声をあげる者や何度も首を縦に振る者を、目の端に捉えながら考えてみた。認知度で比べたら、芸能人の稜のほうが格段に上だというのに、どうしてこんなにグラフの差が開いているのか。「今回立候補した中で、一番顔を知られているのが稜さんです。芸能人として華やかに、ご活躍されていましたしね」 言いながら横にいる稜に視線を送り、ふっと笑みを浮かべる二階堂に対して、稜はほほ笑みを消し去り、真顔のまま小さく頷いてみせる。「ですが残念ながら、悪目立ちした印象が有権者に強く残っているため、印象の薄い元村氏に票が流れたと思います」「ちょっと待ってくれ!」 二階堂の見解に異議を唱えるべく、慌てて手を上げた。「なんでしょうか、秘書さん」「彼の悪目立ちといっても、随分と前の話じゃないか。毎週、週刊誌にスクープされていた時期を考えると、近年の報道関連の仕事で、随分と印象が変わったはずだろう?」「当然のことですが人は、良い印象よりも悪い印象のほうが残るものです。たとえそれが、どんなに昔のことであっても。その結果がこれなんです」 メガネのフレームを光らせ、堂々と告げられた言葉は、反論する余地のないものだった。
last updateLast Updated : 2025-08-10
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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑨

*** 克巳さんとは会議が終わってから、話をちょっとだけして終わってしまった。『これからのことを二階堂と話してくるから、先に帰ってていいよ。お疲れ……』「稜?」『なに? 相田さん』「慣れないことをしたから、疲れているんじゃないかと思って……」 言いながら右手を俺に差し出しかけたのに、慌てて戻す姿を見て、触れて欲しいという言葉を飲み込むのが、どんなにつらかったか。 事務所の若い女のコと喋ってる暇があるなら、俺だけを見ていて欲しかったなんていうワガママも一緒に、心の中で渦巻いてしまって――。(――きっと今の俺、酷い顔をしているのかもしれないな……) だから疲れているんじゃないかって、克巳さんに指摘されちゃったんだ。得意のポーカーフェイスが崩れるって、どんだけメンタルが弱っているんだろう。 一旦、両目を閉じて深呼吸を数回。落ち着いたところを見計らって目を開き、克巳さんを見上げた。「まあね、ちょっとだけ疲れているかも。でも今から疲れていたら、最後まで持たなくなっても困るし、話が終わったらすぐに帰ることにするよ。じゃあね」 にっこりとほほ笑み、踵を返して二階堂のところに向かう。一刻も早く、克巳さんの視界から消えなきゃ。これ以上、心配かけさせたくない。 俺のことを一番愛しているというのに、要らない嫉妬をした醜い心を、彼に見せたくはないと思った。
last updateLast Updated : 2025-08-11
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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑩

*** 克巳さんと別れて、二階堂とこれからについての打ち合わせを終えて帰宅したのが、午前0時前のことだった。 鍵を刺し込み家の中に入ると、リビングの明かりが目に入る。(――もしかして克巳さん、あの後まっすぐに俺の家に来てくれたのか?) 慌てて靴を脱ぎ捨て、リビングに続く扉を勢いよく開け放った。「お帰り。遅くまでご苦労様」 ソファに座っていた克巳さんが腰を上げ、ゆっくりと立ち上がる。迷うことなくその躰に、ぎゅっと抱きついてしまった。「稜、事務所でのこと、なんだけど……」「なに?」「俺が女性と喋っているのを、あまり快く思っていなかっただろうなって。彼女は二階堂の元彼女なんだよ。彼について、いろいろ教えてもらっていただけなんだ」「えっ? はじめの元カノ?」 克巳さんの口から告げられた事実に驚いてしまい、それ以上の言葉が続かない。「そう。俺も驚いてしまってね。しかも俺が手がけた書類のこととか、アレコレ先制攻撃をされたせいで、なんていうか……。自分の不出来に、ショックを受けてしまったんだ」「俺は克巳さんが考えてくれた案は、自分で考えたものよりも良かったと思ったから、あのとき採用したのに――」 ショックを受けたと言った彼をなんとかしたくて、終わってしまったことを蒸し返すように告げてしまった。でもこれは、俺の中では本当に良かったと思ったものなんだ。「選挙のプロである、二階堂が却下したんだ。候補者の稜が良いと思っても、駄目なものは駄目。仕方ないさ」「でも……」「ヤツとの話し合いで、いいキャッチコピーができただろうか? 俺に聞かせてくれないか?」「それよりも先に――」 言いながら、克巳さんの頬を両手で包み込む。「どうした?」「キス、してほしい」 俺の言葉に引き寄せられるように顔を寄せ、優しいくちづけをしてくれた。いつもならもっと濃厚なのを要求するところなんだけど、選挙が終わるまでは我慢しようと約束したから。 お互いに好きなものを絶って、絶対に勝つと決めたから――。「んっ……稜、これくらいの感じなら大丈夫?」「それなりに大丈夫かも。克巳さんの気持ちが、しっかりと伝わってきたよ」 さっきまで波打っていた心が、ゆっくりと鎮まっていく。こういうところで、好きな人の存在の大きさを思い知る。克巳さんは俺にとって、なくてはならない人だ。「……
last updateLast Updated : 2025-08-12
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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑪

「ぁあっ……か、つみさ、んっ」「ただ触れているだけなのに、そんな顔して煽らないでくれ」「そんなの、無理だ、よ。俺を感じさせることができるのは、アナタだけ……なんだから」 スラックスの下で猛っている下半身を、克巳さんの下半身にぐいっと押しつけてやる。途端に眉根を寄せながら、まつ毛を微かに上下させる姿に、もっともっと責めたくなってしまった。「克巳さんっ、いっぱい感じて。ほらほら!」「うぅっ! 駄目だ、それ以上は……願掛けが無駄になってしまうだろ」「いいよ、そんなもん。ぁあっ……んっ、自力でなんと、かしてみせる、から」 互いの下着とスラックスに阻まれた状態だというのに、どうしても欲しいと思っているせいか、やけに感じてしまう。躰の奥が克巳さんを欲しがって、どんどん熱くなっていった。もう、腰の動きを止められない!「くぅっ……駄目だと言ってるそばから、激しくするなんて。止めてくれ!」 克巳さんが苦しげに言うなり俺の躰に両腕を回し、ぎゅっと強く抱きしめた。それは腰の動きを止めるためなんだろうけど、嬉しくて堪らない。 今日一日離れていたから、克巳さんのぬくもりが、ずっと欲しかったんだ――。「ごめんね克巳さん。はじめの匂いがしている俺なんて、抱きしめたくないでしょ?」 顔を上げて恐るおそる訊ねた俺に、今日見た中で一番の笑みを浮かべる。「さっきまではそう思った。だけど今はこうして、君の重みやあたたかさを感じてしまったら、どうでも良くなってしまって」 言うなり更に抱きしめると、くるりと横回転させて体勢を入れ替えた。手際よく俺のジャケットのボタンを外して、ネクタイを緩める。「克巳さん?」「稜の着ている服を脱がせて肌に直接、俺の香りをつけてあげる」 緩めたネクタイを外し床に放り捨てると、ワイシャツのボタンを外しにかかった。(願掛けが無駄になるとか口では言ってたけど、やっぱり抱いてくれる気になったんだ)「ねぇ昨日よりも激しくしてって言ったら、できたりする?」 俺の言葉に一瞬だけ呆けた顔をし、見る間に呆れた表情に変わった。「強請る気持ちはわからなくもないが、挿入はなしだ。願掛けがなくなってしまうから」 出たよ、願掛けっていうワード。なんだかなぁ……この状況下において、随分と色気のない言葉だこと。「そんなの、自力でなんとかするって言ったじゃん」「自
last updateLast Updated : 2025-08-13
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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑫

「……克巳さん、ずっと我慢していたの?」「いや、全然。この選挙戦で触れ合う機会が減るだから、我慢するついでに、治したらいいんじゃないだろうかと考えついただけ」「それって俺のストレスが、これでもかと増える要因になりそうだけど?」 慣れない選挙活動を一日がんばった後に、克巳さんに癒してもらうべく、いちゃいちゃしたいというのに、告げられたことは正直、拷問に近いものと思われる。「なんなら一緒に、やってみてもいいよ。アレの根元に、結束バンドを使って締めあげたり――」「聞いてるだけでも、すごく痛そうな話だね。結束バンドじゃなく、もっと柔らかい物で縛っちゃダメなの?」「痛い方がそっちに意識がいくから、我慢しやすいと考えてみた。絶対にイケないだろうってね」 うわぁ……。こんなところで、克巳さんのドSを発揮しなくてもいいのに。「他にも、カリ首の部分を――うっ!?」「ストップ!! 聞いてるだけで股間が縮こまっちゃう」 お喋りを続けようとした克巳さんの唇を、強引に摘まんでやった。「俺の早漏対策については、追々という形でいいかな。選挙戦で疲れたところに、そんな痛いことをされたんじゃ、きっと身が持たないよ」 ちょっとだけ鼻にかかったような、涙声で告げてみる。もちろん、これは演技だったりするんだけど、素人の克巳さんにはバレないだろう。 そんな俺の顔を意味深にじっと見つめ、摘まんでいる指を外して、いきなり人差し指を口に含んできた。柔らかくてあたたかい克巳さんの舌が人差し指を包み込み、時折ちゅぅっと吸い上げる。こんなことをされたんじゃ、寝た子が起きるだろ! 「まったく……。どうして稜はいちいち煽るようなことをして、我慢している俺の気持ちを試すようなことをするんだろうか」 キスから解放した途端に告げられた、白い目をした克巳さんの顔色にビビってしまい、顎を引いてやり過ごすしかない。「煽ったつもりなんて、全然ないない。ちょーっとばかり感情を込めて、訴えかけただけなんだってば」「潤んだ瞳に見つめられ、甘い声で身が持たないなんて言われても、その言葉に信憑性があるかどうか、疑わしいことこの上ない」 言うなり俺の身体を横抱きにし、さっさとどこかへ連れて行こうとする。「ちょっ!? いきなりどこに拉致するのさ?」 慌てて克巳さんの首元に腕を絡ませてやり、耳元で囁いてみた。つ
last updateLast Updated : 2025-08-14
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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑬

*** 次の日、当選の祈願祭を兼ねた出陣式が、事務所前で午前7時半に行われた。選挙区内で有名な神社の神主を手配し、党の幹部からお世話になった芸能事務所の関係者やスタッフに見守れながら、会場に設けられた祭壇の前で厳かに執りおこなわれた。 ほんの数時間前までは短い黒髪を乱しながら卑猥な言葉を口走り、淫らなことをして散々俺を翻弄した恋人は、今はまったく別人の姿だった。 純真無垢な雰囲気を身にまとい、祭壇に向かって祈りを捧げる稜に舌を巻くしかない。 その後、慌ただしく選挙カーに乗り込み、急いで場所を移動した。街頭演説は、朝8時から夜の8時までおこなうことができる。限られた時間を有意義に使うべく、会社員の出勤時間帯を狙って、駅前で演説したらいいと二階堂の考えで行動することになった。「おはようございます。いってらっしゃい!」『はなお りょう』と大きく印刷されたタスキを肩からぶら下げて、駅前を行きかう人に向かってマイクを使わずにお腹から声を出し、頭をぺこぺこ下げた。 そんな彼を一切見ずに通り過ぎる者もいれば、わざわざ近づいて握手を求める有権者がいた。 芸能人のオーラを封印し、候補者としてがんばっている稜の周りには、スタッフが数人散らばって、同じように頭を下げながら手際よくチラシを配っている。 その様子を少し離れた場所で、二階堂と一緒に眺めていた。 変な輩が現れるかもしれない可能性を考えて、あちこちに視線を飛ばす俺とは違い、二階堂は稜の様子をじっと見つめ、手にしたタブレットになにかを打ち込んでいく。「昨日稜さんに、秘書さんを苛めないでくれと頭を下げられました」 二階堂の動きを気にしたときに話かけられたので、内心驚きながら横を向いた。そんな俺に視線を合わせず、じっと前を見据えたまま言葉を続ける。「僕としては、苛めたつもりはなかったんですけど。事務所でのやり取りが、腹に据えかねたのでしょうね」 タブレットの操作をしながら、淡々と語っていく二階堂の心情を読みたかったのだが、メガネの奥の瞳はおろか、表情からもそれを窺うことができなかった。「二階堂、君に修正された書類を、改めてチェックしてみた。ああして指摘したくなるのは、当然だと思う。はじめて手がけることだからこそ、きちんとしなければならないのに……」 俺の発した言葉に、二階堂はやっと視線を投げかけてくる。
last updateLast Updated : 2025-08-15
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