All Chapters of 魔道AI〈ゼロ〉と落第生: Chapter 21 - Chapter 30

55 Chapters

見えてきた壁

──合宿二日目。午前。 クロは、また立っていた。 昨日と同じ場所。昨日と同じ相手。けれど──体は、明らかに重かった。 「じゃあ、今日も始めようか」 アルヴェンが、いつものように涼しげな笑みを浮かべながら立つ。 クロは無言で《閃雷刃》を展開した。 返事も、意気込みも、もう口にする余裕がなかった。 昨日だけで、十回以上は模擬戦をこなした。 その全てで、クロの攻撃は一度も──一度たりとも当たらなかった。 「はっ──!」 地を蹴り、横薙ぎの閃光を叩き込む。だがアルヴェンの姿は既に後方にある。 振り返ると、逆方向から軽く肩を叩かれた。 「焦りが出てる。目の動きが滑ってるよ」 「……っ!」 クロは距離を取ると、額の汗をぬぐった。 腕も足も重い。呼吸も荒れている。 だが、それより何より──“何が悪いのか”がわからないことが、一番堪えた。 (なんで……当たんねぇんだよ……!) 『原因は明白だ。』 ゼロの冷静な声が、脳内に響く。 『お前は相手の“動き”を追っている。だが彼は──お前の“意図”を読んで動いている』 (“意図”……?) 『動きの前に生じる、視線の僅かな偏り、呼吸、重心移動……それら全てを“流れ”として読まれている。』 クロの頭の中に、昨日の負け試合の映像がフラッシュバックした。 何度も、どこかで同じように回避された──まるで、予言されたように。 (……読み負けてる? 俺が……?) 「クロ・アーカディア」 アルヴェンの声が、距離を超えてすっと入ってきた。 「お前の雷はいつも“まっすぐ”だ。──でも、本当にそれだけか?」 「……なに、言って……」 「雷は分岐するだろう?乱れるし、時に枝分かれもする」 「……」 「でもお前の“閃雷刃”は、ただ一直線に突っ込んでくるだけ。速いけど──見えやすい」 クロは、言葉を失った。 それは、これまで一度も“疑ったことがなかった”自分の魔法の使い方そのものだった。 『雷の性質を、もう一度見直してみるといい』 ゼロが続ける。 『そこに、お前の演算の“進化”のヒントがあるかもしれん』 クロは、拳を強く握った。 「もう一戦、お願いします」 「もちろん。──期待してるよ、落第生」 再び雷が走
last updateLast Updated : 2025-08-03
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術式という迷路

クロはまた草地に立っていた。空気は昨日よりも静かで、風もなかった。──いや、違う。風が“止まる前”の静けさだ。対面に立つアルヴェンは、いつものようにシャツの袖をまくりながら、目を細めて言った。「──少しずつ、形になってきたね」クロは無言で頷いた。《閃雷刃》を展開。だが今日は、“斬るため”じゃない。観るためだ。「いくぞ──!」地を蹴る。雷光が駆ける。その軌道はまっすぐに伸び──一瞬、空中で揺れた。「……ほう」アルヴェンの目がわずかに細まる。その目が、“違い”を捉えた証だった。雷刃は空を斬りながら、ほんの僅かに左右へ枝分かれするような動きを見せていた。斬撃は掠るだけで、実際には当たっていない。けれど、初めて──避けさせることに成功した。「君、昨日まで“まっすぐ”だったのに。今のは、違うね」「……ようやく、ちょっとだけ、“雷っぽく”なってきたかも」ゼロの声が、静かに続いた。《君の演算に、“遊び”の余地が生まれ始めている。既存の攻撃パターンから逸脱した流れ──構造分岐の兆候が確認された》(そうか、“流れ”ってのは……雷の中にもあるんだ)クロは、その感覚を手放さぬように、深く呼吸を整える。「もう一度だけ頼みます、アルヴェン先輩。今の、確かめたい」「いい目をしてる。じゃあ、次は──本気で避けるよ?」次の瞬間、風が消えた。クロの雷が、まるで迷路のように枝分かれしながら走る。まだ不安定で、当たる確率は高くない。でも、その雷は──確かに、“選ぼうとしていた”。午後、別荘の東にある訓練棟。三人の生徒が、演習室の中央で黙って立っていた。カイ・ミナ・サクラ──そして、彼らの前にいるのは、副会長・セラ・ヴァレリウス。「前回までの演算記録、確認済み。今日からは“修正訓練”に入るわ」セラの言葉に、三人の表情が引き締まる。「まず、カイ・バルグレイヴ。あなたの火拳は、瞬間出力に頼りすぎている。“暴れるだけ”では、扱える魔法にならない」「へっ、分かってるよ」カイはニッと笑いながら拳を握った。「俺が目指してんのは、“一撃粉砕”。だったら、その一撃だけは外さない精度にしてみせる」「ならば構築式を最低3パターンに分けなさい。威力変動型、圧縮推進型、集中燃焼型。演算の分岐処理を覚えるのが先よ」「上等……手ぇ焼かせてやるぜ」次にセラの視線がミ
last updateLast Updated : 2025-08-04
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術式に殺されるな

「──昨日と同じ構え、だけど……」アルヴェンの目がわずかに細められる。朝霧がまだ草を濡らしている訓練場で、クロは構えていた。ブレイサーの雷紋が淡く光る。昨日完成したばかりの新術式──《雷迷陣》の試作型。今日は、それをぶっつけで試すつもりだった。(分岐ルートは三つ、起点は右脚、収束まで1.6秒──)「いきます!」クロが地を蹴った。雷の軌跡が、空中で枝分かれする。一条はアルヴェンの右肩を、もう一条は足元を。さらに一本は“回避先”と予測したポイントへ。(よし……逃げ場、塞いだ!)だが。「ふぅん、なるほど」次の瞬間、アルヴェンは重心を沈めると、最も狭い隙間を滑るように抜けてきた。すり抜けた。まるで、初めから“全部見えていた”ように。「読まれてた、か……!」「いや、読んではいない。選んだだけだよ。“どれが一番マシか”をね」クロの肩が揺れる。ゼロの声が静かに補足する。《雷の分岐は成立しています。だが、意図の“精度”が低く、各軌道の圧が分散しています》(つまり、全部が“そこそこ”で、どれも決め手にならねぇってことか……)クロは歯噛みする。「面白い術式だったよ、クロ・アーカディア。でも──“殺しきる覚悟”が、まだ乗ってない」アルヴェンの声は穏やかだが、冷たい。「“どのルートが当たるか”じゃない。“どの一手で仕留めるか”を考えなきゃ、君の魔法は届かない」「……届かない、か」クロは雷を収め、息を吐いた。《術式の構造進化は成功。だが、“主眼”が散っている以上、打撃力は下がる》「……本末転倒だな。工夫したつもりが、逆に弱くなってる」手元のブレイサーを見下ろす。迷路のように分岐する雷は、確かに“面白い”。けれど、それは今のクロにとって、まだ**“完成形のイメージが持てない武器”**だった。──まるで、“術式に振り回されてる”みたいだ。「もう一戦、お願いします」「いいよ。君が“術に頼らず、自分で戦おう”とするまでは、何度でもね」再び、雷が鳴る。だがその刃は──今日もまた、空を切った。「──正面から、ぶつかり合ってもらうわ」セラの言葉に、訓練棟の空気が張り詰める。広々とした演習室。その中央に、向かい合うふたりの生徒。カイ・バルグレイヴ。火力特化の前のめりバカ。サクラ・ヒヅキ。補助と索敵に特化した支援魔導士。
last updateLast Updated : 2025-08-05
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それぞれの修行、それぞれの壁

──空気が、少しだけ焦げていた。「……これ、もう終わってるよね」ミナがため息混じりに呟いた。眉間に皺を寄せながら、鍋の蓋を開ける。白い湯気の代わりに、黒く焦げついた米の匂いが部屋に充満する。場所は、学園長オルヴェインが所有する訓練用の別荘。その一角──別館の広いキッチンスペースで、クロたちは慣れない炊飯作業の真っ最中だった。「おい、マジか。さっき混ぜてたとき、いい感じだったんだけどな……」鍋を覗き込みながら、カイが頭を掻く。表情は困っているというより、完全に“やっちまった”顔だった。「……混ぜてただけで火加減見てなかったの?」ミナが呆れた声を漏らす。彼女の右手には木のしゃもじが握られていたが、それもすでに焦げ臭さを吸い込んでいる。「まあまあ。ミナちゃん、怒っちゃだめだよ」サクラがフォローに入るように笑いながら言う。柔らかい声色で、ミナの肩に手を添えた。「怒ってるんじゃなくて……がっかりしてるの」ミナは静かに返す。声のトーンは落ち着いていたが、内心では“戦闘より難しい料理のミス”に苛立っているのが見て取れた。レインは黙ったまま、テーブルの端で皿を並べている。何も言わないが、どこかしら「最初から焦げると思っていた」雰囲気を漂わせていた。「……火の魔術に慣れすぎると、こういうとこで出るよな……」クロがしゃもじを置きながら小声で言うと、ゼロの声が脳内に響いた。《観察評価:現在の調理工程、成功確率は13%。主因は火力調整不足》(低いな……てか、そんな数値で出すなよ)クロが心の中で突っ込みつつ、苦笑を浮かべていたとき、ようやくレインが短く口を開いた。「……これ、食べるのか?」「いや、さすがにやめときましょう」フィアが即答する。氷のような落ち着いた声で、焦げ鍋の蓋をそっと閉じた。「あのさ……訓練の合間に頑張って作ったのに、なんか悲しくなってくるな」カイが笑いながら肩をすくめる。「火を使いたいなら、訓練場で使えばよかったのに」「うっ……それ言う?」クロが顔をしかめる。ミナはそんな様子を見ながら、少し声を落として呟いた。「でも……こうやってみんなで集まって食べるの、久しぶりかもね」その一言に、全員が静かにうなずいた。修行漬けの合宿が始まって数日──互いに別メニューを課され、顔を合わせることもままならなかった。ようやく集ま
last updateLast Updated : 2025-08-06
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観測された影

25話──数日後。修行漬けの合宿は、ひとまずの区切りを迎えていた。火の嵐、氷の陣、風の罠、土の構造、そして雷──それぞれの演算がぶつかり、形を変え、少しずつ完成に近づいていく。個々の弱点を埋めるように、仲間の存在が、背中を押していた。だが──それは、あくまで“内側”の物語だ。「……確認できました。“ゼロ式”の残留演算、微弱ですが検出」仄暗い部屋の中。小さな演算端末が淡く光を放ち、その前に佇む複数の影が、無言でうなずく。「間違いないな。封印されたはずの“異常式”が、再び顕在化している」低く、機械のような声が空間に響く。男か女かも分からぬ無機質な音色に、もう一人が言葉を重ねる。「対象:クロ・アーカディア。落第生、か……皮肉なものだ」「“彼”に継承されたかは不明。しかし、ゼロ式の発現は確認済み」「どうする?」一瞬の沈黙。それを破ったのは、ひときわ小柄な影だった。「――監視を継続。干渉は不要。次の段階まで、動くな」「魔導選抜戦が始まるまで、ということか?」「否。その先だよ。ゼロが再び、世界に影響を与える時まで──」──別荘地の森を、静かな風が吹き抜けていた。クロたちは、その視線に気づくことなく、今はただ、次の戦いへと備えていた。──夜。学園長の所有する別荘、その中庭に、焚き火の灯が揺れていた。クロたちは丸く囲むように腰を下ろし、薪のはぜる音だけが静かに響く。カイが口を開く。「ま、なんだかんだで……それぞれ、仕上がってきたんじゃねぇか?」「油断はできないけどな」フィアが冷静に返す。視線は焚き火の奥、どこか遠くを見ていた。「次は、魔導選抜戦……学年代表が決まる戦いね」ミナが火にかざした手を下ろしながら呟く。「例年とは違う形で行うって話……どこまで本当なの?」「形式がどうなろうが、やることは同じだ」レインが短く言う。「勝つ。それだけだ」「うわ……かっけぇ。言ってみてぇ……」カイが冗談交じりに肩をすくめた。だが、その背中にはこれまでとは違う緊張感が宿っていた。それぞれの修行の成果──そして、それぞれが感じた“限界”。それを越えるために、もう一度立ち上がるしかなかった。──と。クロがふと、焚き火に視線を落とす。(……ゼロ。次は、何を見せるべきなんだ)《次の戦闘機会:魔導選抜戦。演算式の“構
last updateLast Updated : 2025-08-07
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夏の終わり、静かな火種

──数日後。別荘の朝は、いつもより静かだった。蝉の声は遠く、森の匂いだけが濃く漂っている。荷物をまとめたクロたちは、玄関前に集まっていた。「おーし、解散だな」気の抜けた声とともに、トウヤ先生が建物の影から現れる。相変わらずシャツはしわくちゃで、スリッパのまま。「合宿、どうだった?」カイが肩を回しながら笑う。「地獄でした」「そりゃ良かったな」トウヤ先生はポケットに手を突っ込み、面倒くさそうに全員の顔をひと通り見る。そして、ふっと目元を細めた。「変化は力だ。同時に、脆さにもなる。それを忘れんな」口調は軽いが、目だけは鋭い。フィアが小さく頷き、レインは無言で背負い袋を持ち直す。ミナは視線を逸らしながらも、その言葉をきっちり心に刻んでいるようだった。「ま、俺が言えるのはそれだけだ。あとはお前らでやれ」そう言い残し、トウヤ先生はスリッパをぱたぱた鳴らして別館の中へ戻っていく。クロは小さく息を吐き、荷物を肩にかけた。(……変化は力、か。脆さにもなる──か)森の小道を抜け、馬車乗り場へ向かう。カイは「腹減ったー」と騒ぎ、ミナが「帰ったらまともな飯が食べたい」と同意する。サクラは微笑みながら皆の歩調に合わせ、フィアとレインは前方で警戒のように周囲を見回していた。こうして、修行漬けの日々はひとまず幕を閉じた。だが、それぞれの胸には確かに、ここで掴んだ何かが残っている。馬車の車輪がきしみ、別荘が遠ざかっていく。クロは窓の外に小さくなっていく建物を見ながら、ゼロの声を聞いた。《修行成果、概ね安定。戦闘継続時間は前回比で平均12%延長》(……それだけやったんだな)《だが、実戦での検証はまだだ。過信は禁物》クロは静かに頷き、馬車の揺れに身を任せた。学園に戻ったのは、夕暮れが校舎を黄金色に染める頃だった。正門をくぐると、思っていた以上のざわめきが耳に飛び込んでくる。「おい、選抜戦のリスト見たか?」「一年、やべぇメンバー揃ってるって噂だぞ」視線の先、掲示板には仮の出場予定者リストが張り出されていた。クロ、カイ、ミナ、サクラ、フィア、レイン──そして、ジン・アルバートの名もそこにある。「やっぱジンいるな……」カイが腕を組む。そのとき、廊下の向こうから生徒の群れが押し寄せてきた。中央にはジンがいる。無駄のない立ち姿、氷のような
last updateLast Updated : 2025-08-08
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静かな夜、揺れる決意

──朝から、学院の空気が落ち着かない。廊下を歩けば、そこかしこで選抜戦の話題が耳に入ってくる。「誰と当たるかな」「あの人とはやりたくない」──そんな声が、普段よりも熱を帯びていた。一年生の教室も同じだった。黒板の前では、カイが腕を組んで仁王立ちしている。「よーし、誰が相手でもぶっ飛ばす。以上!」宣言のようなその言葉に、隣のミナが即座に眉をひそめた。「そういうの、だいたいフラグになるからやめなさい」「フラグとか気にしてたら勝てねぇだろ」「……勝ちやすい相手がいいって、ちょっとは思わないの?」「思わねぇな」軽口を叩き合う二人の声が、いつもより少し大きく響く。窓際の席では、サクラが静かに教科書を閉じた。「……みんな、少し緊張してるみたい」その柔らかな声に、クロは机に肘をつきながら小さくうなずく。「お前は緊張してないのか」「……してるよ。でも、怖いだけじゃない。早く試したいの」淡々とした口調の奥に、かすかな高揚が混じっていた。教室の隅、フィアとレインはほとんど言葉を交わさない。だが、机の上のノートには複雑な陣形図が描かれ、時折フィアが何かを書き加えると、レインが短くうなずく。その静かなやり取りに、クロは“いつも通り”という安心感を覚えた。(……全員、それぞれのやり方で準備してる)魔導選抜戦──学年代表を決める、夏休み最大の戦い。数日前まで別荘で汗を流していた仲間たちが、今はそれぞれの場所で緊張と期待を抱えている。チャイムが鳴る。今日、このあと行われるのは、組み合わせ抽選会だ。誰と初戦を戦うのか、その瞬間がすぐそこに迫っていた。学院講堂──普段は式典や発表会に使われる広い空間が、この日は一年生全員の熱気で満たされていた。壇上には、抽選用の魔導端末が鎮座している。透明な水晶の内部には小さな光球が無数に浮かび、時折ぱちぱちと弾けては新しい位置に流れていく。司会役の教官が簡潔に説明を終えると、会場のざわめきがひときわ高まった。「一年A組、クロ・アーカディア」呼ばれた名前に、クロは深く息を吸って壇上に歩み出る。視線を感じる。見上げれば、客席の中央にジン・アルバートが座っていた。氷のような無表情──だが、その瞳は明らかにクロを射抜いている。《心拍数上昇。深呼吸を推奨》(分かってる……)水晶の上に手をかざすと
last updateLast Updated : 2025-08-09
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初戦開始、火花と雷鳴

──朝、学院の空気はいつもと違っていた。廊下を歩けば、早朝にも関わらず生徒たちの足音と声が交錯している。「作戦はこれで行くぞ」「いや、相手の防御式はもっと厄介だ」そんなやり取りがあちこちから聞こえてくる。今日は魔導選抜戦、初戦の日だ。食堂も普段のざわめきとは別物だった。長テーブルのあちこちで、同じチーム同士が集まり、パンやスープを前にしながらも話題は戦い一色だ。クロは人混みを抜けて、端の席に腰を下ろす。ブレイサーを左腕から外し、演算式の流路を指でなぞって確認する。《出力安定、残稼働時間は前回計測より一割増》ゼロの冷静な報告が、頭の奥に響いた。「悪くないな」小声で呟くと、向かいの席にサクラが座った。「昨日の風……効いた?」クロはわずかに笑い、「おかげでぐっすりだ」と答える。サクラは嬉しそうに頷き、それ以上は何も言わなかった。通路の方から聞き慣れた声が響く。「おいクロ! お前、顔色いいじゃねぇか」カイが片手にパンを持ったまま近づいてくる。「当たり前だろ」ミナもその後ろから現れ、半眼でカイを睨む。「……あんたは落ち着きなさい。朝からうるさい」「うるさいくらいでちょうどいいんだよ」そんな二人のやり取りに、サクラが小さく笑う。食事を終えると、クロはブレイサーを再装着した。金属の重みと微かな魔力の感触が、掌から腕へと流れ込んでくる。《初戦まで残り二時間》ゼロの声に合わせ、クロはゆっくりと深呼吸をした。いよいよ、この日が始まる。学院講堂前──。大きな扉の向こうからは、既に観客のざわめきが漏れ出していた。廊下の両脇には各チームが集まり、最後の確認や小声の作戦会議をしている。クロたち6人も、その一角に立っていた。カイは腕を組み、笑みを浮かべながらも目は鋭い。ミナは口を閉ざし、視線を前へと固定している。サクラは柔らかな表情で仲間の顔を一人ずつ見渡し、フィアとレインは最終的な魔力循環を確認中だ。「間もなく入場です」教官の声が響くと、ざわめきが一瞬だけ収まる。扉が重々しく開き、熱気が一気に流れ込んできた。観客席を埋めるのは、生徒だけではない。教員、上級生、そして学外からの視察者まで混じっている。壇上中央には司会役の教官と、大型の魔導スクリーン。これから試合の経過や対戦表が映し出される場所だ。「おー、す
last updateLast Updated : 2025-08-10
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踏み出した先にある景色

──午前の部、最終試合。観客席は立ち見が出るほど埋まり、試合場の中央には砂地と岩場が混在する複合フィールドが展開されていた。「一年A組、クロ・アーカディア」呼ばれた名に応じて、クロはゆっくりと歩み出る。足元の砂を踏みしめる感覚が、鼓動と同じリズムで響いた。対面には、剣を肩に担いだ長身の少年──B組の近接特化型。冷たい灰色の瞳が、獲物を測るようにこちらを見ている。《相手の初動、突進型。接近速度は演算補助で平均値の1.8倍》(つまり……距離を保たなきゃ終わりってことだ)合図と同時に、相手は一気に踏み込んできた。砂が爆ぜ、岩場が軋む。クロは前へ出ず、逆方向へ跳ねる。だが、相手の剣先は迷いなく追ってくる。視界の端で、青白い光が瞬く。雷を脚部に集中させ、身体をひねった瞬間──軌道が滑るように変わった。まるで空気の壁を蹴ったように、クロの身体は横へと弾かれる。相手の剣が空を切り、砂煙だけが舞った。「……はやっ!」観客席からざわめきが広がる。《今の動き、成功率72%。再現可能》(悪くない……けど、何度もやればバレる)着地と同時に、雷を弾丸のように放つ。相手は剣でそれを弾いたが、わずかに体勢が崩れる。そこへ間を置かず、再び軌道をずらす移動。一瞬で背後を取り、ブレイサーに組み込んだ短刃を抜く。「……ッ!」振り返りざまの剣と、雷を帯びた刃が衝突。火花が散り、互いの顔が間近に迫る。《心拍数上昇。だが動きは安定》(まだいける)二人は一度距離を取り、砂地に緊張が戻った。観客席の視線が、さらに熱を帯びていく。──初手は互角。次の一手で、勝負が動く。砂を蹴る音が、次の瞬間には爆発音に変わった。相手が踏み込みと同時に、地面を削るほどの加速をかけてきたのだ。視界いっぱいに灰色の剣閃が迫る。《接近完了まで0.4秒──回避困難》(なら、受ける!)クロは左腕のブレイサーを前に出し、雷を瞬間的に収束させた。衝撃と共に金属の軋みが走る。しかし、そのまま後方に吹き飛ぶのではなく、踏み込み足に雷を流し込んで反動を殺した。「なっ──」相手が驚く間に、クロは逆方向へ滑るように移動する。間合いを外し、手首の動きだけで雷弾を三発。一発は剣で弾かれたが、二発目が相手の足元を抉り、三発目が肩口をかすめた。その一瞬、灰色の瞳がわずかに
last updateLast Updated : 2025-08-11
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仲間を越える時

学院中央演武場。 昼下がりの陽光が、魔導結界に反射して眩しく揺れる。 観客席には一年生から三年生、教師陣までびっしりと詰めかけていた。 全員の視線が、これから始まる二つのリングへと注がれている。 「おお……いよいよカイとサクラか」 「ザガンもマリナも、どっちも相当ヤバいぞ」 ざわめきは、鐘の音と同時にすっと消えた。 対面するのは二組──カイ・ヴォルグ vs ザガン・グラード。 そして、サクラ・ミナヅキ vs マリナ・フェルネ。 両リングとも、開始の合図を待つ緊張が張り詰める。 カイは拳を握り、爪が食い込むほどの力を込めていた。 対するザガンは、無言で地面を踏み鳴らす。 その一歩ごとに砂が跳ね、足元に薄い土の甲殻が形成されていく。 「……来いよ」 カイの口元に、笑みとも挑発ともつかない表情が浮かぶ。 一方、サクラは静かに深呼吸を繰り返していた。 足元の魔法陣から淡い緑の風が立ち上り、髪とスカートを揺らす。 マリナは水球を掌で弄びながら、唇に薄笑いを浮かべた。 「……壊してあげる、その綺麗な風」 「できるなら、ね」 サクラは視線を逸らさずに応じる。 「始めッ!」 審判の声と同時に、両リングがほぼ同時に爆発した。 カイは踏み込む。 砂煙を蹴散らし、強化された脚筋がリングの石床を軋ませる。 ザガンは待ち構えたまま、腕を広げ、両拳を地面に叩きつけた。 瞬間、カイの足元が隆起し、岩の柱が突き上がる。 避けずに踏み込んだカイの拳が、柱を粉砕し、そのままザガンの顎を狙う。 ガッ! 土装甲に阻まれ、衝撃が拳に返ってくる。 それでもカイは笑った。 「硬ぇな……! 面白ぇ!」 ザガンは無言で回し蹴りを繰り出す。 大地の加護を受けた脚が、空気を裂いて唸る。 カイは首を傾けて躱すと、反撃の拳を叩き込む──だが再び土装甲が火花を散らして受け止めた。 「潰す」 ザガンの低い声と同時に、足元から岩の腕が生える。 カイの胴を掴み、そのまま締め潰そうと迫る。 「……そんなもんで止まるかよ!」 カイは演算式を全開。 全身から爆ぜる炎が、岩の腕をひび割れさせる。 同時刻──サクラの戦場では、風と水が激しくぶつかっていた。 サクラは風の加速で
last updateLast Updated : 2025-08-12
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