All Chapters of 魔道AI〈ゼロ〉と落第生: Chapter 31 - Chapter 40

55 Chapters

炎と氷、譲れない意地

観客席の熱気が、リング上の張り詰めた空気と対照的だった。ミナとフィアが対峙する戦場には、まるで時が止まったような静寂が流れている。二人の間に立つ審判が手を上げた瞬間、空気が震えた。「始め!」最初に動いたのはミナだった。「いくわよ、フィア!」右手を振り抜くと同時に、炎の弾丸が三発、フィアへ向けて放たれる。だがフィアは一歩も動かない。左手を軽く上げると、氷の壁が瞬時に立ち上がり、炎弾を完璧に遮断した。「……やっぱり、簡単にはいかないわね」ミナが小さく舌打ちする。氷壁が砕け散り、その破片がキラキラと光を反射しながら宙に舞った。フィアは無言でその破片を操り、矢のようにミナへ向けて放つ。「甘いわよ!」ミナは慌てて横に跳び、地面を転がるように回避する。同時に反撃として手首を振ると、符術が起動した。「火式・焼尽符《バーン・レイ》!」地面に炎の線が走り、フィアの足元へ向かって伸びていく。フィアは軽やかに横へ跳び、炎を回避。その動きは無駄がなく、まるで最初から炎の軌道を読んでいたかのようだった。「予測通りね」フィアの冷静な声と共に、着地と同時に氷の槍が展開される。「氷式・穿氷槍《アイス・ランス》」鋭い氷槍がミナの胸部を狙って飛ぶ。ミナは反射的に炎の盾を展開するが、氷槍の威力は想像以上だった。「うっ――」盾が砕け、衝撃でミナの体が後方に押し戻される。それでもミナは諦めなかった。すぐに体勢を立て直し、両手に炎を集中させる。「まだまだよ!遅延起爆符――今よ!」先ほどの炎線に仕込まれていた時限符が爆発する。だが、フィアはすでにその場所にいなかった。「読めているわ、ミナ」背後からの冷たい声。振り返ったミナの目に映ったのは、フィアの氷の刃だった。「氷式・霜花刃《フロスト・エッジ》」氷の刃がミナの頬をかすめ、細い血筋が浮かぶ。「っ……速い!でも――」ミナは両手に炎を集中させ、距離を取ろうとする。「こっちだって、本気よ!火式・双爆拳!」左右から同時に放たれた炎の拳。今度はフィアも少し本気を出した。「氷式・氷華防壁《アイス・フラワー・ウォール》」美しい氷の花のような壁が展開され、炎拳を受け止める。しかし、ミナの炎は先ほどより威力が上がっていた。氷壁にひびが入り、一部が溶け始める。「やるじゃない」フィアが初め
last updateLast Updated : 2025-08-13
Read more

格の違い、静かなる嵐

ミナとフィアの激戦が終わり、会場はまだその余韻に包まれていた。観客席では、先ほどの戦いについての議論が続いている。「すごい戦いだったな」「ミナも相当強くなってる」「でも、フィアはまだ本気出してなかったよね」そんな中、司会の声が再び響いた。「続いて第二試合――レイン・アズレア 対 エドガー・クロムウェル!」会場がざわめく。エドガー・クロムウェルは、B組でも屈指の実力者として知られていた。風と雷を操る二属性使いで、その戦術眼の鋭さは教師陣からも評価が高い。レインがゆっくりと立ち上がる。「レイン、大丈夫か?」カイが心配そうに声をかけた。「……問題ない」レインは短く答え、静かにリングへ向かった。対戦相手のエドガーは、既にリング中央で待っていた。金髪を後ろで束ね、鋭い緑の瞳をしている。細身だが、その佇まいには確かな実力が感じられた。「レイン・アズレア……土術士か。面白い」エドガーが薄く笑う。「君の防御術は有名だが、私の攻撃速度についてこれるかな?」レインは無言で構えを取った。両手を軽く地面に向け、足元に淡い魔力が集まり始める。「両者、準備はよろしいですか?」審判が確認すると、二人が頷いた。「それでは――始め!」エドガーが先手を取った。「風雷式・疾風雷鳴《ストーム・ラッシュ》!」風と雷を同時に操り、高速でレインに迫る。その速度は確かに速い――普通の土術士なら対応できないレベルだった。だが、レインは慌てなかった。「土式・感知網《アース・センサー》」地面を通じて相手の動きを完全に把握し、冷静に対処する。「土式・連続防壁《チェイン・バリア》」エドガーの攻撃軌道上に、次々と土の壁が立ち上がった。「っ!読まれている?」エドガーが驚く。彼の攻撃は確かに速いが、レインにとっては予測可能な範囲だった。「まだまだ!風雷式・分散攻撃《スキャッター・ボルト》!」エドガーは戦術を変更し、多方向から同時攻撃を仕掛ける。風刃と雷撃が四方八方からレインを襲った。しかし――「土式・全方位防御《オムニ・ガード》」レインの周囲に完璧な土の要塞が築かれた。どの角度からの攻撃も、厚い土壁によって完全に遮断される。「馬鹿な……完璧すぎる防御だ」エドガーが息を荒げる。彼なりに全力で攻撃したが、レインには全く通用しなかった。レ
last updateLast Updated : 2025-08-14
Read more

格上との対峙

クロは重い足取りでリングへ向かった。観客席からの視線が、背中に突き刺さるように感じられる。「落第生が、ユウリに勝てるわけないだろ」「戦術で完全に負けてる」「あのユウリだぞ……」そんな声が聞こえてくる中、クロは歯を食いしばって前に進んだ。リング中央では、ユウリが静かに待っていた。眼鏡の奥の瞳は冷静で、まるで実験動物を観察するような視線だった。ユウリ・ロウエン――ノクスチームのリーダーにして、学年でも屈指の戦術家。風属性を操る技術は一級品で、その分析力は教師陣からも一目置かれている。「クロ・アーカディア。君の演算について、実際に検証させてもらおう」ユウリの声は感情を排した、純粋な知的好奇心に満ちていた。「検証って……俺は実験動物じゃない」「そうかもしれないね。だが、君の演算パターンは興味深い」ユウリが眼鏡を直しながら続ける。「落第生でありながら、時折見せる異常な演算値。一体どういう仕組みなのか」クロは右手をブレイサーに置いた。《演算準備完了。相手は分析型かつ実力者。長期戦は不利》(分かってる。でも、別荘での修行は無駄じゃなかった)「両者、準備はよろしいですか?」審判の声が響く。クロとユウリが頷いた。「それでは――始め!」開始と同時に、ユウリが行動を起こした。だが、それは攻撃ではない。「風式・観測網」ユウリの周囲に風の流れが展開される。微細な風が戦場全体を覆い、相手の動きを感知する索敵術式だった。「まずは君の動きを分析させてもらう」「そんな余裕があるのか?」クロが地を蹴った。「閃雷刃!」雷を纏った刃がユウリに向かって突進する。
last updateLast Updated : 2025-08-15
Read more

辛勝の重み

「風式・大嵐領域」ユウリの術式が発動すると、リング全体が強烈な風に包まれた。まるで台風の中にいるような状況で、クロは立っているのがやっとだった。「うわああ!」風圧でバランスを崩しそうになるクロ。だが、ユウリは風の中を自由自在に移動していた。「これが僕の本領域だ」風に乗って高速移動するユウリ。その姿は、まるで風そのものになったかのようだった。「風式・嵐刃乱舞」四方八方から風刃が襲いかかる。しかも、嵐の中では軌道が読めない。クロは必死に雷で迎撃しようとするが、風に阻まれて思うようにいかない。「くそっ……」いくつもの風刃がクロの体をかすめ、傷が増えていく。このままでは――《風の流れを読むことに集中しろ。パターンがある》(パターン?)《嵐は不規則に見えるが、ユウリが制御している以上、必ず法則性がある》ゼロの助言を受け、クロは周囲の風の流れを観察した。確かに、よく見ると一定のリズムがある。ユウリが風を操作する際の、微細なタイミングのズレ。(見えた!)次の風刃が来る瞬間、クロは最小限の動きで回避した。「なっ……」ユウリが驚愕の表情を見せる。「まさか、嵐の中で風の流れを読んだのか?」「アルヴェン先輩に教わったんだ」クロが反撃に転じる。「相手の動きを読む――それは風でも同じだ」「雷式・貫通撃!」風を突き破るように、一点集中の雷撃を放つ。ユウリは慌てて回避したが、雷撃は彼の肩をかすめた。「ぐっ……」初めて、ユウリに確実なダメージを与えた。観客席がどよめく。「クロが……ユウリに傷を!」「信じられない」「嵐の中であの動き……」だが、ユウリもただでは終わらない。「流石だ、クロ。君の成長は本物だね」ユウリが眼鏡を直しながら立ち上がる。「だが、まだ僕の全力ではない」「風式・真空領域」今度は風が完全に止まった。嵐とは正反対の、無風状態。だが、それがかえって不気味だった。「真空の中では、君の雷も思うようにいかないはずだ」確かに、真空中では雷の伝導率が大幅に下がる。クロの雷術の威力が激減してしまった。「今度はこちらから行かせてもらう」「風式・真空刃」見えない風の刃が、音もなくクロに迫る。回避しようとするが、真空中では音が聞こえない。攻撃の気配を察知するのが困難だった。「うっ……」見えない
last updateLast Updated : 2025-08-16
Read more

親友対決の始まり

準々決勝、第二試合。学院講堂の観客席は、これまでで最も熱気に満ちていた。フィールド中央には、クロとカイが向かい合って立っている。二人の間に流れる空気は、これまでの試合とは明らかに違った。「……なんか、変な感じだな」カイが苦笑いを浮かべながら拳を握りしめる。いつものような気軽さはそこにはなく、代わりに静かな緊張感が宿っていた。「ああ」クロも短く答える。右手のブレイサーが微かに光を放ち、左手では無意識に雷を練っていた。観客席では、二人の仲間たちが複雑な表情で見守っている。「……どっちを応援すればいいのよ、これ」ミナが腕を組みながら困ったような顔をする。隣でサクラも小さく頷いていた。「どちらも頑張ってほしいけど……勝負は勝負だから」フィアとレインは無言だったが、その視線は真剣そのものだった。二人とも、この戦いが単なる勝負以上の意味を持つことを理解していた。《両者、準備を》審判の声が響く。クロは深く息を吸い、左手に雷を宿す。青白い光が指先で踊り、空気がわずかに震える。カイは両拳を握り、炎を纏わせる。赤い光がゆらめき、熱気が立ち上った。「……始める前に、一つだけ言わせろ」カイが口を開く。その声は、いつもより低く、真剣だった。「俺たち、親友だろ?」「ああ」「だからこそ……手は抜かない」カイの目に、これまで見たことのない鋭さが宿った。「俺はもう、お前の背中を追いかけるだけじゃ終わりたくねぇんだ。今日は――本気で倒しに行く」その言葉に、クロの胸に熱いものが込み上げる。「……俺も同じだ。親友だからこそ、全力で来い」二人は同時に構えを取った。《――始め!》審判の声と共に、カイが一気に距離を詰めてきた。「焔拳!」炎を纏った拳が、真っ直ぐクロの顔面へ向かう。だが――「っ!」クロはその拳を間一髪で避け、横へ跳ぶ。カイの攻撃は予想していた軌道とは微妙にずれていた。《動きのパターンが従来と違う。警戒せよ》(わかってる……カイの癖、全部知ってるつもりだったけど)着地と同時に、クロは雷弾を放つ。青白い光がカイへ向かって走るが――「甘ぇな!」カイは拳で雷弾を弾き飛ばした。炎と雷が衝突し、小さな爆発が起こる。「おいおい、マジかよ」観客席からざわめきが起こる。カイが素手で雷弾を弾くなど、以前なら考えられなかった。カイがにやりと
last updateLast Updated : 2025-08-17
Read more

親友対決の始まり

準々決勝、第二試合。学院講堂の観客席は、これまでで最も熱気に満ちていた。フィールド中央には、クロとカイが向かい合って立っている。二人の間に流れる空気は、これまでの試合とは明らかに違った。「……なんか、変な感じだな」カイが苦笑いを浮かべながら拳を握りしめる。いつものような気軽さはそこにはなく、代わりに静かな緊張感が宿っていた。「ああ」クロも短く答える。右手のブレイサーが微かに光を放ち、左手では無意識に雷を練っていた。観客席では、二人の仲間たちが複雑な表情で見守っている。「……どっちを応援すればいいのよ、これ」ミナが腕を組みながら困ったような顔をする。隣でサクラも小さく頷いていた。「どちらも頑張ってほしいけど……勝負は勝負だから」フィアとレインは無言だったが、その視線は真剣そのものだった。二人とも、この戦いが単なる勝負以上の意味を持つことを理解していた。《両者、準備を》審判の声が響く。クロは深く息を吸い、左手に雷を宿す。青白い光が指先で踊り、空気がわずかに震える。カイは両拳を握り、炎を纏わせる。赤い光がゆらめき、熱気が立ち上った。「……始める前に、一つだけ言わせろ」カイが口を開く。その声は、いつもより低く、真剣だった。「俺たち、親友だろ?」「ああ」「だからこそ……手は抜かない」カイの目に、これまで見たことのない鋭さが宿った。「今日だけは、友達じゃなくて戦士同士だ」その言葉に、クロの胸に熱いものが込み上げる。「……俺も同じだ。全力で行く」クロは静かに続けた。「ありがとな、カイ。お前がいてくれたから、俺はここまで来れた」「馬鹿野郎、そんなん俺の方だよ」カイがいつものように笑う。でも、その目には確かに感動の色があった。「お前が頑張ってるの見てたから、俺も負けてられねぇって思えたんだ」《――始め!》審判の声と共に、カイが一気に距離を詰めてきた。「焔拳!」炎を纏った拳が、真っ直ぐクロの顔面へ向かう。だが――「っ!」クロはその拳を間一髪で避け、横へ跳ぶ。以前なら絶対に避けられなかった攻撃だった。《動きの精度、大幅向上。成長を確認》(やっと……やっとカイと戦える)着地と同時に、クロは雷弾を放つ。青白い光がカイへ向かって走る。「おっと!」カイは軽やかに跳躍して雷弾を避ける。その動きに無駄がない。「お前…
last updateLast Updated : 2025-08-18
Read more

譲れないもの

フィールド上空に煙が立ち込める中、クロとカイは息を荒らげながら向かい合っていた。制服はあちこち破れ、汗と埃にまみれた二人の姿に、観客席からはどよめきが響く。「はぁ……はぁ……まだ、やるつもりか?」カイが拳を握りしめながら、それでも笑みを浮かべる。その目には、疲労の色と共に、どこか嬉しそうな光が宿っていた。「当たり前だろ」クロも荒い息を吐きながら答える。左手のブレイサーには細かいひび割れが入り、雷の光が時折不規則に明滅していた。《ブレイサー耐久度68%。魔力残量は47%。推奨:戦闘継続可能だが、大技使用は2回が限界》(わかってる……でも、まだ終われない)観客席では、二人の戦いを見守る仲間たちの表情が複雑に揺れていた。「……二人とも、本当に強くなったのね」ミナが小さくつぶやく。その声には感動と同時に、どこか寂しさが混じっていた。「ああ。でも、これじゃどっちを応援すればいいのか……」サクラも困ったような表情を浮かべる。隣でフィアとレインは無言のまま、緊迫した視線を二人に注いでいた。「……なあ、クロ」カイが急に真剣な表情になった。「俺、今まで黙ってたことがあるんだ」「何だよ、急に」「お前のこと、ずっと羨ましいって思ってた」その言葉に、クロは驚いて目を見開く。「……羨ましい?俺を?」「ああ」カイは拳を握りしめる。その手が、わずかに震えていた。「お前は……諦めないんだよ。どんなに失敗しても、どんなに笑われても、絶対に諦めない」カイの声に、これまで聞いたことのない響きがあった。「俺なんて、少し上手くいかないとすぐに投げ出したくなる。でもお前は違った。ずっと、ずっと練習してた」観客席が静まり返る。二人の会話が、会場全体に響いていた。「あの時、俺がお前に声をかけたのは……本当は、俺の方が救われたかったからかもしれない」カイが苦笑いを浮かべる。「お前を見てると、俺も頑張れるって思えた。お前が俺の目標だったんだ」クロは言葉を失った。(カイが……俺を羨ましいって……?)「でもな」カイが再び炎を両手に宿す。その炎は、これまでで最も強く、美しく燃えていた。「今日わかったんだ。俺は、お前の背中を追いかけるだけじゃ終わらない」「カイ……」「お前と並んで立ちたい。いや……」カイの目に、強い決意が宿る。「お前を超えたい。本気で
last updateLast Updated : 2025-08-19
Read more

親友だからこそ

フィールドに立つ二人の姿を見て、観客席は完全に静まり返っていた。クロもカイも、もはや魔力をほとんど残していない。制服はボロボロに破れ、軽い傷を負い、立っているだけで精一杯の状態だった。それでも、二人の目には諦めの色がなかった。「……最後の一撃か」クロが小さくつぶやく。左手のブレイサーは半分以上が砕け、雷の制御装置もほとんど機能していない。「ああ。魔法なんて、もう使えねぇ」カイも同じような状態だった。炎の制御装置は熱で歪み、魔力の流れが不安定になっている。《両者魔力残量5%以下。装置の損傷により、演算補助機能停止。以降は生身での戦闘》(生身、か……)クロは苦笑いを浮かべる。(結局、最後は拳と拳なんだな)「なあ、クロ」カイが口を開く。その声は疲れているが、どこか楽しそうだった。「昔を思い出すよ。俺たち、魔法が使えない頃は、よく殴り合いの喧嘩してたよな」その言葉に、クロの脳裏に懐かしい記憶が蘇る。**入学から半年後、初秋の頃**夕暮れの訓練場で、魔法の練習に失敗したクロが地面に拳を叩きつけていた。「くそっ……なんで俺だけ……!」その時、後ろからカイが現れた。「よ、クロ。また失敗したのか?」「……うるさい」「そんなに落ち込むなよ。魔法なんて使えなくても、強いやつはいるぜ」カイがそう言うと、クロは振り返って言い返した。「お前にはわからないよ!お前は最初から上手かったじゃないか!」「何だと?じゃあ、魔法なしで勝負してみろよ」「上等だ!」二人は魔法を一切使わず、素手で殴り合いを始めた。傍から見れば、子供の喧嘩のようなものだった。しかし、二人は本気だった。汗だくになり、鼻血を出しながらも、最後まで戦い抜いた。
last updateLast Updated : 2025-08-20
Read more

静寂の前の嵐

準々決勝から三日が経った。学院の医務室で、クロは包帯を巻いた左腕を動かしながら、窓の外を眺めていた。「まだ少し痛みますか?」白衣を着た医務官の女性が、クロの腕の状態を確認する。「いえ、もう大丈夫です」クロは軽く腕を回してみせる。カイとの戦いで負った傷は軽いものだったが、念のため経過観察をしていたのだ。「それでは、明日からの練習も問題ないでしょう。ただし、無理は禁物ですよ」「ありがとうございました」医務室を出ると、廊下でカイが待っていた。右手に包帯を巻き、頬にも小さな絆創膏を貼っている。「よ、クロ。調子はどうだ?」「お前こそ、その手は大丈夫か?」「これくらい、かすり傷だよ」カイが笑いながら手を振る。その表情は、三日前と何も変わらない、いつものカイだった。「準決勝、頑張れよ」「ああ。お前も、観に来てくれるんだろ?」「当たり前だ。一番前の席で応援してやる」二人は並んで廊下を歩く。窓の外では、他の生徒たちが訓練に励んでいるのが見えた。「なあ、クロ」「何だ?」「あの戦い、後悔してないか?」カイが突然、真剣な表情になる。「後悔って?」「俺と本気で戦ったこと。もしかしたら、怪我がもっとひどくて、準決勝に出られなくなってたかもしれないだろ?」その言葉に、クロは立ち止まった。「……後悔なんて、あるわけないだろ」クロは振り返って、カイをまっすぐ見つめる。「あの戦いがあったから、俺は本当の意味で強くなれた。技術じゃない、心の部分で」「心の部分……か」「ああ。お前が俺を認めてくれて、俺もお前を認められた。それが一番大切なことだったんだ」カイの表情が、ほっとしたように緩む。「そっか。なら良かった」「それに」クロが小さく笑う。「お前が怪我させた分は、ジンにお返しするつもりだからな」「はは、それは楽しみだ。でも、無茶するなよ」「わかってる」二人は再び歩き始めた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――食堂では、いつものメンバーが昼食を取っていた。「クロくん、腕の調子はどう?」サクラが心配そうに尋ねる。「もう全然平気だよ。ありがとう」クロが席に着くと、ミナが呆れたような顔をする。「本当に、男って馬鹿よね。あんなボロボロになるまで戦って」「でも、すごかったです
last updateLast Updated : 2025-08-21
Read more

宿命の対決

準決勝当日。学院講堂には、これまでで最も多くの観客が詰めかけていた。廊下にまで人があふれ、立ち見席も満席。教師陣も全員が特別席に集まっている。「ついに来たな……」「ジン vs クロ……」「学年最強と落第生の戦い」ざわめきが会場全体を包む中、フィールド中央には一人の男が立っていた。ジン・カグラ。完璧に整えられた制服、乱れ一つない髪、そして氷のように冷たい瞳。その佇まいだけで、会場の空気が変わった。静寂。まるで、王が降臨したかのような圧倒的な存在感。観客席の誰もが息を詰め、その姿を見つめていた。そして、対戦相手の入場を待つ。「……クロ、大丈夫?」控室で、カイが心配そうに声をかけた。クロは椅子に座ったまま、じっと手を見つめている。「大丈夫だ」「でも、顔色悪いぞ」「……緊張してるんだよ。当たり前だろ」クロが苦笑いを浮かべる。確かに、緊張していた。ジンとの戦い。学年最強との宿命の対決。これまでで最も大きな壁が、目の前に立ちはだかっている。「クロくん」サクラが静かに近づいてきた。「私たち、みんなクロくんを応援してるよ」「ああ」「だから……自分らしく戦って」その言葉に、クロは少し表情を緩めた。「ありがとう、サクラ」「絶対勝てよ、クロ」ミナが拳を握りしめる。「あんたなら、やれる」「クロ・アーカディア選手、入場準備をお願いします」スタッフの声が控室に響いた。クロは立ち上がり、深く息を吸う。「行ってくる」「おう!」「頑張って!」仲間たちの声援を背に、クロは控室を出た。廊下を歩きながら、ゼロの声が響く。《心拍数上昇。緊張状態》「当たり前だ」《相手は格上。勝率は……》「数字はいらない」クロが歩みを止めずに答える。「今日は、数字じゃ測れない戦いになる」《理解不能》「わからなくていい。俺にもわからないから」入場ゲートが目の前に見えてきた。向こう側からは、観客席のざわめきが聞こえる。(行くぞ……)クロは最後に深呼吸をして、ゲートを潜った。「そして、対戦相手――クロ・アーカディア選手!」アナウンサーの声が響くと同時に、会場が一気に沸いた。「クロ!」「頑張れ!」「落第生の意地を見せろ!」声援と同時に、野次も飛んでくる。「ジンに勝てるわけない」「格が違いすぎる」「瞬殺だろ」ク
last updateLast Updated : 2025-08-22
Read more
PREV
123456
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status