All Chapters of 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける: Chapter 1251 - Chapter 1260

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第1251話

礼央も身をかがめて、真衣と一緒に確認した。「可能性は低い。裂け目に吹き込む風は弱く、積雪はそれほど厚くならない。チップが落ちていれば、見えるはずだ」礼央は眉をひそめて言った。「チップを持ち去った人物は裂け目に入ってすらいないのかもしれないな。俺たちを誘導するために、わざと痕跡を残しただけなのかもしれない」真衣の胸は失望と焦りで満たされ、彼女は凍えた手をこすり合わせた。チップは何の手がかりも残さぬまま、忽然と姿を消してしまった。真衣が上を見上げると、空はさらに暗くなり、吹き荒れていた風雪の音がますます激しくなっていた。「空の様子がおかしい、急いで上がろう」礼央は突然表情を変え、真衣の手首を強く掴んだ。「ブリザードが来る」その言葉が終わらないうちに、氷河全体が激しく揺れ始めた。裂け目の上方から轟音が響き渡り、大量の雪と岩屑が裂け目を転がり落ち、氷壁にぶつかって耳をつんざくような音を立てた。携帯のライトが消え、暗闇が一瞬にして全てを飲み込み、残ったのは風雪の咆哮と氷が裂ける恐ろしい音だけだった。「しっかり掴まれ」礼央は焦ったように言い、真衣の手を握って自分の方へ引き寄せた。二人はよろめきながら大きな岩陰に身を隠し、かろうじて転がり落ちる岩屑を避けた。絶え間なく落ちて来る雪と岩屑が裂け目の出口の大半を塞ぎ、微かに光が差し込む狭い隙間だけが残った。裂け目の下では気温が急に下がり、真衣は冷たい空気に自分の体温が急速に奪われていくのを感じた。「寒い……こんなにも寒いとは……」真衣は寒さで歯がガタガタと音を立てていて、体も震えていた。彼女は無意識のうちに礼央の方に自分の体を寄せた。礼央は真衣の震えを感じ、このままでは二人とも凍え死んでしまうと思った。彼はためらわず、自分が着ている防寒服を脱ぐと、それを真衣に着せ、強く抱きしめた。「寝るな、真衣、絶対に寝てはいけないぞ」礼央の息が彼女の額にかかった。「頑張れ」防寒服にはまだ微かに礼央の温もりが残っており、わずかながら寒さを和らげていた。真衣は礼央の腕の中で身を丸め、命綱を掴むように彼の腰を抱きしめた。真衣は朦朧とした意識の中で、この腕の温もりだけが生き延びるための唯一の希望だと感じていた。「礼央……」真衣はかすれた声で呟いた。「ここで死んだら、運が
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第1252話

吹雪は依然として激しく、岩屑が転がり落ちる音があちこちで聞こえたが、礼央は嵐が少しずつ弱まっているように感じた。嵐が過ぎ去るのを待つ時間は苦しく、一分一秒が果てしなく長く感じられた。真衣は礼央の腕の中で眠気に襲われていたが、礼央の腕から伝わる温もりと力強い心臓の鼓動だけは、はっきりと感じられた。彼の鼓動が、真衣に諦めてはいけないと励ましてくれているようだった。しばらくして、吹雪の音は次第に弱まり、岩屑の音もまばらになっていった。礼央は気持ちを奮い立たせ、慎重に腕の中の真衣を離し、優しく呼びかけた。「真衣?真衣?目を覚まして」彼女はゆっくりと目を開け、かすれた声で言った。「嵐は……止んだの?」「もうすぐ止むから、このタイミングで急いで上に行かないといけない」礼央は真衣を支えて立ち上がらせて言った。「外ではもうかなり雪が積もっているだろう。上の方まで登るのは大変だから、しっかり俺につかまってろよ」真衣は頷き、意識を集中させて礼央の手をしっかりと握った。二人は出口に向かって歩き始めた。足元の氷は滑りやすく、一歩一歩細心の注意を払う必要があった。礼央は先頭に立ち、携帯していた道具で岩屑や雪をかき分け、真衣が歩けるように道を作った。途中で真衣は足を滑らせ、下へと転がり落ちそうになった。「危ない!」礼央は素早く真衣の手を掴み、全力で引き上げた。その時、鋭い岩が礼央の手を切り裂き、手から吹き出した血が、辺りに積もった雪を赤く染めた。礼央は痛みに気付かず、ただ真衣の手をしっかりと握って言った。「大丈夫か?怪我はないか?」彼は心配そうに尋ねた。真衣は首を振り、負傷した礼央の手を見て震えた。「あなたの手が……」礼央は真衣の視線の先を追い、初めて自分が怪我をしていることに気付いた。傷口からは血が絶えず滲み出ていた。礼央は眉をひそめながら、ポケットから包帯を取り出し、手に適当に巻き付けた。「大丈夫、軽傷だ」「でも、血が出てるわ」「いいから、急ごう」礼央は真衣の言葉を遮り、支えながらさらに上へと進んだ。「吹雪はいつまたくるかわからないから、早くここから出よう」真衣はそれ以上何も言わず、ただ礼央の手をしっかりと握り、一歩一歩上へと登っていった。包帯を通して伝わる礼央の手の温度と血液の感触を、真衣はし
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第1253話

真衣は何も言わなかった。彼女は突然、礼央の胸に飛び込み、両腕で彼をしっかりと抱きしめた。微かに震える小さな身体に残っていた力を振り絞って、真衣は彼をぎゅっと抱きしめた。彼女の鼻先を礼央の匂いがくすぐり、淡い雪の匂いと消毒液の香りが混ざり合っていた。自分は長い間、こんなふうに礼央を抱きしめていなかった。礼央を抱きしめる感覚がどんなものなのかを忘れてしまうほどだった。礼央の身体が硬直した。彼女の温かく柔らかな感触に、礼央は胸が震えた。彼は真衣の心臓の鼓動をはっきりと感じとり、次第に自分の心臓の鼓動と重なり合っていった。彼は大きく上げた手を空中で止めた。手を彼女の背後に回して抱き返そうとしたが、指先が微かに震えていた。理性と感情が胸の中で激しくせめぎ合っていた。手を離せば、真衣が消えてしまうのではないかと怖くなる。しかし、強く抱きしめれば、また彼女を傷つけてしまうのではないかと不安になる。「俺は大丈夫だ」礼央の声はひどくかすれていた。真衣は相変わらず黙ったまま、頭をさらに深くうずめ、彼の胸に押し付けた。真衣は礼央の力強い心臓の鼓動や固まった体、そして宙に止まったままなかなか下されない彼の手の存在を感じていた。真衣の目頭がさらに熱くなった。悔しくないわけではなかった。怖くないわけではなかった。チップの紛失の嫌疑をかけられ、礼央とこの吹雪の大地を捜索し、氷河の裂け目に閉じ込められたことを思い出すと、全ての感情が一気に爆発した。でも声を上げて泣きたくはなかった。礼央に自分の弱さを見せたくなかった。吹き荒れる風の中、二人はただ静かに抱き合った。どれほど時間が経ったか、真衣はようやく落ち着き、身体の震えも次第に収まっていった。礼央の手は相変わらず宙に浮かんだままだった。胸元が濡れており、真衣が泣いていたことに気付くと、礼央の胸は苦しくなった。「そろそろここを離れよう」礼央はようやく口を開いた、「ここは危ない。吹雪がまたいつ襲ってくるかわからないからな」真衣はようやく手を離し、ゆっくりと礼央の腕の中から身を引いた。真衣の目元は赤く腫れていた。彼女は眉をひそめ、礼央の手に視線を落として言った。「あなたの手……」傷口は寒さで青紫色になり、見るからに痛々しかった。礼央はち
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第1254話

「まずい」礼央は眉をひそめた。「またブリザードが来る」礼央が言い終わらないうちに、激しい突風が吹き荒れた。視界が瞬時に閉ざされ、目の前がぼやけて見えた。真衣は強い風に目を開けていられず、足元がふらついた。礼央は振り返って真衣の腕を掴んで言った。「こっちだ」礼央は真衣の手を引いて、走り出した。真衣はよろめきながら走り出した。数分走り、二人はひっそりとした洞窟に辿り着いた。入口が分厚い雪で覆われており、礼央がいなければ、真衣はこの洞窟の存在に気付けなかっただろう。「ここに洞窟があるんだ」礼央はそう言いながら、入口を塞ぐ雪を押しのけた。「緊急時には、たいていのテスト担当者がここに避難してくる」洞窟に足を踏み入れた途端、外から耳をつんざくような轟音が響いた。雪混じりの狂風が、洞窟の入口の岩肌に激しくぶつかり、鈍い音を立てた。洞窟の中は外より幾分暖かく、少なくとも骨まで凍るような寒さはなかった。礼央は真衣の手を離すと、雪と石の塊で入口を半分ほど塞ぎいだ。礼央はようやく安堵の息をつき、冷たい岩壁にもたれて深呼吸した。真衣は、礼央の負傷した手を見つめた。いつの間にか、礼央はポケットから手を出していた。傷口が雪解け水に浸り、血液が薄い氷の膜の下で固まっていた。手全体が紫がかった色に変色し、指の関節は白く、感覚を失っているように見えた。真衣は胸が締めつけられる思いをし、急いで礼央に近寄って、彼の手首を掴んだ。触れた肌は冷たく、刺すような寒気が真衣の指先から心の奥へと染みわたった。「手袋は?」真衣は微かに震える声で尋ねた。出発前に、千咲が買ったピンクの手袋を礼央に渡したことを真衣は覚えていた。その手袋はフワフワしていて、保温効果がとても良いのに、どうして……礼央は凍えて変色した手を見て言った。「うっかり落としてしまったんだ」しかし、本当は落としてなどいなかった。氷河の裂け目で、彼は手袋を真衣に手渡していた。裂け目から這い出た後も、礼央は真衣を案じて自分のことなど気にかけていなかった。礼央は真衣が自責の念にかられないようにと思い、そのことを彼女に伝えなかった。しかし、真衣は礼央の目を見て、すぐに事情を理解した。彼はうっかり落としてなどいない。自分に譲ってくれたの
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第1255話

-洞窟の外で吹く風と雪は止む気配がなかった。洞窟内の光はだんだん暗くなり、岩壁の割れ目から厳しい冷気が吹き込んできた。真衣は礼央の凍りついた手を撫でた。しかし、息を吹きかけても、擦っても、彼の手は一向に冷たいままだった。彼の指は硬直して丸まっており、凍傷を負っていることは明らかだった。「もう無駄だ」礼央はそっと手を引っ込めた。彼の声は穏やかだったが、指先は感覚を失ったつららのように、だらりと脇に垂れ下がっていた。「もう感覚が麻痺していて、何も感じなくなった」真衣は礼央の手を見て、胸が締め付けられたように痛んだ。真衣は辺りを見回し、隅の方に積まれた枝の束を見て目を輝かせた。「あそこに枝があるわ。火を起こすね」「ライターはある?礼央は首を横に振った。真衣と一緒にいるようになってから、礼央はタバコを吸わなくなった。礼央は真衣が煙の臭いが嫌いなことを覚えており、無意識のうちに煙の匂いのするものを避けていた。「俺が火を起こすよ」礼央はしゃがんで、程よい太さの枝を二本拾い上げ、ポケットから小型のナイフを取り出し、枝の一本に浅い溝を刻んだ。火起こしは野外で生存するための基本的な心得だが、手を負傷している礼央にとっては、決して簡単な作業ではなかった。真衣は彼が目を伏せて真剣な表情をしている様子を見つめていた。力を込めているせいで負傷した手がかすかに震えているのを見て、彼女は思わず眉をきゅっとひそめる。「手伝おうか?」「大丈夫だ」礼央は顔を上げずに言った。「少し座ってて。風邪を引かないようにな」礼央の手つきは、手慣れてはいなかった。しかし、しばらくすると摩擦を起こした枝から煙が立ち上った。真衣は胸が高鳴り、息を殺して煙を見つめた。しばらく経ち、ついに木くずの中で小さな火花が散り、真衣が素早く乾いた小枝をくべると、小さな炎が瞬く間に燃え上がった。赤々とした炎が当たりの冷気を吹き飛ばし、二人の顔を明るく照らした。礼央はほっと一息ついたが、彼の顔は変わらず青白いままだった。真衣は壁の脇にぶら下がっている錆びた鉄鍋を見ると再び目を輝かせた。「あそこに鍋があるわ。雪でお湯を沸かして、傷口を洗いましょう」「凍傷はすぐに治療しないと、症状が悪化してしまうから」真衣が立ち上がろうとすると、礼央
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第1256話

雪はゆっくりと溶け出し、次第に鍋から湯気が立ち始めた。洞窟内の温度は次第に上がり、暖かさが二人を包み込んだ。真衣は慎重に礼央の手を取って、お湯の中へ浸した。礼央の指先は冷えて少し黒ずんでいた。温めると鋭い痛みが走ったが、彼はただ眉をひそめて、一言も発しなかった。「枝が少なくなってきたわね」真衣はハンカチで礼央の傷口を優しく拭いながら、次第に減っていく枝の束を見つめて呟いた。「外部と連絡を取る方法を考えないと。あとは……ブリザードが早く止むことを願うしかないね」礼央は何も言わず、真衣の目や、傷を丁寧に拭う彼女の仕草を見つめていた。炎が真衣の顔に影を落とし、表情がいつもより柔らかく見えた。礼央はふと思った。今の状況も、決して悪いことばかりではないのかもしれないと。外では、果てしなく吹雪が唸り続けていた。炎は次第に弱まり、枯れ枝は燃え尽きて、灰だけが残った。洞窟内の温度は少しずつ下がり、二人は再び寒さに襲われた。真衣は岩壁にもたれて、意識が朦朧とし、頬は驚くほど熱くなっていた。彼女は体を丸め、震えが止まらなかった。華奢な肩が小さく揺れ、呼吸も荒くなっていた。礼央は異変に気づき、真衣の額に手を当てると、指先から伝わる高熱に眉をひそめた。彼は急いで自分の防寒着を脱いで真衣に着せ、冷えた手足を温めようと、彼女を自分の胸に引き寄せた。「真衣?真衣、しっかりしろ」リュックの中をくまなく探し、残り少ない解熱剤を見つけると、砕いて雪解け水に混ぜ、慎重に真衣に飲ませた。清潔なハンカチを雪水に浸し、真衣の額に当てては何度も取り替えた。炎は完全に消え、洞窟は暗闇に沈んだ。礼央は真衣を強く抱きしめた。彼女の身体から伝わる熱を感じながら、彼の心は締め付けられたように痛んだ。真衣は流産を経験してから、身体が弱くなっていた。礼央は俯き、真衣の額を撫でて言った。「ごめんな……本当にごめんな……」携帯は圏外で、外からの救助は望めなかった。礼央は高熱で苦しむ真衣を見て、ブリザードが過ぎ去るのをじっと待つわけにはいかなかった。たとえ希望はわずかでも、外に出て救助を求めなければならない。礼央は慎重に手を離し、立ち上がろうとした瞬間、真衣に手首を掴まれた。真衣は高熱でぐったりとしていたが、顔には頑なな
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第1257話

外の吹雪は一向に止む気配がなかった。真衣は礼央の胸の中で、意識が朦朧としていた。熱く火照った額が、礼央のひんやりとした首元に押し当てられた。彼女の呼吸は熱を帯びて荒々しく、吐く息の一つ一つが焼けつくような温度を含んでいた。真衣は本能で温もりを求めるように、全身を礼央の身に預けた。たった一つの温もりが消えてしまわないようにと、彼女は細い腕で礼央の腰をしっかりと抱いた。礼央は冷たい岩壁に座り、背筋を伸ばして真衣をしっかりと胸に抱きしめていた。礼央は繰り返し真衣の額を撫で、そのたびに彼女の高熱を感じ、胸が苦しくなった。腕の中の真衣は驚くほど軽いのに、彼の気持ちは息ができないほど重く沈んでいた。礼央は青ざめた真衣の顔を見つめた。長いまつ毛は涙で濡れ、苦痛に歪んだ眉間が激しい痛みに耐えていることを物語っていた。携帯には依然として圏外と表示され、画面のライトが礼央のこわばった表情を照らした。これ以上、待ってはいられない。吹雪は幾分弱まったものの、まだ止む気配はなく、このままでは真衣の高熱は悪化する一方で、取り返しのつかない事態になりかねない。礼央はここの地形を全く知らないわけではなかった。出発前に自ら周辺の偵察を指揮し、この洞窟が観測所の南西に位置することを把握していた。その間には氷河と雪原が広がり、直線距離だとさほど遠くないが、吹雪の中だと方向を見失いやすい。夜が更けるにつれ、氷原の気温はマイナス四十度まで下がった。礼央は防寒着で真衣をしっかりとくるみ、背中から落ちないように、包帯で二人の身体を縛った。時折、真衣の体温を確かめたが、そのたびに彼女の熱はますます上がっているように感じ、礼央の心は重く沈んだ。洞窟内の枝はとっくに燃え尽き、冷たい灰だけが残っていた。礼央は自分が眠れば真衣が危険になると思い、目を閉じることもできなかった。礼央はただひたすらに真衣の背中を撫で続け、自らの体温で彼女を温め、何度も彼女の名前を呟いた。東の空が明るくなり始めた頃、真衣の高熱は下がるどころか、むしろさらにひどくなり、意識もますます朦朧としていた。真衣は途切れ途切れに「千咲」と呼んだり、礼央の名前を呼んだりしていた。苦しそうな真衣の様子を見て、礼央の心はさらに痛んだ。もう迷っている余裕はない。礼央
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第1258話

礼央は真衣を背負い、一歩一歩果てしない氷原を歩いた。足元には分厚い雪が積もり、少しでも気を抜くと滑って転びそうだった。手の傷は寒さで感覚を失っていたが、それでも彼は手で真衣の腿をしっかりと支えた。真衣のまぶたはますます重くなり、意識は厚い綿に包まれたようにぼんやりとしていた。真衣は耳元で吹く風の音と、礼央の背中から伝わる温もりを感じていた。真衣は礼央がとても、とても疲れていることに気付いていた。「礼央……」真衣は全身の力を振り絞って、微かに声を出した。「ありがとうね……」ありがとう、自分を見捨てないでいてくれて。ありがとう、吹雪の中、自分をおんぶしてくれて。ありがとう、まだ自分の傍にいてくれて。礼央は歩みを止めず、小さな声で言った。「話すと、体力を消耗するぞ。もうすぐ着くからな」本当は、その『もうすぐ』がいつなのか、礼央にはわからなかった。激しい吹雪に視界が阻まれ、方向感覚はすでに失われていた。礼央は記憶と直感だけを頼りに、おおよその方向へ進むしかなかった。どれくらい歩いただろうか。礼央は全身の力が抜けていくのを感じた。肩の重みが増し、真衣の体温がどんどん上がっていくのを感じると、礼央は胸を痛めた。礼央の唇は乾いて裂け、喉が渇いて息をするにも痛みが走った。しかし礼央は、一歩たりとも止まれなかった。止まれば、もう二度と立ち上がれない気がしたからだ。自分が倒れれば、真衣はこの氷原に葬られてしまう。どれくらい経っただろうか。礼央の意識が朦朧としてきたとき、遠くにかすかな灯りが見えた。その灯りは吹雪の中でもゆらめき、暗闇の中の星のように、彼に進む道を照らした。観測所だ。礼央は歯を食いしばり、最後の力を振り絞って、その灯りの方向へよろめきながら進んだ。一歩一歩観測所に近づいた。観測所が目視で確認でき、何人かの動く人影も見えた。そこにいた隈川が最初に礼央に気づき、顔色を変えて駆け寄った。「高瀬社長!」隈川は礼央が背中に意識不明の真衣を背負い、傷だらけで今にも倒れそうな姿を見て、慌てて言った。「どうなさったんですか?」礼央は朦朧とした意識の中、力を振り絞り、真衣を抱き上げて言った。「すぐに医者を呼んで、真衣のことを診てくれ。高熱を出しているんだ……」言い終わ
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第1259話

「寺原さん、目が覚めましたか?」ちょうどその時、隈川の声がドアの外から聞こえた。彼は温かいスープを手に部屋に入ってきたが、顔には明らかに疲れが浮かんでいた。真衣は隈川をじっと見つめて尋ねた。「礼央はどこにいますか?」隈川は手を止め、複雑な表情を浮かべた。お椀を置くと、隈川は静かに言った。「高瀬社長は隣の部屋にいますが、まだ意識が戻っていません……」真衣の心がガクンと沈んだ。真衣は布団から起き上がったが、足元がふらつき、ベッド脇の椅子につまずきそうになった。隈川が急いで真衣を支えて言った。「寺原さん、まだ熱が引いたばかりなんですよ。無理してはいけません」真衣は隈川の手を振りほどき、隣の部屋に急いだ。胸の中の不安がどんどん膨らんでいくようだった。ドアを開けた瞬間、真衣は絶句した。礼央は静かにベッドに横たわり、顔は血の気が失せて透き通るほど白く、もともと細い頬がさらに痩せこけ、ひどく憔悴していた。唇は乾燥してひび割れ、まるで夢の中で苦痛に耐えているように眉をひそめていた。怪我をした手は丁寧に包帯で巻かれていたが、その端からはまだかすかに血が滲んでいた。真衣はその場に立ち尽くした。胸が苦しく、息をするのも痛みを伴うようだった。彼女はゆっくりとベッドに近づき、手を伸ばして彼の頬に触れようとしたが、起こしてしまうのではないかと、震える指先を止めた。「ブリザードで道路が閉ざされていて、車が入って来られないんです」背後から途方に暮れる隈川の声がした。「観測所の医療物資は元々不十分で、一般的な薬品はありますが、高瀬社長のような体の状態に対処する手段がありません」真衣は振り返らなかった。彼女の全身は硬直していた。「医師には連絡済みですが、ブリザードが止み、道路が開通されるまで待つしかないとのことです」隈川はため息をつき、続けた。「高瀬社長は……あなたをおんぶして長時間歩き、高熱を出してしまったようです」「解熱剤や注射も試しましたが、効果が出ず、体温が上がったり下がったりしています」真衣の目に涙が浮かんだ。彼女は手を伸ばして、礼央の額を優しく撫でた。指先から信じられないほどの高熱が伝わってきた。礼央は熱が出ている。しかも、かなりの高熱だ。苦しそうに横たわる礼央を見て、真衣の胸は痛んだ。
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第1260話

隈川は、何も言わなかった。真衣はずっと、礼央の傍を離れなかった。真衣は礼央の傍で、そっと彼の額に滲む汗を拭っていた。隈川が言った。「寺原さん、あなたが彼のそばで看病してもう二日が経ちます。あなたも休まなければ、ご自身の身体を壊してしまいますよ」「高瀬社長のことは私たちが責任を持って看病しますから」真衣は返事をせず、ただ礼央の手を見つめた。その手は、かつて精密機器を握り、数十億円単位の契約書に署名したこともある。また不器用ながらも千咲の髪を結っていたこともあった。その手が、今は氷のように冷たく変わり果てた姿になっていた。隈川はため息をつき、結局何も言わず、スープをそっとベッドサイドテーブルに置いて去った。部屋は再び静寂に包まれ、二人の呼吸音と、窓の外で雪が舞うかすかな音だけが残った。夜更けの寒さは、針のように衣服の隙間から入り込み、骨の髄まで疼かせた。真衣は羽織っていた防寒服をしっかりと着込んだ――それは礼央のもので、彼の匂いが残っていた。真衣は片時も礼央から目を離さなず、彼の険しい眉間や、微かに震えるまつげや額に滲む汗をじっと見つめていた。浮き上がる小さな汗が彼の額にかかっている前髪を濡らしていく。真衣の心は重く沈み、息が詰まるほど苦しかった。彼女は沙夜と安浩のことを思い出した。ずっと前、二人がカフェで膝を突き合わせて真剣に話してくれたあの時のことを。当時の真衣は、千咲を連れて戻ったばかりで、礼央を避け、彼の名前を聞くと眉をひそめていた。沙夜は真剣な表情で言っていた。「真衣、心の傷が癒えないのは当然よ。あんなひどいことされて、簡単に忘れられるはずがないもの」「でも考えてみて。もし、ある日突然礼央がいなくなったら、あなたはどうする?」安浩も頷き、ため息をついた。「千咲ちゃんはまだ小さいし、父親が必要だよ」「君は……彼に対して本当に何の未練もないと言い切れる?」当時の真衣には、この言葉は耳障りで余計なものにしか思えなかった。真衣は冷ややかに笑って言った。「彼が死のうと生きようと、私には関係ないわ」しかし今、目の前に危篤状態の礼央がいる。意識的に築き上げた高い壁も、装った冷淡さも、一瞬にして崩れ落ちてしまった。そう、彼は永遠に存在し続けるわけではない。礼央の身体はも
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