All Chapters of 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける: Chapter 1231 - Chapter 1240

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第1231話

病院で診察を受けてほしいという、たったそれだけの真衣の願いを、今の自分に拒否する資格などあるのか?本来なら、どんな要求であれ、自分は真衣の言うことに従うべきなのだ。長い沈黙が続いた。礼央はようやく口を開いた。「わかった、お前の言う通りにする」「じゃあ今すぐ病院に行きましょう」真衣は即座に言った。「お前は起きたばかりだし、もう少し休んだ方がいい。俺一人で行ってくる」礼央は言った。「診察が終わったら連絡する」真衣は礼央の頑なな言葉を聞いて、それ以上強要しなかった。真衣はわかっていた。礼央は自尊心が高く、弱っている自分を彼女に見せたくないのだろう。「わかった、気をつけてね。何かあったらすぐに連絡して」礼央は頷いた。依然、苦しそうに眉をひそめる礼央の顔を見ると、真衣の胸は締め付けられるように痛んだ。礼央が去った後、真衣が家に戻ると、修司から電話がかかってきた。「真衣、今日病院に再検査に行くんだけど、一緒に来ないか?ついでに君の頭痛の症状も診てもらおうと思って」真衣は目を輝かせて言った。「わかった。今からそっちに向かうね」ちょうどこの機会に、礼央の健康状態についてもっと知りたいと思った。三十分後、真衣は修司に付き添って病院に到着した。再検査が終わると、体調不良を口実に総士のオフィスを訪れた。「どうしました?」総士は真衣を見て驚いた。「具合でも悪いんですか?」「少し頭痛がするんです。それから、礼央の体調について知りたくて」真衣は単刀直入に言った。「彼、今日病院に来たでしょう?彼の体調について、教えていただけますか?」総士は真衣を見つめた。彼は真衣が病院に来た目的を瞬時に見抜いた。「彼の体調なら、あなたもご存知でしょう。重度のうつ病と、過労による気管支の損傷。彼は長年これらの症状に苦しめられています」「ずっとこんな状態で、薬や治療で一時的に緩和するだけで、根本的な治療はできていません」「なぜこんなことに?」真衣はカルテにびっしりと記された記録を見て、眉をひそめて言った。「何か効果的な治療法はないのですか?」「彼の問題の根源は身体ではなく、心にあるんですよ」総士は無力感を帯びた声で続けた。「彼は感情を心に溜め込んで、過去の執着を手放せず、心のわだかまりを解けずにいるん
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第1232話

「ただ彼は、このような方法が却って二人の溝を深めてしまうことを予想していなかったのです」「今彼は私との接触を拒んではいないが、親密になることも避けています」真衣は言った。「彼は私に恨まれて当然だと思い、わざと距離を置いているんです。私は彼の心に寄り添いたいけれど、どうすればいいかわからないんです」「あなたはもう彼の心に寄り添っていますよ」総士は断言した。「今の彼の最大の敵はあなたでも、過去の出来事でもなく、彼自身です」「彼はあなたに与えた傷を自分で許せず、心を閉ざし続けているんですよ」総士は少し間を置いて続けた。「急いで彼の心に入り込もうとしたり、過去を忘れさせようとする必要はありません」「今あなたにできるのは、傍にいて時間を与え、彼が自己否定のループから抜け出すのを待つことです」「信じて下さい。彼の心にはあなたがいる。諦めなければ、彼はいつか心を開いてくれます」真衣は頷き、総士の言葉を心に刻んだ。真衣もわかっていた。感情の問題は焦っても解決しない。ただ真衣は、今の礼央の状態を見ると、やはり心配でならなかった。病院を出た後、真衣は総士の言葉をずっと考えていた。真衣はわかっていた。礼央には時間が必要だが、時間は人を待ってはくれないと。一週間後には救援航空機の極限環境テストを控えており、研究チームは南極へ向かう予定だった。プロジェクトの責任者である礼央は、そこで自ら指揮を執らなければならない。しかし、南極の過酷な環境は、礼央の心身に大きな試練を与えるだろう。今の礼央の体調で、そんな過酷な環境に耐えられるのだろうか?テスト中に事故が起きたりしないだろうか?これらの疑問が心に重くのしかかり、真衣は食事もろくにできなかった。真衣はもちろん、救援航空機が礼央にとってどれほど重要なものかよくわかっていた。真衣は礼央が南極に行くことを止められないし、止める資格もない。でも、心配でたまらなかった。自宅に戻り、真衣はソファに座った。真衣は研究チームと一緒に南極へ行くことを決心した。この決断によって多くの困難に直面し、テスト作業の進行に影響を与える可能性さえあることをわかってはいたが、他に選択肢はなかった。真衣はどうしても、礼央が体調が優れないまま、過酷な環境へ赴くのを黙って見ていられなか
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第1233話

湊との電話を切ると、真衣の指先には細かい汗が滲んでいた。この決断が多少の危険を伴うことは承知していたが、ためらう余地などなかった――礼央の体調、南極の過酷な環境を思うと、真衣は傍観しているわけにはいかなかった。湊はためらってはいたが、彼は長年礼央に仕えている。彼なら何より礼央の安全を最優先して物事を考え、いずれ自分の気持ちをわかってくれるはずだ。案の定、三十分後に湊からメールが届いた。【寺原さん、手続きは全て完了しました。研究チームへの参加枠と南極入域許可リストにも登録済みです】真衣は安堵の息をつくと、寝室に戻って荷造りを始めた。クローゼットからスーツケースを引き出すと、分厚いダウンジャケットを何重にも畳んだ。どれも防風・防水仕様で、袖口と襟元のマジックテープが寒さを徹底的に遮断してくれる。荷物を半分ほどまとめた頃、真衣はふと思い出したように書斎の引き出しに向かい、小さな薬箱を取り出した。中には咳止め、風邪薬、凍傷用の常備薬、それに鎮静・睡眠導入剤が数箱――礼央が心配事などで眠れない夜に、これらの薬が少しでも役に立つかもしれない。最後に、ビタミン剤とコンパクトな栄養補給食を詰め込んだ。荷造りを終えると、窓の外はすでに夕暮れに染まっていた。真衣はソファに腰かけ、慧美に電話をかけた。真衣は通話ボタンを押して言った。「母さん、今忙しい?ちょっと話があるんだけど」「真衣、大丈夫よ。ちょうど夕飯の支度してたところ」慧美の声は穏やかだった。「出張で南極に行くことになって、半月くらい戻れそうにないの」真衣は少し間を置き、言葉を選ぶように続けた。「千咲がまだ小さいから心配で。不在の間、家で面倒見てもらえないかな」「後藤さんが時間通りに補習に来てくれるから、勉強は気にしなくていいの。ただ危ないところに行かないよう、見ていてほしくて」電話の向こうで数秒の沈黙があった。「南極?そんな遠くて寒いところ、危ないじゃない!どうしても行かなきゃいけないの?」「母さん、これは重要な出張なの。どうしても行かなきゃいけないの」真衣は続けた。「心配しないで、万全の準備は整えてある。それに専門のサポートチームも同行するから、大丈夫よ」「千咲のこと、よろしくね。あの子は母さんの言うことを一番よく聞くから」慧美はため息
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第1234話

「南極に行くのよ。そこはたくさんの雪が降ってて、可愛いペンギンもいるわ」真衣は笑いながら説明し、千咲の心配を少しでも和らげようとした。「南極!」千咲は目を輝かせたが、すぐに眉をひそめた。「テレビで見たことあるよ、すごく寒いんだよね。ママ、たくさん服を着て、風邪引かないでね」そう言うと、千咲は自分の部屋に駆け込み、小さな箱を手に部屋から出てきた。千咲は宝物を渡すように、真衣に箱を差し出した。「ママ、これお小遣いで買ったの!」真衣は箱を受け取り、そっと開けた。中にはふわふわのピンクの手袋が入っており、指先には小さな雪の結晶の刺繍が施されていた。同じデザインの編み帽もあり、縁には小さなポンポンが付いていた。箱には、手袋と帽子がもう一組入っており、真衣は不思議そうに千咲に尋ねた。「これもママの?」「ううん」千咲は首を振り、真剣な表情を浮かべた。「これはパパの!パパは身体が弱いから、前から暖かい手袋と帽子をプレゼントしたかったんだ」真衣は千咲の言葉を聞いて、思わず目頭が熱くなった。小さな千咲が、礼央のことをこんなに気にかけていたなんて。最近、礼央はさりげなく千咲に小さなプレゼントを渡していた。積み木で一緒に遊んだりしたささやかな時間が、千咲に父親を受け入れさせたのかもしれない。「ありがとう千咲、ママとっても嬉しいわ。パパもきっと喜ぶよ」真衣は千咲をしっかりと抱きしめて言った。「千咲は本当に優しい子ね」千咲は小さな手で真衣の首をしっかりと抱いた。「でもやっぱり寂しい。ママ、早く帰ってきてね」「そうだ、ママ。そんな遠くなら、悪い人はいないよね?」真衣は驚いたが、すぐに優しく千咲の頭を撫でた。「大丈夫よ。ママはたくさんの人たちと一緒と行くし、パパもいるから心配ないわ」「でも千咲、お家に知らない人が来たり、悪い人が近づいてきたら、すぐにおばあちゃんに言うか、110番して警察を呼ぶんだよ?」千咲は力強く頷いた。「わかってる。おばあちゃんが教えてくれた。危ない時はおまわりさんを呼ぶんだよね」「ママ安心して、私がおばあちゃんと自分のことを守るから!」真衣は千咲を見つめた。遠出をすることで千咲に余計な心配をかけてしまうことはわかっていた。でも、真衣には他に選択肢がなかった。-出発当日。空港のV
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第1235話

真衣は足を止め、礼央を見て言った。「私が来たくて来たの」「湊!」礼央は振り返り、鋭い目で後ろにいる湊を見た。湊は首をすくめながら説明した。「高瀬社長、寺原さんは九空テクノロジーから派遣された技術チームのメンバーです。今回は救援航空機の極地テストの支援の指令を受けておられるので……断るわけにはいきませんでした」そう言いながら、湊は困惑した目でこっそりと真衣を一瞥した――真衣は礼央が反対すると予想して、湊に正式な手続きで届け出るよう念を押していた。礼央は深く息を吸い、胸を大きく上下させた。湊が独断で動くはずがない。明らかに真衣が前もって準備していたのだ。礼央は真衣を見つめて言った。「真衣、南極がどんな場所か知っているだろう」「南極は極寒で、強風が吹き荒れ、突然の吹雪やクレバスもいつ起こるかわからない。なぜわざわざ来る必要がある?」「私が来るのを望んでいないのはわかっている。でも、私はあなたと一緒にいたいの」真衣は冷静に言った。「救援航空機はあなただけでなく、私にとっても大切なプロジェクトなの。設計図から主要部品の調整まで、私は全ての工程に関わった。性能上の弱点を私以上に理解している人はいないはずよ」「極地テストは重要な工程だわ。私が現場に行く必要はある」「南極の気候は想像を超えるほど過酷だ。特別な訓練や健康診断も受けずに、そんな過酷な場所に行くべきではない」礼央は続けた。「俺は自分の体調をよくわかっている。お前は自分の身を危険に晒すべきではない」「訓練と健康診断なら受けたわ」真衣は礼央の言葉を遮り、リュックから健康診断書を取り出して渡した。「出発の三日前に、健康診断と訓練を受けたわ。医師からも任務に参加するための許可をもらってある」「こういうことは、私の方が詳しいかも。だから心配要らないわ」礼央は健康診断書を受け取り、素早く目を通した。診断書のデータは確かにすべて正常を示していたが、礼央の心配は少しも減らなかった。礼央は南極の危険性をよく理解していた。たった一枚の健康診断書では、その潜在的なリスクを回避できる保証はない。「頼むから言うことを聞いてくれ。今ならまだ引き返せる」礼央は診断書を真衣に返して言った。「湊にすぐ帰りの航空券を手配させる。家で千咲と一緒にいてくれ」「テストの状
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第1236話

真衣は身震いした。真衣の顔色は瞬時に青ざめ、彼女は無意識に拳を握りしめた。真衣はそのことを考えていなかった。もし自分と礼央に何かあったら、千咲はどうなるのだろう?まだ数歳の幼い少女が、両親を失って、どうやって生きていけるのかしら?真衣は周りの音が全て消えたように感じ、周囲の人々はぼんやりとした影のように見えた。真衣は礼央の目を見つめながら、心の中で葛藤した。礼央の傍で一緒に困難を乗り越えたいという気持ちと、千咲を心配する気持ち。二つの思いの間で、真衣の心は揺れていた。湊は息を殺して、二人のやり取りを見守っていた。二人の間の張り詰めた空気を感じ取っていた湊は、礼央の気持ちも真衣の気持ちも理解できたが、どう説得すべきかわからなかった。しばらくして、真衣は深呼吸し、顔を上げて礼央を見た。揺れ動いていた心は次第に落ち着きを取り戻し、彼女は決意を固めた。「私は帰れない」小さな声だったが、疑う余地のない力強さがあった。「千咲は私の大切な娘よ。誰よりも愛しているし、彼女を傷つけたくもない」「極地テストは、どの研究チームも必ず経験することだし、安全性データに裏付けられているから、大きな問題は起こらないわ」「千咲を盾に私を縛ろうとしないで。私はどうしてもあなたが心配なの。私が行かなきゃ、何かあった時にあなたを止められる人は誰もいないでしょう」真衣は礼央を見た。「あなたが賛成しても反対しても、私は行く。もう決めたの」礼央はその場に立ち尽くした。彼は長い間黙っていた。しかし、結局彼は折れた。礼央は真衣に逆らえなかった。彼女を制することもできなかった。真衣は九空テクノロジーの社員であり、礼央が阻むことはできない。どうやら、真衣を止める方法はないようだ。真衣の言う通りだ。礼央は深く息を吸って言った。「わかった。お前が同行することを認める」「でも約束してくれ。南極に着いたらチームの規律を厳守し、勝手な行動はせず、安全を最優先に考え、全て俺の指示に従ってほしい」真衣は言った。「約束する。必ずあなたの指示に従うわ。あなたに迷惑はかけない」-二人は一緒に登録口に向かった。メンバーは真衣が礼央の傍にいるのを見て驚いたが、誰も詳しく尋ねなかった。彼らの多くは真衣が救援航空機の主要の開発者で
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第1237話

礼央の胸がきゅっと痛んだ。彼は千咲からの贈り物を見て、胸に複雑な感情が渦巻いていた。彼は意識的に千咲と距離を置いていた。自分が父親としてふさわしくないことを痛いほど自覚していた。真衣は傍に座り、礼央の表情を見つめた。真衣は何も言わず、静かに窓の外を見つめた。心のわだかまりは、自分で解くしかない。他人が口を挟んでも意味がないのだ。真衣にできるのは、傍にいて、十分な時間を与えること。飛行機が途中でトランジットした時には、すでに夕暮れ時になっていた。一行は計画通り、指定されたホテルに向かい、翌日のフライトに備えて休息を取った。ホテルでは、利便性と機密資料の安全確保が考慮され、全員同じフロアに宿泊した。救援航空機の主要データやテスト計画など重要情報のほとんどは、礼央が携行する暗号化HDDに保存されていた。チェックインを済ませた後。真衣は簡単に荷物を整理すると、ベッドにもたれてテストの計画書をめくった。長旅の疲れを少し感じていた。真衣は千咲と礼央の体調が気がかりで、この旅が順風満帆にはいかない気がしていた。真衣は眉間を揉んだ。真衣にはやりたいことがあった。礼央との間には、話し合いが必要だった。このまま引きずって、永遠に隔たりを残すわけにはいかない。夜十時頃、突然ノックの音がした。真衣がドアを開けると、礼央が立っていた。彼はスナックが入った袋を手にしていた。真衣を見て、礼央は口を開いた。「スナックを持ってきた」「入って」真衣はドアを閉めた。テーブルで袋を開けると、中からピーナッツやポテチ、それに真衣の好きなチョコが少し入っていた。実は、真衣はお腹が空いていた。しかし、異国の食事が口に合わず、夕食にはほとんど手を付けていなかった。「小腹を満たすためにと思って、念のため持って来たんだ。こっちの食事は口に合わないかもしれないからな」礼央は本当に気が利く。依然、あれほど徹底して冷徹無常な人間を演じられたのも、この細やかな性格のためだろう。細やかな性格だからこそ、彼はどんな些細なことも見逃さないのだ。「ありがとう」真衣は言った。「こんなに気を遣ってくれるなんて、珍しいね」礼央は真衣に言った。「それは皮肉か?」真衣は俯いて食べ続けた。「褒めてるのよ
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第1238話

「南極の環境は想像するよりずっと過酷だ」「現地で危険に遭遇したら、まず自分を守れ。俺のことは気にしなくていい」真衣は顔を上げた。「一緒に来たのだから、当然一緒に帰る」「私を遠ざけようとしなくていい。来たからには、全てに直面する覚悟はできているわ」礼央は唇を動かし、真衣を見つめた。「食べ終わったら早く休め」彼はこの話題を続けず、部屋を出ようとしたが、ドアの前で立ち止まり、振り返って言った。「何かあったら、いつでも電話してくれ」「わかった」真衣は頷き、礼央が部屋を出て静かにドアを閉めるのを見届けた。部屋は再び静寂に包まれ、真衣はスナックを見つめていたが、食欲はすでに失せていた。真衣の言葉は明快だった。礼央に理解できないはずはない。ただ、礼央はまだ心の準備ができていないのだろう。礼央が部屋を出た後。礼央は目を閉じ、深く息を吸い込んで、自分の部屋へと戻った。暗号化HDDはベッドサイドの金庫に収められていた。金庫を開け資料の安全を確認すると、ようやくベッドに横たわった。千咲から貰った手袋を握りしめ、胸に抱えた。目を閉じると、なぜか寒さが和らいだように感じた。降り注ぐ暗闇の中、一筋の光が差し込んだ気がした。まるで、陰湿な世界から抜け出せるかのように。しかし。やはり重たくのしかかるものもある。幸せまでの距離は、まだ遠い。翌朝。一行は定刻に出発した。飛行機は再び離陸し、南極を目指して飛んだ。真衣は座席にもたれ、目を閉じて休んだ。礼央は真衣の隣に座った。「帰ったら、千咲を遊園地に連れて行って、アイスクリームを食べさせてやろう」礼央が突然口を開き、沈黙を破った。礼央は小さな声で続けた。「いい父親になれるよう努力する」真衣の胸が震えた。これは彼にとっての第一歩だった。「礼央、きっとなれるわ」真衣は礼央を見て続けた。「あの子はずっとあなたを待ってるわ」礼央は言った。「俺は千咲を失望させた」「これから変わればいい」真衣は言った。「子供は私みたいに根に持ったりしないから」礼央は唇を歪めて笑った。「お前は慰めるのがうまいな」礼央は苦笑いしながら続けた。「この数年……お前は本当に苦労した」真衣は頷いた。「ええ、あなたのおかげでね」「……」礼央は黙り込ん
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第1239話

観測所に入ると、中は温かく、外の厳しい寒さと対照をなしていた。設備は充実しており、廊下は清潔で、壁には様々なデータチャートが掲げられていた。スタッフは既にロビーで待っており、礼央を見ると次々に挨拶に来た。彼らの眼差しには畏敬の念に満ちていた。「高瀬社長、寺原さん、お部屋は二階の西側です。視界が開けていて、仕事の打ち合わせにも便利ですよ」観測所の責任者である隈川(くまかわ)は五十代半ばの中年男性だった。彼の肌は黒く、肌荒れが目立っていた。長年この地で暮らすのは、決して楽なことではない。礼央は頷いて言った。「ご苦労様」礼央は真衣に言った。「まず部屋に荷物を置いて少し休もう。三十分後に会議室で短い打ち合わせをする。テストの分担や安全注意事項を確認したい」「はい」真衣はカードキーを受け取った。真衣は礼央がスタッフに囲まれながらオフィスに向かう姿を見送った。礼央は相変わらず背が高い。しかし真衣はふと、彼が随分痩せたことに気づいた。それでも背筋はぴんと伸びており、どんな時でも他人の前ではきちんとした姿を見せる。真衣は漠然とした不安を感じたが、今は感傷に浸っている場合ではないと悟り、二階へ向かって歩き出した。部屋は狭いが機能は十分で、暖房システムも正常に作動していた。真衣は簡単に荷物を整理し、千咲から貰った手袋と帽子を慎重にベッド脇に置いた。携帯した薬やテスト機器を再度確認すると、ノートパソコンを持って会議室へ向かった。会議室にて。研究チームのメンバーが次々と集まっていた。礼央は上座に座り、目の前に広げたテストの計画書と資料を見ながら、眉をひそめて隈川と話をしていた。真衣は席を見つけて座り、パソコンを開くと、ドアのノック音が聞こえた。隈川が立ち上がってドアを開けると、分厚い防寒服を着た男が二人立っており、流暢な英語で焦ったように何か話している。「隈川さん、ご連絡したいことがあって来ました」そのうちの一人が言った。「我々の観測によると、今後二十四時間以内にこの地域は強力な嵐に見舞われ、気温が零下60度以下に急降下し、レベル十以上の強風を伴う非常に危険な状態になります」「すぐに避難して別の場所に移動し、嵐が過ぎ去るまで待機することをお勧めます」会議室は静まり返り、研究チームのメ
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第1240話

「では、テストの手順をもう一度確認しましょう……」隈川が言い終わらない内に、礼央が突然口を開いた。「テストは予定通り行うが、真衣を避難させたい」一瞬にして全員の視線が真衣に集中し、真衣自身も呆然とした。真衣は眉をひそめて礼央を見つめた。礼央は真衣を会議室の外に連れ出した。真衣は言った。「私は避難しないわ。特別扱いするのはやめて」礼央は静かに言った。「すでに手配済みだ。時正が迎えに来る。お前は別の場所に避難し、嵐が過ぎ去ってから戻ってくればいい」「ここは危険だ。お前を危険に晒すわけにはいかない」真衣は眉をひそめ、拒否しようとした。しかし、礼央は真衣の肩に手をのせて言った。「真衣、俺たちには千咲がいるんだ。何かあってからでは遅い」その言葉に、真衣は返す言葉を失ってしまった。真衣は言葉を失い、ぼんやりと礼央を見つめた。真衣は礼央が自分と千咲のためを思って言っていることは十分わかっていた。しかし真衣は、礼央や他のメンバーを残して行くことに不安を感じていた。「お前は千咲の母親で、俺にとって一番大切な存在だ」礼央は続けた。「もしお前に何かあったら、俺は一生自分を許せない」「他のメンバーは皆、専門の訓練を受けているがお前は受けていない。ここに留まるのは危険すぎる」礼央の言葉は重い槌のように、真衣の心に強く響いた。礼央は極めて理性的だった。「真衣、俺はお前がここに来ることを許可したが、その条件として、お前は俺の指示に従うと約束したはずだ」礼央は続けた。「この施設は安全だが、俺は万全を期したい。俺のことは心配しなくていい」真衣は振り下ろした拳を強く握りしめた。時には国家のために犠牲を払うことが最大の貢献であり、危険と栄誉は共存するものだ。「時正さんがどうしてここに?」真衣はお互いにとって辛いこの話題をこれ以上続けたくなかった。「俺が来るように指示しておいたんだ」礼央が続けた。「最近の情勢は複雑だ。武彦さんは救援航空機への野心をまだ捨てていない。不測の事態を考慮し、テスト期間中の安全を確保するため、ここの状況や地形を把握するために、時正にここに来てもらったんだ」「時正がいれば、俺も少し安心できる」真衣は黙り込んだ。礼央の言うことは理解できた。武彦の手口は陰険で、確かに警戒が必
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