礼央は遅れてやってきた。礼央は全身黒ずくめの落ち着いた装いで来て、腕には白い菊の花束を抱えていた。地位も高く、愛想笑い一つしない礼央は、いるだけで周囲にプレッシャーを与えるような威圧感を放っていた。景司は礼央が来るのを見て、声をひそめた。しかし、表情にはそれほど大きな変化はなかった。礼央が現れても、景司は少しも驚かなかった。景司の目は深く沈み、視線はあるようでないように真衣を見やり、そして鼻で笑った。礼央はゆっくりと真衣を見て、「遅すぎることはないよな?」と聞いた。礼央の声は普段と比べると幾分か柔らかくなり、あたかも仲睦まじい夫婦の会話のように聞こえた。富子おばあちゃんの前でだけ、礼央はこんな芝居をするのだ。真衣はびっくりして礼央を見つめた。礼央が来るとは思っていなかった。さっき電話した時、礼央はまだ萌寧と一緒にいたはずだ。千咲は礼央が来て喜んでいた。千咲は礼央の方へ駆け寄って、「パパ」と呼んだ。「うん、いい子だ」礼央は千咲の頭を撫でた。千咲は心の中でわかっていた。多恵子曽おばあちゃんの家にいる時だけ、パパは自分のパパでいられる。呼べば必ず返事をしてくれた。だが他人の前では、パパはただのおじさんでしかない。真衣は千咲が礼央に懐こうとするのを見ると、真衣は深く息を吐き、胸がざわつくのを感じた。千咲は父親からの愛に飢えていて、礼央に懐くのは当然だが、いつも冷たくされると、胸が詰まる思いがして見ていられなかった。しかし、真衣にはこの問題を解決する術がなかった。富子が前に出てきて、礼央に叱るように言った。「何がそんなに忙しいの?こんなに遅くなってから来て、もう法要が始まろうとしているのよ」富子は礼央を軽く叩くふりをして、「早く修司と慧美に謝りなさい」と言った。礼央は淡々と真衣を一瞥した。礼央は、まず多恵子に線香を上げ、花を供えてから、ゆっくりと修司と慧美に挨拶した。死者を敬うのは何よりも大切だ。こうした礼儀作法を、礼央は抜かりなくこなしていた。「早く出てって」真衣は景司を見つめ、背筋をぴんと伸ばし、冷たい眼差しを向けた。景司は冷たく鼻で笑い、つまらなさを感じた。この場にこれ以上いても、何の意味もないと感じていた。もともと景司も顔だけ出しにきたと言っていた。景司が去った
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