All Chapters of 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける: Chapter 141 - Chapter 150

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第141話

礼央さんは寺原さんの前にいる時でさえ、何度も萌寧と一緒に公の場に現れていた。これは完全に寺原さんを人間として扱わず、少しも尊重せず、妻の顔に泥を塗りつけている行為だ。ここまで図々しく振る舞う権利が果たして礼央さんにあるのか?安浩でさえ真衣が不憫に思えた。だが、真衣はとっくに諦めていた。「訴訟で円満に離婚できれば、礼央を怒らせる必要もない」そもそも二人は秘密結婚だった。礼央と萌寧は幼なじみで、あるちょっとした予想外の出来事がきっかけで、仕方なく自分と結婚した。原因を辿れば、極めて複雑な事情に行き着く。それに、もし礼央の愛人の存在を公表でもしたら、それは礼央に対する公然たる侮辱になる。そうなれば、礼央はきっと九空テクノロジーと青木家に報復するだろう。自分はそんな余計なトラブルを起こしたくなかった。因果応報。復讐は焦らず、機が熟すのを待つものだ。翼がまだ十分に育っていないうちは、自分は無謀なことはしない。真衣と安浩が着席したすぐのこと。萌寧と礼央を取り囲む人々が近づいてきた。真衣の席に来た主催側のスタッフは、真衣の見慣れない顔に一瞬戸惑った。主催側のスタッフは慎重に尋ねた。「失礼ですが、こちらはVIPエリアでございまして……お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」萌寧は淡々と真衣を見つめ、目元に笑みを浮かべていた。この業界では実力が全てだ。真衣は九空テクノロジーに入社したとはいえ、まだ無名の身分である。ハイテク人材が集うこの業界で、真衣の名はまだ知られていない。真衣は自己紹介をした。主催側のスタッフは安浩に気づき、挨拶を交わした。真衣を安浩のアシスタントか秘書だと勝手に決めつけた。一般的にアシスタントや秘書には席が用意されていないが、真衣はもう座ってしまったので、追い払うのも気が引ける。主催側のスタッフは、礼央を真衣の隣に座らせ、萌寧を礼央の隣に座らせた。真衣と萌寧は礼央を挟んで左右に座っていた。真衣は本当に気分が悪かった。憲人が会場内から出てくると、自ら礼央の方へ挨拶しにきた。軽く挨拶を交わした後、憲人の視線は真衣の顔に止まり、次の瞬間、目線を逸らした。憲人は淡々と隣にいる安浩を見て、「常陸社長、ようこそいらっしゃいました」と言った。安浩は憲
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第142話

礼央は真衣の隣に座っていた。礼央は淡々と、真衣が記録しているものに目をやり、それは発表会で話された内容をそのまま書き留めたものだった。「理解できるのか?」礼央が真衣に声をかけた。真衣は眉をひそめ、少し体をそらして、礼央に見せないようにした。萌寧はちらりとその様子を見て、笑いながら言った。「真衣さんが今日きたのは、明らかに常陸社長のメモ係で来てるのよ」学部生が、こんなことを理解できるわけないじゃない?だから、すべてのデータや資料は丸写しで、そこには一切、自分の考えなんて入っていないのだ。礼央は真衣が避けるのを見て、淡々と唇を歪めて笑ったが、何も言わなかった。壇上にて。憲人もたまたま、礼央が真衣に話しかけ、真衣がそっぽを向いて無視する場面を目にした。憲人の瞳の色がどんどん深くなっていった。寺原さんはここまで露骨に嫌っているのか——材料の展示が終了した後。真衣は礼央たちがいつ会場を後にしたのか知らなかった。発表会の会場は人でごった返しており、一段と蒸し暑かった。真衣は外の廊下で一息ついていた。廊下に出ると。真衣は、自分からそう遠くない所で手すりにもたれかかり、タバコを吸う礼央の姿を見つけた。真衣は礼央がタバコを吸うところをほとんど見たことがなかった。結婚してから何年も、礼央はほとんど真衣の前でタバコを吸わなかった。礼央も真衣が中から出てくるのを見た。礼央の視線は淡々としており、いつも通り冷ややかだった。真衣を見た次の瞬間には目をそらし、タバコを吸い続け、真衣に挨拶するつもりはないようだった。真衣は静かに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。昨夜、礼央の家で、真衣は離婚の話をしようと思っていた。しかし、あの状況はどう考えても気まずすぎた。真衣は礼央の方へ歩み寄った。礼央は真衣が歩み寄ってくるのを見て、タバコを消した。礼央はゆっくりと服の袖をなおし、「用事か?」と聞いた。「うん」真衣は口を開いた。「私たちのことについて話し合いましょう」礼央は俯き、淡々と真衣を見ると、眉を吊り上げた。「俺たちのこと?」真衣は礼央を見た。裁判所からの召喚状の期日まで、もう残された時間はわずかしかない。だが訴訟にはどうしても時間がかかる。礼央にとって、こうした手続きは時
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第143話

礼央が去っていったあと。真衣もそのまま廊下を後にした。安浩はすでに憲人と商談の約束を取り付けていた。「どこに行っていた?」安浩は真衣が外から入ってくるのを見て、少し疑問に思った。「リフレッシュしに行っただけ」「先に行こう」安浩は言った。「柿島社長は業務に精通しているから、詳しく話すことができる」発表会の会場には専用のVIP応接室があった。イグナイトマテリアルが発表した新たな素材は確かに応用がよく効くため、一緒に協業ができれば今後様々な手間が省ける。彼らはVIP応接室に到着した。憲人はお茶を淹れていた。真衣と安浩が入ってくるのを見て。憲人は淡々と笑った。「常陸社長、寺原さん、どうぞ」席に着いた後も、相変わらず他愛のない挨拶や世間話ばかりだった。「九空テクノロジーは、政府の入札案件に向けて準備していると聞いております」憲人はお茶を注ぎ、安浩と真衣に差し出した。「ええ」安浩は微笑み、真衣を紹介した。「こちらは寺原真衣、今回のプロジェクトの責任者です」憲人は淡々としていて、特に反応を示さなかった。憲人は軽くお茶を飲み、真衣を観察した。「常陸社長は何かに目をくらまされているのかもしれません」憲人は手に持っていた湯呑みを置くと、安浩にお茶を注いだ。憲人は実際、安浩を尊敬していた。新しい時代を代表するリーダー的な存在だからだ。だが、寺原さんの誘惑に溺れている。到底納得できなかった。自分が知っている限り、寺原さんお家で子育てをしているただの学部卒の人間に過ぎない。どうして九空テクノロジーのプロジェクト責任者になんてなれるのか?仕事における重要なことさえも、まるで遊びみたいに軽く扱っている。自分としてはこのような態度は到底受け入れられなかった。もし安浩が単に真衣を連れて様々な場所に出入りするだけなら、憲人は特に気にしない。何せ仕事とプライベートは区別できるからだ。だが、安浩は寺原さんを責任者として紹介した。これは無責任で軽率な行為だ。安浩はお茶がもうすぐ溢れそうになるのを見つめていた。自分は歓迎されていないようだな。憲人は微笑みながら、真衣をちらりと見た。「私は常陸社長のことを尊敬しております。ただ、今では美人さんに惑わされて、完全に堕落してしまいましたね」これ
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第144話

憲人のアシスタントが彼の耳元で何か囁くと、憲人はすぐ応接室から立ち去った。彼らの好きにさせておけばいい。「目が節穴か!」安浩は憲人の後ろ姿を見ながら言った。「どいつもこいつもろくでなしだ」「公私混同をしない、仕事に真面目な奴だと思ってたのに!」真衣は眉をひそめた。心の中でおおよその見当はついた。結局のところ、礼央と憲人は同じ世界の人間なのだ。しょっちゅう報復し合うのもあり得ない話ではない。安浩はイグナイトマテリアルとの協業を一切断ると激怒した。九空テクノロジーには今、真衣がいる。このプロジェクトが完成すれば、近い将来に他社から協業を懇願される日が来るはずだ。しかも特殊材料の供給元はイグナイトマテリアル一社だけではない。わざわざこの一本の木で首を吊って、自分を苦しめる必要なんてない。真衣は心を落ち着かせ、一連の出来事の経緯を整理し、感情的にならないようにした。真衣は各種材料の詳細なデータをまとめ、今後比較や照合をしやすくようにした。発表会が終わってから。真衣は礼央が萌寧を病院に連れて行ったことを知った。礼央は萌寧をずっと過保護にし続けてきた。だが、真衣にとって、今やそんなことはもうどうでもよくなった。安浩は思った。真衣と礼央は早く離婚した方がいいと。真衣たちが九空テクノロジーに戻ると、イグナイトマテリアルの発表について分析や研究を行った。作業が終わった時。沙夜は真衣の肩に手を回しながら言った。「明日は週末だし、バーでパーっと盛り上がらない?」真衣は首を振った。「私は大丈夫。千咲を連れて遊びに行くから」「また外出?」沙夜は眉をひそめた。「あなたには自分のための時間がなさすぎる。平日は仕事で週末は子育て、自分の楽しみがないじゃない?自分の幸せまで捨てる気?」真衣はほんの少し眉と目元を伏せた。自分のための時間——前世では自分の時間など一度もなく、常に自分を犠牲にして高瀬家の人々に尽くしていた。「私の時間は意味のあることに使わなければ」真衣は笑いながら言った。「私は今の仕事が好きなの。祖国の科学技術の発展のために尽力したいの」「千咲は私の生活そのもの。だから今の生活はとても充実しているの」仕事と生活を両立させる。仕事に遅れをきたすこともなく、娘の成長にも欠かさず
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第145話

真衣は朝食を済ませた後、千咲を連れて屋外の競馬場へ向かった。この競馬場は、北城郊外では最大規模を誇っており、多くのセレブたちが訪れる場所だった。千咲はこうしたスポーツが大好きだ。千咲は、以前は翔太が乗馬するのをただ見ているだけで、決して好きだという感情を表には出さなかった。高瀬家は千咲をただの令嬢として育て、こんな野蛮なスポーツをするのは体裁が悪いと考えていた。なので、野外アクティビティに関してはいつも翔太が連れてってもらっていた。今や真衣は高瀬家から離れた。高瀬家の言うことや決まりごとなど、全てクソくらえだ。先週、競馬場に来た千咲は特段嬉しそうにしていて、しかもすぐにコツを掴んだ。コーチは千咲が来たのを見ると、練習に連れて行った。コーチは真衣のことを見て言った。「寺原さん、この中から馬を一匹選んで何周か走ってもらってもいいですよ。最近コースがリニューアルしたんです」真衣は頷いた。「まずは千咲が乗馬するのを見させてください」千咲が安全に乗馬ができて、落馬の危険など全くないと確信してからでないと、真衣は安心できなかった。千咲は更衣室で乗馬用の服に着替えた。小柄な体に乗馬服はよく似合い、とても可愛らしかった。真衣はそばで千咲が馬に乗って駆け抜けているのを見守っていた。千咲は真衣の前を通るたび、笑顔で手を振っていた。千咲は安定感があり、吸収も早い。彼女は人として大切なことを全てバランスよく身につけてきた。真衣も以前は乗馬が好きで、礼央と結婚する前は、馬の背中に乗って風を切り、草原の香りを感じながら自由に駆け回る喜びを味わっていた。結婚後、真衣は少しずつ自分を犠牲にし、礼央と高瀬家のために尽くした。真衣は長い間、自分自身を見失っていた。真衣は風を切って馬に乗っている千咲を見て、自分も乗りたくなってきた。真衣は立ち上がり、乗馬服に着替えた。更衣室から出てくると、馬を選びに向かった。「ハリケーンは、北城馬術大会の優勝馬です。野性味が強くて、誰にも手懐けられない馬でした。かつての主人が馬術界から引退してからというもの、誰一人この馬を扱えた者はいませんでした。本来なら、その資質で全国、いや世界の舞台で走ることだってできたはずなのに……なんとも惜しい話です。主人がいなくなってからは、他
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第146話

萌寧は口を開いた。「なかなかやるわね、私も一匹馬を選んで彼女と勝負するわ!」馬術にロッククライミング、萌寧は何でもこなせる。萌寧はパイロットの免許まで取得し、飛行機も操縦できる。そしてこの馬術は、萌寧にとってみたらなおさら朝飯前だった。萌寧は馬を選び、更衣室で着替えた。真衣は競馬場を自由気ままに駆け回った。二周ほど走って少し疲れた真衣は、颯爽と馬から降り、帽子を脱ぎ、長い髪を揺らした。真衣のしぐさは自由奔放で、どこか明るく華やかだった。「カッコいいです!」競馬場の人々は口笛を吹き、盛大に拍手を送った。真衣は何も言わずにただ淡く微笑んでいた。競馬場のスタッフは空いたスペースにハリケーンを連れていき、鞍を下ろした。真衣は下を向いて服を片付けていた。萌寧たちはこの時既に着替えを終えて競馬場に出てきていた。真衣が顔を上げると、彼らの姿が目に入った。真衣は微動だにせず眉をひそめた。よりによって、こんなとこで鉢合わせするとはね。「ママはきっとさっきのお姉さんよりカッコよく乗りこなせるよ」翔太が萌寧を見つめる視線は、崇拝に満ちていた。「もちろんよ」萌寧は涼やかに微笑み、礼央の方へ振り返った。「礼央、帽子の後ろ側が少し歪んでいないか見てくれない?ちょっと調整して」礼央は眉をひそめ、目を伏せながら、手を伸ばして萌寧の帽子を整えた。礼央は決して自分に対してこんなにも辛抱強く気を遣ったりすることはしなかった。この三人家族、実に仲睦まじいわ。これが本来の家族の在り方だ。自分と千咲がかつて受けた冷たい仕打ちには、愛など存在していなかった。真衣は淡々と視線をそらした。その時、乗馬のコーチが千咲を連れてきて、彼女がとても上手に練習ができたと真衣に伝えた。真衣は手を伸ばして千咲の頭を撫でた。「もう少しだけ遊びたい?」千咲は返事した。「もう少し遊んでからご飯にしようよ」翔太はその時、鋭い目つきで競馬場の出口で真衣と千咲が話しているのを見つけた。翔太は二人のそばに駆け寄った。「君たちは馬に乗れないのに、ここで何してるの?恥をかきに来たの?」翔太は真衣と千咲を指さし、軽蔑するように言った。萌寧は視線をそっちに向けると、真衣たちを見て、「真衣さん?」と意外そうに言った。「真衣さんも競
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第147話

真衣はまだ状況を理解しきれないまま、温かな腕の中に抱きしめられた。「うっ──」続いて、真衣は男のうめき声を耳にした。我に返ると、真衣は礼央に抱きかかえられ、馬にぶつかって2、3メートルも飛ばされていたことに気づいた。萌寧もぶつかって遠くまで飛ばされていた。人と馬の両方が地面に倒れこみ、現場は混乱していた。スタッフは顔色を変えてすぐに駆け寄った。真衣は胸が高鳴り、礼央の体から離れた瞬間、礼央の冷たく沈んだ視線と目が合った。真衣の胸がぎゅっと締め付けられる。礼央は普段は無関心な態度だが、その目には強い殺気がある。礼央の感情から冷たく沈んだ怒りを感じ取ったのは、真衣にとって初めてだった。下の方を見ると、礼央が着ていた服の腕と背中の部分は擦り切れ、血痕が生々しくついていた。真衣は唇を震わせて言った。「あなた、怪我してるわ──」しかし、礼央の瞳に冷たく無感情で、何の反応も示さなかった。この時、真衣はハッとし、心の中で少しずつ理解できた。礼央は間違えて自分を救ったのだ。何せ、自分と萌寧は近くに立っていて、背格好も似ており、乗馬場で着ていた服装も同じだったから、救う相手を間違えても仕方ない。そうね。礼央が自分の生死など興味があるわけがない。「ママ!」千咲と翔太が同時に叫んだ。ただ、翔太は萌寧の方へ走っていった。一方、千咲は真衣の方へ走り寄り、目を赤くしていた。「うう……」千咲は真衣の手を握りしめた。「ママ、大丈夫?」真衣は軽く首を振って答えた。「大丈夫よ」千咲は地面から起き上がる礼央を見て言った。「パパ……」競馬場のスタッフが近づいてきた。「お客様、お怪我はありませんか……」礼央は誰にも構わず、重い足取りで萌寧の方へ歩いていった。真衣は礼央の後ろ姿を見て、嘲笑するように口角をひきつらせた。どんな場面であれ、自分がどれほど重傷を負っていようと、礼央の目には萌寧しか映っていないのだ。萌寧は地面に倒れていた。重傷を負ったようだ。翔太は萌寧を抱きしめて泣きじゃくっていた。礼央は萌寧の傷の状態を確認した。「礼央、私は大丈夫よ」萌寧は目を上げて礼央を見つめた。礼央の目は冷たく沈んでいた。「救急車を呼べ」競馬場のスタッフは急いで対応した。「お兄さんも出血がひどいで
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第148話

礼央たちを見送った後、競馬場のスタッフはようやくほっと一息ついた。「外山さんが無事でありますように。高瀬社長の様子を見ると、自分も負傷しているのに、外山さんの傷をとても心配していたようですね」「二人の仲は本当に良さそうですね」真衣は何も言わなかった。翔太はそばで泣きじゃくりながら、真衣を恨めしそうに見つめていた。真衣は深く息を吸い込み、転んだ際に地面についていた血の跡を俯きながら見つめていた。「ママ……」千咲が真衣の手を引っ張った。「さっきは本当に危なかったよ、本当に怪我してない?」「大丈夫だよ」翔太は横から入ってきた。「おばさんが怪我するわけないじゃないか!怪我したのはパパなんだから!」翔太は腹立たしげに言った。「おばさんがいなかったら、ハリケーンは暴れなかったんだ。この前パパとママと来た時、ハリケーンはいい子にしていたんだ」「もしママが重傷だったら、パパもきっと悲しむよ」真衣は最初から最後まで、眉をひそめながら話を聞いていた。さっきは本当にバタバタしていた。礼央は確かに間違った人を救ったように見えた。しかし、間違いであろうとなかろうと、礼央は実際に傷を負い、自分には一切の傷を負わせなかった。「もうあれこれ言わないで。ママがビックリしているのが見えないの?」千咲は目を赤くしながら翔太を睨みつけた。翔太はぷいっと怒って、口をつぐんでしまった。このおばさんは怪我もしてないのに、一体何が不満なんだろう?翔太の言葉一つ一つが、真衣の耳を突き刺した。礼央の無視や裏切りよりも、翔太の裏切りの方が自分を窒息させるほど苦しめた。心血を注ぎ、5、6年も一緒に暮らしてきた息子が、こんなふうに自分を扱うとは。翔太が萌寧を選んだことを、自分は特に気にしなかった。萌寧は翔太の実の母だから、当たり前のことだ。しかし、自分が予想していなかったのは、翔太が自分に対して少しの気遣いもなく、ただただ恨みだけを抱いていることについてだ。真衣は少しどこか感慨深げだった。もし前世であんなことがなければ、自分は翔太を大人になるまで育てていたはずだ。それでも翔太は、恩を仇で返すような人間になるのだろうか。真衣は俯いて、携帯を取り出し高瀬家に電話をかけ、競馬場に翔太を迎えに来るよう依頼した。翔太はこの時になっ
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第149話

自分は決して冷たい人間ではない。自分は礼央と深い関わりを持つつもりはなかったが、このタイミングでこんなことが起きた以上、電話で様子を確認するのが筋だろう。しかし——結局、自分は電話することを選ばなかった。心が冷たいとか恩知らずだからではない。自分は今どういう状況なのかをはっきりと認識していた。礼央の心の中における自分の地位は微々たるもので、礼央が間違って人を救ったとも知っている。今電話をしても、自ら恥をかくだけだ。自分は冷たくされても、わざわざ媚びを売るような人間ではない。-一方、病院にて。萌寧は端っこにいたため、馬にぶつけられて飛ばされたが、軽い外傷で済んだ。礼央と真衣がまんまとくらったのだ。萌寧はただ手すりにぶつかって転び、足を捻挫し、しばらく起き上がれなかっただけだ。逆に礼央の方が重傷を負っていた。礼央の腕は競馬場の縁に設置された設備に激しく擦れながら引きずられ、深い傷からは血がどっと流れ出て、深刻な裂傷を負っていた。萌寧は礼央の重傷ぶりを見てびっくりした。萌寧は自分のことなど構わず、手術室の前で礼央が出てくるのを待っていた。礼央が病室に運ばれると、萌寧はすぐに様子を見に行った。高瀬家の人が翔太を連れて家に帰ると、翔太は泣きながら今日の出来事を全て話した。友紀と富子も電話で状況を確認してきた。萌寧は礼央の傷をひどく心配していた。礼央は大したことはないと伝えた。一方その頃。友紀は電話を切った。一連の経緯を知り、息子が何針も縫うほどの怪我をしたと聞いて、表情が一気に険しくなった。礼央は幼い頃から手厚く育てられ、海外留学していた数年を除けば、一度も苦労らしい苦労をしたことがない。これほど重傷を負い、縫合手術を受けるのは初めてだ!友紀は冷たい顔で言った。「真衣は一体どうした?自分の夫が怪我をしているのに、病院にもお見舞いに来ないの?」「最近の真衣はますます好き放題やるようになっているわ。妻は夫に尽くすべきなのに、夫が怪我をしているのにそばにいないなんて、礼央が甘やかしすぎて自分が誰だかわからなくなっているのよ」富子は友紀が激怒しているのを見て、何も言わずに黙っていた。友紀が真衣に罵詈雑言を浴びせるまでは。「真衣は若くして高瀬家に嫁いできたのけど、
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第150話

「そうだ」礼央はこの事実を否定しなかった。富子は深くため息をついた。「萌寧と最近親しくしていると聞いているよ。あなたたちが幼い頃から一緒に育ち、良い友達だということはわかっている」「だが、そんなに頻繁に一緒にいると、噂が立ってしまう。それが与える影響にも気をつけるべきよ」「真衣のためを思って、少し考えたら?」礼央が黙っているのを見て、富子は続けた。「萌寧が良い子なのもわかるけど、いつも一緒に出歩くわけにはいかないわよ。萌寧が男勝りな性格だとしても、男にはなれないからね」「適当な距離を保つべきよ!」礼央は静かに聞きながら、黙ってタブレットの画面に映っていたカラフルな株価データを見つめていた。富子は怒った。「何か返事しなさいよ。こっちは話しているのよ。人の話を聞いているの?」礼央は淡々と目を上げた。「真衣のこのことについて特に気にしていないよ。萌寧とも仲が良いし」富子はこの言葉を聞き、表情を曇らせた。真衣は確かに富子の前でこれらのことを口にしたことはなく、ここ数年、真衣は決して富子に不満を訴えることはなかった。「真衣があなたに何も言わないからといって、心の中で気にしていないと思う?」礼央はこの時、手にしていたタブレットを置いた。「おばあちゃん、真衣はもう大人だ。不満があれば自分で言う。おばあちゃんが何もかも真衣の肩をもつ必要はないよ」富子は眉を吊り上げて礼央を睨んだ。「私が言いたいのは、あなたは自分の妻に我慢させてはいけないということなの」礼央は口元をゆるめて微笑んだ。「おばあちゃんがいつも真衣をかばい、甘やかしているのに、真衣が我慢することってある?」「子供の面倒を見たくない時は実家に預けることもできる。真衣の自由にさせている」「家で何をしようと自由なのに、一体何を我慢しているというの?」礼央の言葉は一つ一つが理にかなっており、これには富子も返す言葉がなかった。「真衣を助けて怪我をしたと言うのに、真衣は今どこにいるの?どうしてここにいないの?」礼央は答えた。「大したことない。真衣は今家で千咲の面倒を見ている」富子がひと言言えば、礼央はいつもそれに対して何倍もの返答を用意している。ついに、富子は深いため息をついた。若者のことは結局彼ら自身で解決するしかないのだ。礼央は下を
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