All Chapters of 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける: Chapter 871 - Chapter 880

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第871話

礼央はゆっくりと真衣の方を振り返った。彼の目には血走った赤い筋が浮かび、顔中に葛藤と苦悩が刻まれていた。彼は真衣の赤く染まった目元と、瞳の奥に宿る決意と苦しみを見つめていた。自分の心の壁が少しずつ崩れていくのを彼は感じた。これまでの長い年月で初めて、礼央は自分がずっと続けてきた「真衣たちの身の安全の確保」が間違っていたのかもしれないと思った。「俺は……」彼は震える声で口を開いたが、拒絶する言葉は最後まで出てこなかった。真衣の言う通りだと彼もわかっていた。一人で背負い続ければいつかは潰れる。その時こそが真衣と千咲にとって最大の脅威になるのだ。真衣は彼の緩んだ表情を見て胸をなで下ろしたが、追い打ちをかけるようなことはせず、優しく言った。「今すぐ答えなくていいわ。でも考えてほしいの。千咲の期待に満ちたあの瞳を。そして、私たちの間にまだ別の可能性が残されているということを――夫婦でも敵でもなく、ただ互いを支え合える家族でいること」彼女はドアに向かい、開ける寸際に振り返って一言添えた。「私と千咲は家で待ってるわ。あなたがどんな決断をしてもいいから、せめてあなたが無事かどうかだけは知らせて」ドアが静かに閉まり、部屋には礼央ひとりが残された。彼はソファにゆっくりと腰を下ろし、両手で頭を抱え込み、複雑な感情が渦巻いていた。真衣はドアを開けて離れる際、わざと一瞬ためらった。背後からは何の反応もなかった。彼女を引き留める声も、詰問する声も聞こえてこなかった。まるで礼央の存在感が徐々に薄れていくようだ。彼女は拳を握りしめ、急に胸のあたりが空っぽになった。礼央の距離の取り方にはもう慣れっこのはずだった――それはまるで、固い殻に覆われた拒絶の感情で、目つきさえも意図的に距離を置こうとしていた。さっき、彼女は潜んでいる危険について、礼央の謝罪について、そしてお互いに必要な誠実さについてはっきりと話したのに、彼はずっと背を向けたままで、一度も正面から答えようとしなかった。真衣は無駄に厚かましくならない人間だ。ここまで拒まれれば、しつこく食い下がる必要もない。降りていくエレベーターの鏡に、少し疲れた自分の顔が映る。真衣は深く息を吸い込み、沸き上がる感情を無理やり押し込めた――礼央には彼なりの頑固さがあり、真衣には彼
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第872話

「助ける?」真衣の表情はさらに険しくなった。「どうしたの?延佳さんがまた何か小細工をしたの?それとも体調が悪いの?」湊の声は急に低くなり、隠しきれない痛みを帯びていた。彼の目元も次第に赤くなっていった。「どちらでもありません。高瀬社長は……そもそもちゃんと自分の人生を生きようとは思っていなかったのです。鴨居先生が亡くなって以来、彼はすべての責任を自分ひとりで背負い込み、鴨居先生を守れなかったこと、延佳さんを止められなかったことを自分のせいだと思っていたのです。その後も、高瀬家の後始末に追われ、あなたと千咲ちゃんのことも重なって、社長のうつはどんどん悪化していきました。何度も……何度も、生きることを諦めようとしたのです」真衣の胸が突然重く沈んだ。以前から、麗蘭からは礼央のうつ病について聞かされていたが、「ちゃんと生きるつもりがなかった」ほどだとは知らなかった。真衣はハンドバッグを握りしめ、指先が微かに震えた。「だからこそ、ずっと私と千咲を遠ざけてたの?私たちが弱みになるのが怖いから?」「はい!」湊は強く頷き、声に涙を滲ませた。「寺原さん親子に会いたくないわけじゃなかったのです。会えなかったのです。自分のうつ病が寺原さんたちに悪影響を与えてしまうのを恐れていました。それ以上に、延佳さんが二人を人質に取るのを恐れていたのです。ご存じの通り、延佳さんは鴨居先生にすら手を出し、社長の交通事故まで仕組みました。寺原さんたちがもし狙われたら……千咲ちゃんの命も危なくなります。社長は寺原さんに恨まれても、寺原さんのことを巻き込みたくなかったのです」湊は一呼吸置いた。「千咲ちゃんの入学式の時、高瀬社長はわざわざ三軒も文房具屋を回りました。彼は直接プレゼントを千咲ちゃんに渡せないので、私にこっそり校門に置くよう頼み、送り主が自分だと悟られないようにと言っていました。あの時私が独断で寺原さんに渡したのは、高瀬社長がずっと二人を想ってることを知ってほしかったからです。彼の苦しみを私以上に理解している者はいません」湊は礼央に十年ほど付き添ってきた。まだ意気盛んな研究者だった頃から、やがて高瀬家の家業を引き受けざるを得なくなり、今では抑うつと家族の争いに押し潰されそうになっている姿まで、彼はすべて見てきた。「高瀬社長はずっと、他人のために
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第873話

湊は真衣の返事を聞くと、張り詰めていた肩が一瞬で緩み、声まで軽やかになった。「ありがとうございます、寺原さん!今後は高瀬社長の状況であれ、延佳さんの動向であれ、必ずすぐにご報告します。何か必要なことがあればいつでもおっしゃってください。全力で協力しますので」真衣は軽く頷くと、それ以上何も言わず、タクシーに乗り込んだ。遠ざかっていくホテルを車窓から見ながら、彼女は携帯を取り出し、礼央とのLINEのトーク画面を開き、指先を画面の上で長くためらわせた。結局、彼女は携帯をしまい込んだ――急いでも仕方ないことがある。彼自身が気づくのを待つしかない。-翌朝早く、真衣はビジネスバッグを手に、KJC宇宙航空研究開発機構に出勤した。オフィスの入り口に着いた途端、耀庭に行く手を阻まれた。彼は手に持っていたテイクアウトの朝食を笑顔で差し出した。「寺原さん、おはようございます!おいしいサンドイッチをわざわざ寺原さんのために買ってきました!」真衣は足を止め、礼儀正しく手を振った。「ありがとう、でももう家で食べてきたから大丈夫だわ。あなたが食べて」耀庭は朝食を差し出した手が空中で止まり、顔の笑みも少し曇った。彼は少し探るような口調で言った。「寺原さん、もしかして私のことを避けているんですか?この間会議室で、みんなの前で食事に誘ったからですか?」真衣は思わず笑みを浮かべた。彼女は軽やかだが冷たい口調で言った。「考えすぎよ。本当に家で食べてきたから。やらないといけないことがあるから、先に行ってるね」そう言うと、彼女は耀庭をよけ、まっすぐオフィスに入り、静かにドアを閉めた。オフィスの外では、何人かの社員が集まり、声を潜めて噂話をしていた。「今の見た?島袋さんが寺原さんに朝食を渡そうとして、断られたよ」「ねぇ、知ってる?バンガードテクノロジーの人から聞いたんだけど、寺原さんと高瀬礼央さんはすでに離婚していて、それは高瀬礼央さんが外山萌寧さんと不倫したかららしいよ」「本当か?私は、それは単なる外山萌寧さんの片思いであって、高瀬礼央さんは一度も不倫をしたことがないって聞いたよ!」「とにかく、寺原さんは今、恋愛なんて考えていないのは間違いないわ。もうとっくに心を閉ざしてしまったんだろうね。じゃなければ、島袋さんにあんなに冷たくはできない
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第874話

この試算表は作業量が膨大で、明らかに彼を手早く片付けるために渡されたものだった。耀庭は書類を受け取った。真衣が仕事に集中する横顔を見て、これが彼女なりの拒絶だと悟り、やむなく椅子から立ち上がった。「わかりました、できるだけ早く終わらせます」そう言って彼は去り、オフィスは再び静けさを取り戻した。真衣は耀庭の後ろ姿を見つめ、そっとため息をついた。その時。彼女の携帯が鳴った。湊からのLINEだった。【寺原さん、高瀬社長は明後日の早朝の便で北城に戻ります。昨夜もバルコニーで深夜まで過ごし、気分が優れていないようです。帰った後また思い詰めないか心配です】真衣はメッセージを見て、指先を軽く丸めた。湊が昨日話したことと、礼央の目に浮かんだ苦悩と絶望を思い出し、彼女は胸が締め付けられるような思いになった。彼女は一瞬躊躇してから、礼央とのトーク画面を開き、【明後日帰るんでしょ?今夜は時間ある?一緒に夕食でもどう?お見送りも兼ねてね】と打った。彼女が送信ボタンを押した瞬間、心拍はなぜか速くなっていた。礼央が応じるのか、この食事が何かを変えられるのか、彼女にはわからなかった。ただ一つ確かなのは、真衣は彼が去る前にきちんと話しあって、決して一人じゃないと彼に伝えたいということだ。LINEを送ってから10分後、礼央から返信が来た。たった短い言葉だった。「わかった」その「わかった」という文字を見て、真衣の張り詰めた神経がようやく緩んだ。彼女はすぐ湊に返信した。【今夜礼央と食事するから、延佳さんの方を監視しておいて。邪魔されたくないから】湊もすぐに返信した。【了解しました、寺原さん。しっかり手配しておきます。食事の邪魔はさせません】LINEでのやり取りが終わった後、真衣は再びペンを取ったが、全く仕事に集中できないことに気づいた。今夜の食事がどうなるか、自分と礼央の未来がどうなるか、彼女にはわからなかった。しかし、以前のように逃げ出したり、彼に全てを背負わせたりはできないと彼女は悟った。今回は彼の方へ自分が歩み寄る。たとえそれが千咲のためであれ、まだ終わっていない過去のためであれ。気がつけば、もう退勤時間になっていた。真衣は荷物をまとめ、鞄を手にオフィスを出ると、一階に降りたところで、外に礼央の黒いベントレ
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第875話

真衣はグラスを手に取り、軽く一口お茶を飲んでから、沈黙を破った。「明後日に出発するの?北城の件はそんなに急ぎなの?」「うん、延佳の母親側に新しい動きがあったから、確認する必要があるんだ」礼央の声はとても小さく、疲れがにじんでいた。「湊が俺の状況を話しただろう。お前が俺を誘ったのは、俺を説得するためのか?」真衣はグラスを置き、彼を見上げて、率直な目で言った。「説得するつもりはないわ。ただ、あなたがどんな決断をしても、私と千咲はあなたの味方をするってことを伝えたかったの。以前のようにもう全部一人で背負い込んだり、私たちに隠したりはしないで。鴨居先生の無念を晴らし、延佳の陰謀を阻止する──私たちで一緒に立ち向かえるわ」礼央は彼女の瞳の奥に宿る決意を見て、複雑な感情が込み上げた。彼女を拒みたい、彼女を危険から遠ざけたい。だが、口に出そうとしても、どうしても言えない。彼は知っていた。真衣はもう、昔のようにただ自分の後ろについて回る少女ではないことを。彼女には、自分を守る力も、真実を知る権利もある。その時、店員が料理を運んできて、個室の沈黙を破った。テーブルに並んだ見慣れた料理を見て、礼央は優しい気持ちになった。真衣はまだ自分の好物を覚えている。夕食は、静かな沈黙とたまに交わされる会話の中で進んでいった。真衣は彼に決断を迫らず、ただ千咲の学校での面白い話や、KJC宇宙航空研究開発機構で進んでいるプロジェクトの進捗について話した。礼央は静かに真衣の話を聞き、時折相槌を打っていた。彼の目元の疲れも幾分和らいだようだった。食事を終え、礼央は真衣を家まで送った。車がマンションの下に止まると、真衣はシートベルトを外したが、すぐに降りずに礼央を見た。「礼央、あなたが心配しているのは分かる。でも私を信じて、自分自身のことも信じて」礼央は彼女の目を見つめ、長い沈黙の末、ようやく軽く頷いた。「分かった。考えてみる」真衣はその言葉を聞いて安堵し、微笑んだ。「よかった。気をつけて帰ってね。何かあったらいつでも連絡して」そう言うと、彼女は足早にマンションの中へ消えていった。礼央は車内に座り、真衣の後ろ姿がマンションのエントランスに消えていくのを見届けてから、ようやくエンジンをかけて去って行った。車内にはまだ彼女の残
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第876話

礼央は一瞬、体をこわばらせた。千咲とこんなふうに近づいたことはなかったのだ。彼は唇をキュッと引き結び、そっと千咲の頭を撫でて、「うん」と答えた。真衣はゆっくりと近づき、筆箱から銀色の万年筆を取り出し、礼央に差し出した。「これあげるね。普段の仕事でも使えるわ」この万年筆は彼女が前日にわざわざ文房具店で選んだものだった。礼央はその万年筆を見つめ、指先で冷たい表面に触れ、低い声で「ありがとう」と言った。「千咲はまだ小さいから、時間があれば、もっと電話してあげて」真衣は彼を見つめ、「北城で色々やることがあると思うけど……身の安全だけには気をつけてね」と言った。礼央は頷き、視線を千咲に戻すと、ことさら優しい声で言った。「千咲はしっかり勉強してね。ママの言うことを聞くんだよ、わかったか?」「わかった!」千咲は力強く頷き、キラキラした目で彼を見つめ、甘えた声で言った。「パパ、今度は遊園地に連れて行ってくれる?他のお友達のパパみたいに、メリーゴーランドに乗って、綿あめを私に食べさせて!」真衣はその言葉を聞き、胸が締め付けられるような思いがして、目頭が熱くなった。彼女は知っていた。千咲が礼央と遊園地に行くのを、ずっとずっと待ち望んでいたことを。礼央の喉仏が動き、声も急にかすれた。千咲の期待に満ちた瞳を見て、拒む言葉など出てこず、彼はただ強く頷いた。「わかった。パパが約束する。用事が終わったら、必ず遊園地に連れて行ってあげるね」「やったー!」千咲は興奮して手を叩き、彼の腕の中で小さく身をすり寄せた。搭乗案内のアナウンスが流れた。礼央は千咲を抱いて立ち上がり、そっと真衣に渡すと、二人をもう一度見つめ、その姿を心に刻み込もうとした。「じゃあ、行ってくる」彼は言った。「気をつけてね」真衣は涙で詰まりながらもなんとか口を開き、無理に笑顔を作った。礼央はそれ以上何も言わず、荷物検査の方へと向かった。彼の歩みはしっかりしていたが、振り返ることはなかった。振り返れば、きっと留まりたくなってしまうからだ。真衣は千咲の手を握り、その場に立ち尽くし、彼の後ろ姿が人混みに消えていくのを見つめ、胸にぽっかり穴が空いたような気がした。「ママ、パパは帰ってくるよね?」千咲が彼女の服の裾を引っ張り、小さな声で尋ねた。「うん、
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第877話

「高瀬……礼央?どうしてここにいるの?」蒔子の声には明らかな震えが混じっていた。郊外に隠れていれば誰にも見つからないと思っていたのに、まさか礼央が突然現れるとは!さらに驚いたのは、礼央がまだ生きていることを知っていたことだわ!礼央は別荘に足を踏み入れ、豪華だが散らかったリビングのインテリアに目を走らせ、冷たい声で言った。「蒔子、久しぶりだね。まだ生きていたんだね」「あ……あなたは何がしたいのよ?」蒔子は数歩ほど後退りし、背中を壁にぴったりと押し付け、パジャマの裾をぎゅっと握りしめた。「言っておくけど、延佳はあなたのことを許さないからね!」「延佳?」礼央は嘲笑いながら、一歩ずつ彼女に近づき、冷たい怒りを瞳に宿していた。「彼は今自分のことで手一杯だ。まだお前のことを守れるとでも思っているのか?蒔子。あの時、お前は死を偽って姿を消し、高瀬家の資産の半分を海外に移した。今さら延佳と手を組んで戻り、高瀬家を乗っ取ろうとしている。そんなこと、俺が許すと思うか?」蒔子の体はさらに激しく震え、目には焦りが浮かんでいた。彼女は礼央の手口を知っていた。かつて彼が高瀬家の圧力に耐え抜いたことからも、彼の恐ろしさは十分に証明されている。今彼の手に落ちたら、きっと酷い目に遭うだろう。「私……私はそんなことしてないわ!あの資産は私が当然受け取るべきものよ!」蒔子は平静を装ったが、声の震えは隠せなかった。「高瀬家には元々延佳の資産があったのに、あなたが全部奪ったのよ!」「奪った?」礼央の目はさらに冷たくなった。「あの時、お前と延佳が手を組んでいなければ、鴨居先生はあんな目に遭わなかった。お前たちが証拠を偽造しなければ、俺の母さんは高瀬家から追い出されなかった。お前と延佳が俺に負わせたものや、鴨居先生に負わせたもの、そして高瀬家に対する借りについて、今日で全てきちんと清算してもらうからな」蒔子は彼の目に宿る殺意を見て、ついに耐えきれず、膝から崩れ落ち、涙が突然溢れ出した。「私が悪かったわ……延佳を助けてあんなことをしてしまって……お願いだから、許して!」ここまで来てしまった以上、彼女にできる唯一のことは自分の弱みを見せることだけだった。礼央は彼女の惨めな姿を見て、心に一片の同情も抱かなかった。彼は携帯を取り出し
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第878話

かつて彼は高瀬家からの圧力を耐え抜き、延佳を追い詰めたことからも、その手強さがうかがえる。今や自分は彼の手に落ちてしまった。さっき彼が手を下さなかったからよかったものの、そうでなければ、とっくに囚われの身になっていただろう。蒔子はしばらく休んでから震える手を伸ばし、テーブルの上の携帯を取った。手の震えがひどく、彼女は何度も番号を押し間違え、やっとのことで延佳に電話をかけれた。「もしもし?母さん、どうしたの?」電話口からは延佳の声が聞こえ、何か他のことで忙しいのか、幾分か苛立った口調だった。「延佳!大変なの!礼央が……礼央がさっきここに来たのよ!」蒔子は泣きそうになり、つい早口になった。「さっきこの別荘に来て、昔のことについて聞かれたの。絶対に許さないって言ってたわ!だから早く何とかして!」電話の向こうで数秒の沈黙があった。延佳の声は冷たく重くなった。「どうして母さんを見つけれたんだ?外には出ずに、誰とも連絡を取るなって言っておいたはずだけど?」「ずっと外に出てないわ!どうやって私を見つけたかなんて知らないわ!」蒔子は泣きそうになりながら焦っていた。「きっと何かで調べたのよ。さっきのあの彼の目つき……食い殺されるかと思ったわ!延佳、早く何とかしてよ。私たちの……私たちの計画がバレてしまうんじゃない?」延佳は深く息を吸い、冷静さを取り戻そうとした。礼央の手口は知っていたが、こんなに早く蒔子を見つけるとは彼も予想外だった。どうやら礼央は前から彼らを調べていて、ただ適切なタイミングを待っていただけらしい。「母さん、まず落ち着いて」延佳の声は低く沈み、幾分か安心させるような、しかしどこか冷酷さを含んだ口調だった。「まだ手を出してこないということは、確かな証拠がまだないんだ。ただ試しているだけだ。別荘から動かないでね。警備員を派遣するから。礼央の方は……俺がなんとかする」「あなたが本当にできるの?さっきの彼、本当に怖かったわ!」蒔子はまだ不安そうで、声には心配がにじんでいた。「心配しないで、母さん」延佳の声は冷静だった。「礼央は母さんを見つければ俺たちを操れると思っている。フン、甘すぎるね。あの時のことの証拠はもうどこにもない。彼が疑っていても、証拠を出すことはできない。それに、今の彼には弱点がある
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第879話

礼央の突然の行動は延佳の計画を狂わせたが、同時に彼は、これ以上待つことはせず、すぐに行動を起こさなければならないと気づいた。彼は携帯を取り出し、ある番号にかけた。「もしもし、俺だ。真衣と千咲の動向を逐一調べてくれ、できるだけ詳細にな。それと、近々礼央とじっくり『話し合い』をするつもりだから、準備しておけ」延佳は電話を切り、立ち上がって窓辺の方に行き、外の夜景を見つめた。-夜は深まっていた。礼央が自宅の別荘に戻り、腰を下ろした途端、湊が書類を持って入ってきた。「高瀬社長、蒔子さんの方は既に人に見張らせています。彼女は電話を切ってから、ずっと別荘から出ていません。それと、延佳さんはさきほど別荘に警備員を派遣し、また、寺原さんと千咲ちゃんの動向について逐一調べるよう指示をしておりました」礼央は冷たい目で彼に何かを囁いた。「承知しました、高瀬社長」湊は頷き、去っていった。別荘には礼央一人が残され、彼は窓の外の夜景を見つめながら、真衣から贈られた万年筆を取り出し、指先で「高瀬」の文字を撫でた。胸の内は、酸っぱくもどかしい感情でいっぱいだった。-湊は礼央の別荘を出ると、車に乗り込むなり、まず真衣に電話をかけた。彼はわかっていた。真衣はずっと礼央の身を案じてきたし、延佳の動向を知る権利もあることを。ましてや延佳は、すでに真衣と千咲の動向を調べ始めている。だからこそ、この件を彼女に伝え、備えさせる必要があった。電話は二度鳴ってすぐに繋がり、真衣の声には仕事を終えたばかりの疲れが滲んでいた。「もしもし、湊?何かあったの?」「寺原さん、たった今入った情報ですが、高瀬社長は延佳さんの母親である蒔子さんの居場所を特定しました。彼女はまだ生きていて、ずっと北城郊外の別荘に潜み、延佳と共謀して高瀬家を乗っ取ろうとしていました」湊は声を落とし、重々しく続けた。「それに加えて、延佳さんは既に蒔子さんが住む別荘に警備員を派遣しており、寺原さんと千咲ちゃんの動向についても調べています。お二人に危害を加えるつもりがあるのかもしれません。身の安全には十分ご注意ください」真衣は携帯を握る手に力を込め、心が激しく動揺した。蒔子さんはまだ生きている?あまりにも予想外の知らせだわ。彼女はとっくに亡くなっていると思っていたのに、まさか今まで裏で
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第880話

一通り連絡を終えると、真衣はやっと少し気が楽になった。ちょうど荷物をまとめて退社しようとした時、また携帯が鳴り出した。画面には「山口社長」の文字が表示され、彼女は眉をひそめた。宗一郎も今回のプロジェクトの協業における窓口担当者の一人で、普段は仕事上の関わりしかなく、真衣とプライベートで連絡を取ることはほとんどなかった。こんな時間に電話してくるなんて、何か用があるのかな?真衣は数秒ためらったが、やはり電話に出た。「山口社長、こんばんは。仕事のご用件でしょうか?」「寺原さん、こんばんは」宗一郎の声は穏やかだったが、感情が読み取れなかった。「仕事の用事ではないよ。ただ、最近みんなプロジェクトで大変そうだから、時間があれば夕食でも一緒に食べてリラックスできないかなって思って」真衣の心に警戒心が芽生えた。彼女はよく知っていた。宗一郎は延佳の友人で、深い絆で結ばれていることを。延佳が不穏な意図を見せたばかりなのに、宗一郎が突然夕食に誘ってくるなんておかしい話だ。彼女と宗一郎の間には、仕事のこと以外で話すべきことなど何もなかった。「大変申し訳ありませんが、今日は少し疲れているので、早めに帰って休みたいと思います」真衣の口調は丁寧だった。数秒の沈黙の後、宗一郎の声が再び聞こえた。相変わらず淡々とした調子だが、かすかに誘い込むようなニュアンスが含まれていた。「寺原さん、すぐに断らないでよ。実は、延佳さんのことについて話したいことがあるんだ。あなたも感じていると思うけど、延佳さんはあなたに別の思惑がある。いくつかあなたに知っておいてほしいことがあるから、ちゃんと話をしよう。あなたにとっても、高瀬社長にとっても、きっとプラスになるはずだ」真衣は携帯を握る手に力を込め、心臓の鼓動が一気に速くなったのに気づいた。宗一郎の言葉は、明らかに自分を釣るための餌だ。彼は延佳の考えを知っていて、さらに「伝えたいことがある」と言った。まるで答えを握りしめ、真衣が自ら食いつくのを待っているかのようだ。真衣ははっきりと理解していた。宗一郎がこんなことをするのは、延佳に指示されて彼女から何かを聞き出そうとしているに違いないと。あるいは、宗一郎自身に別の思惑があり、この機会を利用して何かを達成しようとしているかのどちらかだ。どっ
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