All Chapters of 火葬の日にも来なかった夫、転生した私を追いかける: Chapter 931 - Chapter 940

1605 Chapters

第931話

「自分がここまで追い詰められるのを望んでいるとでも思っているのか?」延佳の涙がこぼれ落ちた。「高瀬家のみんなが、俺を絶望の淵に追いやったんだ!俺はみんなに思い知らせてやる。かつて俺にしたことの代償を払わせる!」公徳は延佳の狂気じみた姿を見て、心の中は後悔と無力感でいっぱいだった。延佳の言葉が真実だということは、公徳自身も分かっていた。高瀬家の悲劇は、突き詰めれば家族の内紛と不公平な待遇が招いたものだったのだ。だが、今さら何を言ってももう遅い。延佳はすでに収監され、公徳自身も延佳の件に巻き込まれていた。-間もなく、公徳が弾劾されたというニュースが北城中に広まった。親族の犯罪を黙認したと言う者もいれば、職権を乱用したと非難する者もいた。瞬く間に公徳の評判は地に落ち、世間から白い目で見られる存在となった。がらんとしたオフィスに座り、窓から外の車の流れを見つめながら、彼の胸は絶望でいっぱいだった。今この時、最も喜んでいるのは礼央に違いない、と彼は思った。-礼央たちのかつての新婚生活用の家では、麗蘭が薬を手にリビングで礼央を待っていた。「座って」麗蘭は向かいのソファを指さし、穏やかに言った。「寺原さんの件は聞いたわ。無事に救出できて、本当によかったわね」ソファに腰を下ろした礼央は、疲れたように眉間を揉んだ。「彼女が無事で何よりだ」麗蘭は水が入ったグラスと数錠の薬を彼の前に置いた。「新しく処方した薬よ。副作用が少ないから試してみて。それと伝えたいことがあるの。自分に過度なプレッシャーをかけたり、自分の感情を押さえ込んだりしないほうがいいわ」彼女は少し間を置き、続けた。「あなたはいつも他人を守ることばかり考えて、自分の気持ちを無視しているの。でも考えたことある?過剰な保護は、相手にとって危険にもなり得るのよ。寺原さんは自立した強い人よ。あなたと共に困難に立ち向かえる力があるの。彼女を遠ざける必要はないわ」礼央は目の前の薬を見つめ、甲板で真衣が語った言葉を思い出し、胸が締め付けられた。麗蘭の言うことは正しいと礼央もわかっていた。だが、やはり葛藤があった。「あなたが心の中で何を心配しているか、私は知っているわ」麗蘭は彼の心を見透かしたように、「でも信じて。愛の力は強いものよ」と言った。「お
Read more

第932話

礼央は沈黙し、目を閉じ、それらのネガティブな感情を押し殺した。彼は携帯を取り出し、麗蘭に電話をかけた。「麗蘭」彼の声は異様に力強かった。「俺のうつ病が完治するような治療計画を立ててくれ」電話の向こうで麗蘭は一瞬戸惑い、すぐに笑った。「急にどうしたの?やっと頭を使わず、ゆっくり休めるようになった?」麗蘭は礼央のことをよく理解していた。彼は常に自分を追い詰めすぎるのだ。何事にも事前に備え、遠い先の未来まで考え、常に緊張感を持って生きている。礼央は反論せず、淡々と言った。「健全な感情と、澄んだ頭脳が必要なんだ。向き合うべき人と、なすべきことのためにな」「わかったわ」麗蘭の口調も真剣味を帯びた。「明日すぐに計画を立てるね。薬物療法や心理カウンセリング、物理療法とかも含めて検討するね。大丈夫よ。あなたが協力的なら、きっと良くなるわ」「ありがとう」礼央はそう言うと、電話を切った。電話を切った後。礼央は車で刑務所へ向かった。彼が延佳に会いに行くのは、嘲るためでも、復讐をするためでもない。過去の因縁に決着をつけ、あることを確認するためだ。刑務所の面会室で、延佳は囚人服を着て、憔悴した様子だったが、目には依然として反抗的な光が宿っていた。礼央が入ってくるのを見て、彼は口元に嘲りの笑みを浮かべた。「なんだ?俺の惨めな姿を見に来たのか?」礼央はその嘲りを無視し、向かいの椅子に座って静かに言った。「そうじゃない。お前に伝えたいことがあるんだ」「ほう?何だ?」延佳は眉をつり上げ、露骨に軽蔑した表情を浮かべた。「俺は蒔子に何も手を出していない」礼央は彼の目を見つめ、一語一句はっきり区切って言った。「お前は俺が彼女を隠したと思い込んでいると思うけど、それは違う。彼女は自分の意思で自ら高瀬家を去ったのだ。高瀬家の内紛や、偽善的な態度にうんざりしていたからだ」延佳の顔色が一瞬で変わった。彼は猛然と立ち上がり、両手をテーブルに叩きつけた。「嘘をつくな。母さんが自発的に去るはずがない。お前だ、お前が母さんを隠したんだろ!」「俺は嘘などついていない」礼央は相変わらず冷静に彼を見つめていた。「お前が信じたくないのはわかるが、これが事実だ。蒔子が高瀬家から去るとき、彼女は俺に手紙を残したんだ。高瀬家の内紛に巻き込まれた
Read more

第933話

礼央の瞳は冷たくなり、彼は重々しい視線で延佳を見つめた。彼ははっきりとわかっていた。延佳は過去の執念に囚われており、自分が何を言っても聞き入れないということを。ここに居続けても、有用な情報は得られず、ただ時間を浪費するだけだと。礼央はそれ以上言葉を発せず、ゆっくりと立ち上がった。延佳は猛然と顔を上げ、未練がましい眼差しを浮かべていたが、先ほどのように礼央を怒鳴りつけることはせず、ただ彼の背中を食い入るように見つめていた。礼央は足を止めず、そのまま面会室の出口へと真っ直ぐ向かい、恨みに満ちた視線をしている延佳のことを見もしなかった。面会室を出て。礼央が廊下の突き当たりの角を曲がろうとした時、彼はそばから聞き覚えのある声を耳にした。「高瀬社長、久しぶりだな」彼は足を止め、横を見ると、宗一郎は美しいグレーのスーツに身を包み、ポケットに手を入れたまま壁にもたれかかり、意味深な笑みを浮かべていた。宗一郎は、礼央がビジネスの世界で長年対峙してきた相手だ。二人は数えきれないほど火花を散らし、互いのやり口も野心も、嫌というほど理解していた。こんな時に宗一郎と出くわすとは――「山口社長」礼央は軽く頷き、感情の揺れひとつ感じさせない淡々とした口調で、「ここで会えるとは思わなかったよ」と言った。宗一郎は壁から身を起こし、ゆっくりと礼央の前に歩み寄ると、一瞬その顔を覗き込むようにしてから、笑いながら言った。「偶然だな。私は延佳さんの面会で来たんだ。元々彼とはビジネスパートナーだったからね。この国を代表するエンジニアを拉致するようなことをするとは、まったく予想外だったな」礼央は返事せず、静かに彼を見つめ、次の言葉を待った。彼は宗一郎のことをよく理解していた。宗一郎が、特にこのタイミングで、意味もなく世間話などするはずがない、と。宗一郎が自ら延佳の話題を出したということは、必ずや別の目的があるに違いない。案の定、宗一郎は少し間を置くと、話題を変えて礼央を見つめ、探るような口調で言った。「延佳さんが収監されたことで、彼は自分が担当していたいくつかの協業プロジェクトから外れた。窓口がいなくなったんだ。高瀬社長、これを機に、両社で手を組んで、これらのプロジェクトを一緒に進めるのも一案かと思ってね。互いに利益のあるウィンウィンな話
Read more

第934話

「もう一回ちゃんと検討したほうがいいと思うよ。これらはいずれもポテンシャルのあるプロジェクトばかりだ。今回の機会を逃せば、もう次はないよ」「構わない」礼央は軽く笑った。「山口社長がもし興味があるなら、自分でこれらのプロジェクトを引き受けられたらどうなんだ?高瀬グループは関わらないから」そう言い終えると、礼央は背を向けてその場から立ち去ろうとした。宗一郎は礼央の去り行く背中を見つめていた。「高瀬社長、本当にいいの?」宗一郎は礼央の背中に向かって声を掛けた。「今の高瀬グループは、延佳さんの件を経て、ますます不安定な状態になっていると思うんだ。ここでこれらのプロジェクトまで逃せば、高瀬グループの基盤に影響が出かねないよ?」礼央の足は一瞬止まったが、彼は振り向かず淡々と言った。「心配してくれるのはありがたいけど、高瀬グループのことは、俺が一番理解しているから大丈夫」そう言い終えると、礼央は宗一郎を一人残して大股で歩き去った。宗一郎は険しい表情をしていた。-礼央は外に出ると、色々と考え始めた。宗一郎がこのタイミングで協業を提案してきたのは、決して単純な話ではない。高瀬グループがようやく安定したところを狙って、破壊工作を仕掛けてくる可能性も高い。礼央はすぐに会社に戻り、湊に社内のガバナンス管理の強化を指示した。それと同時に、宗一郎が代表を務めるYM(ワイエム)グループの動向を注視し、彼らが付け入る隙を与えないようにも指示した。彼は携帯を取り出し、湊に電話をかけた。「湊、すぐにYMグループの最近の動向を調査してくれ。特に彼らが延佳と以前協業していたいくつかのプロジェクトについて、何か異常な動きがないか確認するんだ。それと、社内の警備とガバナンスの管理を強化しろ」「はい、高瀬社長、すぐに手配します」湊の声には頼もしさが感じられ、彼はそう言うと電話を切った。高瀬グループの経営は、延佳の事件が起こるより前からすでに全面的に湊に委ねられていた。礼央がこのタイミングで高瀬グループのことに干渉する理由を湊は理解できなかったが、それでも彼は指示に従った。礼央は携帯をしまい、車に乗り込むと、エンジンをかけて会社の方向へと車を走らせた。-車が江川城市の市街地に入ると、真衣は窓の外の見慣れた街並みを眺め、ホッと胸を撫で下ろし
Read more

第935話

「そういえば、礼央は?彼は一緒にあなたと帰ってこなかったの?」礼央の名前を聞いて、真衣の目は少し暗くなった。彼女は小声で言った。「彼は急ぎの用事があるみたいで」島から戻ったあの日、彼女は埠頭で礼央を待っていたが、結局会うことはなく、その後も連絡は一切なかった。彼がまだ悩んでいるのだろうと察しはついたが、真衣から連絡を取ることもなかった。言うべきことはすべて言い尽くした。あとは彼自身が気づくのを待つしかない。慧美は真衣の落ち込んだ様子を見て取り、それ以上は詮索せず、ただため息をついてキッチンに立ち、料理の支度を始めた。「お腹空いてるでしょ。あなたの大好きな酢豚を作ってあげるわ」真衣はソファに座り、慧美の忙しそうな背中を見つめながら、心がポカッと温かくなった。ちょうどその時、真衣の携帯が鳴った。耀庭からの着信だった。通話ボタンを押すと、耀庭の罪悪感に満ちた声が聞こえてきた。「寺原さん、大丈夫でしたか?あなたが行方不明になったと聞いて、ずっと連絡を取ろうとしていましたけど、電話がつながりませんので」「大丈夫、もう帰ってきたわ」真衣は優しく答えた。耀庭はしばらく沈黙し、さらに申し訳なさそうに言った。「あの時、原生林で何があったのかわからなくて、そのまま眠ってしまい、寺原さんを守れなくて本当にすみませんでした。もしあの時私がまだ起きていたら、寺原さんは連れ去られずに済みましたよね……」真衣はこの件が耀庭のせいではないことを知っていた。きっと彼も延佳の部下に薬を盛られ、眠らされてしまったのだろう。彼女は慰めるように言った。「あなたのせいじゃないわ。相手が最初から計画していたことだから、自分を責めないで」「でも、やっぱり申し訳なくて……」耀庭は続けた。「今どこにいらっしゃいますか?直接お会いして謝りたいのと、寺原さんが本当に無事なのか確かめたくて」真衣は少し考えてから答えた。「今は家にいるわ。わざわざ来なくていいよ、本当に大丈夫だから」彼女は耀庭の自分に対する想いを知っていたが、彼女の心には礼央しかいなかった。耀庭には誤解を与えたくもないし、期待もさせたくなかった。耀庭は彼女の言葉に含まれた距離感を感じ取り、それ以上強くは言わなかった。「わかりました。ではゆっくり休んでください。また何かあったらいつでも電
Read more

第936話

安浩と沙夜は視線を交わし、お互い何かを察したかのようだった。彼らはとっくに耀庭が真衣に好意を抱いていることを知っており、今ここで真衣と偶然出会った彼を見て、すぐに事情を察した。沙夜は笑いながら言った。「そうね、本当に偶然だね。せっかくだから、一緒に食事でもしない?」耀庭は願ったり叶ったりとでもいうように、すぐに椅子を引いて真衣の隣に座り、「寺原さん、何が食べたいものはありますか?」と聞いた。「このお店の看板メニューは黒トリュフを添えたステーキで、とても美味しいですよ。こちらを注文してあげましょうか?」真衣は少し困ったように言った。「あ、大丈夫よ、自分で注文するから」自分が好きではない人に、無駄な期待を抱かせたくない。安浩は、耀庭が真衣に細やかな気配りをしている様子を見て、心の中でそっとため息をついた。彼は、真衣の心には礼央しかいないことを知っており、耀庭のこうした行動はおそらく無駄な努力に終わるだろうと思った。沙夜は少しからかうような口調で言った。「島袋さんは真衣に優しいね。知らない人が見たら、彼女のことが好きだって思われるわよ?」耀庭はこれらの言葉を聞いても全く動じず、否定もせず、率直に言った。「寺原さんはとても素敵な女性なので、大切にされるべきだと思っているだけです」真衣は彼の視線を避け、メニューを見つめながら、彼の言葉を聞かなかったふりをした。安浩は状況を見て、すぐに取りなした。「まあまあ、とりあえず早く注文しよう。みんなお腹が空いているし」食事の合間、耀庭は真衣のために料理を取り分けたり、水を注いだりと、細やかな気遣いを見せていた。真衣は何度か断ろうとしたが、彼に様々な理由で押し返され、仕方なく受け入れるしかなかった。食事が終わり、耀庭は真衣を家まで送ると申し出た。真衣が断ろうとした瞬間、沙夜が先に言った。「私たちは真衣と帰り道が同じだから、一緒に送ってくわ」耀庭は仕方なく諦めたが、それでも念を押した。「では、お気をつけてお帰りください。家に着いたらLINEでご連絡いただけると安心します」真衣はうなずき、安浩と沙夜についていき、レストランを出た。車に乗り込むと、沙夜は我慢できずに言った。「真衣、わかってるよね?島袋さんはあんたのことが好きなのよ」真衣は軽く「うん」とだけ返
Read more

第937話

沙夜は真衣の瞳に宿った決意を見て、そっと彼女の手の甲を軽く叩き、それ以上は何も言わなかった。恋愛に絶対的な正解など存在しない。あるのはただ「望むか望まないか」だけだ。沙夜は真衣の選択を尊重し、常に冷静な態度をとり、かつ独立した女性である彼女が自らの答えを見つけられると信じていた。-車が真衣の自宅前に到着すると、沙夜は笑いながら言った。「何かあったらいつでも連絡して。一人で抱え込まないでね」真衣はうなずくと、ドアを開けてマンションの中へ入っていった。家のドアを開けた途端、千咲が甘い泣き声とともに、彼女の胸に飛び込んできた。「ママ!やっと帰ってきたのね!ママにとっても会いたかったよ!」真衣はしゃがみ込んで千咲を強く抱きしめ、鼻の奥がツンとした。そばではシッターが笑いながら説明した。「昨日寺原さんが帰ってくると聞いて、早速千咲ちゃんを迎えに行きました。彼女は何日も寺原さんのことを口にしてましたよ」夜、千咲は真衣にぴったりくっついて離れようとしなかった。寝るときも真衣の腕を抱きしめ、何かぶつぶつと呟いでいた。「ママ、もうどこにも行かないで。いい子になるから」真衣は千咲の背中を優しくさすり、額にキスをした。「ママはもうどこにも行かない。これからずっと千咲と一緒よ」-翌朝、真衣がまだ眠っていると、携帯が急に鳴った。KJC宇宙航空研究開発機構の代表である小野寺からの電話だった。「寺原さん、来週北城で重要な業界サミットが開催される。ドローン技術の最新動向に関するもので、うちとしては寺原さんに代表として参加してもらい、他の機関の専門家たちと意見交換をしてきてほしいんだ」真衣は迷わず承諾した。「承知しました、小野寺さん。事前に資料を準備しておきます」電話を切ると、まだ眠りについている千咲を見て、真衣の胸には温かいものがこみ上げてきた――北城に行けば、礼央としっかり話し合えるかもしれない。その後数日間、真衣はKJC宇宙航空研究開発機構の仕事をこなしつつ、北城に行くのに向けて荷造りを進めていた。出発前日、彼女はわざわざスーパーに行き、千咲のためにお菓子やおもちゃをたくさん買い、シッターに千咲の世話をしっかり頼んでから、ようやく北城行きの新幹線に乗り込んだ。北城での業界サミットは国際展示場で開催され、会場は人
Read more

第938話

真衣は一瞬呆然とした。「今は別のプロジェクトを進めているから、余裕がないかもしれない」「君が忙しいのはわかっている」安浩は慌てて言った。「フルタイムで参加しなくていいから、技術的なアドバイスをくれたり、課題を解決するのを手伝ってくれれば十分だ。このプロジェクトは九空テクノロジーにとって重要だし、ドローン業界全体の発展にも役立つ。どうか考えてみてくれ」真衣は安浩を見つめて言った。「わかった、考えてみるね。ただ、空いた時間だけしかできないと思う」「ありがとう!」安浩は興奮して礼を言った。「サミットが終わったら、すぐにプロジェクトの資料を送るよ」その時。会場の入り口で突然騒ぎが起こり、真衣は反射的にそちらを見た。すると、礼央が黒のスーツを着て、堂々とした姿で入ってくるのが見えた。彼の登場は、瞬時に会場の注目を集め、あちこちで囁き声が起こった。「あれ、高瀬礼央さんじゃない?実の兄を刑務所に入れて、高瀬家はもう崩壊寸前だって聞いてるわ。よくもまあサミットに顔を出せるね」「そうよ、あまりにも冷血すぎるわ。肉親にそんな酷いことができるなんて、今後誰が彼と協業するのかしらね?」「しかもうつ病も患っているらしいよ。そんな人間に高瀬グループの経営が務まるかしら?高瀬グループは彼の手によって滅びるだろうね」それらのコソコソ話は、真衣の耳にはっきりと届いていた。彼女は礼央を見つめていた。彼の顔にはまったく表情がなく、まるで周囲のコソコソ話を聞いていないかのように、そのまま会場前方のゲスト席へ歩いていった。真衣の胸に一抹の痛みが走った。彼を慰めに行きたいと思ったが、何を言えばいいかわからなかった。その時、礼央は彼女の視線を感じたようで、ふと彼女の方を見た。視線が合い、真衣はまるで空気中に電流がビリッと走ったかのような感覚を覚えたが、彼女は礼央の瞳の奥に、複雑な感情が潜んでいるのに気づいた。礼央は一瞬足を止め、真衣のほうへ行こうか迷ったようだが、結局ゲスト席の方へと歩き続けた。真衣は彼の後ろ姿を見つめ、少し寂しい気持ちになったが、彼の気持ちも理解できた。彼は今、あまりにも多くのプレッシャーを抱えており、おそらく自分に会う準備がまだできていないのだろう。-サミットが正式に始まった後。司会者は順番に出席したゲス
Read more

第939話

礼央は辛抱強く起業家たちの話を聞き、上品な笑みを浮かべていたが、真衣には彼の瞳の奥に潜む疲れが見て取れた。彼女は知っていた。このサミットは彼にとって、高瀬グループの実力を示す絶好の機会であるのと同時に、過酷な試練の場でもあるということを。彼は周囲から湧き上がる疑念の声の中で再び足場を固め、高瀬グループのためにさらなるチャンスを勝ち取ろうとしていた。昼休みになり、真衣は給湯室で白湯を汲んでいたら、背後から聞き覚えのある声がした。「真衣」振り向くと、礼央が複雑な眼差しで彼女を見つめていた。「最近は……どう?」礼央の声は少しかすれていた。明らかに先ほどのスピーチで声を酷使したようだ。真衣は頷き、白湯を礼央に差し出した。「いい感じだわ。あなたはどう?さっきみんなコソコソ話をしていたけど……」「気にしてないさ」礼央は彼女の言葉を遮り、コップを受け取って白湯を一口飲んだ。「もう慣れているから」彼は少し間を置き、真衣を見つめて躊躇いがちに言った。「お前は……どうしてこのサミットに来てるんだ?」「KJC宇宙航空研究開発機構の代表として派遣されたの。各機関や技術者たちと交流を深めるためにね」真衣は静かに付け加えた。「そうそう、常陸先輩に九空テクノロジーで進めている新しいドローンプロジェクトの技術顧問を頼まれて、引き受けたわ」礼央は一瞬驚いた様子だったが、すぐに頷いた。「それはいいことだ。お前の技術力なら、そのプロジェクトも順調に進むだろう」二人の間にまた沈黙が訪れ、気まずい空気が流れた。真衣は彼を見つめ、何か言おうとしたが、どう切り出せばいいかわからなかった。その時、サミットのスタッフが近づき、礼央に後半のセッションが始まると告げた。礼央は頷き、真衣を見て言った。「じゃあ行ってくるね。サミットが終わったら、ちょっと話せるかな?」真衣はソワソワしたが、真っ直ぐに彼を見つめてきっぱりと言った。「いいよ、じゃあ待ってるね」-サミットの後半のセッションも終わり、真衣がメモを整理していると、誰かが彼女の席の横に立っていた。顔を上げると、宗一郎が協業提案書を手に、いかにも事務的な笑みを浮かべていた。「寺原さん、少し時間をもらえるかな?」宗一郎は提案書を彼女の前に差し出した。「YMグループでは最近、民生用のドローン
Read more

第940話

宗一郎は提案書をしまい、口調を変えて言った。「それなら、無理強いはしないよ。でも、せっかく友達同士だし、後日時間を決めて食事でも一緒にどうかな?仕事の話は抜きで、純粋に食事を二人で楽しもう」真衣は会場の入口の方を見た。人の往来は激しいが、あの慣れ親しんだ人の姿は見当たらなかった。サミット終了後に、礼央と話す約束を思い出し、彼女は軽く首を振った。「申し訳ありませんが、今夜は既に別の約束が入っておりまして」宗一郎の瞳からは温もりが消え、彼は口元を歪ませた。「それは残念だ」そう言うと、彼は背を向けて去っていった。彼の後ろ姿を見て、真衣はホッと胸を撫で下ろした――宗一郎が食事に誘ったのは、必ず何か良からぬ目的があるからだと真衣は知っていた。断るのが最善の選択だった。-サミットが閉幕した時、外から突然強い雨音が響き出した。真衣が会場の入口まで来ると、外から刺すような冷たさを伴った雨風が会場内に吹き込んでいた。彼女は無意識に薄手の上着をしっかりと体に巻き付け、少し焦っていた。彼女は傘を持っておらず、礼央とは具体的な待ち合わせ場所も決めていなかった。携帯を取り出して礼央にLINEを送ろうとしたが、電波の状態は悪く、何度送信を試してもダメだった。真衣は仕方なく入口で待ち、時折駐車場の方へ視線を走らせ、あの見慣れた車を探した。雨はますます激しくなり、空も暗くなっていった。人々は次々と会場から去り、ついに真衣一人だけが残された。雨の中、タクシーを呼ぼうかと思ったその時、誰かが慣れ親しんだ香りがした黒のジャケットを彼女の肩にかけた。真衣が思わず振り返ると、礼央が彼女の背後に立っていた。雨に濡れた髪からは水滴が垂れ、額に張り付いた前髪も湿っていた。顔色はいつもより少し青白いが、それでもなお端正な立ち姿は崩れていなかった。「どうしてここ待っているんだ?」彼は指先でジャケットを優しく整え、吹き込む風から真衣を守った。「傘を持ってなくて、携帯も使えなかったの」真衣はジャケットにしっかりと包んでいた。そこには礼央の微かな香水の香りが残っており、彼女の心は瞬時に落ち着いた。彼女は顔を上げて礼央を見ると、彼は白いシャツしか着ておらず、袖口も一部濡れていた。明らかに彼女にジャケットを届けるために雨に濡れたのだ。
Read more
PREV
1
...
9293949596
...
161
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status