Все главы 支配されて、快楽だけが残った身体に、もう一度、愛を教えてくれた人がいた~女社長に壊された心と身体が、愛されることを思い出: Глава 91 - Глава 100

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心と身体のズレを認める夜

藤並は目を閉じたまま、呼吸を整えていた。湯浅の腕が背中を包む感触は、まだそこにある。けれど、その温かさを素直に受け取れない自分がいることを、藤並はよく知っていた。心と身体の間に、微かなズレがあった。それは、今夜の行為で埋められたと思っていたけれど、簡単に癒えるものではなかった。「こんなに優しく抱かれたのに」その言葉が、胸の奥で繰り返される。湯浅の手は、壊すためのものじゃなかった。優しくて、確かで、何度も「嫌ならやめる」と言ってくれた。それなのに、自分はまだ過去に縛られている。美沙子の声が、ふっと耳の奥で響いた。「蓮、もっと自分から動いて」あの夜の記憶は、今も鮮明に残っている。乳首に触れられた感覚。背中を撫でられた指の温度。それが条件反射で蘇り、下腹部が微かに疼く。「やめろ」心の中でそう呟いたが、記憶は止まらなかった。過去の倒錯した快楽が、まだ身体に刻み込まれている。身体が覚えてしまった反応は、簡単には消えない。たとえ、どれだけ心が「もう終わった」と思っても、身体は正直だった。「それでも、湯浅の手は怖くなかった」藤並は、自分にそう言い聞かせた。美沙子との夜とは違った。あのときは、命令に従うように身体が動いた。自分から腰を動かし、反応することが「良い子」だと教え込まれた。でも今夜は違った。湯浅は、無理に何もさせなかった。身体が反応するたびに、「大丈夫か」と何度も確認してくれた。その言葉が、耳の奥に残っている。「壊れたままでもいいのかもしれない」藤並は、心の中で呟いた。完全に癒えることは、もう期待していない。けれど、少しずつでも繋ぎ直せるなら、それでいい。壊れたままの自分でも、湯浅は腕の中に抱いてくれる。それだけで、今は十分だった。「俺は、もう商品じゃない」その言葉を口に出せなかった
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夜明けの匂いと、決意の予感

窓の外が、わずかに白み始めていた。ビルとビルの隙間から、朝の気配が少しずつ滲んでくる。夜が終わる直前の空は、いちばん静かだった。その静けさの中で、藤並は微かに肩を震わせた。身体はまだ重かったが、意識はゆっくりと目覚め始めていた。湯浅の腕は、変わらず自分の背中を包んでいる。呼吸のリズムが、すぐ後ろから伝わってきた。藤並は目を閉じたまま、ほんの少しだけ身体を緩めた。その動きを、湯浅はすぐに感じ取ったのだろう。背中に温かな息が落ちた。湯浅が、静かに顔を寄せてきたのが分かった。「蓮」名前を呼ばれた。低く、柔らかい声だった。その声だけで、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。藤並は、返事をしなかった。声にすると、泣いてしまいそうだったからだ。けれど、肩をわずかに動かした。それは、嫌だという拒絶ではなく、ただ、そこにいる証のような動きだった。「大丈夫だ」湯浅は、また言った。その声を聞きながら、藤並は自分の心を探っていた。「好きになってもいいかもしれない」その考えが、胸の奥にふっと浮かんだ。でも、すぐには認められなかった。過去の傷が、まだ身体の中にこびりついている。壊れるのが怖い。誰かを好きになることは、自分がまた壊れることかもしれなかった。それでも、湯浅の腕の中で、少しだけ心が動いた。「俺は、まだ壊れてる。でも」言葉にはできなかったが、心の奥でその続きがあった。「このまま、もう少しだけ抱かれていてもいいかもしれない」そんな気持ちが、静かに胸の中に広がっていった。湯浅の指が、ゆっくりと背中をなぞった。それは、壊すための動きではなかった。繋ぎ直すための手だった。藤並は、ほんの少しだけ目を開けた。窓の外は、すでに青白い光に染まり始めていた。夜が終わる。だけど、自分の中の夜は、ま
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夜明けの呼吸

藤並は目を閉じたまま、湯浅の腕の中で静かに呼吸を繰り返していた。胸の奥に、わずかに残る熱と鼓動が確かにそこにある。外はすでに夜が明け始めている。窓の向こうから流れ込む春の朝の匂いが、鼻先をかすめた。湿った土と、遠くのアスファルトの匂い。季節が変わろうとしている匂いだった。藤並は、その呼吸が、自分自身のものだと初めて思えた。誰かに合わせるためのものでも、誰かの欲望に合わせた呼吸でもない。ただ、自分の胸が上下する感覚だけを、ぼんやりと味わっていた。湯浅の腕が背中にかかっている。その手は重くもなく、強制でもない。ただ、そこにいるだけの手。その重さが、かすかな安心を与えていた。「これは俺の呼吸だ」心の中で、そっと呟いた。美沙子に抱かれていたとき、呼吸は自分のものじゃなかった。先輩に身体を預けていたときも、息をすることすら、許可を得なければならないような気がしていた。でも今は違う。胸の奥が、ゆっくりと膨らみ、吐き出すときの熱が、自分の内側から生まれていると分かる。窓の外には、ぼんやりとした光が広がっている。ビルの輪郭が柔らかく滲み、空はまだ白い。都会の朝は、始発の音とともに始まる。その微かな音を耳の奥で捉えながら、藤並は目を閉じたまま、自分の内側に意識を向けた。「誰の命令でもなく、俺はここにいる」それが、こんなにも怖くて、こんなにも心地いいことだとは思わなかった。命令される方が、楽だった。愛人契約を続けていたのも、その方が生きやすいと錯覚していたからだ。商品でいればいい。感情なんて、必要ない。抱かれることも、与えられることも、全部機械的にこなせばいい。でも今、自分の心臓がこうして静かに打っていることが、何よりも重かった。湯浅の腕の中で呼吸をしている自分は、もう「商品」ではなかった。抱かれるためにいるのではなく、「ここにいたい」と思っている。それは、怯
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触れたい、触れられたい

湯浅はゆっくりと目を開けた。薄明かりがカーテンの隙間から差し込んでいて、天井が柔らかい光に染まっている。隣にいる藤並の髪が、その光を受けてほのかに濡れて見えた。湯浅は無言で、藤並の髪に指を滑らせた。その髪は少し汗ばんでいて、夜の名残をまだ纏っている。「蓮」湯浅は、声をかけた。寝息は浅い。本当に眠っているのか、それとも目を閉じたまま何かを考えているのか、どちらなのか分からなかった。それでも、背中を包む手を離す気にはなれなかった。「もう少しこのままでいいか」藤並の肩が、微かに震えた。それは拒絶の震えではなかった。ただ、呼吸の奥で何かを堪えるような震えだった。「はい」藤並は、かすかな声で答えた。その声は細く、かすれたけれど、確かに「いい」と言った。湯浅はそのまま、額を藤並の髪に寄せた。髪からは、昨夜の汗と石鹸の香りが入り混じった匂いがした。その匂いごと、藤並を抱きしめる。湯浅は、腕の中にいる藤並の背中をゆっくり撫でた。その動きは、何かを求めるためではなく、ただ確かめるような手つきだった。「嫌なら、やめるからな」湯浅は小さな声で呟いた。その言葉は、藤並の耳元にそっと落ちた。湯浅の唇が、藤並の耳たぶに微かに触れる。その感触に、藤並の身体が一瞬だけ強張った。けれど、すぐに緩んだ。「嫌じゃないです」藤並は、かすれた声でそう言った。喉の奥から、絞り出すような言葉だった。けれど、その声は確かだった。震えているのは、恐怖ではなく、繋がりを求めるための躊躇だった。藤並は、そっと湯浅の首に腕を回した。その動きはぎこちなかったが、確かに自分からの動作だった。湯浅の肌に触れると、指先が微かに湿っているのが分かった。自分の汗なのか、湯浅の体温なのか分からない。けれど、それが心地よかった。湯浅
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朝の光の中で繋がる

湯浅の指先が、藤並の首筋をゆっくりとなぞる。その動きには、急き立てるような力も、欲望の押しつけもなかった。ただ、触れたいという気持ちだけが、静かに伝わってくる。藤並は、目を閉じたまま、その指先の感触を受け入れていた。肌と肌が重なることが、こんなにも穏やかなものだとは知らなかった。これまでの夜は、命令と支配のための時間だった。与えられる快感は、どこかで自分を切り離して受け止めていた。商品としての身体。快楽は相手のためのもので、自分のものではなかった。けれど今、湯浅の手が背中を撫で、唇が首筋に触れたとき、身体は「自分から求めている」と理解していた。身体が自然に反応する。湯浅の肩に手を伸ばす自分がいる。それは、命令された動きではなかった。藤並は、湯浅の胸に額を押しつけた。息を吐き出すと、胸の奥がふっと緩む。震えていた指先が、湯浅の腕に絡まる。自分から、触れている。自分から、求めている。それが、怖くなかった。湯浅が、そっと藤並の太腿を撫でる。その動きは優しく、焦らすようなものでもない。ただ、ここにいることを確かめるような手つきだった。「蓮」湯浅が名前を呼んだ。その声は低く、喉の奥から漏れるようだった。藤並は、唇を震わせながら、その声に応えた。「…はい」声は小さかったが、はっきりと返事をした。湯浅はそのまま、ゆっくりと藤並の身体を押し倒した。背中がシーツに触れる。冷たくもなく、嫌悪もなかった。むしろ、そこに落ちていくことが、安心だった。湯浅が唇を重ねる。額に、頬に、唇に、静かに触れていく。藤並は目を閉じたまま、湯浅の手を握った。その手は、強くもなく、弱すぎもせず、ただ温かかった。脚を開くことに、もう抵抗はなかった。それは「されること」ではなく、「自分から開く」という動作だった。
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言葉にする勇気

藤並の胸の奥が、ずっと軋んでいた。身体は湯浅の中で繋がっているのに、心の奥底ではまだ、どこかで怯えていた。「愛されていいのか」その問いが、ずっと胸を締めつけている。欲しいと願ってしまえば、きっとまた壊れる。そんな恐怖が、どうしても消えなかった。湯浅の手は、背中をそっと撫でていた。指先が、肩甲骨のあたりをゆっくりと往復する。その手のひらが、怖くなかった。押しつけられることも、縛られることもない。ただ、触れたいと思ってくれているだけの温度だった。「…好きになるな」過去の声が、耳の奥で蘇る。先輩のあの夜、タバコの煙の中で聞いたあの言葉。「蓮、好きになるなよ。遊びだからな」あのとき、笑って「分かってますよ」と返した自分がいる。でも、目は笑っていなかった。身体の奥が、冷たく凍っていったあの夜。あの瞬間から、誰かを好きになることは、自分を壊すことだと思い込んでいた。けれど、今。湯浅の腕の中で、身体の奥から違う感覚が湧き上がってきている。「好きになっても、壊れないかもしれない」そんなことを考えている自分が、信じられなかった。湯浅が、藤並の額に唇を落とす。その唇は、微かに震えていた。湯浅もまた、同じように怯えているのだと分かる。「壊さずに抱きたい」と思ってくれていることが、肌から伝わってくる。藤並は、唇をかすかに開いた。喉の奥で、何かがつかえていた。声を出すことが怖かった。「愛してる」と言ってしまえば、すべてが崩れる気がした。でも、それを言わなければ、きっと一生このままだ。湯浅が、また背中を撫でた。その手のひらが、静かに「大丈夫だ」と言ってくれている気がした。その優しさに、胸が締めつけられた。「…俺も」藤並は、喉の奥からかすれた声を絞り出した。湯浅の胸に顔を埋めたまま、言葉を続
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壊れないという自覚

身体の奥から、じわじわと熱が引いていくのを感じながら、藤並は湯浅の腕の中で呼吸を整えていた。行為が終わっても、湯浅の腕は解かれなかった。汗ばんだ肌が重なり、互いの呼吸が、まだ微かに乱れたまま繋がっている。窓の外は、もう完全に朝だった。春の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。柔らかな光が、部屋の中を淡く照らしていた。湯浅が、藤並の額にそっと唇を落とした。その動きは、行為の延長でもなく、欲望の名残でもなかった。ただ、そこに触れたかったから触れる。その気持ちが、肌から伝わってきた。「好きだ」湯浅が、喉の奥で呟いた。低く、静かな声だった。命令でも、誓いでもなく、ただそこにある言葉だった。藤並は目を閉じたまま、その言葉を受け止めた。胸の奥が、少しだけ疼く。でも、それは痛みではなかった。「壊れたままでいい。でも、もう俺は壊れない」心の中で、静かにそう思った。過去の傷が消えるわけじゃない。美沙子の記憶も、先輩との夜も、全部消えるわけじゃない。身体の奥には、まだその痕跡が残っている。けれど、それでもいいと思えた。壊れたままの自分を、もう嫌だと思わなくていい。抱かれることに怯えていた自分も、好きになってはいけないと縛られていた自分も、全部ひっくるめて、ここにいる。湯浅の呼吸が、耳の奥で静かに重なる。胸の中にあるものが、ゆっくりと溶けていくような感覚だった。「蓮」湯浅が、もう一度名前を呼んだ。その声は、どこまでも優しかった。藤並は、何も言わなかった。ただ、腕を回して湯浅の背中を抱きしめた。それが、答えだった。部屋の中に、朝の光が満ちていく。外からは、車の音も、人の気配も少しずつ聞こえ始めていた。でも、この部屋の中は、まだ静かだった。ふたりは何も言わず、ただ肌を重ねたまま、じっと抱き合っていた。
last updateПоследнее обновление : 2025-09-04
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夜の書斎、同期の共謀

窓の外には、雨上がりの街が静かに広がっていた。夜の湿度がガラス越しに染み込んでくるようで、書斎の空気は重たかった。湯浅は、デスクの上に置かれたグラスを軽く揺らした。氷がカランと音を立てる。その小さな音だけが、静まり返った部屋に響いた。「お前、これ本当に裁判で勝てるのか」湯浅はグラスの縁に唇を寄せながら、鷲尾に目を向けた。グラスの中身はほとんど減っていない。酒を飲むためではなく、ただ手持ち無沙汰を紛らわせる道具のように握っているだけだった。鷲尾はソファに深く腰を沈めたまま、資料の束を指でトントンと整えた。ネクタイを緩め、上着はすでに脱いでいる。だが、目だけは緩んでいなかった。いつものように、冷静で、どこか飄々とした弁護士の顔だ。「勝てるよ。黒瀬が証言すればな」鷲尾の声は淡々としていた。すでに何件もの訴訟を勝ち抜いてきた男の口調だった。だが、その確信の裏に「ただし条件付きだ」という影が見える。「…あいつ、動くと思うか」湯浅はグラスをテーブルに戻した。指先が微かに汗ばんでいるのを自覚する。だが、その感覚を無視して、もう一度氷を揺らした。またカランと音がした。「五分五分だな。でも、動かすのはお前の仕事だろ」鷲尾は笑わなかった。ただ、目だけが湯浅を見据えていた。学生時代から変わらない目だった。冷静で、でも内心は全部見透かしているような、あの目だ。「…分かってるよ」湯浅は視線を落とした。デスクの上には、料亭藤並の名義変更書類のコピー。裏帳簿のデータもある。それを手繰るように指でなぞった。「黒瀬は…」口に出しかけて、湯浅は言葉を止めた。藤並の顔が頭をよぎる。ベッドで眠るあの穏やかな横顔が、ふと脳裏に浮かんだ。だが、それをすぐに押し殺す。今は「私情
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バーで黒瀬に接触

バーのカウンターに、低くジャズが流れていた。夜はすでに深く、他の客もまばらだった。黒瀬は琥珀色のウイスキーをグラスに揺らしながら、無言で氷を見つめている。その横に、湯浅が静かに座った。一言も声をかけず、ただ隣の席に腰を下ろす。バーテンダーが湯浅に目を向けたが、湯浅は軽く首を振った。飲むつもりはなかった。黒瀬が視線を向ける。目の奥に疲労と苛立ちが滲んでいた。それでも、声は崩れない。「わざわざ、こんなところまで呼び出してくれて」湯浅は微かに笑みを浮かべた。だが、目は笑っていなかった。「黒瀬さん、正直申し上げます。このままだと、ご自身も危ないですよ」氷がカランと鳴る。黒瀬はグラスを揺らしたまま、視線を外さない。「……私に、社長を裏切れと?」「裏切れとは申しません」湯浅の声は静かだった。抑揚をつけず、淡々と。けれど、その言葉は黒瀬の胸の奥に食い込む。「生き残る道を考えていただきたいだけです」「そんな生き方、あんたはしてきたのか?」黒瀬の唇がわずかに歪む。嘲りと苦笑が混ざった声だった。「…私は、守りたい人がいるだけです」湯浅の返答は、それ以上でもそれ以下でもなかった。その言葉に嘘はなかった。だが、黒瀬にとってはそれが一番の脅威だった。「守りたい人のためなら、他人を切り捨てるか」黒瀬は目を伏せ、グラスを口に運んだ。酒が喉を通る音が微かに聞こえた。「…ご判断は、黒瀬さんにお任せします」湯浅は視線を逸らさなかった。グラスを持つ黒瀬の手が、ほんの僅かに震えているのを見逃さない。「裏帳簿は、まだお持ちですよね」黒瀬はグラスをテーブルに置いた。氷がコツンとガラスに当たる。「…&hel
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証拠の再確認

夜の静けさが、鷲尾の事務所を包んでいた。時計の針はすでに深夜一時を過ぎている。外は雨上がりの湿気で、ガラス窓が少し曇っていた。ビル街のネオンが滲み、街の灯りは遠くでぼんやりと揺れている。湯浅はデスクの上に広げられた資料に目を落とした。料亭藤並の名義変更書類、裏帳簿のコピー、そして秘密裏に進められた融資契約書。どれもが、美沙子の「支配」の証拠だった。紙の上に並んだ文字や数字は、ただの記号ではなく、誰かの人生を握るものだ。「これで決まりか」湯浅は低く呟いた。その声は、感情を押し殺していた。決まり切った問いだったが、確認せずにはいられなかった。鷲尾は椅子に深く背を預け、指で書類の端をトントンと叩いた。ネクタイは外され、シャツの第一ボタンも緩められている。だが、目だけは緩まなかった。「いや、決めるのは黒瀬だろ」鷲尾は淡々と答えた。勝敗は紙の上で決まるものではない。最後の一駒を動かすのは、まだ黒瀬の意志だった。湯浅は眉間にわずかなしわを寄せた。グラスを手に取ると、氷がカランと鳴る。指先が微かに湿っている。けれど、その感触を意識しないふりをした。「…俺が詰めるよ。あいつ、もう半分落ちてる」湯浅はグラスをテーブルに戻し、資料を指先でなぞった。数字の羅列。帳簿の細かな明細。そのすべてが、藤並の自由を奪うために使われたものだ。それを逆手に取って、今度は美沙子を追い詰める。その構図に、わずかな胸の痛みを感じた。だが、それも押し殺した。「お前さ」鷲尾がぽつりと言った。「ほんと冷たいな。昔はもうちょい人間味あっただろ」湯浅は視線を上げた。鷲尾の顔を見たが、すぐに目を逸らした。ため息のような笑いが、喉の奥から漏れた。「俺は、蓮を守りたいだけだ」その言葉は本心だった。
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