藤並は目を閉じたまま、呼吸を整えていた。湯浅の腕が背中を包む感触は、まだそこにある。けれど、その温かさを素直に受け取れない自分がいることを、藤並はよく知っていた。心と身体の間に、微かなズレがあった。それは、今夜の行為で埋められたと思っていたけれど、簡単に癒えるものではなかった。「こんなに優しく抱かれたのに」その言葉が、胸の奥で繰り返される。湯浅の手は、壊すためのものじゃなかった。優しくて、確かで、何度も「嫌ならやめる」と言ってくれた。それなのに、自分はまだ過去に縛られている。美沙子の声が、ふっと耳の奥で響いた。「蓮、もっと自分から動いて」あの夜の記憶は、今も鮮明に残っている。乳首に触れられた感覚。背中を撫でられた指の温度。それが条件反射で蘇り、下腹部が微かに疼く。「やめろ」心の中でそう呟いたが、記憶は止まらなかった。過去の倒錯した快楽が、まだ身体に刻み込まれている。身体が覚えてしまった反応は、簡単には消えない。たとえ、どれだけ心が「もう終わった」と思っても、身体は正直だった。「それでも、湯浅の手は怖くなかった」藤並は、自分にそう言い聞かせた。美沙子との夜とは違った。あのときは、命令に従うように身体が動いた。自分から腰を動かし、反応することが「良い子」だと教え込まれた。でも今夜は違った。湯浅は、無理に何もさせなかった。身体が反応するたびに、「大丈夫か」と何度も確認してくれた。その言葉が、耳の奥に残っている。「壊れたままでもいいのかもしれない」藤並は、心の中で呟いた。完全に癒えることは、もう期待していない。けれど、少しずつでも繋ぎ直せるなら、それでいい。壊れたままの自分でも、湯浅は腕の中に抱いてくれる。それだけで、今は十分だった。「俺は、もう商品じゃない」その言葉を口に出せなかった
Последнее обновление : 2025-09-01 Читайте больше