All Chapters of 支配されて、快楽だけが残った身体に、もう一度、愛を教えてくれた人がいた~女社長に壊された心と身体が、愛されることを思い出: Chapter 81 - Chapter 90

139 Chapters

檻の中の呼吸

美沙子の指が、藤並の髪を優しく梳いた。その動作は、まるで子供をあやす母親のようだった。けれど、その優しさの裏にあるものは、藤並にはよく分かっている。それは所有物に向ける愛情だ。壊れないように、でも逃げられないように、手綱を緩めないための撫で方。汗で濡れた髪を、指がゆっくりと滑るたびに、胸の奥がひりついた。「いい子ね」美沙子は、囁くようにそう言った。その声は甘く、耳の奥にしみ込む。でも、藤並の心はその言葉を受け取らなかった。身体だけが、その言葉に反応していた。喉の奥が乾いている。舌先が、上顎に張り付いていた。「はい」自分の声が、どこか遠くから聞こえた。その声は、自分が発したものなのに、まるで他人のようだった。乾いた返事。何の感情も乗せていない。ただ「はい」と言えば、この場は終わる。それだけを知っているから、そう言った。本心なんか必要なかった。美沙子は、もう一度髪を撫でた。その手のひらは温かい。でも、その温度は、藤並の心に何も残さなかった。胸の奥には、ひんやりとした空洞があるだけだった。絶頂の後の痺れは、すでに身体から抜けている。けれど、その痺れの代わりに、虚無だけが残っていた。ガラス窓の向こうには、まだ夜景が広がっている。濡れたネオンが滲んで、ぼんやりと光っている。その景色は、どこか作り物のように見えた。美沙子の部屋は、高層階にある。この窓から見る景色は、いつも遠い。自分がどこにいるのか、分からなくなる。それが心地いいと思ったこともあった。でも、今は違う。今はただ、現実感がないだけだった。ふと、湯浅の手を思い出した。背中を撫でられた夜。あの手のひらは、壊すためのものじゃなかった。繋ごうとしてくれた手だった。その感触が、ほんの一瞬だけ胸の奥に蘇る。だが、
last updateLast Updated : 2025-08-27
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夜の檻

美沙子がシャワー室のドアを閉める音がした。その音を合図に、藤並は天井を見上げたまま、深く息を吐いた。部屋の中には、微かに水の流れる音と、時計の秒針の音だけが残る。冷たいシーツが背中に貼り付き、まだ湿った感触が皮膚の奥に染み込んでいた。美沙子の香水の残り香と、湯気を含んだ空気が混ざり合い、鼻の奥に広がる。けれど、それが何の匂いなのか、もう考える気力はなかった。視線を動かすと、天井の隅に、薄い染みが広がっているのが見えた。それは、まるで夜空に溶ける雲のような形をしていて、どこか不自然だった。目でその染みをなぞるたびに、胸の奥がざわついた。別に、それがどうということはない。ただ、そこを見ていれば、考えなくて済む。自分がどこにいて、何をしているのかを、ほんの少しだけ忘れられる。美沙子のシャワーの音が、壁の向こうから聞こえている。そのリズムに合わせて、心臓の音もゆっくりと鳴っている気がした。けれど、その感覚はどこか遠かった。自分の心臓の音ではないように思えた。それほど、今の身体は他人事だった。湯浅の顔が、ふいに浮かんだ。背中に触れられたときの感触が、胸の奥に蘇る。低い声で「大丈夫だ」と言われた夜。あのときの手は、壊すための手じゃなかった。それが、たまらなく怖かった。だから、すぐに心にブレーキをかけた。思い出しそうになると、無意識に心を閉じる。それは、もう癖になっていた。誰かを好きになると、壊れる。そう決めつけることで、自分を守ってきた。そうしなければ、生きてこれなかった。「好きになるな」誰かの声が、耳の奥で響いた。それが誰の声なのか、まだ思い出したくなかった。でも、胸の奥には、はっきりとその言葉が残っている。「好きになるな」「遊びだろ」その言葉は、いつも心のどこかで響いている。自分が誰かに好意を持ちそうになると、必ずその声が蘇る。
last updateLast Updated : 2025-08-27
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蘇る夜

夜の部屋には、まだ汗と煙草の匂いが残っていた。薄暗い間接照明の下、藤並はシーツを腰までかけたまま、壁にもたれていた。先輩は隣で煙草を吸っている。窓は少しだけ開いていて、夜風がカーテンを揺らしていた。四月の終わり。遠くで桜が散る音が聞こえた気がした。もちろん、そんな音はしないはずだ。けれど、その夜は本当に聞こえた。はらはらと、花びらが落ちる音が、部屋の奥から響いてきたように感じた。先輩の吐いた煙が、ゆっくりと天井に広がる。灰皿には、すでに何本かの吸い殻が溜まっていた。先輩は煙草を口にくわえたまま、片手でシーツをかき寄せた。無造作に、けれどどこか優雅な手つきだった。その仕草を、藤並はぼんやりと見ていた。「蓮」先輩が、煙を吐きながら名前を呼んだ。その声は、柔らかかった。だが、その柔らかさの奥には、冷たい何かが潜んでいた。「好きになるなよ。遊びだからな」その言葉が、天井に溶けていく煙と一緒に、部屋中に染み込んだ。藤並は、瞬間的に表情を硬直させた。けれど、すぐに笑顔を作った。それが自分の役割だと思ったからだ。「分かってますよ」そう答えた自分の声は、妙に明るかった。軽い冗談みたいに言えたことに、どこかでほっとしていた。先輩も笑った。「だよな」と言って、もう一度煙を吐いた。けれど、藤並の目は笑っていなかった。視線の先には、天井の染みがあった。その染みは、今見ている美沙子の部屋の天井と重なった。あの夜から、ずっと同じように天井を見上げている気がした。「遊びだからな」その言葉が、胸の奥で鈍い鉄球のように転がっていた。軽い声で言われたその一言が、藤並の心にずっと残っている。誰かを好きになることは、許されない。それが、自分に刷り込まれたルールになった。「分かってますよ」あの夜、自分は確か
last updateLast Updated : 2025-08-28
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好きになる資格

美沙子のシャワーの音が、遠くで続いていた。水が肌を打つ音が、藤並の耳の奥に小さく響く。けれど、その音は現実味を持たなかった。どこか別の世界の出来事のように感じた。藤並はベッドの上で、湿ったシーツに手のひらを押し付けた。掌がじんわりと汗ばみ、指先が湿っている。それでも、離せなかった。何かを繋ぎ止めるように、手のひらでシーツを掴んでいた。視線は、相変わらず天井を見つめている。染みの輪郭が、だんだんと滲んでいく。それは、目が乾いているせいなのか、心のせいなのか分からなかった。唇が少しだけ開いた。呼吸が浅くなる。喉の奥で、かすかな呼吸音が漏れるが、声にはならなかった。湯浅の顔が浮かんだ。あの夜、背中を撫でられた感触が、皮膚の奥にまだ残っている。手のひらの温度、吐息の熱さ、耳元で囁かれた声。全部、身体の中に残っている。思い出すだけで、胸の奥が軋んだ。触れたいと思った。本当は、もっと触れてほしいと思った。けれど、その気持ちはすぐに封じた。「好きになっちゃいけない」その言葉が、心の奥に湧き上がった。声に出しかけて、喉の奥で止めた。好きになる資格なんか、自分にはない。そうやって、これまで生きてきた。商品は、誰かに好かれることも、誰かを好きになることも許されない。愛情は、商品には必要ないものだった。身体を差し出して、相手の欲望を満たす。それが、役割だ。「好きになるな」また、あの声が蘇った。先輩の声が、過去から現在に貼り付いてくる。あの夜、煙草の煙と一緒に言われた言葉。「遊びだろ」と笑われた声が、耳の奥でこだました。その言葉は、五年経っても消えなかった。自分は商品だ。それが、俺の価値だ。心は要らない。好きになるなんて、許されない。藤並は、心の中で繰り返した。
last updateLast Updated : 2025-08-28
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救済の布石

「飲もう」湯浅の声は、いつもと同じ調子だった。電話越しでも、その声色は変わらない。命令でもなく、懇願でもない。ただ、穏やかに言われた一言だった。それなのに、藤並の胸は、微かにざわついた。断る理由は、いくらでもあった。美沙子に呼ばれるかもしれないとか、仕事が溜まっているとか、明日も早いとか。けれど、どれも言い訳にならなかった。「はい」短く返事をして、通話を切ると、すぐにスマホの画面が暗くなった。画面に映る自分の顔が、少しだけ笑っている気がして、藤並はすぐに目を逸らした。待ち合わせの場所は、いつもの居酒屋だった。店の奥にある個室の引き戸を開けると、すでに湯浅が座っていた。ジャケットを脱いで、ネクタイを緩めた湯浅は、ビールのグラスを片手にしていた。その姿は、ただの上司だった。けれど、藤並の胸の奥は、妙に落ち着かなかった。この席に座ること自体が、どこか異様に感じられた。「遅かったな」湯浅は笑いながら、もう一つのグラスにビールを注いだ。藤並は黙って座り、そのグラスを受け取った。泡が静かに消えていくのを見つめながら、息を吐いた。「お疲れ様です」そう言うと、湯浅は「おう」とだけ返した。乾杯の音もなく、二人はグラスを口に運んだ。しばらくは他愛もない話だった。仕事のこと、営業の数字、最近のクライアントの愚痴。湯浅は、いつも通りの口調で話していた。けれど、そのうち話題が変わった。グラスが半分空になった頃、湯浅はふいに視線を上げた。「社長のこと、少しだけ話す」その言葉に、藤並は手を止めた。視線はグラスの中の泡を見ていたが、耳は湯浅の言葉を拾っていた。「料亭の名義、もうすぐ動くぞ」声は低かったが、明らかに確信を持った口ぶりだった。藤並は顔を上げた。けれど、表情は変えなかった。無表情のまま、次の言葉を待った。「裏帳簿も手に入った。鷲尾と黒瀬が
last updateLast Updated : 2025-08-29
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移動

店を出ると、夜風が頬を撫でた。昼間の湿気を含んだ空気が、夜になってわずかに冷えていた。藤並はネクタイを少しだけ緩め、胸の奥に溜まった息を静かに吐き出した。足元のアスファルトに、ネオンが滲んで映っている。雨は降っていないはずなのに、足元が濡れて見えるのは酔いのせいかもしれなかった。「もう一軒、行くか」湯浅の声が、隣から聞こえた。いつもの穏やかな口調だった。それは命令でも誘いでもない、ただの提案のように聞こえた。けれど、藤並の心は小さく跳ねた。「このまま終わるわけにはいかない」そんな思いが、胸の奥に浮かんだ。自分でも、その理由は分かっていた。美沙子の部屋で感じる虚無と、今のこの夜は違っていた。湯浅とこうして歩いているだけで、どこか身体の芯が熱を持っている気がした。それを、どう処理すればいいのか分からなかった。「はい」藤並は小さく返事をした。その声が少しだけ掠れていることに、自分で気づいた。二人は並んで歩いた。繁華街の雑踏を抜け、少し裏通りに入る。ネオンの光が遠のき、足音だけが夜の中に響いた。歩きながら、藤並は胸の奥にある感情を押し殺していた。「こんなこと、していいのか」その疑問が、何度も頭の中を巡る。けれど、足は止まらなかった。むしろ、自分から歩幅を合わせていた。この夜が終わらないことを、どこかで望んでいた。「タクシー、捕まえるか」湯浅がそう言って、手を上げた。ちょうど一台の車が止まった。藤並は何も言わず、助手席のドアを開ける湯浅を見ていた。後部座席に滑り込むとき、心臓が少しだけ早く脈打った。どこに行くのか、もう分かっていた。でも、拒む気持ちはなかった。むしろ、自分から檻に入るように、足を動かしていた。タクシーの中は、静かだった。運転手が行き先を聞くと、湯浅は自宅マンションの住所を答えた。
last updateLast Updated : 2025-08-29
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心の接続

湯浅はコーヒーカップをテーブルに置くと、ゆっくりとソファの隣に座った。距離は近かったが、藤並は身を引かなかった。肩と肩が、わずかに触れそうな距離。その緊張が、藤並の背中に微細な震えを走らせた。けれど、それは不快なものではなかった。むしろ、心の奥で安堵している自分に気づいた。湯浅の手が、静かに肩に触れた。その手のひらは、思ったよりも温かかった。藤並は、呼吸を止めた。この手が自分をどうするのか、知っている。だけど、今回は違うかもしれないと、どこかで思っていた。だから、逃げなかった。「お前は、もう誰のものでもなくなっていい」湯浅の声が耳元に落ちてきた。その言葉が、胸の奥にじんと染みた。だけど、藤並はすぐに反射的に首を横に振った。「そんな…簡単に言わないでください」声はかすれていた。目の奥が熱くなるのを、必死で抑えた。何年もかけて染み込んだ「商品」という意識が、簡単に拭えるはずがなかった。身体を差し出してきた過去も、美沙子との倒錯も、全部ここに残っている。なのに、「誰のものでもなくなっていい」なんて、そんな言葉を受け取れるはずがなかった。湯浅は、無理に肩を引き寄せることはしなかった。ただ、その手を置いたまま、もう一度呟いた。「嫌なら、やめる」その声が、藤並の胸を締め付けた。「やめる」その選択肢があること自体が、藤並には怖かった。いつもなら、命令されれば動けばよかった。何も考えず、身体だけを差し出せばよかった。だけど、今は違う。「嫌なら、やめていい」と言われることが、何よりも怖かった。自分で選べと言われることが、怖かった。「俺…」藤並は喉の奥で言葉を詰まらせた。視線は下を向いたまま、膝の上で拳を握った。手のひらがじっとりと汗ばんでいる。だけど、その震えを止めることはで
last updateLast Updated : 2025-08-30
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心と身体が繋がる

湯浅の指先が、藤並の背中をゆっくりと撫でた。その動きは、壊すためのものではなかった。これまで幾度となく触れられてきた手とは違う。所有するための触れ方でも、支配するためのものでもなかった。ただ、そこにいる自分を受け止めるための手だった。藤並は、湯浅の胸元に額を寄せた。涙がじわりと滲み出て、湯浅のシャツに染み込んだ。けれど、湯浅は何も言わず、そのまま髪を撫で続けた。その温かさに、藤並の心が少しずつ緩んでいった。「好きになってもいいのか」心の奥で、ふいにその言葉が浮かんだ。でも、すぐには受け入れられなかった。それを認めたら、また壊れるかもしれない。それでも、胸の奥から、もう止められない何かが滲み出していた。湯浅の唇が、耳元に触れた。微かな吐息が耳の奥に流れ込む。身体がびくりと反応したが、藤並は逃げなかった。そのまま、ゆっくりと湯浅の手が肩から腕へ、そして腰へと滑る。その動きは、あまりに丁寧で、逆に胸の奥が震えた。欲望だけで動く手ではない。そこには、確かな意図があった。藤並を繋ぎ止めるための手。それが分かってしまったから、逃げられなかった。シャツのボタンが一つずつ外されていく。肌に触れる指先が、静かに胸元を撫でた。乳首に触れられると、身体がわずかに跳ねた。それは、条件反射だった。けれど、今回は違った。ただ反応しているのではなく、心が追いついてきた。「気持ちいい」と思ってしまった。それが、自分の本当の感情だと、はっきりと分かった。「蓮」湯浅が名前を呼んだ。その声は低く、優しかった。その呼び方だけで、胸の奥が熱くなった。名前を呼ばれるだけで、涙が溢れそうになる。誰にもこんなふうに呼ばれたことはなかった。湯浅の手が、ズボンのベルトを外した。動きはゆっくりで、慎重だった。無理やりではな
last updateLast Updated : 2025-08-30
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静かな夜、交差する記憶

湯浅の腕の中で、藤並はゆっくりと呼吸を整えていた。行為の直後、まだ心臓の鼓動は胸の奥で小さく跳ねていた。けれど、湯浅の手が背中を撫でるたびに、その鼓動は少しずつ落ち着いていった。汗が肌に貼りつき、冷えていく感覚があった。シーツに落ちた汗の線が、背中にひやりと触れている。けれど、藤並は動かなかった。この夜の余韻を、もう少しだけ味わいたかった。窓の外には、ビルの灯りがぼんやりと滲んでいた。都会の夜景は、まるで水彩画のように、輪郭を失っている。酔った目で見れば、もっと滲むのだろうけれど、今はただ、静かにその光を眺めていた。藤並は目を閉じた。その瞬間、胸の奥に何かがざらりと蘇った。湯浅の手の温度ではなく、もっと冷たい記憶だった。「蓮、もっと自分から動いて」美沙子の声が、耳の奥に響いた。その声は甘くて柔らかいのに、喉の奥を締め付けるような冷たさを持っていた。思わず身体が微かに震えた。肩がひとつ、わずかに跳ねた。「もう終わったはずだ」と思った。今夜は、湯浅と繋がったはずだった。身体も心も、あの瞬間は確かに一つになった。なのに、記憶は止められなかった。美沙子の指先が、胸元を撫でる感触が蘇る。首筋をなぞる爪の感覚。「綺麗な身体ね」と微笑んだときの目線。その一つひとつが、藤並の身体に焼き付いている。心の中で「違う」と叫んでも、身体はそれを覚えていた。湯浅の腕の中にいる今でさえ、過去は消えない。耳の奥で、美沙子の声がまた囁く。「もっと自分から腰を動かして。そう、いい子ね」その声に、喉の奥がぎゅっと縮んだ。唇を噛みしめた。噛んだ唇からは、ほんの少しだけ血の味がした。だけど、それでも止められなかった。記憶は、まるで自動再生のように繰り返される。「俺は、もう終わったんだ」と思いたかった。けれど、身体が言うことを聞かない。
last updateLast Updated : 2025-08-31
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眠れない夜、湯浅のモノローグ

湯浅は目を閉じることができなかった。藤並の背中を見つめたまま、静かな夜の時間だけが過ぎていく。薄暗い部屋の中で、シーツがわずかに動くたび、藤並の肩が小さく震えているのが分かった。眠っているのか、それとも起きているのか、湯浅には分からなかった。けれど、その微細な震えが、胸の奥に引っかかる。藤並は、まだ怯えている。今も、何かを思い出しているのだと、湯浅は確信していた。「本当に、救えたのか」心の中で、自分に問いかける。あの夜、藤並を抱いた。抱くことで、藤並の心と身体を繋ぎ直せたと、少しだけ思った。だけど、それはたぶん、自分の傲慢だったのだろう。藤並の背中は、まだ固い。肩甲骨のあたりがわずかに盛り上がり、呼吸のたびに胸がせり上がる。その動きを、湯浅は目を凝らして見ていた。息をしていることに安心しながらも、その震えに胸が締めつけられる。「俺が抱いたことで、傷をえぐっただけなんじゃないか」その思いが、喉の奥に詰まる。美沙子に抱かれていた身体を、俺は自分のものにした。だけど、それは本当に救いだったのか。藤並が欲しかったのは、抱かれることじゃなくて、もっと違う何かだったのかもしれない。そう考えると、胃の奥が重くなった。「でも、もう離せない」湯浅は心の中で呟いた。手のひらが、藤並の背中の線をなぞる。ほんの少し触れるだけで、また藤並の身体がびくりと反応した。その震えが、余計に心を痛めた。だけど、触れることをやめる気にはなれなかった。「俺は、こいつを抱きしめるしかできないんだな」自嘲のような笑みが、湯浅の唇に浮かぶ。自分がどれだけ強がっても、どれだけ会社で冷静を装っても、この腕の中にいる藤並だけは、他の誰とも違う。誰にも渡せないし、もう手放せない。壊さずに、抱きしめ続けるしかない。それが正しいのか、間違っているのかは分からなかった。で
last updateLast Updated : 2025-08-31
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