午後三時過ぎ、会議室の中は静かだった。白い蛍光灯の光が、テーブルに並んだ資料の表紙を無機質に照らしている。窓の外は、梅雨の中休みで、薄い雲が光を受けてぼんやりと明るかった。だが、その光は会議室の緊張感を和らげるものではなかった。湯浅律は、会議室の隅の席に座っていた。営業部主任として、正式に異動してきて最初の会議。表面上は、新任者としての礼儀を守る顔をしている。だが、実際のところは資料にはほとんど目を通していなかった。湯浅の視線は、ただ一人の男を追っていた。藤並蓮。この会社に来て、最初に名前を覚えたのは彼だった。もちろん「顔がいいから」という噂は耳にしていた。取引先の受けもいい、社内でも評判だと誰もが言う。だが湯浅は、そういう評判を鵜呑みにしない。人間は、表に出す顔だけで判断できるものではない。「では、今回の提案内容についてご説明します」藤並の声が、静かに会議室に響いた。声色は柔らかい。トーンも完璧だった。緊張も見せず、滑らかに話を進めていく。その言葉遣いも、間の取り方も、まるで台本でもあるかのように整っていた。湯浅は、その声を聞きながらも、資料には目を落とさなかった。藤並の「表情」「声色」「手の動き」だけを見ていた。「……どこか、不自然だ」心の中でそう呟いた。完璧すぎるのだ。表情も、声も、動作も。すべてが計算され尽くしている。それ自体は営業マンとしては優秀だと言える。だが、湯浅は「完璧さ」にこそ違和感を感じた。「こちらが、コスト削減のグラフになります」藤並は、スクリーンを指し示す。指先は滑らかだった。けれど、湯浅の目には、その動きが「機械的」に映った。「目が笑っていない」それが、湯浅の第一印象だった。営業トークに合わせた微笑み。口角はきれいに上がっている。目尻も柔らかい。だが、目の奥は冷たい水の底のようだった。そこには感情がない。「演技だな」湯浅は確信した。だが、その理由は分からなかった。営業職だから、仮面をかぶるのは当然だ。だが、藤並のそれ
Terakhir Diperbarui : 2025-08-02 Baca selengkapnya