All Chapters of 支配されて、快楽だけが残った身体に、もう一度、愛を教えてくれた人がいた~女社長に壊された心と身体が、愛されることを思い出: Chapter 61 - Chapter 70

110 Chapters

絶頂と崩壊

湯浅の腰がゆっくりと動きを変えた。奥を擦るたびに、藤並の身体は微かに震えた。逃げたいのに、逃げられない。もう、どこにも逃げ道はなかった。「っ……」かすれた吐息が、喉の奥から漏れた。身体の奥が、じんわりと熱くなっていく。湯浅の手が、藤並の髪を撫でている。それだけで、背中が痺れたように震えた。「律さん……」唇が勝手に名前を呼んだ。止めようとしても、声が出てしまった。湯浅は、何も言わなかった。ただ、動きを変えずに、藤並の中をゆっくりと突いている。優しく、でも逃げられない深さで。「社長のときは、何も感じなかったのに」心の中で、藤並はそうつぶやいた。あのときは、身体を差し出すことは、ただの取引だった。何も感じなかった。感じないようにしていた。感じたら壊れるから、心を閉じていた。でも、今は違う。湯浅の動きに合わせて、身体が勝手に反応してしまう。脚がまた湯浅の腰に絡んでしまっている。自分で解こうともしなかった。「もう、商品ではいられない」その事実が、胸の奥を締めつけた。「身体が、生き返ってしまった」それが、一番怖かった。美沙子に抱かれているときのように、無になっていれば楽だったのに。湯浅の手が、藤並の髪を撫でながら、腰の動きを早める。そのたびに、奥を擦られて、身体が跳ねた。「っ、律さん……」喉の奥が震える。息が詰まりそうだった。「いいよ。出していい」湯浅の声が耳元に落ちた。その声に、胸の奥が熱くなった。「やだ……やだ、のに……」泣きそうな声が喉の奥で揺れた。けれど、もう止められなかった。
last updateLast Updated : 2025-08-17
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抱きながら気づく感情

湯浅は、藤並の身体の奥で果てながら、唇を食いしばった。射精した瞬間、背筋に熱が走ったのに、それでもまだ満たされない感覚が残っている。呼吸を荒くしながら、藤並の髪に手を伸ばした。濡れた髪を指先ですくい上げる。汗と涙でしっとりと湿った髪が、掌の中で柔らかく崩れた。藤並は、まだ震えていた。睫毛の隙間から、涙が一筋、頬を伝って落ちていく。けれど、声は出さなかった。唇はきつく閉じられている。それでも、身体は確かに感じていた。それが分かるからこそ、湯浅の胸は痛んだ。「……」湯浅は、すぐには抜かなかった。身体を重ねたまま、藤並を抱きしめる。胸と胸が触れて、互いの心臓の音が重なる。自分の心拍数が、藤並の鼓動とずれているのが分かる。でも、その微妙なズレが、なぜか愛しかった。「俺は……壊したかったわけじゃない」心の中で呟いた。この身体を欲しがったのは、間違いなく事実だ。でも、ただ欲情していただけじゃない。ただ抱きたいだけなら、もっと乱暴にすればよかった。もっと早く終わらせれば、こんなに心は揺れなかった。「壊れた藤並が欲しかったんじゃない」髪を撫でながら、湯浅はそう思った。この腕の中にいるのは、壊れかけた人間じゃない。ちゃんと生きて、ちゃんと震えて、ちゃんと感じている藤並だ。壊れたままでいてくれた方が、きっと楽だった。でも、もうそんな風には思えなかった。「ちゃんと生きて、呼吸している藤並が欲しかったんだ」その気持ちが、湯浅自身を苦しめた。欲しいと思うだけなら簡単だ。でも、欲しいと思った瞬間から、もう手放せなくなっている。商品でも、愛人でもない、藤並蓮という一人の人間を欲してしまった。「こいつの心ごと抱けるなら、それが一番欲しい」そう思った。でも、まだ全部はもらえていない。
last updateLast Updated : 2025-08-17
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確信の朝

湯浅は、まだ明けきらぬ薄暗い部屋の中で、静かに煙草を指先で弄んでいた。火はつけていない。灰皿も、テーブルの端に置いたままだった。ただ、親指と人差し指で煙草を回し続ける。その動きだけが、夜の余韻の中に漂っている。隣のベッドでは、藤並が眠っていた。細く静かな呼吸が、薄い毛布をわずかに揺らしている。その横顔を湯浅はじっと見つめていた。黒髪が額にかかり、睫毛が頬に影を落とす。その姿は、美しいというより、どこか儚いものだった。「社長のときは、何も感じなかったのに」昨夜、藤並が漏らしたその言葉が、湯浅の耳から離れなかった。快楽に沈みながら、絞り出すように呟いた言葉。心の底に溜まっていた泥水のようなものが、不意に零れ落ちた。その瞬間、湯浅は確信した。やっぱり、相手は社長だったんだ。料亭を守るために、身体を差し出した。それが、あいつの生き方だったんだ。事実を知らなければ、まだ引き返せた。けれど、あいつの唇から直接「社長」という単語が出た以上、もう逃げられない。湯浅は煙草をくるりと回しながら、眉間に皺を寄せた。唇がわずかに歪む。それは、自分自身への自嘲だった。何を期待していたんだ。ただ抱くだけで終われるはずがない。この男を抱いた瞬間から、もう「ただの上司」ではいられないことは分かっていた。けれど、それでも欲しかった。身体だけじゃない。心ごと欲しいと、欲張ってしまった。「……」湯浅は小さく息を吐いた。煙草に火をつけようとしたが、指が止まる。今、この部屋の空気を濁したくなかった。藤並の呼吸を乱したくなかった。それほどまでに、この瞬間は繊細で壊れやすかった。目の前の藤並は、まだ眠っている。けれど、その寝顔には安堵と不安が入り混じっていた。眉の端がかすかに寄っていて、口元はほんのわずかに震えている。
last updateLast Updated : 2025-08-18
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決意の煙

湯浅は、静かにベランダのガラス戸を開けた。朝の湿った空気が、肌にひやりと触れる。小雨が降っていた。細かい水滴が、空から静かに落ちてくる。シャツの袖口に、ぽつりと水が染みた。左手には煙草。右手にはライター。カチリと音を立て、火をつける。オレンジ色の小さな炎が、煙草の先端を焦がした。一度、深く吸い込む。肺の奥まで煙を送り、ゆっくりと吐き出す。白い煙が雨に溶けるように、空気の中に散っていった。指先が、かすかに震えているのに気づかなかった。煙草を持つ手の甲が冷たい。でも、それよりも心の奥の方が、もっと冷えていた。「……」湯浅は、唇を噛みそうになるのを抑えて、もう一度煙を吸い込んだ。煙草の味が、いつもより重く感じた。昨夜のことが、頭から離れない。藤並を抱いた。あいつは、涙を流して絶頂した。壊れたわけじゃない。感じて、受け入れて、ちゃんと生きていた。だからこそ、湯浅の中に残ったのは、満足感だけじゃなかった。「もう手放せないな」心の中で呟いた。欲しかったのは身体だけじゃなかった。こいつを守りたいと思ったのも事実だ。でも、それ以上に「欲しい」と思った。守る、救う、それだけじゃ足りない。全部欲しいと思ってしまった。心も、身体も、未来も、全部。湯浅は煙草を持つ手を、ベランダの手すりに預けた。指先が湿って冷たい。だが、それがかえって頭を冷やしてくれる気がした。「社長に、これ以上触らせる気はない」低く呟いた。葛城美沙子。会社のトップ。社長であり、藤並の「所有者」。そんなものは、もう終わりにする。藤並は「社長のときは、何も感じなかった」と言った。あの言葉が、湯浅の胸に刺さっている。どれだけ快楽を重ねても、身体だけを使い潰されても、心
last updateLast Updated : 2025-08-18
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鷲尾への電話

リビングには、まだ夜の名残が漂っていた。時計の針は朝の六時を少し過ぎたところを指している。カーテンの隙間から、雨に濡れた街の光がぼんやりと滲んでいた。部屋の中はしんと静まり返り、冷たい空気が肌を撫でる。湯浅はソファに腰を落とし、スマートフォンを手に取った。画面を開くと、迷いなく「鷲尾」の名前をタップする。呼び出し音が鳴るたびに、胸の奥が静かに疼いた。鷲尾は、大学時代の同期だった。営業職に進んだ湯浅とは違い、鷲尾は弁護士になった。昔から冷静で、面倒なことは嫌がるタイプだった。だが、信頼できる。湯浅が唯一、本気で頼れる相手だった。数回のコールの後、電話がつながった。「……律か。朝っぱらから、どうした」鷲尾の声は低かった。寝起きの声だ。けれど、その中に苛立ちが混じっているのが分かる。湯浅は深く息を吸った。煙草を吸ったばかりの胸が、わずかに熱を持っている。「悪いな。時間はわかってる。でも、今じゃなきゃ駄目だった」「用件を言えよ。律、お前がこんな時間にかけてくるってことは、ただ事じゃないんだろ」「……鷲尾、頼みがある」「何だ」「社長の帳簿を洗ってほしい」電話の向こうが静かになった。数秒の沈黙が、重たくのしかかる。湯浅は、ソファの肘掛けに肘をつき、額を軽く押さえた。耳にあてたスマートフォンが冷たかった。「……朝から何を言い出すんだ」鷲尾の声が少し低くなった。寝起きの苛立ちとは違う、警戒の色が混じっている。「社長に喧嘩売るのか?」湯浅は目を閉じた。まぶたの裏に、昨夜の藤並の顔が浮かぶ。涙を流しながら身体を揺らした、あの美しい顔。あれを、もう二度と壊されたくなかった。「売る」静かに言った
last updateLast Updated : 2025-08-19
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情報の共有

事務所の窓越しに、午後の淡い陽光が差し込んでいた。灰色のブラインドが半分だけ開けられ、薄い影が室内に落ちている。鷲尾のデスクには、分厚いファイルと封筒が無造作に置かれていた。その上に、コピーされた帳簿と名義変更の書類が広げられている。湯浅は、その資料を指先でゆっくりとなぞった。ページの端がかすかに指先に引っかかる感触が、やけに生々しく思えた。「このままなら、藤並の実家は完全に社長のものになるぞ」鷲尾が、眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。癖のように、無意識でやる仕草だと湯浅は知っている。だが、その動作には微かな緊張が滲んでいた。「名義変更の手続きはすでに進んでる。役所に提出されるのも時間の問題だ」「裏は取れたのか?」湯浅は、鷲尾を見たまま言った。視線は一度も外さなかった。資料をなぞる指は動いているが、目は鷲尾の顔を捉え続けていた。「取れた」鷲尾は淡々と言った。「この帳簿、見ろよ。会社の利益操作で料亭に流れてる金がある。葛城美沙子が個人口座を通して動かしてる。それを救済資金として見せかけて、実際は乗っ取りに使ってる」湯浅は唇を引き結んだ。資料に視線を落とすと、数字の羅列が目に飛び込んできた。税理士の名義、役員名の変更届、契約書の控え。すべてが「計画的な支配」を示していた。「……これを止めなきゃ、藤並は一生、商品だ」心の中でそう呟いた。昨夜、抱いたあいつは確かに生きていた。涙を流して、身体を震わせて、それでも感じていた。商品としてではなく、一人の人間として、湯浅の腕の中で呼吸していた。「それをまた、無表情に戻すわけにはいかない」声に出しそうになるほど、胸の奥が軋んだ。「ひっくり返すしかない」湯浅は低く言った。鷲尾の顔を見たまま、目を細める。視線は冷静だが、その奥にある熱は
last updateLast Updated : 2025-08-19
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黒瀬の存在

鷲尾は資料を封筒に仕舞いながら、ふと低い声で呟いた。「……黒瀬をどうする?」湯浅はその言葉に、瞬時に意識を集中させた。テーブルの端に置いた指が、無意識に軽く動く。視線は封筒から鷲尾の顔へと移った。「黒瀬?」「そうだ」鷲尾は眼鏡を押し上げた。その仕草の後、ゆっくりと口を開く。「黒瀬裕司。葛城美沙子の懐刀だ。財務を直接管理しているのは社長だけど、実際に動かしているのは黒瀬だ。会社の裏金管理も、不正な資金の流れも、全部黒瀬が握ってる」湯浅は短く息を吐いた。黒瀬の名前は、以前から知っていた。部長職についているが、肩書き以上に社長の影に寄り添っている男だ。表向きは穏やかで、誰にでも低姿勢。だが、その実態は、美沙子の命令を忠実に実行する実務の要だった。「今はどう動いてる?」「揺らいでる」鷲尾は、資料を閉じる手を止め、湯浅をまっすぐ見た。「黒瀬はもともと、社長に恩義があって従ってたんだ。でも最近、あいつも気づき始めてる。このまま葛城美沙子に従い続けたら、自分も沈むってな」湯浅は唇を引き結んだ。黒瀬の立場は微妙だ。社長の右腕である一方、自分の身の保身も考えている。だからこそ、今が揺さぶるチャンスだと分かった。「揺らせばいい」湯浅は低く言った。「黒瀬が動けば、社長は終わる」鷲尾は、わずかに眉を寄せた。「どうやって?」「黒瀬に接触する」湯浅は即答した。「黒瀬は葛城美沙子に心酔してるわけじゃない。利害でつながってるだけだ。自分が沈むと分かれば、あいつは必ず裏切る」鷲尾は机の上に両肘をつき、手を組んだ。眼鏡の奥の目が、冷静に湯浅を見ている。「確かにな。黒瀬が証言すれば、社長は逃げられない。
last updateLast Updated : 2025-08-20
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静かな序章

バーの自動ドアが、ゆっくりと開いた。金曜の夜。街はざわめいているが、ビルの中は別世界のように静かだった。薄暗い照明。低い音で流れるジャズ。湿った夜風が一瞬だけ店内に流れ込み、すぐに閉じ込められる。湯浅は、半個室のボックス席で待っていた。左手でグラスを持ちながら、右手の指先で水滴をなぞる。氷が解ける音だけが、耳の奥で小さく鳴っていた。「待たせたな」黒瀬の声が、背後から聞こえた。振り返ると、黒瀬は入り口で軽く手を挙げていた。ジャケットを脱がず、ネクタイもそのまま。いつもと変わらぬ整えた身なりで、足音も立てずに近づいてくる。「いえ、大丈夫です。今来たところですから」湯浅は営業スマイルを貼り付けたまま答えた。けれど、その目は笑っていなかった。視線は黒瀬の表情と、その奥にあるものを探っている。黒瀬は、席に着くなり背筋を伸ばした。ジャケットの前は閉じたまま。ネクタイの結び目も緩めない。湯浅は、その動作を見逃さなかった。「湯浅、お前、最近忙しいみたいだな」黒瀬はウイスキーを頼み、氷の音を立てながらグラスを持ち上げる。だが、その目は冷えている。営業トークの皮を被ったまま、油断はしていない。「ええ、おかげさまで。黒瀬さんも、お変わりなく」湯浅は穏やかに返す。だが、指先はグラスの水滴を繰り返しなぞる動きを止めない。その動作は、黒瀬の様子を探るためのリズムのようだった。「今日は何の話だ?」黒瀬は軽く首をかしげる。表面上は笑っているが、目の奥は少しも緩んでいない。湯浅はその違和感を楽しむように、少しだけ唇を動かした。「最近、社内もいろいろありますからね。情報交換ってことで」「はは、そうか」黒瀬は笑い声を出した。けれど、すぐに黙る。笑いは音だけで、目は動かない。「まあ、俺もいろんな話は耳にするよ」
last updateLast Updated : 2025-08-20
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仮面の会話

黒瀬はグラスを持ち上げ、わざと氷をカランと鳴らした。琥珀色の液体を唇に流し込みながら、目は笑っていたが、口元の筋肉だけが微かに引きつっていた。「そういえば、あの案件、順調らしいな。湯浅、お前のところ」黒瀬が切り出す。ごく普通の社内雑談。誰が聞いても、ただの情報交換にしか思えない言葉選びだった。「ええ、まあ。無難に回ってますよ。黒瀬さんのところは?」「うちは、まあ、いろいろあるよ」黒瀬はそう言いながら、視線をグラスの中の氷に落とした。ウイスキーの中で、氷がゆっくり回転している。その動きに合わせるように、黒瀬の目線も滑っていった。湯浅は微笑みながらも、心の中で冷静に計算していた。「黒瀬は、まだ探っている」「この場がただの飲み会か、それとも何か仕掛けがあるのか」その見極めをしている目だった。「取引先の田辺さんと、またゴルフ行ったって聞きましたよ」湯浅が話題を振ると、黒瀬は肩を揺らして笑った。けれど、笑い声には重さがあった。「ああ、行った行った。あの人、ドライバーだけは上手いんだよな」「へえ、それは意外ですね」「いや、マジだって。ショットはだめでも、ドライバーだけは完璧。ほら、人間、何か一つ得意なことがあると強いよな」黒瀬はそう言いながら、再びグラスを持ち上げる。その動きの途中で、視線が一瞬だけバーの入り口を見た。ほんの一秒もなかったが、湯浅は見逃さなかった。「逃げ道を確認してる」心の中で、湯浅はそう呟いた。この場からいつでも離れられるように、黒瀬は無意識に出口の位置を確かめている。「黒瀬さん、相変わらずですね」湯浅は穏やかな声でそう言った。けれど、言葉の裏には棘がある。「何がだよ」「いえ、やっぱり話が上手いなと思って」黒瀬は一瞬だけ目を細めた。その表情には、探り返すような色が滲む。「ただ
last updateLast Updated : 2025-08-21
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攻防のはじまり

「そういえば黒瀬さん、料亭藤並の件、ご存知ですよね」湯浅は、何気ない会話の延長線上のように、その言葉を投げた。声色は変えなかった。けれど、その言葉には確実に重みがあった。黒瀬の手が一瞬だけ止まる。グラスを持つ指が、かすかに宙に浮きかけたが、すぐに持ち直した。ウイスキーの表面がわずかに揺れる。だが黒瀬は、グラスを唇に運びながら、ごく自然な調子で答えた。「さあ、何の話かな。俺は経理じゃないからね」氷がカランと鳴った。笑いながら言うその声に、わずかな硬さが混じる。「経理じゃなくても、黒瀬さんなら耳に入ってるでしょう」湯浅は穏やかに返す。グラスを指先でなぞる動作は止めず、目だけを黒瀬の顔に据えた。その視線は、黒瀬の呼吸の乱れを確かめるようだった。黒瀬のこめかみに、一筋だけ汗が浮かんでいる。バーの空調は適温だ。にもかかわらず、その汗は不自然だった。黒瀬は笑みを崩さず、唇の端を上げようとした。だが、ほんのわずかに、その端が下がった。「まあ、噂話くらいはな」黒瀬は言葉を継いだ。だが、声のトーンが一段階低くなっている。湯浅は、その変化を見逃さなかった。「帳簿の動き、変ですよね。料亭の名義も」「へえ。湯浅、お前、どこまで知ってるんだ?」黒瀬は笑いながら言った。だが、その目の奥には冷たいものがあった。視線がわずかに揺れ、バーの入り口の方向をちらりと見た。逃げ道を確認する癖。それがまた出た。「知ってるっていうより、見えてきたって感じです」湯浅は肩の力を抜いたまま言った。笑顔は崩さず、声も柔らかい。だが、その中身は完全に攻めに回っていた。「社長の資産管理。黒瀬さん、直接関わってますよね」「俺はただの部長だ」黒瀬は即答した。けれど、その即答こそが湯浅にとっては答えだった。「ただの部長が、資産
last updateLast Updated : 2025-08-21
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