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All Chapters of 本当にあった怖い話。: Chapter 11 - Chapter 20

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【10】緋堂泰我とハットウ様

 なおこのハットウ様、同一のものかどうかは知らないが、俺は、実家に引っ越した後、蛇口から温泉が出てくるH村と全く関係が無い場所で、再びこの名を耳にする事となった。同じ県ではあるが。 その日俺は、地元の同級生と酒を飲んでいた。 寺の住職で、緋堂泰雅と言う友人だ。俺の実家は僻地なので、一軒しか寺はないから、皆、泰雅の寺の檀家だ。ちなみに俺の父は結婚が遅く、祖父もまた六十で父を儲けた。なので、俺の祖父は昔の時代の人なのだが――この土地で最後の土葬となったのは、俺の祖父だったりする。その時は神道式でやったらしく、父が袴を着ている写真が残っている。それ以降は皆、葬儀の際は、泰雅の寺にお世話になっている。 俺は小学生の頃、泰雅の父の住職さんに『幽霊っているんですか?』と聞いて『いないよ』と言う答えをもらった。泰雅も別に霊感がある等という話は聞いた事が無い。寺の息子だし、あるのかもしれないと感じた事はあるが。「最近変わった事でも、何かあったか?」 地元に戻ってすぐ、挨拶に出かけて、雑談交じりに俺は聞いた。近況を尋ねたつもりだった。すると寺を継ぐために、少し前にこの土地へと戻ってきたいう泰雅が、俺にお茶を出してから頬杖をついた。「ハットウ様が、『こっち』にまで出かかって焦った」「え?」「いや、なんでもない。ほら、俺、郷土料理苦手だから」「嘘だろ。聞いた事がある。ちょっと待って。ハットウ様って、大きな丸くて赤いやつだろ?」「何で知ってんの? あー、話すのも御法度らしいから――……悪いちょっと、それで忙しくて頭ん中いっぱいだったんだ。知ってるんならこれ以上触れるなよ」 結局。 それが何なのかは、今でも俺には分からない。だが、ハットウ様はいるのだろう。
last updateLast Updated : 2025-07-22
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【11】風邪薬

 ボンゴレを食べてから、その後も怪談話をしている内に、朝になってしまった。 酒の入っていないオールは、久しぶりだ。 途中から、俺は頭痛とクシャミが止まらなくなっていた。悪寒もする。 俺は帰って、これから寝ようと思い、立ち上がった。「今回は急に悪かったな。家帰るわ」 俺の言葉に、ニュースを見ていた二人が、揃ってこちらを見た。 その間にも鼻水が出そうになって、俺はすする。 すると時島がティッシュの箱を渡してくれた。それを見ながら紫野が言う。「まぁもう朝だしな、時島もちゃんと――取ってやったんだろう?」「……取ったというか」 怖かったので、何を俺から取り去ったのかは聞かない事にした。何故なのかこの時の俺は、『早く帰らなければならない』と思っていたのだ。ぼんやりと、『二人に風邪を移しては悪いし』とも考えていた。「バイクで送るか?」 紫野の言葉に、笑顔で首を振る。時島は俺をじっと見ているだけで、特に何も言わなかった。 あんまりにもこの一晩、二人の態度が普通すぎたから、俺は自宅への恐怖を忘れていた。 ――それにしても、頭が朦朧とする。 これは本格的に風邪を引いたなと思いながら、帰りにコンビニで飲み物などを買った。まだ朝闇で薄暗い家の中へと入り、俺は目で本棚の上の救急箱を探す。今も存在するのかは知らないが、我が家には幼い頃から『富山の薬売り』という人々が来ていた。地元なら大抵どの家にも、薬売りが置いていく黄色い救急箱がある。一人暮らしをする際に、俺も救急箱を持たされた。「風邪薬……」 それらしき小瓶を見つけて、俺はペットボトルを片手に、ベッドに座る。 瓶の中には白い薬が数錠入っている。一回二錠、服用するらしい。錠剤を口に含み、静かに飲み込む。 するとすぐに睡魔が来たから、毛布を握りしめて、布団をかぶった。 それから――どれくらい眠ったのか。 俺が足音を聞いて目を覚ますと、周囲はすでに夕方の薄闇に包まれていた。 熱が上がっているのか酷く喉が渇いていて、思考が上手くまわらない。「お兄ちゃん風邪って大丈夫? はい、これ」「ああ、悪い」 俺は妹から、昨日も飲んだ風邪薬の瓶を手渡された。 それを再び二錠手に取り、俺はミネラルウォーターで飲み込む。 するとまたすぐに睡魔が訪れたので、俺はベッドに横になった。 そんな事を三日ほど繰り返し
last updateLast Updated : 2025-07-22
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【12】ツカレテイル

 俺は元々便秘がちである。それがついに――ここ二週間ほど、出なくなってしまった。 腹痛が酷い。もう我慢出来ず、俺は勇気を出して病院に行き……浣腸された。 何とも言えない感覚に、脂汗が出る。 ――それよりも、俺は怖かった。強姦された記憶が甦ってしまうのだ、どうしても。 だから俺は、今も泊めてもらっている時島の家に帰宅すると、すぐにシャワーを貸りた。時島は大学に行き、講義に出ているらしく、現在は部屋にいない。 浴室で俺は念入りに体を擦った。それでも嫌悪感が消えなくて、ついには指を少し入れて、体の内部を洗った。表面を洗うだけでは不快感が拭いきれなかったのだ。入ってくるシャワーのお湯の感触は気持ち悪かったが、それでも、このどうしようもない嫌な感覚が払拭できるのならばと、必死で洗ったのである。 風呂から上がると俺は疲れきっていて、敷きっぱなしの布団に体を投げ出した。 割り切ろう、忘れよう、と、思っているのに、それが出来ない。 未だに強姦された時の夢を見る。 その内に――俺は眠ってしまったようだった。 夢の中で俺は、和服を着ていた。正確には、着物を纏っている誰かの視点で夢を見ていた。 胸が張り裂けるような痛みを感じながら、有髪の旅の法師を見上げている。破戒僧らしい。 ――時島? 相手の顔を見て、俺はぼんやりとそう思った。 乖離したような意識のままだが、俺の体がその時に見据えていた相手は、時島によく似ていた。俺は夢の中で、一人の青年の中にいた。すると俺の体が、法師に抱きついていた。「行かないで下さい、もう何処にも」「けれど、一所に留まるわけにはいかない。御仏の為に」「俺は……貴方の事が好きなんです。離れるなんて、そんな」「紀想」 そう言うと法師が、『俺』の腰に手を回した。今の俺は、『紀想』として夢を見ているらしい。まわってきた腕は、温かくて力強い。「優雅様、愛しています」「俺も、愛している」 法師は、優雅という名前らしい。そんな事を考えていた時、薄い唇が降ってきた。舌を追いつめられ、絡め取られ、甘噛みされる。熱烈な口づけだった。普段の俺だったら、男同士のそんな光景は、想像しただけで恐怖を覚えるだろうに、夢だと分かっているせいなのか、ただ淡々と受け入れていた。 それから場面が変わった。何処かの無人の神社に、その時――『俺』は居た。「あ
last updateLast Updated : 2025-07-22
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【13】三瀬川へ行きましょう

 それから、数日が経った。 あれ以降――時島は、いつもと全く変わらず、普通だった。何事も無かったかのようで、俺は夢を見ていたのかもしれないと、最近では思い始めている。 季節は初夏に差し掛かっていて、日中は半袖でも寒くない。だが夜には、暖房をつけたくなる。そんな日々が続いていた。 そこへ紫野が遊びにやってきた……喪服姿で。 迎え入れた時島は眉間に皺を寄せると、台所から食塩を持ってきた。塩をまくという概念は俺も知っていたが、果たして食塩でも効果はあるのだろうか……?「長岡先輩が、亡くなったんだよ。俺、サークルの一つで一緒でさ」 ネクタイを解きながら、紫野が定位置と化したコタツのテーブルに座った。 俺はベッドに座りながら、確か同じ学科の先輩が亡くなったという話を、そう言えば大学でも聞いたなと思い出していた。面識は無い。「交通事故で、峠のロックシェッドを過ぎた所から、落ちて亡くなったんだってさ」 溜息をついた紫野に、時島が麦茶を差し出す。「正直焦った。丁度一週間前、先輩の車でそこを通ったんだよ。一昨日の亡くなった日も、まさに誘われてたんだ。バイトで断ったんだけどな」 まさに九死に一生だなと考えながら、俺は聞いていた。「それで、時島に話がある。聞いてくれよ。一週間前にドライブしてた時、例のロックシェッドの所でさ、助手席に急に女が現れたんだ。運転してたのが先輩で、俺は後ろに乗ってた」 時島もまた定位置に座ると、目を細めた。時島に話があるという事は、オカルトな現象なのだろうと、俺は冷静にノートパソコンを起動させた。不謹慎だが、ネタになるかもしれないと考えていた。「ロックシェッドに入った瞬間、少なくとも見た目は、生身に思える女が、助手席に座ったんだ。俺が呆然としてると先輩が、『カーブだと幻覚を見やすいんだよな』……なんて言い出してさ。先輩にも視えてたんだ」「それで?」 俺が先を促すと、紫野が俯いた。「女が言ったんだよ――『一緒に、三瀬川に行きましょう』って」「三瀬川?」 何処だろうか? 俺が首を傾げていると、時島が心底嫌そうな顔で、紫野を見た。「俺は怖かったから黙ってた。心の中では、『絶対に行かない』って思ってた。けどな、先輩は――笑いながら、『おう、行く行く。何処にでも連れてってやるよ』ってさ」「――葬儀の後で不謹慎だけど、先輩は三瀬川
last updateLast Updated : 2025-07-22
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【14】11号館の幽霊

 なお、時島の家に泊めてもらうようになってから、知った事がある。紫野が思ったよりも頻繁に、時島の家へと遊びに来ている事だ。ちなみに時島の家には三部屋あって、奥の一部屋には、『絶対に入る』なと時島が言うから、俺は入った事が無い。だが紫野はいつも、その部屋を借りて寝ていく。 ――時島との仲の良さが、ちょっとだけ羨ましい。 そんな事を考えて、俺は頭を振った。自分の思考がちょっとよく分からない。 そもそも、俺と紫野も仲が良い方だと思っている。寧ろ俺は時島よりも、紫野と仲が良い。紫野は誰とでも仲が良いし、一緒にいて気楽なのだ。なのに何故、紫野に対して、時島と仲が良い事を羨ましく思ってしまったのだろうか……? 今も紫野と同じ講義の最中で、俺はノートを取っている。 元々書く事が好きだから、ついつい手で書き留めてしまうのだ。紫野はと言えば、机の下で携帯電話を弄っている。本日は11号館で行動分析の講義だ。 そういえば、この11号館には噂があるなぁと、ぼんやりと俺は思い出した。ノートの片隅では、怖い話をまとめている最中だった。講義内容を書き留めつつ、ネタのまとめ作業にも励んでいたのである。 さて――ありがちだが、11号館の屋上から、数年前に女子生徒が飛び降りたというのだ。以来、女の幽霊が出るらしい。 その時、講義が終わった。 紫野がサクッと立ち上がったので、俺もルーズリーフをしまう。 これから二人で学食に行く予定だ。 二人で階段を歩く。並んで降りていたら、遠藤梓とすれ違った。彼は占いが得意な知人で、アシンメトリーの髪をしている。就職先も占い館らしい。特技は西洋占星術との事だった。以前、ライターのバイトでお世話になった事がある。「お、霧生君、紫野君」「よぉ、梓」 紫野が微笑みながら、遠藤に片手をあげた。すると遠藤もまた微笑した。「これから、お昼? 僕も行って良いかな?」「悪い、左鳥とサボって帰る所」 俺は、紫野の言葉に、『えっ』と思っていた。丁度階段を上がっていく女子学生も驚いたように、こちらを見た。紫野が人の誘いを断る姿は、非常に珍しいのだ。多分、紫野を知る学生なら誰でもそう思うだろう。そして紫野は非常に顔が広いから、そこの女子とも知り合いなのかもしれない。「そう。残念だね」 遠藤はそう言うと下りていった。特に気にした様子もない。ポカンとしたまま
last updateLast Updated : 2025-07-22
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【15】スノボ旅行

 ――その次の冬、俺は、紫野と時島と共に、スノボ旅行に出かけた。 俺の実家が雪国だと話したら、紫野が行きたいと言い出したのだ。時島の部屋で話していたので、流れで三人で旅行をする事になったのだ。 雪国出身とは言っても、俺はサークルの旅行でしか、スノボをやった事は無かった。小中学校時代にスキー教室なるものは、存在していた覚えがある。 宿泊したホテルは、スキー場のゲレンデの正面にあるホテルだった。 F県のDホテルだ。 Dホテルは、一度火災が発生し、建て替えられたそうで、新築のように新しいホテルだった。一階にフロントがあり、その奥には廃れたゲームセンターやボーリング場があった。地下には無人のカラオケがある。少々古い曲が入っていたが、自由に歌えた。食事は食べ放題で、俺は甘エビを好んで皿に盛った。 初日は、到着してからずっとスノボをしていた為、俺達は、疲れ切っていた。 意外だったのは、時島も非常に巧みに滑っていた事である。 いかにも得意そうな紫野は、やはり当然のように上手かった。 俺は……『そこそこ』という感じであろうか。これでも一応山頂から滑る事は出来る。 ――なお、三度目に、山頂から一番下まで降りた時の事だった。 ホテルをふと見上げる、二階の客室に髪の長い女が見えた。 宿泊客だろうが――意外に思ってじっくり見てしまった。美人だったから……だけではなく、赤いワンピースを着ていたからだ。真冬にワンピース……? 寒くないのだろうか? ――少し、詳細にこの時の出来事を記しておこう。 初日――滑った後、俺達は一度部屋に戻り、それから大浴場に向かった。時島は引き締まった体をしている。紫野は時島よりも少し細い。って、俺は何を観察しているのだろうか……。仕方が無いだろう、俺が一番貧相な体型だったものだから、気になってしまったのだ。客は俺達の他には、恰幅の良いおじさんが一人いるだけだった。えびす顔が印象的だ。 その後、食べ放題では、沢山食べた。和洋折衷で、麻婆豆腐や唐揚げ、ハンバーグやエビフライ、野菜類、ひじき、カレー、ちらし寿司と様々な品が並んでいた。 夜が更けてからは、カラオケをした。 ここでも意外だったのは、時島の歌が上手かった事だ。スノボにしろ歌にしろ、二人は巧かったのである。俺は非常に、平均的だった……。あまり褒められた覚えが無い。かと言って、下
last updateLast Updated : 2025-07-22
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【16】『私の髪、返して』

 思い出したのは朝のことだ。 なお最悪な事に、朝起きると俺は、時島の腕を抱きしめて寝ていた。「うわぁあ!!」 思わず驚いて俺は声を上げた。時島は起きていたのか眠っていたのかは分からないが、その時目を開けると、淡々と俺に向かって掠れた声を放った。「起きたか? よく、眠れたみたいだな」「え、あ」「スノボで疲れたから、ぐっすり眠れたんだろう」 そんなやりとりをした朝だった。時島の顔色からは、時島が眠れたのかは分からない。 ――これを思い出すと、非常に恥ずかしくてならない。 だから、まともに時島の顔を見られない。そのせいなのか、紫野の申し出には、若干安堵していた。紫野の方が気楽だ。 ただ……何故なのか時島は大丈夫だが――例え、紫野であっても『男と個室で二人きりになる』という状況になると気づいてしまい、無意識に生唾を飲み込んでいた。ゴクリと音が響いた気がする。時島が大丈夫な理由も不明だが。直感としか言えないのだ。「何かあったのか?」 時島の言葉で、俺は我に返った。すると紫野が、まだ青い顔で、小さく頷いた。「昨日、寝る前に、シャワーに入ったんだよ」 このホテルは、大浴場の他に、各客室にも、シャワーがついている。「そうしたらさ、髪を洗ってたら……後ろに誰かがいる気配がしたんだ」「それで?」 俺は、興味津々で続きを促しながら、味噌汁のお椀を持つ。「洗い終わってから鏡を見たら、真後ろに女がいて、言うんだよ」「なんて?」 俺は味噌汁の椀を置いた。すると紫野が、自分の髪を押さえた。「『私の髪、返して』……その後、髪の毛を引っ張られた気がした。で、な? 即、出てから寝たんだよ、俺。怖い話してたから、怖がってただけだと思ってな」 そう言う部分では、紫野は図太いと思う。「そしたらさ、夢を見たんだ――すごい綺麗な長い髪をした女が、俺の部屋……というか、恐らく焼け落ちた部屋なんだろうな……あそこ。あの位置。若干今よりも古いけど、窓から見える景色が、今の俺の部屋と同じ所に泊まっていたんだ。髪を櫛で梳かしてたな。一緒にいた母親も、『本当に綺麗な髪ね』とか言っててさ」 時島は何も言わずに耳を傾けている。「その数時間後、火事が起きた。そうしたら、その髪の長い女は逃げ遅れて、大火傷を負ったんだよ。顔も頭も大火傷。一命は取り留めて、A市の病院に入院したらしい
last updateLast Updated : 2025-07-22
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【17】紫野と居酒屋にて

 こうして、春を迎えた。 大学四年生になってすぐ、俺は紫野と二人で、居酒屋に行った。 サークルで、よく行く居酒屋だ。先輩がバイトをしていたから、予約も取りやすかった。勿論、二人で行く時は、予約なんかしない。俺はたまに幹事をしていたので、その時だ。 さて、俺は麦酒を頼み、紫野は生グレープフルーツサワーを頼んだ。品が届くと、紫野がグレープフルーツを搾り始める。つまみはサラダと焼き鳥、厚焼き卵だ。 紫野はサラダが好きで、俺は卵が好きなのだ。「ホラーのネタの収集は進んでるのか?」 その時不意に、紫野に聞かれた。 俺は皿にサラダを取りながら、最近ではめっきり収集しなくなっていたなと思い出した。何故なら、時島といると、あるいは紫野といてもなのだろうが、オカルトな現象に遭遇する頻度が増えていたからだ。話を集めるまでも無かった。向こうからやって来る。だから俺は、時折振り返ってノートパソコンにその記録をまとめるだけの日々を送っていた。「まぁまぁ、かな」 そう答えると、紫野が喉で笑いながら、果汁をグラスに入れた。 そして二人で乾杯する。「時島と、どう?」 結局、俺は……少し前にアパートを解約して、時島のマンションに引っ越した。『どう』と言うのは、その事だろう。「時島って結構マメだな。料理も掃除も気合い入ってる。なんかお世話になりっぱなし」 グイとジョッキを煽りながら俺が言うと、紫野が神妙な顔をした。「そうじゃなくて――……付き合ってるんじゃないのか?」「は?」 そりゃあ一緒に暮らしているのだから、相応の付き合いはある。紫野の言葉の意味が分からず、首を傾げるしかない。「だから、だーかーらー」 紫野は何か言いたそうに、ジョッキを傾け、グイグイと半分ほど飲んだ。そして真剣な顔で俺を見た。「ヤったりって意味」「は!?」 俺は唖然とするしかなかった。確かにまだ引っ越す前の、泊めてもらっていただけの頃に……俺は一度だけ、時島と寝たのかもしれない。ただしアレは、合意でも何でもなくて、俺が憑かれて襲ってしまっただけなのだ。今では、俺も時島も、その事には全く触れない。 そもそも、そもそもだ。俺は男が怖いのだ。こういう――周囲に大勢の客や店員がいる居酒屋などであれば別だが……。 そうだ、紫野には俺が、強姦された事件について、話をした事が無い。だからただのネ
last updateLast Updated : 2025-07-22
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【18】現在・連絡

「ねぇ、サト」 パソコンのキーボードを打っていると、缶麦酒を持った弟が部屋に入ってきた。「まだ飲み足りないのか?」「それもある」 そう言うと弟は、ベッドに座って、缶を一つ俺に渡した。 もうすぐゴールデンウィークが終わるから、弟は都内に帰る。俺は転椅子を軋ませて、体ごとベッドへ向けた。そうして弟を正面から見る。その時、ポツリと右京が言った。「時島さんとか、元気にしてるの?」 ――『とか』に含まれるのは、恐らく紫野だろう。一度二人に、右京を紹介した事がある。以来弟は、俺がいない所でも、あの二人と遊んだりしていたようである。「連絡してみたら良いだろ?」 何せ連絡先を知っているのだから。そう考えていると、弟が麦酒を口に含んでから、思案するように瞳を揺らした。「実はさ、『左鳥と連絡が取れない』って言われたんだけど」 弟が言いづらそうに述べた。そうだったのかと、俺は納得した。 俺は……誰にも、実家に引っ越すと告げて来なかったのだ。 事前に伝えたのは、地元で暮らす、寺の――泰雅だけである。「誰に言われたんだ?」「紫野さん。実家にいるって言っといたけど」「あー、その内連絡しようと思って、忘れてたんだよ」「時島さんにも言ってないんだよね? 紫野さん、多分時島さんにも話してると思うよ」「まぁな。別に良いよ」 話さなかった事には、特に深い理由があるわけではない。 俺はただ、在宅でのライター業に集中したくて帰ってきただけである。 現在は、どこで暮らしていても、仕事が可能だ。 だから俺の帰郷は、『あの二人』とは、関係が無い。 ――少なくとも意識的には、現在はそう考えている。「まだ、高校の頃の事件、気にしてるの?」「気にしてないよ」「嘘」 苦笑した右京を見て、俺は缶のプルタブに指をかけた。右京には、隠し事をしても無駄だ。右京はすごく鋭くて、俺に何かがあるとすぐに察するのだ。 大学時代にも、俺が悩んでいた時などに、見計らったかのように電話がかかってきたものである。本人に聞いても、「虫の知らせだった」としか言わないのだが……いつもタイミングが良い。あるいは、非常に俺にとっては悪い場合もある。優しさは嬉しいが、誰にも触れられたく無い時もあるからだ。「そろそろ――期限の時だから、戻ってきたんじゃないの?」 右京が言った。 その声が意味する
last updateLast Updated : 2025-07-22
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【19】黒い手

 紫野と飲んでから帰宅すると、もう午前一時に近かった。 だが、時島の姿が無い。 ベッドに寝ているわけでもなく、もう一つの部屋にいるわけでもなく、シャワーに入っている様子も無ければ、キッチンやトイレにもいる気配が無い。 ――こんな時間に、何処に行ったのだろう? 首を傾げつつも、思い当たる場所が、俺には一つだけあった。 紫野は入る事を許されているが、俺には「絶対に入るな」と時島が言う、例の奥の部屋だ。しかもその部屋の中から音がした気がする。だから俺は扉の前まで行き、静かに声をかけてみる事にした。「時島ー?」 しかし、返事は無かった。だとすると、中から聞こえた物音は何なのだろう? まさか、泥棒? 最近この辺では被害が多発していると言うから、そうなのかもしれない。 だが本当に泥棒か分からない以上、いきなり警察に通報する事も躊躇われた。確かめなければならないだろうが……どうしよう。「入るな」と言う時島の声が甦る。 迷った末、結局俺は和室の扉に手をかけた。恐る恐る中を見る。暗いので、電気をつけようと、俺は壁のスイッチを探した。そして、息を呑んだ。「っ」 その瞬間、中から黒い人影が飛び出してきたのだ。 それは俺の体を通り抜けるように通過した。呆気に取られて反射的に振り返った瞬間、顔も何も無い――ただ黒い『それ』が、両手で俺の首を締めた。形だけは人型だ。 冷たい手が俺の首に食い込み、鈍い痛みと息苦しさに襲われる。そのまま俺は転倒した。絨毯に後頭部を打ち付ける。手の力はどんどん強まっていく。影は俺に馬乗りになって、動きを封じてきた。必死で俺は首に、己の指を当てる。 その黒い『ナニカ』も怖かったが、馬乗りになられているという――その体勢にも、恐怖を感じる。タクシー運転手の事を思い出しいた。 ガクガクと俺は震えた時、肩に噛みつかれた。どうやらその黒い物体には、口があったらしい。噛み切られるような、痛みに身が竦む。 ――何だよ、コレ。 恐怖から思考が混乱し始めた時、服の下に冷たい手が入ってきた。「嫌だ、止めろ!」 俺は必死に叫んだ。しかしその手は止まらず、片手で俺の乳首を触り、もう一方の手で俺の陰茎を握った。いよいよ恐怖が強くなり、俺は動けなくなる。目をきつく伏せ、一所懸命に呼吸しようとするのに、過呼吸でも起こしたかのように酸素が入ってこなくなる
last updateLast Updated : 2025-07-22
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