星乃は、朝から沙耶の知らせが気になって仕方がなかった。髪はただ肩に散らしているだけで、きちんとまとめてもいない。オープンカーはスピードを上げ、風が正面から吹きつけて髪を乱した。彼女は両手首を見てからバッグの中を探したが、ヘアゴムを持ってきていなかった。そのとき、すっと骨ばった手が目の前に差し出された。指先には一枚のシルクのスカーフがつままれている。「これ、使うといいよ」律人がそう言った。星乃は遠慮せずにそれを受け取った。「ありがとう」スカーフはひんやりとした手触りで、いかにも上質なシルクだとわかる。けれど彼女は律人にすでに多くの借りがあった。指にはめたこのダイヤの指輪ひとつでさえ、今の自分には返しきれない。後で改めて機会を見つけるしかない。だから、もう少し借りが増えたところで、どうってことない。星乃はスカーフの片端を握り、髪に二度ほど巻きつけて軽く結んだ。髪はゆるく後ろにまとめられた。律人が横顔をちらりと見て、口元を緩めた。「きれいな人がスカーフをつけると、スカーフまできれいになるんだな」その言葉に星乃は少し照れくさそうに笑った。「ありがとう。今日は本当に助かったよ」彼が自分の住まいを知っていたことに、星乃は驚かなかった。瑞原市で人の情報を調べるのは簡単なことだ。まして自分のように、世間の笑い者のように扱われている人間ならなおさらだ。律人は軽く笑った。「彼女に優しくするのは当然のことだろ。お礼なんていらないさ。またあいつがしつこく絡んできたら、連絡して。言っただろ?君をちゃんと守るって。約束は破らないからね」口調は穏やかだったが、その声には真剣さがあった。星乃は深く気にせず、ただ小さくうなずいた。ほどなくして車はUMEの前に着いた。律人は彼女の手の甲に軽く口づけして言った。「仕事が終わったら待ってて。迎えに来る」星乃はうなずき、二人は別れた。会社に着くと、星乃はスマホを開いた。遥生は朝から出張に出ていたようだ。社内は新しい注文の対応で慌ただしく、星乃も社内テストのデータ整理に追われて頭が回らなかった。昼過ぎ、探偵から電話が入り、彼女は受け取る予定だった証拠写真を手に入れた。夜、律人は約束どおり彼女を迎えに来た。幸の里の入口まで送ってくれたが、その夜は別の予定がある
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