All Chapters of 恋の味ってどんなの?: Chapter 11 - Chapter 20

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第十一話

 台所を通ると時雨が朝ごはんを作っていた時雨。藍里の弁当箱はもう保冷バッグに入っている。「おはよ、早かったね」「う、うん……あのね」 藍里は洗濯物のことを言おうとするとリビングから音が聞こえた。テレビがついている。そしてさくらが起きていることに気づく。「さくらさんも、起きてるんだけどさ……」「ママも早いよね」「僕が起きたら起きちゃって5時からずっとリビングでテレビ見てたんだけど」 母親が機嫌悪い、それを聞くとひやっとする藍里。機嫌の悪いさくらは少し苦手なのだ。 すると時雨が台所の奥に藍里を手招く。そしてリビングにいるさくらに聞こえないように小声で伝えてくれた。「さっきテレビで……前の旦那さんが出ててさ」「パパ……」「そっから機嫌悪くなってさ」 小声でこそっと話を少しいつもより近い距離でするのにどきっとする藍里。洗濯物のことはいつ言えばいいのか……もどかしくなる。 するとリビングから声がした。「時雨くーん」「はーい」 近くの距離でいられた時間はあっという間に終わった。 まだドキドキはしていた。 あんなに近くで話したのは藍里にとっては初めてだった。 ほのかに匂う柑橘系、正直彼が初めて家に来た頃は女世帯の家に1人の男性が来たのもあってか、家の中の匂いが変わったのを藍里は感じとった。 父といた頃、父はいい香りの香水をつけていた。何と言う香水だったか、レモンの匂い……そして微かに彼の吸っていたタバコの匂い。 タバコの煙は苦手だったが父の匂いは嫌ではなかった。父と住まなくなってから次第に臭いはなくなり、なんか寂しくなった時期もあったが次第に慣れていくのが不思議と感じる。 そして久しぶりの男の人の匂い。そういえば、と藍里は思い出した。父と最後にいた頃の年齢と時雨の年齢は同じくらいだ。 時雨は今はタバコを吸わないが家に来た頃はタバコを吸っていたらしい。 今は働いてないからと吸ってはない。 きっと彼も香水かなにかレモン系のものを身体に纏っているのだろうか、来た頃にふと香る匂いに藍里は懐かしさを感じた。
last updateLast Updated : 2025-07-29
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第十二話

 さくらは台所に置いてあったお弁当箱をいつも忘れないように玄関に置きにいくと、リビングからさくらの声が聞こえた。 朝からよくもまぁそんな大きな声を出せるなぁと藍里は思いながらもリビングに戻る。「もう知らないっ!」「ごめん、さくらさん……あ、藍里ちゃん」 時雨は困った顔をしていた。こういう場面は初めてではなかったが、たった少し部屋を離れただけで怒りの沸点に達するさくらは相当今日はカリカリしている、触れない方がいいと藍里はもうずっと一緒にいるからわかってはいる。だからあえてさくらのもとには行かないようにした。「食べる? 朝ごはん」「うん、食べる。ママは食べたの?」 ソファーに毛布をかぶって横になるさくらを横目に椅子に座る藍里。時雨は首を横に振った。「じゃあ今から用意するから待っててね」 時雨が台所に行っている間にリビングのテレビのチャンネルをザッピングする。 朝はいつも同じ番組を流し、天気予報にメインニュース、芸能情報、最近のトレンド、そして占いを見るころには藍里の出る時間だ。 いつもよりも早く起きたから少し見たことないコーナーが流れる。他の局の番組に変えるのも楽しいものだと変えていくと地元の情報番組に手が止まった。 藍里が岐阜の頃によく見ていたなぁと。父はこの番組を好んで見ていた。愛知出身の男女2人のタレントが朝から名古屋弁を捲し立ててやっていたのだが10年くらい前にアナウンサーがMCとなり、いまだにタイトルも変わらず地元の情報をメインに伝えている。 実は藍里の父は地元のコーナーで素人代表でレポーターをしていたらしい。 最初は野次馬の1人だったがとあるコーナーで目をつけられて、地元の劇団員ともあって柔軟に対応もでき、背も高く顔もそこそこよかったからスカウトされて藍里が生まれる前からの何年か出ていた、と母から聞かされていたのを思い出した。 その番組に出なくなっても父はその番組を見ていた。だから藍里も当たり前のように見ていた。 岐阜から出てようやく神奈川での生活が落ち着いた頃に、朝その番組をつけたが全く違う番組がやっていて落胆したことも。県外で暮らしたことがなかった藍里はあれが東海地方限定の番組であることを知るのは少ししてからであった。 ようやくその番組を見れる地域に戻ったがさくらの前ではつけるのは躊躇したが今日は何の気なしにその局に変
last updateLast Updated : 2025-07-29
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第十三話

さくらは綾人の声が聞こえるなりビクッと身体を起こした。そして毛布をその場に叩き落として部屋に入っていった。 しまった、という顔を互いにして見つめ合う。テレビには綾人がニコッとして微笑みながら他局のエンタメニュースでも出ていた新CMのこの番組のための宣伝だった。 やはりこの番組にはお世話になってたとにこやかに話す綾人。ちらっと過去の映像も流れる。そして最後はやはりCMの話題に戻って終わった。「……」 藍里は久しぶりにとまではいかないが意識的にテレビを見た父、綾人の姿に懐かしい気持ちを思い出した。ずっと彼と会っていないのだが、最後に会った時の面影も残しつつもそれから人気になりスターとなり洗練されてさらにカッコ良くなった父に見とれていた。「綾人さん、かっこいいよね。こんなことはさくらさんの前では言えないけどさ」「……かっこいいよ、パパは」 2人の間で何ともいえない空気が流れる。さくらの部屋からは啜り泣く声も聞こえる。藍里はテレビの電源を切り、椅子に座って朝ごはんを食べ始めた。 ピザトースト、コーンスープ、ヨーグルト、バナナ、牛乳。「ママのところに行かなくていいの?」 藍里は時雨に聞く。「……後で行く。多分今何言ってもダメだし」「さっきもママに何か言われてたよね」「僕の言葉がいけなかったから……うん。今は何言ってもさくらさんにはネガティヴに捉えられてしまうから」 と時雨もピザトーストを齧る。いつも2人は一緒にご飯を食べる。朝はさくらが仕事でいない時もあるからだ。 時雨が来る前は1人で食べる時が多かった。今ならいつも時雨がいる。バイト先で食べている時以外、彼の作った温かいご飯をいつも食べられる藍里。 家のこと全てをやってくれている時雨にさくらの機嫌の悪さ、感情を全てぶつけられる時雨に少し申し訳ないと思うが今は彼と2人きりでいられる時間が増えたと思うと少し嬉しい。 なんで時雨は複雑な過去を持つさくらと付き合っているのだろう、そしてそのさくらの娘である藍里と一緒にいるのだろうか、と藍里は思ったこともあったのだが。 しかしそれよりも綾人のことが気になる藍里であった。 ご飯を食べ終え、身なりを整えて藍里は時雨の作ってくれて弁当を持って学校に向かった。「行ってらっしゃい」「いってきます……ごめんね、ママのこと」「大丈夫、帰ってきた頃には良く
last updateLast Updated : 2025-07-29
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第十四話

「何でここにいるの、宮部くん」「……ごめん、昨日あれからお前の帰りつけてった」 あっ、とクラスメイトに揶揄されて恥ずかしくてダッシュで清太郎の下宿先の親戚の弁当屋の前を走ったことを思い出した藍里。 あれからかなりの距離があるのにつけてこられたのかと思うと自分のセキュリティが甘いと反省する。「あと、下のファミレス……客として入った」「えええっ!」「おらんかったな」「……私、調理担当で」「あ、働いたったんか。バイトしてるんやろ? って聞こうと思ってたんやけど」「しまった、認めてしまった」 清太郎は笑った。藍里もつられて笑う。 彼女は昨日はミスをして中で怒られていたが、まさか客として清太郎がいたのか、と思うとどこかで自分が作ったものがカレの口に入ったのかと思うと……苦笑いしかできない。「あそこのウエイターさんたち、かなりピリピリしてて笑顔ないな」「まぁ、色々あってさ」「色恋沙汰?」「……まぁそういうこと。てかわかるの」「なんとなく」 藍里は参ったなぁという表情で清太郎と学校までの道のりを歩く。「ここまで学校と逆方向じゃん」「んー、確かにだけど散歩と思えば」「散歩って……てかストーカーだよ」「人聞き悪いな。あっちって言いながら反対方向に帰るしさ。まぁ色々あったみたいだけどお前のこと守ってやれるの、俺だけだろ」 ドキン 藍里は似たような痛みを清太郎の言葉でも感じてしまう。生理痛なのか、なんなのか。 時雨がいなければもうすぐにキュンとして朝からギュッという案件である。「……なにぎざってるのよ。そんなキャラだったっけ」「るっせぇ。小学校の時に男子たちにちょっかい出されて泣いてたのを助けたのは俺だろ」「そうだったけど……」「そうやら」「そうでした」 清太郎はスタスタと歩いていく。「待ってよ、待って」「なんだよ、さっきはストーカーとか言って」「ごめん、ストーカーは言いすぎた」「罰として走って学校まで行くぞ!」 と走り出す清太郎。だが藍里は走れない。生理がきたばかりだから。体が重い。「何だよー、走れ!」 あっという間に遠くまで行く清太郎。「歩いて行きたいー」「ここまでだけでも走れ!」「いーやーだー!!!」 と藍里が叫んだ瞬間、下腹部から何かどろっとしたものが出たのがわかった。でもそれは吸収されるが不快感
last updateLast Updated : 2025-07-30
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第十五話

 やはり相当きつかった。いつもよりもこの一ヶ月間の中で一番しんどい日である。藍里は教室に入ってようやく着いた、とほっとするや否や昨日帰りに茶化してきたクラスメイトたちがやってきた。「おはよ、やっぱり宮部くんと仲良いのね」「おはよう、たまたま通学路が同じで……」「って宮部くんの下宿先はすぐそこの弁当屋さんだから藍里ちゃんを待ってたんじゃないの」 いつの間にか下の名前にちゃんづけで呼ばれてる藍里。それはさておき、実際は迎えにきてもらってる、が正しいのだがどうやらこの3人はその現場を見ていないわけでホッとしてるようだ。 清太郎はというと隣のクラスの友人に呼び止められて話し込んでいる。「宮部くんってどうなの? なんか紳士的だけどもなんかそこまで深く関わろうとしないし」「藍里ちゃんは幼馴染でしょ? 何か知ってる? どこまで知ってるの?」「どこまでって言われても、小学6年くらいまで近くに住んでいて……あ、お姉さんがいるわ。四つ上の」 と話し出すと他の女子生徒も興味津々で藍里をいつのまにか囲むような状態に。「えっ、お姉さんがいたことなんて知らなかったわ」「私は聞いていたけど、4歳上は知らなかったー」「お姉さんがいるからなにかと叩き込まれてたんじゃないかしら」 となにやら清太郎の性格の裏側を検証するようなことを始め出している女子生徒たち。「あの、なんでみんなは宮部くんのこと気になるの?」 騒いでた女子生徒たちは藍里のその疑問でピタリと止まった。「い、いやーさ、ねぇ」「ねぇー」 自分の幼馴染が女子たちの好意の的に当たってるのはもどかしい。 子供の頃はそんなに清太郎はモテる方ではなかったが、今の背の高さや容姿の変化させたら少しは納得いくのか、でもそうでもないかなと。「だから藍里は幼馴染として堂々思うの」「どう思うって……子供のころはほんとヤンチャで、あと正直に言っちゃうし、猪突猛進だし、みんながこうキャーキャーいうのっておかしいって思うくらい!」 藍里はそう言い切る。「だーれがおかしいって?」「あっ……」 クラスメイトはクスクス笑ってる。いつのまにか清太郎が教室に入ってた。「その、ね……あのーみんながさっ!」 クラスメイトたちは違う話題をし始めている。「橘綾人の新CM見た? あのコーヒーのブランドってうちの自動販売機にあるからポ
last updateLast Updated : 2025-07-30
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第十六話

 藍里は担任の元に行く。後ろではクラスメイトの女子が笑っている。 神奈川にいた頃の冷ややかな笑いとは違った、少しからかい気味だけども嫌な感じはしなかった。「おう、すまんなぁ。出してくれた書類のことでな。親さんに渡してくれ。記名してないところがあってな。来週までに記入してくださいと」「すいません」「どうだ、こっちの暮らしは慣れたか?」 担任は既婚者で机の上に家族の写真を置く、私情を持ち込む教師である。 年齢は分からないが藍里と同じ歳くらいの女の子と少し小学生くらいの男の子、そして自分の妻の4人が仲良く肩を寄り添った写真を見るともしかしたら綾人と年齢が変わらないのだろうかと。 42歳にしてはかなり老けこんでいるな、という藍里の考えである。「……なんとか、やってます」「そうか。バイトもして勉強との両立も大変だろうし。お母様も仕事しながら家事をするのも大変だろう。互いに協力してくれな。なんかあったらいうんだぞ」「ありがとうございます」 担任は百田家に料理と家事をする居候の男がいるだなんて全く知らないであろう。 にしても話が長い、用事だけ聞いてトイレに行きたかった藍里は早く終わらないかと思ってしまう。「何かあったらいつでも相談してくれ。無理はするな」「ありがとうございます……失礼します」 藍里は心の内で相談してもどうにもならない、と経験上冷ややかに思いながら一旦書類の入った袋を机の中に入れて、ナプキンの入った巾着をさっとスカートのポッケに入れてトイレに向かった。 藍里はトイレから出ると清太郎が待ってた。「びっくりしたー」「おう、待ってた」「またあとをつけてたでしょ」「悪いかよ」「……こんなにもストーカー気質とは思わなかった」「言い方……っ。ちょっとお前に言いたいことあってさ」 首を横に傾げる藍里。すると急に清太郎は彼女の腕を引っ張り、人のいないところまで連れていく。「な、なによ」 藍里が腕を払うと、すまんという顔をした清太郎だがすぐに真剣な顔になる。「担任のことあまり飲み込むなよ」「わかってる。当てにならない、何かあったらいつでも相談してくれっていう言葉」「それなら話は早いけど」「……いつもその言葉に騙されてきた」「一体お前の数年間どれだけ闇なんだよ。担任のやろう、噂だけどシングルマザーの保護者の弱み握って身体の関
last updateLast Updated : 2025-07-30
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第十七話

 ずっと気怠さがある藍里。やはり生理なのか、彼女は貧血になりやすい。 よくさくらが焼き鳥屋さんでレバ串を買ってくるがあれほど不味くて苦手なものはない。 さくらは好んで食べていたが理解できなかった。「嫌でも食べられるようになるけど今からたくさん食べておきなさい」 と言われても食べたくなかった。パサパサしてまずい。 授業中も集中できないくらいの気怠さ。お腹も痛い。 学校も終わり、通学路を清太郎と歩く。歩くのも気だるいが家に帰ってもすぐバイトがある。「今日、バイト先に行っていい?」「えっ、まぁいいけど。私は出てこないけど」「藍里が作ったもの食べられるやん」「仕上げだけだから」「それでもいい」「変な人」 清太郎は歩くのが早い。藍里は合わせるのが大変だ。まだお腹痛い。 清太郎の話を半分ぐらい上の空である。子供の頃もこうして話して帰ったような、というのも思い出す。「そういえば宮部くんのお母さん、お花まだ好き?」 清太郎の母はガーデニングが好きで常に花を庭に埋め尽くしていた。「おう、ここ最近はガーデニング講師をやっとる」「すご」「最初は近所の人で集まって教えてたけどだんだん広まって今じゃカルチャースクールでも教えてる。親父もいないからすごくのびのびしとるな」「好きなことを仕事にできるっていいな」「そやけど母ちゃんは『好きを仕事にするのはダメヨォ』って」 と、清太郎は彼の母親の口調と仕草の真似をした。藍里は思い出した。かなり特徴のある喋り方だったと。 正直さくらのことで病んでしまったというがそんな人に思えないほどポジティブでシャキシャキしていた。「似てる……懐かしいなぁ」「まぁ相変わらずうざい。ガーデニングやってるといろんなことを忘れる、とは言ってたがな」 と話していると藍里のマンションの前に着いた。もちろん一階のファミレスの客席が目の前にある。 ちらっとバイトの先輩と目が合い藍里は清太郎から離れた。「じゃあ、これで」「おう、仕事頑張れよ。俺もこのあと配達行くから」「うん、頑張ろう!」 だがなかなかしんどい、ピークが来ていた。ここからバイトかぁ、と思うと憂鬱な藍里だった。 こうやって毎日行きも帰りも清太郎と一緒というと思うと学校生活も楽しくなりそう、と彼の背中を見送りながら微笑む。 部屋に戻る。明かりはついているが
last updateLast Updated : 2025-07-30
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第十八話

 藍里は突然のことにびっくりした。まだこの家の中にはさくらがいるかもしれないと思うと藍里はどしようって思ったら狼狽えるが、泣いている時雨を突き放すことはできない。 きっとさくらのことで泣いているのであろう。20も上の男性が泣き喚くのは初めて見た藍里。そして初めて父親以外の男性に抱きつかれたのがこんなシチュエーション。 いつかは願ってはいたのだがまさかこんな形で願いが叶うのかと……。自分の近くで大人の男性が自分の腕の中にいる感覚、なんとなく自分の父親に抱きついた時の自分を思い出す藍里。 父のことを抱きしめた小学生の頃、あの温かい体温、もさもさの髪の毛。さくらとは違った男の人の独特の香り。忘れてはいたが、なんとなく似ていた。藍里は少しぎゅっと抱きしめた。 その中でずっと時雨は泣いている。いつもニコニコとしていたのに。初めて見た彼の弱さを知ることになった。 五分ほどして時雨は少しずつ呼吸も落ち着いてきて、藍里からキッチンタオルをもらい涙を拭って眼鏡をかけ、最後に鼻をすすって台所にある丸椅子に座った。「ごめん、抱きついたりして……しかもこんな情けないところを見せてしまったよ」「ううん、ビックリしたったけど。もしかしてママのことで?」 時雨は頷いた。さくらの部屋に行こうとしたが時雨に引き止められた。「多分今日はダメだと思う、1人にしてやったほうがいい。食事は持っていくし、機嫌良くなったら良くなったで彼女のペースに合わせるしかない」「こういうこと初めてじゃないよね。ごめんなさい」「謝ることじゃないよ、僕は何もできなくて不甲斐ないって気持ちでいっぱいなんだ」 時雨はグッと口を閉じる。彼はさくらから前の夫、綾人から受けたモラハラを全て聞いている。不定期に彼女が不安定になるたびに寄り添っていたのだが今日はもう耐えられなかったようだ。「藍里ちゃんのお父さんのことを悪くいうつもりはないし、したくはないけども……離婚して離れても彼女の心の傷はとにかく深い。心の暴力は目に見えない、その傷はずっとさくらさんの心をえぐり取って。僕が美味しいものを作っても抱きしめても宥めてもなんともならない……それが悔しい」 時雨は再び涙が溢れるがすぐ左手で拭った。藍里もさくらと一緒に逃げたのだが逃げる前から常に不安定だったし、当たられていたし、逃げてからも施設にいる時もまだまだ怯え
last updateLast Updated : 2025-07-30
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第十九話

 少しチーズポテトを食べ、バイトに行ったがやはり生理1日目もあってしんどかった藍里。 仕事中は頭もぼーっとして社員の沖田から怒られたり、他の先輩から学校帰りに一緒にいたのは誰? と店からやはりみられていたらしく、揶揄われた。 少しでも生理による貧血の改善にと店のレバニラ炒めを食べるが、やはり美味しいという感じではなさそうだ。 明日もこの調子でバイトはまた入っている。しかも土曜日。家族連れも多くなる。尚更忙しい日と生理のピークが被るのはアウトである。しかもただでさえ一番気の許せる理生が学校の授業の関係でいないというのが一番大変である。 憂鬱になりながらもバイトを終えてエレベーターで部屋に戻る藍里。玄関のドアを開けた途端に例の敷きパッドのことを思い出した。「ただいま! 時雨くんっ……」 するとリビングにはさくらがいた。少し機嫌は良さそうである。「おかえり。あんたの作ったチーズポテト、最高だったよ」「よかった、多めに作っておいて。どう、体調」「……すこぶるいいわ。カイロお腹と背中に貼られたからね」 と、立ち上がっていちいち見せつけるさくら。時雨に貼ってもらったものだ。 ふと藍里は思い出した。昔もさくらが生理で苦しんでいる時に横になっているだけでも父が機嫌悪かったことを。 生理がまだきてなかった藍里にとって月に一回、母の調子が悪そうな時があったがしんどそうな母の背中をさすったら「ありがとう。やさしいのね」 といってくれたことを思い出す。そんな藍里も五年生の時に生理になったが、自分もお腹痛かったり、辛かったりしても言ってはダメな気もして我慢していた。恥ずかしさもあってなのか。 だからこそ時雨の優しさが染み入る。きっとさくらもそうだろう、と。「おかえり、藍里ちゃん」「ただいま」「疲れ顔だね。早くお風呂入って寝てね。もうさくらさんも僕もお風呂入ったから」「ありがとう」 時雨はエプロンを脱ぎ、洗面所に向かっていった。藍里は敷きパッドのことを言おうと追いかけようとしたが、さくらに手招きされる。「あんた、汚したならちゃんとしなさいよ」 あっ、と藍里は声が出た。「一度シャワー浴びようと洗濯機の前の籠見たら血の汚れ落ちてない敷きパッドがあったから私が洗っておいた」「ごめん……なさい。やるつもりが忘れちゃった」「時雨くんはその辺のセンシティ
last updateLast Updated : 2025-07-30
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第二十話

 次の日の帰りの会が終わったあと。もう藍里は限界が来ていた。ピークでもあった。 昨日のバイトの時も少し辛かったが痛み止めをこっそり飲んだ。昨晩遅く寝たことに後悔しつつも授業中はお腹の痛みも襲う。 横ではクラスメイトたちがあいも変わらずキャッキャと笑い合い、話題は綾人のことだ。「今度綾人の映画のオーディションだって! 東海地方在住……高校生! わたしたち対象?」「ばーか、あんたみたいなデブスが通るわけないよ」「そのデブスさが通るんだよ、案外」 あの輪の中には入れないし、まさか彼女たちは綾人の娘がすぐそばにいるだなんて知らないだろうし、藍里は父のことでキャーキャー言ってるのも不思議であった。 自分もだが高校生は同級生よりも20以上の男性にも興味があるのか……。 そして彼女たちの抱く綾人のイメージと藍里の知っているさくらに対して罵る綾人……でも父は嫌いでも無い。 ぐるぐるとネガティヴになってしまう。それは生理のせいなのか、寝不足なのか。 手元には書類。今度名古屋の中心部で大学展があるのだ。帰りの会に全員に配られた。 担任にまた書類の催促をされて明日には出します、と伝えると担任は「まぁ、はっきり書かなくていいと思うけどね。母娘で今の時代働けるところ、限られてるからさ……その辺は配慮しますから。でも緊急事態に何かあったら連絡先わからないと、ねえ。仕事中は携帯出られませんとか聞いてあったから」 と言った後にニヤッと笑う顔に気持ち悪さを感じた藍里。緊急連絡先……ずっと家にいる時雨の番号でも、と思ったが家族以外の男がいるという事実も良くない、と口を閉じた。「藍里、今日1日体調悪そうやったな」 級長の仕事を終えて教室に戻ってきた清太郎。一緒に玄関まで行く。「うん……でもこのあと直でバイトだから1人で帰る」「マジかよ。無理すんなって」「ありがとう。人がいないから私が行かないと」「……どこも人不足だな。まぁ俺んとこはいっつも不足。あ、その大学展の日はうちの母さんと姉ちゃんこっちにくるんや」「えっ、来るの?」「で、観光案内せぇって言われてるから付き添ってやれん。すまんな」 何も頼んでいたいのに清太郎が付き添うつまりだったのかと藍里は驚いて顔は真っ赤でドキドキしていた。「別に付き添ってなんて言ってないし……てか大学展よりもおばさんとお姉さんに会
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