All Chapters of 恋の味ってどんなの?: Chapter 31 - Chapter 40

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第三十一話

 二人きりをいいことに、なのか時雨と藍里は寄り添う。 「なんかホッとする」  「僕も」 「こうやってブランケットにくるまってなかったけどさ」  「くるまってもらわないと」  あのとき時雨が藍里に泣きついた以上に顔の距離は近い。  不思議と藍里はドキドキしない。反対に時雨がいつも以上にニヤニヤして顔を赤らめている。でも目を逸らさずに話す。  あくまでも時雨はブランケットに包んだ藍里を両手で抱き抱えるだけ。赤ん坊を抱くような感じで。藍里は体に寄り添う。 「ねえ、手は出しちゃダメなの?」 「手、かぁ……片手だけ」  藍里は右手だけ出した。そして時雨の手を握る。弱く握ったり離したり、また握ったり。動きを変えるたびに時雨は声を上げて笑う。 「どうしたの」 「ううん、なんでもない。楽しい? 手を触って」 「うん。硬い手だね」 「そうかなぁ。わかんないや」  と藍里は指の一本一本を触る。  藍里も次第に鼓動が高まる。すると藍里は時雨の手を自分の顔に近づけて匂った。  流石に時雨もびっくりして引っ込める。 「こらこら。なに匂うの……恥ずかしいよ」 「……パパはね柔らかくて、こんなに手汗なんてかかないし、あとタバコの匂いもした」 「今はタバコ吸わないからさ。お父さんはタバコ吸っていたんだね」 「うん、ママは嫌がったけど台所のコンロの近くとかベランダで吸ってて。その姿カッコよかったの」  藍里が片手を出したまま時雨に寄り添おうとしたら時雨は藍里をソファに横にさせ、立ち上がった。 「そ、そうだ……コンビニでお菓子買ってくるね。……あ、何か欲しいのあるかな」 「なにを急に。お菓子なんていらないよ。宮部くんからもらったばかりだし」 「あ、そうだよねぇ。でも書いたいものがあるから」  少し慌てた様子の時雨。カバンを持って部屋を出ていった。  藍里はブランケットから出てソファーに座った。 「……わたし、なにやってんだか。時雨くんはお父さんじゃないよ」  ふとスマートフォンを見る。先ほどテレビで気になったことを検索した。  あまり藍里はスマホを見ることはしないタイプである。  その検索結果は 『橘綾人娘役オーディション』  の画面である。渋い顔をした宣材写真。オーディションの条件は東海地区の高校生から大学生まで。芸能事務所所属でも可
last updateLast Updated : 2025-07-31
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第三十二話

 時雨は急ぎでもないのに時間もあるのに小走りでエレベーターを使わずに階段でアパートを降りていく。息を切らしてさらに先にあるコンビニまで走っていく。「……はぁ、やばい、やばい。もうすぐでやばいところやったわ」 走って気持ちを紛らわしていたのだ。別にコンビニじゃなくてもよかったのだがそう口走ってしまった。店内に入ってなにを買うわけでもなく。 成人向け雑誌はさっと目を背け、ちらっと見ると綾人が表紙になっている雑誌を見るとすこしムッとする。他の雑誌で隠した。 振り返って日用品を見る。切れていた食器用洗剤の詰め替え、キッチンタオルを入れる。ふと避妊具に目がいく。一度目を逸らすがコンビニで買ったことがなく見たことのないデザインだとつい手にとって見た。「あのぉ」「わぁああ」 時雨は慌てて避妊具をカゴに入れて声かけてきた人を見る。「やっぱ時雨やったか。久しぶりやな」「沖田くん。……久しぶりだね」「久しぶりやなぁ。藍里ちゃんと知り合いやったん?」 その沖田という男は時雨の高校の同級生でもある。藍里のバイト先のファミレスの社員でもある。「知り合いっていうか……なんというか」「藍里ちゃん運ばれていく時に遠目にお前の姿見つけてな。いや、ここ半年お前に似たようなやつこの辺でうろうろしてるの見えてな……こんなところで会うとは思わんかったわ」「沖田君は結婚しとったんやないの」「……離婚した、嫁さん子供連れて逃げたわ。ってお前結婚式呼ばんかったのに知っとったか」 確かに、と時雨は思い出すが離婚した時いた時に結婚式行って御祝儀払わなくてよかったと。 沖田は同級生同志で結婚したのだがクラスメイトのほぼ全員呼ばれていたのになぜか時雨だけ呼ばれなかったのだ。「あの頃はめっちゃ存在感なしだったけど今じゃ垢抜けたなぁ、名古屋出るとやっぱりい変わるねぇ。って今はなにしてるの。藍里ちゃんとなんか関係あるの」「あ、その……」 時雨は忘れてはいない。沖田を中心にした時雨へのいじめを。いじめと言っても無視や仲間はずれがメインだった。 昔から勉強熱心で趣味が料理や読書などインドア派だった時雨を女々しいと沖田に揶揄われていた。 時雨は流石に今は自分が無職で年上のシングルマザーに養われ家事料理をしているというのがバレたら……と笑って誤魔化す。「ごまかすなよ、まかさ藍里ちゃんの彼
last updateLast Updated : 2025-08-01
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第三十三話

 台所のコンロの前で時雨は適当に掴んでカゴに入れたライターでタバコに火をつける。久しぶりなのかなかなかつかない。「前はさジッポーだっだんだよね」 ようやく火が出て口に咥えたタバコに火がついた。「お父さんもジッポーだったよ」「そうなんだ。でも面倒な時はコンロの火でやってたけどね、あー久しぶりだー」 とコンロの換気扇に煙が行くように時雨は煙を口から吐いた。「てか藍里ちゃん、座ってなよソファーで。タバコ吸ってるの君に見られるの恥ずかしいな」「なんで? 私こうやって台所で吸うパパを見てた」「……そうなんだ。なんかさ、僕の吸う姿がヤンキーみたいだってさくらさんに言われたことある」「そんなこと言われたんだ。たしかに時雨くんがタバコ吸うイメージ無いなぁ」 でしょでしょ? と時雨は笑う。「タバコ買うために慌ててコンビニ行ったの?」「……まぁ、ね。やっぱ見られるの恥ずかしいや。あっち行ってて」「わかったよ。終わったらまた来て」 時雨は久しぶりのタバコを味わう。しかし灰皿がない、それに気づく。 置いてあったジャムの瓶に灰を落とした。 時雨はソファーに戻り、藍里の横に座る。「どうだった? 久しぶりのタバコ」「うまかった」「そんなもんなの? よくわかんないけど」 藍里は時雨の横に行く。ほのかに香るタバコの匂い。時雨はブランケットを取ろうとするが藍里は首を横に振った。「だめだよ」 と言われても藍里は時雨に抱きついた。服にまとわりついたタバコの煙の匂い。さっきよりも時雨の鼓動が強いと気づくがブランケットに包まれてる時よりも温もりがさらに伝わる。自分自身もドキドキするのに近くにいたくなる。不思議な気持ちである。「タバコの匂い、服についてるね」「だね……」 時雨も藍里を優しく抱きしめる。柔らかい。さっき沖田に罵られて怒りを抑えきれなかった自分を癒してくれる、そんな気持ちであろう。 そして守ってやりたい。……しかしさっきはタオルケットを包んで抱き締めていたが今は違う。そのまま藍里を抱きしめている。さっき走って解消したばかりなのにな、と時雨は少し困った。 そうこうしてるうちに藍里は時雨の腕の中で寝ていた。 まだこうやって抱きしめてやりたいが如何にもこうにも理性が保てないと感じた時雨はゆっくりと体をずらして藍里を横たわらせた。 と、その直後だっ
last updateLast Updated : 2025-08-01
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第三十四話

 藍里は2日後、病院で経過観察を受けて特に以上もなく休んだおかげもあってか学校に行けるようになった。 時雨に抱きしめてもらったのはあの時だけだった。そのあと時雨とさくらが愛し合った声を聞いていた藍里はしばらく自室にこもっていた。 そんな彼女に時雨は3食美味しいご飯を用意した。さくらはまた仕事に行ったものの藍里がリビングに来ないのを心配する。 そして学校に行く日の朝。「藍里ちゃん、お弁当作ったよ。無理しないでね。なんなら車で送るよ」「ありがとう、たぶん宮部くん外で待ってるから」 時雨は少しフゥンと言ったが笑顔で藍里を見送った。さくらもこの日は仕事に行っている。 下に降りると清太郎が待っていた。「おはよう、藍里」「おはよう、迎えに来てくれてありがとう」「当たり前やん……行くぞ。ゆっくりでいい」「うん」 時折歩幅が大きくなる清太郎だが藍里に気を遣ってゆっくり歩く。藍里はそれに気づいて嬉しくなる。 特に言葉は交わすことはなかったがすごく幸せな時間なんだ、と。 教室に行くと藍里はクラスメイトたちに出迎えられた。「久しぶり! 無理しないでね」「百田さん……いや、藍里! 困ったことあったら私たちがなんとかするわ」「仲良くしましょうね、藍里!」 アキ、優香、なつみが藍里を囲む。藍里は戸惑って清太郎を見ると「俺が伝えたらこの3人が真っ先に喜んだ。同性同士、男の俺に言いにくいことあったら彼女たちに……なっ」 清太郎は頭をかく。藍里はしばらく友達はできなかった。清太郎がそういうなら、と信じようと思った。 他のクラスメイトにも声をかけられた。こんなに優しくしてもらったことはない。「藍里?」 清太郎にそう声をかけられた藍里の目から涙が出ていた。「藍里、泣かないで……」 優香がハンカチで藍里の涙を拭う。「何で泣いちゃったのかな……ごめん。そうだ、みんなノートありがとう」「大丈夫よ。あ、ノートわかった? アキがめっちゃ字が汚いし」「うるさいなー、ギャル文字のなつみには言われたくないわ!」 藍里が笑うとみんなは笑う。その姿を見て清太郎もホッとした。 担任が朝のホームルームにやってきた。藍里が登校しているのを確認すると「よかったな、無理すんなよ」 と声をかけられると藍里は頷いた。こんなふうに多くの人に心配されたり声をかけられることもな
last updateLast Updated : 2025-08-03
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第三十五話

 担任は自分の顧問である美術部の準備室に二人を入れた。油絵の油の匂いや画材の独特な匂いが混ざる。 たくさんの作品や彫刻も並ぶ中、担任は自分の机の前に二つ椅子を並べた。 清太郎は藍里を先に座らせ、藍里は不安になりながらも担任を見る。「……百田さん、復帰したばかりで本当に大変だと思うが、ちゃんと宿題もできていて、元々成績も良かったし頑張ってやり抜く力はありますね」「ありがとう、ございます……」 何だ、とホッとしたのも束の間。「そのですね、編入してきた時にお話は大体聞いてましたが……本当に大丈夫か?」 藍里はその大丈夫か、という言葉にまたヒヤリと感じた。「実はな、君が休みの間にバイト先のオーナーさんから連絡が入ってね」 藍里は自分のマンションの管理人を思い出した。社員沖田の親が管理人なのである。「辞めてもらおうかと言う話があってね」「えっ」「また後日改めてお話しはあると思うがね……他にも色々と」  藍里は何が何だかわからないようだ。まだしばらくバイトは休む予定だったが、全く連絡はなかった。「なんでバイト先からこっちに連絡来るんですか」 清太郎が藍里の代わりに身を乗り出して話す。担任は苦い顔をしている。「まぁ人材不足でフロア未経験の百田さんを体調もチェックしないでいきなり激務をさせて倒れさせるまでしたのはアウトだとは思いましたがね……」 「バイトはクビなんですか?」 藍里は不安が過ぎる。たしかに彼女のバイト代は家庭の足しにはあまりならないものの、自分の必要なものなどを買うとか少しの貯金をと思っていたが、ほとんどのバイトはさくらが嫌がる表に出る仕事しかなく、裏方を何とかさせてもらえる職場だった。「クビ、というか……仕事先での百田さんのお話も聞きましてね、裏方での仕事も備品を、お皿を割ったり指示通りにできないとのことで違う仕事で百田さんのあった仕事があるのでは、とのことでしたね」 たしかに皿を割ったりとか上手くできないという事実は藍里は自分自身もわかってはいたが、社員の沖田はともかく理生や先輩たちが大丈夫と言ってくれていたのに、と。「確かにね、ご家族で大変なことがあって逃げられてお母様一人で働いててお辛いかと思いますが……仕事先ももう少し広げて他の職場を探しましょう。じゃないと変なことを考える生徒が多いですから。今までの経験上」 変
last updateLast Updated : 2025-08-04
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第三十六話

「まぁまたお母様と連絡ついたら電話しますが……その前にもうオーナーさんからバイトの連絡も来ると思いますしね、制服を早いうちに返しにいってください。お母様は本当にお仕事お忙しいようで」 とニヤッと担任は笑って部屋を出て行った。「……最悪だ、あの野郎」 二人きりになった美術準備室。藍里にティッシュを渡して背中をさする清太郎。「ごめんね、宮部くん。私のせいで」「お前は謝る必要はない、てか辛いだろ」「もうわけわかんない、バイトはクビになるし、なんか宮部くんは怒ってるし、先生も。それに住むところがなくなるって?」「あいつのせいだ。こんな時に!」 藍里は鼻を啜りながら清太郎の腕を掴む。顔はなるべく見せないようにしてる。「ママ……ママがなんなの? ママの仕事ってなんなの? 宮部くんは知ってるの?」 清太郎は口籠った。「ねぇ、知ってるの? ねえっ……」「知らないんだよな、なあ?」「うん」「本人から聞くか?」「……うん。時雨くんも知らないって」「マジかよ、彼氏のくせに。知らないのに付き合ってるのか、てっきり知ってるかと」 清太郎は驚いていた。藍里はよくわからない。さくらの仕事先の名前を思い出そうとするが思い出せない。でも聞いたことのない名前。「仕事どうしよう……」「おばさんに聞いて弁当屋の仕事やるか?」 藍里は首を横に振る。「私、足手まといだったんだもんね。理生先輩とかパートのおばさんとか大丈夫大丈夫とか言ってたけど裏でそんなこと言ってた。フロアの仕事もうまく回せなかった。接客業だからああいう理不尽な人たくさんいる、それをうまくかわすのも仕事なのに。裏でも表もできないなら……弁当屋さんも足手まといになる」「まだファミレスの仕事も半年も経ってなかったろ? 誰でも最初はそういうことがある。俺も弁当屋でも一年バイトしてても怒られてっぞ」 藍里は不安になる。いつも微笑んでいた理生や職場の人たちが直接は言えない藍里の評価を人伝に聞く、どれだけ辛いことか。 すると清太郎が藍里を抱きしめる。「清太郎っ……」「俺が守ってやる、前は冗談って言ったけど俺は藍里の彼氏だ。俺と一緒に探そう」 少しずつ強く抱きしめられる。鼓動がかさなる。藍里も顔が赤くなる。清太郎も。「宮部くん、ここは学校だよ。恥ずかしい……」「はずかしい……ごめん」 と清太郎は藍
last updateLast Updated : 2025-08-05
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第三十七話

 放課後、清太郎の弁当屋に行く藍里。夕方は残ったおかずを惣菜品として出して販売している。清太郎は主に平日の夕方、土日で働いている。店にはとある夫婦がいた。「せいちゃんおかえり、おや……藍里ちゃん。大丈夫だったかね」 清太郎の母の姉、つまり叔母の里枝であった。藍里はやはり何度見ても清太郎の母に似ていると思いつつも里枝の方が丸くて穏やかそうに見えた。 学校に行く際に店で働く姿を見てはいたがこうまじまじと対面するのは藍里は初めてだった。「はい。先日はデザートありがとうございました。母も喜んでました」「そーかねっ。礼はええよ。てかどうしたの? やっぱ2人はそういう仲なん」「いや、その……」 と藍里は清太郎につんつんと人差し指で突っつく。「あのさ、こないだ紹介した人ともう1人藍里もここで働かせてほしいなぁって」 藍里もペコペコする。すると清掃作業していた里枝の夫がやってきた。「ほぉ、この子が清太郎の幼なじみの子か。どえりゃーべっぴんさんやな。……ここで働きたいんか」「は、はい……」「料理はできるかい」「……できないです」 藍里はダメかぁと少しがっかりする。やはり時雨に料理を教えてもらうべきか。「こういう可愛い子いるだけでも客は増えるでなぁ。よかったらレジやってくれるとありがたいよ」 里枝はニコッと笑った。藍里はすぐには採用されないものと思っていてびっくりした。清太郎もよかったよかったと喜ぶ。「でもこんなべっぴんさんを小さな弁当や 屋で働かせてもいいのかねぇ。せいちゃんや姉ちゃんからも聞いてるけど元々子役さんなんやろ」「……いえ、働かせていただけてもらえるのだけでもありがたいですし」「もっと大きなチェーン店とか素敵な舞台で全面に出てる仕事が向いてると思うわよー」 藍里はその大きなチェーン店のファミレスでクビになったんだよなぁと清太郎を見て苦笑いする。働けるなら……だがさくらにはレジとか前に出て働く仕事はやめなさいとは言われていたがそう贅沢は言えない。 綾人だって仕事が忙しいし追うこともしないだろう。 でもさくらにはまだ怖いという気持ちがあるのだろう。「レジ以外で何か仕事はありますか」 ついでに、という形で藍里は聞いてみた。すると里枝は首を横に振る。「まぁこうして父さんみたいに掃除とかはしてもらえるとありがたいけど調理は私と数人
last updateLast Updated : 2025-08-06
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第三十八話

 藍里は家に帰る。さくらがリビングで待っていた。時雨は台所にいて、覗くと「おかえり。今日は油淋鶏だよー」 美味しい匂いと共にいい笑顔の時雨がいて藍里は少しドキドキしつつも再びリビングに戻った。 さくらとはここ数日ゆっくり話していなかった。ゆるっとしたスゥエットを着ていてお菓子を食べていた。そんな格好とさくらが男の人に体を見せてるのか想像もできないくらいのだらしなさである。 藍里はさくらの仕事を知ってしまい、かつバイト先をクビになったが清太郎のところで働かせてもらうことをどう話すか悩んだ。「藍里、そこ座って」「うん……」 きっともう伝わっているんだ、と察した。「体調は良さそうね。ごめん、ここ数日仕事が立て込んでてさ」 あの仕事がどう立て込むのか、藍里はよくわからないが頷く。 少し空気が張り詰めている感じである。「ごめん、材料足りなくて……出かけてくるね」 時雨がひょこっと顔を出して出かける準備をしている。きっとこういう時はいない方がいいと察したのだろう。「タバコ吸っちゃダメよ」「わかってるって」「また吸ってたくせに」「ごめん、タバコはここに置いておきますから」 と時雨はさくらの目の前にタバコとライターを置いて出ていった。あれから何本か減っていた。 さくらはそのままゴミ箱にタバコを捨てる。時雨が出ていったのを確認して話をする。「仕事帰りに大家さんと話してきた。あとファミレスの社員の人。あの2人ね親子なのじゃん」 藍里は頷いた。「まぁクビでよかったわよ。人の娘をこき使って」「あのときは人がいなくて……」「人がいなくてもそこをなんとかするのが社員の役目なんだから。それにわたしはあそこで働かせる時に表の仕事はやめてくれってどれだけ言ったことか」「……」「あの沖田ってやつも変だと思ったのよ。藍里のこと可愛いのにウエイトレスの服似合うからそんなこと言わずにとか……あ。制服後で返しに行くよ」 その時藍里も同席していてそれは覚えていた。 だが藍里はさくらの仕事を知ってしまってからはそのことを言うのに違和感を持つ。「……なによ、藍里。心配しないで。他にもバイトあるから」「もう決めてきたよ。清太郎の今住んでるおばさんちの、弁当屋さん」 さくらはもう? という顔をしていた。「レジのお仕事。あ、時雨くんもあそこで働くよね」「あ
last updateLast Updated : 2025-08-07
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第三十九話

 次の日の放課後から弁当屋でバイトをする。はじめての仕事で緊張するが常連も多く、昼は惣菜を買いにくるだけの主婦や仕事帰りの中年のサラリーマンが多く混み合うこともなくスムーズに仕事ができた藍里。 少しヘマはしてしまったが里枝たちはうまく支えてくれた。 清太郎も夕方の配達を終え藍里の手伝いをする。「お客さんからもお嫁さんきたかね、て言われちゃったよ」 里枝はほくほく顔。実際のところ息子2人は結婚して他県にいるがこっちに寄り付かないそうだ。そのこともあってか日に日に藍里は里枝たちから優しくされ、お客さんからも可愛がられた。 しかしその間、藍里はさくらとは口を聞かなかった。 そしてまた仕事の量を増やして藍里となるべく会わないようになってしまった。 藍里は弁当屋から帰ってくると時雨は相変わらず何かを作っていた。「おっかえりー。あ、今日は青椒肉絲」「ただいま。ピーマンとパプリカ食べられるようになったのも時雨くんが作ってくれたからだもんね」「ふふん。あ、藍里ちゃん。そこにあるもの洗って」「はぁい」 得意げに笑う時雨。来週からは時雨も弁当屋でバイトをするのだ。そのため家事を藍里も手伝うことになった。 なによりも藍里は時雨と一緒にいられるのがやっぱりいい。清太郎もいいのだろうが。 藍里は食器を洗う隣で手際よく野菜を炒めている時雨を見る。「藍里ちゃんにもこの作り方を教えてあげるよ。ピーマン、パプリカも赤と黄色、カラフルにすれば見た目も良くなる」「初めて作ってくれたときこんなにピーマンとかパプリカ美味しいんだって思わなかったもん」「あとは味をよく覚えて。こんな味だったな、って……」 と時雨は箸を替えて小皿に乗せて肉とピーマンを絡めて藍里に差し出す。藍里は両手泡だけである。 口をぱくぱくさせる藍里。時雨は笑いながらその口に入れる。肉とピーマンが口の中に入り、旨味と肉汁が広まる。「美味しい」「覚えておいてね」 藍里は時雨を見る。じっと見つめる。二人きりは何度もあるのに抱き合ってからさらに距離を縮めたくなる気持ちとさらにもっと近くになりたい気持ちが彼女の中に沸々と起こる。清太郎の時なはないこの感情。 藍里は目を瞑った。 少し間があって時雨が彼女の肩を持った。「こーら、そういうことをしないで。洗わないと」 と時雨は藍里のおでこにあごをつけた。
last updateLast Updated : 2025-08-08
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第四十話

 そうこうしてる間に時雨も弁当屋で働きにやってきた。 この日は日曜。朝からの仕事でさくらもやってきた。どうやら娘の様子が気になったようだ。 朝の仕込みをしている里枝夫婦のもとに菓子折りを持ってきたさくら。「ありがとね、わざわざ。藍里ちゃんは本当可愛くてお客様にも人気で活気づいてるよ」「ご迷惑おかけしてませんか。この子はその……」「あー、もうもう。お母さん、さくらさんだっけ。姉さんから聞いてるけど自分や自分の娘下げんのやめな。藍里ちゃんはがんばってるから。てか手伝ってくれない?」「え?」 とさくらが店に来てすぐの対応である。さくらは藍里と目を合わせたがなんのことかわからない。「ちょーっと今日パートの人が急用でね。子供調子悪いからって。時雨さん来ても間に合わん。藍里ちゃん調理補助、さくらさん、あんたレジやって」「はい?」「姉さんからもあなたのことは色々聞いてる。とにかく今は手伝って」 さくらは菓子折り渡して帰って久しぶりの日曜休みで寝ようと思っていたようだ。「ママ、そういうことらしいから……エプロン、これ」「レジなんて学生のバイト以来触ってないよ」「大丈夫。レジはタブレットだからすごく簡単なの。私でもわかったから、わからなかったらこのはてなのボタン押せばなんとかなる!」 藍里自身も補助に入るのはなかなかない。が、時雨の補助となると大丈夫なのかな、と思いつつ、時雨もこの日初めてで多忙を極めるのには不安になるかと思いきやタオルを頭に巻き、Tシャツ姿にエプロン、気合が入っている。「忙しいが一番仕事しやすいです! 今日からよろしくお願いします!」 と満遍な笑顔。とてもワクワクしてる少年のよう。藍里はいつも家で家事や料理をしているからか彼が料理をしてるのは見慣れているが、家とは違った雰囲気を横で感じてドキッとしたが今はそんな場合ではない、と手を動かした。 途中から配達を終えた清太郎も手伝いに合流する。「今日からよろしくね」 時雨は清太郎にニコッと笑った。「あ、はい……よろしくお願いします」「藍里ちゃんもさ、僕の真似してやってくれてるから宮部くんも真似してな」 清太郎は藍里の様子を見てると時雨ほどどはないがテキパキとやっている。「藍里、やればできるんじゃん」「へへへ、よく時雨くんの料理作ってるところ見てたんだ」「へぇ……見るだけ
last updateLast Updated : 2025-08-09
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