All Chapters of 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。: Chapter 471 - Chapter 480

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第471話

天音は振り向くと、銃を構えた人物と目が合った。「松田さん?」天音は驚いた。菖蒲は特別な訓練施設にいるはずではなかったか?どうしてここにいるの?あの時、菖蒲は『転生AI-ReLife』の発表会にはいなかった。彼女がハッカー・ゼロのはずがない。「驚いた?京市はまだ要の好き勝手にできる場所じゃないのよ」菖蒲は唇の端を吊り上げて冷笑した。ショッピングモールの中、非常灯の明かりが菖蒲を照らしていた。肌は日に焼けて黒く、小さな顔は傷だらけだ。以前の長い髪は短く刈り上げられ、そんな姿でわざわざドレスを着ているのが、何とも異様だった。冷たい銃口が天音のこめかみに突きつけられた。菖蒲は怒りを爆発させた。「全部あなたのせいよ!あなたのせいで、私はこんな姿になったんだよ」天音は、入る前に警備員室から手に取っていたスタンガンを、菖蒲の手に叩きつけた。菖蒲は手の痛みに耐えきれず、持っていた拳銃を落とした。拳銃は数メートル先まで飛ばされた。天音は容赦しなかった。スタンガンで菖蒲の膝の裏を打つと、菖蒲はその場に崩れ落ちた。「前回、銃で私を殺そうとしたんだから、本当なら刑務所行きよ。訓練施設で済んだなんて、むしろ幸運だったんじゃない?あなたがそんな姿になったのは、私のせいじゃない。罪を犯したからでしょ」菖蒲は天音のスタンガンを掴んで叫んだ。「これで感謝しろとでも言うつもり?」電流が手のひらを走ったが、菖蒲は全く反応しなかった。そして、そのままスタンガンを天音の手から奪い取り、天音を床に投げ飛ばした。天音は痛みに顔をしかめ、地面に倒れ込んだ。菖蒲は天音の前に歩み寄り、見下ろした。黒い瞳には、激しい憎しみが渦巻いていた。「要はあなたのために、私との婚約を取り消した。お兄さんはあなたのために、私を訓練施設に送った。あなただって松田家の女でしょ!それなのに、お兄さんはあなたを大切に扱って、なんとかして家に連れ戻そうとしてる。なのに私は……松田グループのために、お兄さんに商品みたいに豪へ売り渡された。豪がダメになっても、また次の相手が現れるだけ!なんであなたが私の男を奪って、兄まで奪っていくのよ!あなたが存在すること自体が罪なのよ!どうしてあなたの母親みたいに、死ななかったの!なんで戻ってきたのよ!」菖蒲は理
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第472話

恵梨香があなたに何を教え込んだのか、見せてもらおう。十六歳でダークウェブに名を轟かせた、その腕前を……自分には決して教えなかった、特別なことをな……天音は自分の携帯を取り出した。すると、すぐに着信があった。天音が電話に出ると同時に、菖蒲は拳銃を天音の心臓の真上に突きつけた。「どこだ?」電話の向こうから、要の声が聞こえた。天音の脳裏に、要の姿が浮かび上がる。彼女は、今回ハッカーやゼロの攻撃を防げたとしても、計り知れないほどの損失が出るとわかっていた。もしかしたら、基地のコンピューター部門を失うことになるかもしれない。十年間の努力が水の泡になるかもしれない。そんなこと、絶対にさせられない。あれは、要が今の地位を築く上で、なくてはならない力なのだ。「あなた、私は必ず無事に戻るわ」天音は電話を切ると、携帯の電波を遮断し、ノートパソコンの前に移動し、携帯をパソコンに接続した。ゼロも、同じくノートパソコンの前に座った。停電終了のカウントダウンが始まった。3、2、1……ネットワーク、接続完了。その瞬間、ダークウェブに嵐が吹き荒れた。ゼロの巨大なシステムが京市のネットワークを支配し、その背後には無数のハッカーたちが勝ち誇ったように控えている。ゼロが京市のネットワークに侵入した瞬間、全ネットワークが一斉に接続不能になった。「フッ、そっちのシステムはどこにある?」ゼロの目に優越感と嘲りが浮かんでいた。その歪んだ表情はマスクの下に隠されている。だがその瞬間、十三年もの間ダークウェブに潜んでいたマインスイーパシステムが起動し、無数のハッカーたちの侵入を阻んだ。天音はゼロを見つめて言った。「あなたの後ろよ」「なに?」ゼロは自分のノートパソコンに目を落とした。自分のシステムは京都市のネットワークを接続不能にしたはずなのに、何の損害も発生していなかったのだ。後に続いて侵入し、機密情報を盗み出したり、混乱を引き起こしたりするハッカーは一人もいなかった。彼はダークウェブにログインしたが、掲示板の書き込みしか見られず、他の操作は一切できなかった。【なんてこった、叢雲が現れてダークウェブを封鎖しやがった!】【この巨大なシステムは一体なんなんだ?】「あれは何だ?」ゼロは血走った目で、天音
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第473話

「あなたのシステムは、完璧」天音の目にわずかに陰りが差した。「私には突破できない。でも、あなたが私のシステムに侵入すれば、あなたのシステムを永遠に縛りつけることができるわ。私のシステムの一部にしてやる!」その言葉が終わった瞬間、ゼロのシステムが強力な攻撃で天音のシステムに侵入した。ゼロにはもう、引き返す時間はない。昔、叢雲のシステムに敗れた時のことを思い出した。自分のウイルスコードは、叢雲のシステムの第一層に触れた途端、ブロックされた。叢雲のシステムは、コードを自己増殖させ、こっちのシステムを逆に侵食し続けたのだ。システムを守るため、自分は撤退せざるを得なかった。でも今回は、叢雲はわざと侵入させたのだ。「俺のシステムを乗っ取ろうってのか?」ゼロは冷たく笑った。その笑い声は、ひどく冷たい。「できるはずがない!俺のシステムは、そっちのシステムが機能停止するまで侵食し続ける」天音はゼロに答えなかった。できるかどうか、やってみなくちゃ分からない。天音は視線の端で、菖蒲が持つ冷たい銃を捉えた。そしてその視線は、菖蒲の背後にある何台ものノートパソコンへと注がれた。天音が両手でキーボードを叩くと、『マインスイーパ』から危険を知らせるアラートが鳴り響いた。ダークウェブをうごめくハッカーたちに対抗しながら、さらにゼロのシステムを包囲し、完全に飲み込むのだ。天音の額から、絶え間なく冷や汗が流れる。さらに……「やめろ、やめるんだ!」ゼロが突然、怒りの声を上げた。「これは、俺の二十年の努力……」その声には、ついに恐怖の色が滲んでいた。「私が彼女を殺す!」菖蒲が、一歩前に出た。天音は即座に、別のハッキングツールを起動。ショッピングモールのネットワークに侵入した。菖蒲の背後にあったノートパソコンが、次々と爆発した……とてつもない爆音が鳴り響き、辺りを揺るがした。菖蒲は爆発の衝撃で吹き飛ばされた。そして、同時に銃弾が発射された。その瞬間、黒い影が天音の前に立ちはだかった。弾丸がその人の肩を貫き、彼は天音の足元に倒れ込んだ。その人は蓮司だ。天音とゼロは、爆音の中でもネット上での攻防を続けていた。硝煙が立ち込め、炎は何度も押し寄せる。天音のシステムは、ショッピングモール地下のコンピュー
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第474話

要は蓮司を突き放し、天音を抱き上げて炎の中から抜け出した。救急隊が次々と到着した。消防車と救急車のけたたましいサイレンが、耳元で鳴り響いている。要は天音を安全な場所へ下ろすと、彼女の体を上から下までくまなく確認した。そして、腕の赤い傷跡に触れた。彼の目は陰り、静かな瞳に怒りが宿っていた。一方、天音の目はキラキラと輝いて、すごく興奮した様子だった。「私、ゼロを倒したのよ!」天音は要の凛々しい顔をじっと見つめていたけど、浮かべた笑みはだんだん唇の端でこわばっていった。要は、自分のことを誇らしげにも、嬉しそうにもしていなかった。その視線は冷たくて、すごく怖かった。天音は耐えきれずにうつむくと、要の体側に垂れていた手を握った。「ごめんなさい。勝手に香公館を出ちゃって。ゼロから電話があって、誘われたの。私が叢雲だってこと、知ってたのよ!誘いに乗らなかったら、きっとこれからもずっと面倒をかけてくると思ったから。だから、彼の居場所を突き止めたの。ちゃんと無事に帰ってこられる自信があったから、会いに行ったのよ。ほら見て」要が何の反応も示さないので、天音は彼の手を引いて自分の腰に当てさせた。要を見上げて言った。「どこも怪我なんてしてないでしょ。もし蓮司が急に現れて抱きついてこなければ、もうとっくに外に出てたわ。あなたを危険な目に遭わせることもなかったのに」天音は要が自分の腰を抱いていることに気づいた。天音は小さな顔を要の胸にうずめ、すり寄った。「ねぇ、抱きしめて……お願い」本当に、よかった。ゼロを片付けられたんだもの。これで、要の就任には何の問題もないはず。要のまとう空気が重くなった。そして、天音を強く抱きしめた。なぜ、こんなにも言うことを聞かないんだ。彼の心は、彼女への心配で重く沈んでいた。「二度とこんなことをするな」要の口調は、有無を言わせないものだった。天音は素直にうなずき、細い両腕を要の腰に回した。救急隊員に連れられてショッピングモールから出てきた蓮司は、パニックになって行き交う人混みの中で、天音と要が抱き合っているのを見た。九死に一生を得たというのに。天音の目には、やはり要しか映っていないのだ。胸の痛みが広がって、それが肩の傷に集まってくるようだった。
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第475話

「加藤さんは松田家の人間だ。長くは生きられないでしょう」要の目に暗い影が落ちた。救急隊員に菖蒲を運ばせると、彼は天音の方を見た。その時、天音は蓮司に引き止められていた。「ジャック……俺が雇ったハッカーが、ゼロが計画している作戦を見つけた。それで俺は、木下を追ってこのショッピングモールに来たんだ。天音、なぜゼロが木下じゃないのかは分からない。でも、木下はとても危険な人だ。絶対にそいつに近づくな」蓮司は天音の手首を掴んだ。天音の手首は細く、蓮司の指で簡単に掴むことができた。天音の視線が、蓮司の肩に落ちた。ガーゼから血が滲み出ている。天音は暗い目をして、蓮司がこれまで何度も自分のために危険を冒してくれたことを思い出した。天音は蓮司の車椅子の前にしゃがみこみ、彼と視線を合わせた。蓮司のハンサムだけど明らかにやつれた顔をじっと見つめた。蓮司が恵里と浮気していた光景が、まるで断片的な記憶のようで、目の前の蓮司と結びつかなかった。「私に何をしたの?」天音は逆に蓮司の手を掴み返した。爪が彼の肌に食い込む。「あなたの車に乗って、渡された水を一口飲んだ……それで意識がなくなったの」天音は冷たく言い放った。「一体、私に何をしたっていうのよ!今の私、あなたに対して……」なぜ蓮司を憎めないんだろう。どうして頭の中には、楽しかった記憶しか残っていない。確かにこの目で、蓮司が恵里と浮気するのを見たはずなのに。二人は5年も関係を続けていた。蓮司は自分を裏切った。これが真実のはずよ。でも、頭の中の記憶は途切れ途切れだった。蓮司は驚いて天音を見つめた。その漆黒な瞳には、抑えきれない愛情が滲んでいる。「天音、お前は今、俺のことどう思ってるんだ?」その時、要が歩み寄ってきた。天音は蓮司の手を振り払った。「蓮司が私の代わりに銃弾を受けてくれたことに感謝している。でも、あの弾は、私の頭の上をかすめていっただけでしょうから。今後は余計なお世話はご遠慮するわ」蓮司は肩の傷を押さえながら、天音を見送った。彼女はもうこちらを見ることはなく、要の腕に抱かれて、ゆっくりと視界から消えていった。天音が何かに気づいたとしても、たいしたことじゃない。ゆっくりと心を取り戻してくれればいい。天音が自分の元に戻ってくることを思えば、心
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第476話

3度目は、母が反対したので、彼に別れを告げた時だ。その後、母が亡くなり、要を探すように言われた。基地にいた2年間、要との間に特別な接点はなかった。自分の行動範囲はいつも決まっていて、コンピュータ部門と自分の部屋の往復。たまにある任務を除けば、むしろ龍一と話すことのほうが多かった。最後に龍一を助け出したあと、龍一は半年のあいだ基地で療養していた。龍一と要はよく一緒に最新テクノロジーの話をしていた。一方、要はいつも忙しそうで、遠くから見かけても、常に部下たちに囲まれていた。顔を合わせても、遠くから会釈を交わすだけだった。20歳で、自分はコンピュータ部門のリーダーになった。でも、昇進したその日に、自分は要に辞表を提出した。要も、あっさりとそれを受け入れた。なのに、どうして要は自分の結婚式に現れたんだろう?天音は要の胸に飛び込んだ。要は、その腰をしっかりと抱きしめる。「あなた?教えて、どうして?」要は伏し目がちに、静かな眼差しで天音をじっと見つめた。大きな手が彼女の腰から首筋へと滑り、柔らかい肌を優しくつまむ。そして、天音の小さな顔を自分の顔の前に持ち上げた。気持ちを伝えれて、告白すれば、彼女は自分から離れていかなかったかもしれない。そんな期待が胸をかすめ、ときめきが走った。「隊長?」後ろから澪が急かす声が聞こえた。「そろそろ行きましょう」天音は要の胸に寄りかかったまま、彼を見上げた。美しい瞳は笑みをたたえている。「教えて。そしたら行かせてあげる」天音が要を困らせるようなことを言うのは珍しかった。「あなた?教えてよ。どうして……」天音はどんどん声を潜めていく。小さな顔はだんだん赤くなって、子猫がじゃれるみたいに要の心をくすぐった。「ん……」要は天音の小さな顔を両手で包み、その唇にキスをした。「帰ってきたら教える」彼は準備をしなければ。しっかりと準備をしなければ。そのキスは控えめで優しくて、墨の香りが天音を包み込んだ。……要は車の後部座席に座り、名残惜しそうに天音を見つめながら、その場を離れた。「暁、ネックレスを。それから、赤と紫のチューリップの花束も頼む」あれは天音が一番好きなチューリップだ。要の口元に自然と笑みがこぼれ、その笑いは目元
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第477話

美咲は心配そうに天音を抱きしめた。天音が悲しんでいるのを見ると、美咲の胸も痛んだ。美咲と天音は、長年お互いを支え合ってきた。美咲は天音のプライベートを支え、天音は美咲の仕事を後押ししてきたのだ。研修医だった美咲を、主治医にまで押し上げてくれた。それも、すべて天音の支えがあってこそだった。美咲は、天音が子供を授かるために苦しみ、蓮司に裏切られ、深く傷つく姿をずっと見てきた。美咲には、今でも蓮司がなぜ天音を裏切ったのか理解できなかった。天音はあんなに素敵な人なのに。幸いなことに、天音はまたいい男と巡り会えた。「天音さん、私が絶対に治してあげますから」「うん」「隊長とのこと、何か思い出せますか?」と美咲は尋ねた。天音はノートパソコンを取り出すと、そこには一つのファイルがあった。それを開くと、要に関するすべての記憶が記録されていた。「もう、少しずつ忘れ始めてることもあるの」天音はため息をついた。「でも、全部本当にあったことだって分かってる」……庁舎では、すべての仕事を終えた要がソファに座り、暁たちの報告を聞いていた。手にはルビーのネックレスを弄びながら、くつろいだ様子だ。「隊長、監視はもう引き上げますか?」要は視線を上げ、「監視を続けろ」と言った。「それから」要は暗い眼差しで部屋にいる者たちを見渡した。「この隊員たちを全員交代させろ」「隊長、彼らが何か間違いでも?」と澪が尋ねた。要の冷たい視線が、澪に向けられた。その威圧感に気圧されて、澪は一歩後ずさった。理由は分かっている。別荘の外に残っていた特殊部隊の隊員たちが、天音を外に出してしまったからだ。でも、彼らに天音を止めることなんてできないじゃないか?彼らは悪くないのに、天音の無謀な行動のせいでとばっちりを受けるなんて。天音は、皆にとっての疫病神だ。「すぐに対応します」澪はそう答えるしかなかった。そして、要のオフィスを出て行った。そこで、チューリップを抱えてやってきた暁と鉢合わせた。「あなたは隊長の秘書なんですか?それとも加藤さんの世話係なんですか?」澪は皮肉っぽく言った。暁は澪の機嫌が悪いことに気づいたが、相手にしなかった。天音が隊長と結婚して以来、澪は様子がおかしかった。暁は、澪が隊長に気がある
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第478話

まるで澪の兄貴みたいに、暁は優しく言った。「野村さん、自分の将来を台無しにするようなことはやめましょう。隊長は加藤さんのことが好きなだけじゃなく、愛してるんです。それに……いつか、仕事と加藤さんを天秤にかけなきゃいけない時が来たら、隊長はためらわずに加藤さんを選ぶのでしょう。その時こそ、本当に厄介なことになります。そうならないように、あなたの執着を捨ててください。あの離婚届は破り捨ててください」暁は澪をじっと見つめて言った。澪は呆然とし、動揺した。「隊長には言いません。ですが、あなたが自分の手でそれを破ってください」暁が前に進み、オフィスのドアを開けると、澪がチューリップをゴミ箱に投げ捨てるのが見えた。なんて聞き分けのないやつだ。暁はため息をついた。……暁が部屋に入ると、要が電話をしていた。その表情からは何を考えているのか読み取れなかった。「遠藤おじさん、ママが記憶をなくしちゃった」大智は二階の階段の上から、涙を流しながら横になっている天音を見ていた。美咲がずっと天音の手を握っている。「ママはパパと恵里さんのことを忘れちゃった。遠藤おじさんのことも、少しずつ忘れかけてるんだ。パパが……」パパを裏切る、という言葉は大智の辞書にはなかった。たとえ蓮司に三年間も施設に置き去りにされ、放っておかれたとしても。でも……ママは美咲に、パパに裏切られたことを忘れても平気だと言っていた。本当のことは分かっているから、と。パパのことなんてどうでもいいし、そばに戻りたいなんて思っていない。だけど、パパは……大智は誰よりもパパのことを理解していた。パパはきっとママを放っておかないだろう。自分は今、恵里と愛莉のことを思い出すだけで、胸が苦しくなる。ましてや、ママのこととなればなおさらだ。もし、パパがまだどこかで恵里と愛莉を匿っていると知ったら、ママは耐えられないだろう。ママが苦しむと、自分も苦しい。ママがパパの元に戻ってほしくない。ママが苦しむ姿は見たくない。それに、またママを失う苦しみなんて、もう耐えられない。ママは遠藤おじさんを大切に思っている。遠藤おじさんはいい人だ。ママにも、自分にも優しい。大智は思わず目に涙を浮かべた。キッズ携帯越しに要の言葉
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第479話

要は昨夜、徹夜で書類仕事をしていて、今日も一日中忙しかった。天音は要の疲れに気づいた。彼女の首筋にかかる息遣いさえも、重く感じられるほどだった。天音は微笑んで言った。「大智はもう寝たわ。私の部屋で寝る?私が誘ったよ。お風呂に入るの?一階から着替え、取ってきましょうね?要?」真っ暗な闇の中、要の抑えきれない欲望が露わになった。要は顔を上げると、天音の小さな顔を両手で包み込み、じっと見つめた。あの時、蓮司と天音の結婚式に行って、天音を奪おうとしたんだ。笑えるよな。身の程も知らずに、天音の結婚式に駆けつけた。幸せそうに「はい」と微笑み、つま先立ちで新郎にキスをする彼女を見た。「風間にも着替えを持って行ってあげたのか?」要は声を押し殺して言った。これまで、天音の前で蓮司の名前を出したことは一度もなかった。二人が共に過ごした十年間という月日は、要には揺るがすことのできない大きな壁だった。だから要は決して、天音のタブーに触れようとしなかった。自分は天音にとって、それほど大切な存在ではなかった。だから、彼女は何度も、冷たく自分を拒絶したんだ。しかし今、なぜか、要の中で闘争心が燃え上がっていた。もしも天音が記憶をなくし、十六歳に戻ったとしたら。彼が天音と出会ったのは、蓮司とほんの少し時期がずれていた。蓮司が天音と出会ったのは十六歳の春で、自分は十六歳の夏。それなら、蓮司と同じスタートラインに立ている。もう二度と、この手を離したりはしない。天音はきょとんとして、なぜ要が突然蓮司の名前を出したのか分からなかった。要はこれまで、自分から蓮司の話をしたことなんてなかったのに。もう天音は答えてくれないだろうかと要が思っていた。急に自分が滑稽に思えてきた。二人は十年も一緒にいて、結婚生活も六年になる。天音が蓮司の着替えを用意してあげないわけがないんだ。自分は夢を見ている。しかも、決して覚めることのない夢を。夢の中では、彼女は他の男と結婚していない。天音は両手でそっと要の頬に触れた。「ないわ。蓮司に着替えを持って行ったことなんてない。使用人がたくさんいたから。カフスボタンを留めてあげたこともない。蓮司は私に、何もさせてくれなかったの。私は彼の妻と
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第480話

天音は驚きに目を大きく見開き、尋ねた。「結婚するなってこと?基地に戻ってコンピューター部門の責任者になれって言ってるの?私が基地を出てから、何か大変なことが起こったの?」「もし本当に何か大変なことが起きたら、君に『俺と一緒に来てくれ』って言ったら?」要は天音の目を見つめた。天音が全く理解していないので、要は彼女の話に合わせるしかなかった。「一緒に行くわ」天音はそう言って外へ向かった。要の胸が高鳴った、その時、天音は続けた。「結婚式なら、延期できるから」要の表情は曇り、天音の姿が少しずつ視界から消えていくのを見つめていた。天音はつぶやきながら階下へ降りていった。「でも、あの時、どうしてすぐに帰っちゃったの?基地のことは片付いたの?片付いたなら、結婚式に出席すればよかったのに。あなたは知らないでしょうね。あの結婚式で、私はまるで結婚式に招待されたお客さんみたいだったんだから。みんなからの祝福は、全部蓮司へのものだった。私たち二人の結婚を祝う言葉より、蓮司が結婚すること自体を祝う言葉の方がずっと多かったのよ」天音は階段を降り、その目から次第に光が消えていった。そうか、彼女は蓮司とのこと、こんなにもはっきりと覚えているのか。要は長い間、そこに立ち尽くしていた。しばらくして、天音が息を切らしながら服の山を抱えて戻ってきた。頬を赤らめながら、「あなた……どれにする……」と言った。天音が寝室に入ると、要が電気をつけた。天音は服をソファの上に置いた。要が近づいて見ると、パジャマやシャツ、ズボンがごちゃ混ぜになっていて、その真ん中に自分の下着があった。そして、また天音のつぶやきが聞こえた。「あなたの身の回りのお世話をしてるのは、誰?」要は天音の隣に立った。シャツの袖が、天音のネグリジェの袖にそっと触れた。要は顔を傾けて天音を見た。彫りの深いハンサムな横顔。引き締まった顎のラインが緊張しているように見えた。「ん?」天音は、何かがおかしいと感じていた。確かに、以前、使用人が蓮司の下着にアイロンをかけているのを見たことがある。その時は何もおかしいと思わなかった。なのに、どうして今は要の下着に誰が触れたのか、少し気になってしまうのだろう?「何がだ?」要は重ねて尋ねた。「ううん、なんでも
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