All Chapters of 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。: Chapter 451 - Chapter 460

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第451話

天音は涙を流しながら、声を詰まらせて言った。「ううん」何かを言おうと動かした唇は、すぐに要の唇で塞がれた。激しく深いキスは、今までとは全く違っていた。天音はただ、それを受け止めるしかなかった。要のキスは、天音の心をかき乱す。突き放そうとした手は、要に捕らえられてしまった。天音は耐えきれずに、甘い吐息を漏らした。要は唇を離すと、天音の額に自分の額を押し当てた。荒い息遣いが、熱を帯びた空気と共に彼女の吐息を奪った。要の圧倒的な存在感が彼女を包み込む。車内には、甘さと冷たさが入り混じった空気が漂っていた。それは優しさのようでいて、どこか冷ややかでもあった。要のこんな姿は、初めてだった。いつも静かな瞳に、情熱と怒りの炎が揺らめいている。彼の体は、まるで火照っているように熱い。天音が恐ろしくなって後ずさると、要はさらに一歩近づいてきた。「はっきり言え。何をしに行くつもりだったんだ?」そう問い詰めると、天音は視線を逸らした。そして、再び唇を塞がれ、息が詰まる。要の腕の中で、天音はもう抗う力もなかった。要が好きにするのを、ただされるがままになって、ぼんやりと見つめていた。車が停まると、天音は要に抱きかかえられて外に出た。そこは香公館だった。想花が由理恵と遊んでいて、彩子が食事の支度をしていた。天音が想花の小さな頭に触れようとした瞬間、その手を要に掴まれた。要は天音を三階まで抱えていくと、ソファの上に座らせた。涙を拭おうと手を伸ばすと、天音は顔を背けてそれを避けた。「行かせて」天音は低い声で言った。強引に顎を持ち上げられ、甘い口付けが落とされる。彼女は彼の唇を噛み切りそうなほど強く噛みついた。たちまち血の味が口の中に広がった。要は唇を離すと、大きな手で天音のお尻を軽く叩いた。まるで、いたずらっ子を罰するみたいに。天音の小さな顔は、一瞬で真っ赤になった。「風間と一緒になるつもりか?」要は尋ねた。天音はきょとんとして、首を横に振った。「食事が終わったら、行かせてやる」天音は驚きに目を大きく見開き、その冷たい眼差しと目が合うと、涙がどっと溢れてきた。要は天音を抱きしめ、その小さな顔を両手で包み込んで涙を拭ってやった。「行かせてやるって言ってるのに、どうし
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第452話

カタ、カタと音がした。「困った子だな」要は想花の乱れた柔らかな髪を撫でた。想花はうなずき、さらに大きな音を立てた。外から暁が誰かを連れて入ってきた。「要さん、加藤さんは……」暁が、「早く言え」と浩二を促した。「加藤さんが今朝、お電話をくださったんです。重婚についてのご相談でした」浩二は要の冷淡な視線を受けると、依頼人のプライバシーを守るという弁護士としての信念をかなぐり捨て、全てを白状した。「加藤さんは風間さんとの離婚手続きが完了していませんでした。二年以上の別居期間があっても、離婚には相手の同意が必要です。もし同意が得られない場合は、家庭裁判所に申し立てることができます」要の表情がみるみる険しくなっていくのを見て、浩二は続けた。「加藤さんは重婚の事実が公になることを恐れて、訴えを取り下げたようです。先ほどお電話をいただき、離婚協議書を作り直すよう頼まれました。彼女の息子さんの親権を取り戻したい、と。加藤さんは、きっと風間さんと何らかの取引をしたのでしょう」蓮司はあの時、叢雲の身分の件だけでなく重婚の件でも天音を脅したのだ。だから彼天音は帰ってきてから、あんなにも様子がおかしかったのだ。暁が報告した。「隊長、加藤さんは隊長が飲んでいた漢方薬に、子供ができなくなる成分が混入されていたことを知っています。おそらく風間社長が藤田先生とグルになってやったのでしょう」さらに暁が続けた。「野村さんによれば、加藤さんはそのことを知ると、激怒して飛び出していったそうです」激怒して出ていったはずが、一緒に食事をしていた、か。要の声が、一段と冷たくなった。「場所はどこだ?」「ロールスロイスは半山別荘に入りました」と暁が答えた。「特殊部隊の隊員たちが外で待機しています」その時、暁の携帯がまた鳴った。「隊員からの報告です。別荘にもう一台車が入ったとのことです。以前、加藤さんのカウンセリングを担当していた花村先生です。様子がどうも不審だったと」……深く眠らされた天音は、蓮司によって一人用ソファの上に横たえられた。花村医師はアロマオイルを香らせると、天音のそばに座り、その手を握った。そして、天音の耳元で昔の出来事を優しく言い聞かせた。「あなたは桜華大学を卒業し、風間社長と結婚しました。そして大智くんを産
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第453話

要は天音の顔をじっと見つめた。彼女は落ち着かない様子で、まだ本当のことを言おうとしていないようだった。「やめて!」天音は要のシャツの襟をつかみ、ほとんど懇願するように言った。「もう殴らないで!噂になったら……」「噂になったら、どうなる?」「あなたの評判が悪くなるわ。あなたにとって評判は大事なものでしょ」要は天音の手を掴んだ。「俺のことが、心配か?」天音は慌てて頷いた。蓮司は殴り倒されたが、なんとか体を起こして立ち上がった。冷たい声で言う。「この家には至る所に監視カメラがある。傷害罪で捕まるぞ。お前はもうおしまいだ……」要は天音だけを見つめ、平然とした様子で言った。「俺はおしまいだ」天音の涙が要の手のひらに落ちて、怒って要を押した。「どうしてこんなことするの!どうして?」必死で要を守ろうとしているのに、彼はそれをいとも簡単に台無しにしてしまった。天音が要を突き放して後ずさると、彼はその手を掴んで、じりじりと追い詰めた。「どうしてって、何がだ?」彼はまるで分かっていないという顔で、彼女を壁際に追い詰めた。苛立つ彼女を見ていた。「どうして自分の評判を落とすようなことを!どうして……私は……」天音は泣き崩れ、力いっぱい要を押した。要は天音に近づき、腕の中に抱きしめた。要は天音に顔を寄せた。「君が?」蓮司は手の中の携帯をかざした。「もうすぐ警察が来る。おしまいだぞ、遠藤」蓮司の言葉に、天音はさらに取り乱した。彼女は両手で要の襟を強く掴む。「パソコンを貸して」「何をする気だ?」「ここの監視カメラのデータを消すの。貸して……早く……」要は天音を抑えつけて、行かせなかった。「要!」天音は狂ったように彼を押しのけた。「どうしてこんな酷いことするの。私はあなたを守ろうと、必死で問題を解決しようとしてたのに。どうして自分を……」「君は、何をした?」「私……私……」涙がとめどなく天音の目からこぼれ落ちる。「私たちの結婚は無効なの……私はまだ、蓮司の妻なのよ」天音は要の胸に顔を埋め、わっと泣き崩れた。要は天音を腕に抱きしめ、息を落ち着かせた。天音の張り詰めていた神経は完全に解きほぐされた。大きな手で天音の背中を優しく撫で、耳元で囁いた。「悩みがあるなら、こうやって俺に話せばいい
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第454話

車の中。天音は窓際に座っていた。呆然と要を見つめて聞いた。「私たち、結婚してなかったの?」そしてまた、「いや、そんなはずない」と呟いた。「だって、ちゃんと婚姻届を出したはずなのに」要は天音に近づき、その小さな顔を手で持ち上げた。「まずは君の話を聞かせてくれ。風間に何を脅されたんだ?」天音は要の手を押さえ、視線を逸らした。「何でもないわ。ただ……一日、一緒にいてほしいって……」天音は腕時計に目をやり、強がるように言った。「もうすぐ十二時よ。それを過ぎれば、蓮司がサインした離婚届を渡してくれるはずだった。あなたがいなくても、私一人で解決できたのよ。私の話は終わり。次は婚姻届のこと、教えて」要は、後ろめたさと意地が入り混じった天音の顔を見つめ、静かに目を細めた。そして、淡々とした口調で言った。「池田さんにも、そばにいてほしいと言われた」要は、天音が驚きに目を大きく見開き、その瞳に深い悲しみが宿るのを見た。だから、今夜は智子と食事をしていたんだ。天音は俯き、手は要の大きな手からそっと滑り落ちた。窓の外の夜景に目をやりながら、天音は尋ねた。「彼女にも、脅されたの?」「ああ」要は大きな手で天音の両肩を掴むと、彼女の体を自分の方に向けさせ、その小さな顔を持ち上げた。天音の瞳から溢れた涙が、要の手のひらに落ちた。「どうして泣くんだ?」要も腕時計を見やった。「君たちを送っていく。大智くんを寝かしつけたら、君も早く休め。俺は……」要はわざと言葉を区切り、天音の目が真っ赤になり、涙が堰を切ったようにこぼれ落ちるのを見つめた。「明日の朝六時には戻る」要は心を鬼にした。天音の視界は、涙で滲んでぼやけていた。温かい手が離れていき、体も遠ざかっていくのを感じた。天音は、玲奈との約束と、澪の言葉を思い出した。俯いて、必死に耐えた。でも耐えきれず、手を伸ばして要の袖を掴んだ。悲しみに染まった彼女の美しい顔から、涙がこぼれ落ちた。潤んだ瞳で、彼女は震える声で言った。「行かないで」要はたまらなくなり、大きな手を天音の腰に回して強く抱きしめた。熱い吐息が彼女の嗚咽を飲み込み、唇のすぐそばで囁いた。「俺を信じられないのか?」天音は要の肩に顔をうずめ、何も言わなかった。「池田さんが俺
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第455話

要の視線が揺らめき、天音の唇にキスをする。「あの件はもう解決済みだ」天音は要を押しのけて言った。「池田さんと食事して、それで解決したっていうの?」要は笑い、天音にキスをした。そして、優しく答えた。「ああ」天音は力いっぱい要を突き放し、ぷんぷんしていた。要は天音の腰に腕を回し、ぐっと抱きしめる。「二度とこんなことはない」要の胸に顔をうずめながら、天音は言った。「私が悪かったわ」要は天音の顔を持ち上げた。その眼差しは優しく、そしてどこかホッとしたようだった。「成長したな」ついに天音は、自分に向かって一歩踏み出したのだ。要は、天音が蓮司と一緒にいた頃、どんな様子だったかを知っていた。天音は蓮司に頼りきって、心の底から信頼していた。でも、自分と一緒にいる時は違った。いつも周りのことを気にし、ためらっている。要は天音にキスをしながら、その大きな手をそっと彼女の胸に置いた。彼女の心を掴むのは、本当に難しい。要は天音の耳元で囁いた。「国内じゃ婚姻届出してないけど、海外で必要な手続き全部済ませて、ちゃんと結婚してるんだ」助手席に座る澪は、後部座席の物音を聞きながら、両手を握りしめ、爪が食い込むほどだった。嫉妬の炎が、今にも燃え上がりそうだった。こんな要は、見たことがない。皆の前では、要はいつも高圧的で冷淡だ。優しい言葉一つ、彼の口から聞くことなんてなかった。しかし、天音の前では、彼はまるで別人のように優しくなる。要の妻の座は、本来は自分のものだったはずなのに。この二人が突然結婚を決める前、暁と達也は、要に自分と結婚するよう勧めようとしていたのだ。優しくされるべき相手は、自分だったはずなのに。澪は、胸が張り裂けそうで、息をするのも苦しかった。天音はいつも要に面倒ばかりかけている。天音は要を愛してなんかいないし、要のことを考えたこともない。ただ、要の保護が欲しいだけなんだ。だからこそ、あの離婚届があったのだ。澪はもう、それを見つけている。隊長の人事異動の発表が終われば、二人の離婚届が有効になるはずだった。それなのに、隊長はどうして急に暁に離婚届を破らせたんだろう。彼女はシュレッダーにかけられた離婚届を拾い集め、繋ぎ合わせた。離婚しないつもりなの?澪の心はジェットコ
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第456話

大智は警戒しながらも、うなずいた。「子供として俺と話したいか?それとも、男として話したい?」要の突然の質問に、大智は一瞬言葉を失った。「僕はもう子供じゃないんだ」大智は得意げに言った。「それは良い」要は微笑んだ。「これからは君のママと妹を守るのも君の役目だ。俺も少しは楽ができるよ」要はソファにもたれ、珍しくくつろいだ様子を見せた。そのおかげで、緊張していた大智の心も少しほぐれた。「これから君が18歳になるまで、ママと一緒に暮らすことになる。もちろん、もし君のパパのところへ戻りたくなったら、君のママと相談すればいい」「嫌……」大智は慌てて要の言葉を遮った。要は少し間を置いてから、静かに言った。「俺が話している時は、黙って聞くだけだ。話し終わってから、君が話す。それがここのルールだ。ここにいる以上は、俺のルールに従ってもらう」大智は真剣な表情で要を見つめた。叔母からは、ママのそばにいたいなら要と仲良くしないとダメだって言われてたんだ。でも、要の言うことなんて聞きたくない。ましてや、ご機嫌取りなんてしたくなかった。想花は要が赤ん坊の頃から育ててきた、生まれながらにして彼の子供だった。しかし大智は……しばらくは、悩まされることになりそうだ。「君が話す時は、俺も口を挟まない」要は言った。大智は少し驚いて、要を見た。大智と蓮司の関係は、対等だったことは一度もない。蓮司の子供というより、むしろ囚人のようだった。大智はいつも間違っていて、天音を喜ばせた時だけ、蓮司に褒めてもらえた。その頃は、天音のことが大嫌いだった。いつも、ママなんていなくなればいいのにと思っていた。そしたら、パパがもう少し優しくしてくれるんじゃないかって。でも大きくなって、いろいろなことを勉強して、わかったんだ。悪いのはパパの方で、ママには関係ないんだって。その時、暁が外から入ってきて、プレゼントの箱を持っていた。要はそれを大智に手渡した。「開けてみて。気に入るか?」大智はそれを受け取って開けてみた。中にはサッカーボールが入っていて、なんと、有名なサッカー選手のサインまで入っていた。大智は驚いて要を見上げた。彼は驚いた表情で要を見た。サイン入りのサッカーボールを持っていなかったからではない。
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第457話

大智はどうしていいか分からなかった。パパをがっかりさせたくないし、ママを悲しませたくもなかった。大智は電話を切って、蓮司の電話番号を着信拒否にした。その夜、大智は何度も悪い夢を見た。夢の中ではいつも蓮司に問い詰められていた。「パパとママと一緒にいたくないのか?家族みんなで暮らしたくないのか?」いつからだろう、パパが悪い夢の原因になるなんて。天音は朝早くに目が覚めたけど、要の姿は見えなかった。着替えて顔を洗い、急いで一階へ下りると、要が書斎で書類に目を通していた。暁、達也、澪、桜子たちが慌ただしく出入りしていた。とても忙しそうだった。天音はドアの前でためらい、立ち止まった。「ここまでだ」要が書類を置くと、他の人たちは部屋から出て行った。天音が書斎に入って要のそばに立つと、彼は天音の手を掴んで、自分の腕の中に引き寄せた。澪が書斎のドアを閉めようとした時、要が天音の顔を両手で包み込み、キスをしているのが見えた。天音は要のキスを受け入れながらも、しばらくためらった。「田村さんが松田グループから招待状を受け取った。感情のやりとりや、デジタルツインとか最先端のAI研究の発表会らしいの。死んだ人を『転生』させる技術よ。私、行ってもいいかな?」要は天音を離した。「それを言うためだけにか?」天音は少し複雑な気持ちだった。要にあまり干渉するべきじゃない。そんなことをしたら、まるで要の妻みたいだから。でも、どうして昨日の夜、要は自分の部屋にいなかったんだろう?智子に会いに行ったの?天音は結局それを聞けず、代わりにこう尋ねた。「大智は?」「二階だ。もう起きているだろう」要は素っ気なく答えた。「ここにいるのは二週間だけ。それが過ぎたら、子供たちを連れて自分の家に帰るから」天音は、何気ないふうに言った。要は答えず、天音の手を引いた。「朝ご飯、食べに行くか?」「うん……」要に手を引かれながら、天音は彼が昨日と同じ、シワだらけの服を着ていることに気づいた。要の服はいつも白いシャツに黒いズボンで代わり映えしないけど、よく見ると生地の模様が違っていた。カフスボタンも同じままだった。天音は表情を曇らせ、要の手から自分の手をそっと抜いた。「二階で子供たちを呼んでくる」逃げるよ
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第458話

「着く少し前に、子供たちと先に降りて、別々に行かない?」要はハンドルに軽く手をかけ、落ち着いた姿勢で座っていた。朝日を浴びて輝く端正な顔で、彼は笑った。「校長先生が想花の父親に会いたいと言ってきたんだ。想花が学校で友達を叩いたらしいぞ」天音はきょとんとした。「二歳そこそこの子が、せいぜい喧嘩でしょう?きっと先生の監督不行き届きよ。想花が人をいじめるなんて……」信じられない。あんなにかわいい子が、まさか……その時、車の後ろから悲鳴が聞こえた。天音が振り返ると、想花が大智の髪の毛を引っ張っていた。「想花、手を放して!」天音は見ていられなくて、思わず想花を叱りたくなった。大智はいつからこんなにおとなしくなったの?大智は優しく想花の手を払い、優しく言った。「想花ちゃん、そんなことしちゃだめだよ」想花は唇をとがらせた。「パパ、嘘つき」天音が要を見ると、要は何のことかわからないという顔をしていた。「想花、パパは嘘なんてついてないだろ?」「パパは私だけって言ったもん」想花は大智を指さした。「じゃあ、このお兄ちゃんは誰の子なの?」天音はハッとした。想花はまだ小さいから、これまで詳しい話はしたことがなかったのだ。「あなたたちは……」父親が違う?大智の憂鬱そうな視線を感じ、天音は言葉を詰まらせた。想花は最近、なんでも知りたがる時期だった。きっと、「なんでパパが違うの?」って聞かれてしまう。そうなれば、次から次へといろんな質問をされるに違いない。その時、天音の手は要に握られた。「手を出すのはいけない。この件は、後で説明する」要は少し厳しい口調で言った。「謝りなさい」想花はうつむいて、大智に言った。「お兄ちゃん、ごめんなさい」大智は想花の頭を撫で、「大丈夫だよ、想花ちゃん」と優しく言った。天音は想花が泣くかと思ったが、想花は急に要を睨みつけた。「夜、おうちに帰ったら、パパはすぐに説明してね」本当に、要のことを全く怖がっていない。要は静かに頷いた。天音はそこに座ったまま、信じられないという顔で要を見つめていた。車の中ではずっと、大智と要がサッカーの話で盛り上がっていた。二人はとても仲が良さそうに見えた。車が到着すると、校長が自ら門のところで出迎えてくれた。「ようこそ
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第459話

要は天音の小さな顔を両手で包み込むと、キスする前に囁いた。「天音、俺は昨夜、書類に目を通していて、徹夜したんだ」天音は驚いて要を見たが、すぐに抱きしめられ、キスされた。要は天音を抱きしめた。ひどく疲れているようだったけど、彼女の手を握り、優しく語りかけた。「大智くんがここにいるだろ。その子に悪い印象を残したくないんだ。だから君に誘われても、三階には行けない」天音は要の腕の中から体を起こした。要の目の下に濃いクマができているのを見て、胸はきゅっとなった。天音は両腕を要の首に回し、彼の肩に顔をうずめた。心は温かい気持ちでいっぱいになったのに、口からは、「誰が誘ったっていうのよ」と不満そうな声が漏れた。要が顔を傾けてキスしようとすると、天音は顔をそむけた。そのキスは天音の鼻先に落ち、目元に触れ、そしてまた彼女の唇へと戻ってきた。大きな手が天音の腰をなぞり、後頭部を支えながら、要は執拗にキスを続けた。「誘うのか、誘わないのか?」彼の情欲が抑えきれず、掠れた声で囁きながら、天音に口づけを落とした。彼女のくぐもった声での返事を聞いて、ようやく要は満足した。要は天音の身なりを整えてから、車から降ろした。天音のベンツは、暁が運転してきて、すぐ後ろに停まっていた。彼は運転席のドアを開けて彼女を座らせ、ウェーブのかかった長い髪を優しく撫でた。「行きたいなら、行っておいで。あまり目立つようなことはするなよ」天音は振り返った。要が松田グループからの招待のことを言っているのだと分かった。「もし、お母さんの姿を復元してくれるのなら」要は腰をかがめ、天音の唇に名残惜しそうにキスをした。「それなら、復元すればいい」少し離れた場所に、一台のロールスロイスが停まっていた。蓮司もまた、徹夜だった。息子に連絡先をブロックされ、学校まで来たのに、息子と娘が要たちに護衛されて校門を入っていくのを見るしかなく、まったく近づく隙もなかった。蓮司はやつれた様子で、天音が他の男と親密にキスを交わすのを見ていた。胸が張り裂けそうだ。ベンツが走り去った。蓮司はゆっくりと車を運転し、後を追った。一瞬、車で追突して天音の車を無理やり停めさせ、彼女を連れ去り、自分の家に永遠に閉じ込めてしまいたい、そんな衝動に駆られた。しかし
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第460話

天音は睦月の手を握りしめ、冷たい目で言った。「母を侮辱するのはやめてください」「おばあさん、いったい何をしてるんですか?」大輝は驚いて顔色を変え、天音に言った。「天音、おばあさんは噂を信じ込んで、誤解してるんだ。叔母さんはそんな人じゃないし、お前もそうだ」天音は睦月の手を離した。睦月は皮肉っぽく笑った。「侮辱って?私は恵梨香の母親よ。恵梨香を生んで育てた私が、彼女のことを一番よく知っている」睦月はバッグからアルバムを一冊取り出し、天音に差し出した。「これを見れば、あなたの母親がどんな人間だったか分かるでしょ」大輝が睦月の手を抑えた。「おばあさん、何か間違えているでしょう」大輝には、睦月が何をしているのかさっぱり分からなかった。家を出る前に話していた内容と全然違う。天音に会うのを、あんなに楽しみにしていたはずなのに。「あんたなんかに、松田の家には絶対入れさせないから。松田家の栄光に泥を塗るような真似は許さない。あなたも、あなたの母親も、松田家には相応しくないんだわ!」睦月は威圧的に言い放った。天音は、これほど無礼な言葉をぶつけられたことはなかった。相手が年寄りであっても、母のことまで言われるのは我慢ならなかった。天音は冷たく言い放った。「私の苗字は加藤です。松田家の人間ではありません。今日ここに来たのは、発表会に招待されたからです。あなたに会いに来たわけじゃありません」「誰が招待したの!松田グループの発表会に、あなたの来る場所はないわ!」睦月は冷たい態度で、有無を言わさず追い出そうとした。天音は恵梨香のAIホログラムを見つめた。このまま帰りたくはなかった。「そんなに母を憎んでいるのなら、どうして松田グループは母をモデルにしたAIを作ったんですか?」睦月は一瞬言葉を詰まらせ、複雑な表情を浮かべた。しかし、声には、交渉の余地などはなかった。「恵梨香を憎んでいても、彼女は私の娘よ。娘の姿を使おうが私の勝手。あなたには関係ないことだわ」「おばあさん!」大輝は声を荒げた。「いったいどうされたんですか?天音に会って、孫として迎えるのを楽しみにしていたじゃないですか!」「孫として迎える?」睦月は冷たく笑った。「彼女にその資格があるとでも?恥知らずにも、人の夫を奪っておいて。結婚した後も、前の夫とズル
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