綾香が帰る時、青海はわざわざ下まで降りて彼女を見送った。彼が何か口を開くより先に、綾香は自分の車を指差して言った。「もういいの、早く帰って」 「ちょっと待って」 青海はふいに彼女を呼び止めた。少しだけ歩み寄り、頭の中で言葉を選んでから、ゆっくりと口を開いた。「さっき、母さんが言ったことだけど……」 「私たちは友達よ」 綾香は赤い唇をわずかに吊り上げ、気にも留めない様子で笑ってみせた。「親世代の言葉なんて、ただの冗談みたいなものじゃない。全然気にしていないし、そんなことで長年築いてきた友情にヒビが入るようなこともないわ」 その言葉には、つけ入る隙が微塵もなかった。 だからこそ、青海にそれ以上の言葉を継ぐことを許さない。 その裏に込められた意味とはつまり、 親が言う分には冗談として聞き流すし、これからも良き友人でいられる。だが、もし彼までもがその話題に踏み込んでくれば、もう友達でさえいられなくなる、ということだ。 それを聞いた青海は、口元を次第に真っ直ぐな一文字に結んだ。やがて、半分探りを入れるように、半分冗談めかして口を開いた。「凄腕の綾香弁護士ともあろう人が、まさかまだ見込みのない恋にしがみついているわけじゃないよね?」その相手が誰のことなのか、彼ははっきりとは口にしなかった。しかし彼にも綾香にも、それが誰のことかは痛いほど分かっている。 綾香も誤魔化すような真似はせず、ふっと口元を綻ばせた。「海人?彼とはそもそも住む世界が違うわ」 すっかり夜の帳が下り、冷たい風が身を切るように吹き抜けていく。 背後の曲がり角のあたりで、喧嘩に負けたらしい野良猫が威嚇するような鳴き声を残して、遠くへ逃げ去っていく気配がした。 綾香は少し言葉を切ると、淡々とした声で続けた。「でもね、誰かをパートナーに選ぶとしたら、愛情はもちろんだけど、家柄の釣り合いも譲れない。どっちか一つでも欠けてたら無理ね」非常に分かりやすい理屈だった。海人との可能性を否定すると同時に、青海との可能性をもきっぱりと切り捨てた。 海人とは、家柄が釣り合わない。そして青海に対しては恋愛感情など微塵もなく、どこまでいってもただの純粋な男友達でしかない。それを聞いても、青海は少しも落胆する素振りを見せず、むしろ安堵したよう
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