「社長、安東さん……!烏山さんが今朝、奥様に会いに行ったんです!」ボディーガードの慌てた声が病院の廊下に響き渡り、まるで雷のように空気を裂いた。洋太は一瞬、目の前が真っ暗になる。そして、横に立つ秀一の顔を見るのが怖くなった。なにしろ、今日は「絶対に佳苗は暴走しない」と自分が言い切っていたのだ。それなのに、このざまだ。洋太はボディーガードの胸ぐらをつかみかける勢いで問いただす。「どういうことですか?なんで烏山さんが奥様のところに?」「俺たちも本当にびっくりして……奥様が展示会の会場へ向かう道で、烏山さんがいきなり車椅子で飛び出してきたんです。二人のやりとりを見てたら、奥様と烏山さんがどうやら前から顔を合わせていたと気づきました」もうひとりのボディーガードも口ごもりながら続ける。「おそらく昨日、奥様が病院で……俺たちが外で待ってる間に、烏山さんと鉢合わせしたんだと思います」昨日、玲が病院で会っていたのは弘樹だけ――彼らはそう思い込み、まさか佳苗までいるとは思ってもみなかった。秀一は黙って二人の話を聞いていたが、もはや表情は凍りついていた。なんなら、ボディーガードたちが第一声を発した瞬間から、彼の周囲の空気が一気に冷え込み、握りしめたスマホは、今にも歪みそうなくらいきしんでいる。だが今は、ボディーガードを責める暇も、洋太を叱る暇も、まして自分を責める暇もない。秀一は三人を押しのけ、そのまま病院を出ようとした。だがその瞬間、廊下の先に影が立ちはだかった。厚く包帯を巻いた手を前に突き出し、秀一の行く手を塞ぐ男――弘樹だった。「烏山佳苗って、誰のことだ?」空気が一瞬で凍りつく。洋太は思わず叫びそうになった。……血の雨、ほんとうに降った。玲と佳苗が遭遇しただけでも最悪なのに、今度は秀一と弘樹が正面衝突。しかも弘樹の様子からして、近くに潜んでいて一部始終を聞いていたと考えるのが自然だ。いきなり「佳苗」の名前を出して核心を突いてきたあたり、たちが悪い。ただ、弘樹がここにいること自体は不自然ではなかった。昨日から広まっていた「弘樹が手を怪我した」という噂は、藤原グループ傘下のこの病院から流れたものだ。その後、綾が病院で騒ぎを起こし、「弘樹は私のために怪我したの!」と嘘までついた。かつて秀一は綾への罰として、藤原グループ
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