Lahat ng Kabanata ng そろそろ別れてくれ〜恋焦がれるエリート社長の三年間〜: Kabanata 551 - Kabanata 560

561 Kabanata

第551話

「いや、俺が急いで帰りたいのは、ただ玲に会いたいからだけじゃない」友也の言葉を聞き、秀一は表情を引き締め、低い声で続けた。「さっき、茂が捕まって、美穂が連れて行かれたあの瞬間から胸騒ぎがするんだ。玲に何かあったんじゃないかと……」愛し合う者同士なら、離れていても心は通じ合う――よく、そう言われる。今もなお、秀一と玲のあいだには、拭いきれないわだかまりが残っていた。それでも秀一は、自分の想いが一瞬たりとも玲から離れたことはないと、はっきり感じている。だからこそ、胸に嫌な予感が芽生えたその瞬間、病室で計画の成功を喜ぶ暇もなく、彼は外へ飛び出した。――玲は今、きっと自分を必要としている。そう確信していた。車を運転しながら、友也は首を傾げる。「秀一……流石に考えすぎじゃないか?玲さんは毎日、家で安静にしてるんだ。何か起きるはずないだろ」「わからない。だが、俺の直感は外れたことがない」秀一は眉間に深く皺を刻み、運転席を鋭く睨みつける。「まともに運転できないなら、今すぐ降りろ。俺が代わる」「ちょ、ちょっと待って!ちゃんと飛ばすから、追い出さないで!」実のところ、友也自身も雨音に会いたかった。慌てて答えると、意識を運転に集中させ、アクセルを強く踏み込む。次の瞬間、車は矢のように前方へと走り出した。その結果、本来なら三十分はかかる道のりを、わずか十数分で走り切った。車が止まるや否や、秀一はドアを開け、最速で車を降りる。ちょうどそのとき――玄関前で、雨音が鍵を開けようとしていた。二人の姿を見て、彼女は目を丸くする。「え?二人ともどうしたの?玲ちゃんを面倒ごとに巻き込まないように、しばらく会わないって言ってたでしょう?」「それはそうだけど、今日、秀一の計画が大成功して、茂と美穂も――」「……今日、朝から家にいなかったんですか?」次の瞬間、友也の説明を遮るように、秀一が低く問いかけた。その表情に、雨音は一瞬戸惑いながらも、首を縦に振る。「はい。午前中、急ぎの仕事が入って……朝早くに出たんです。でも出かけるとき、玲ちゃんには声をかけました。仕事を片付けたら帰るから、一緒にご飯を食べようって」玲は雨音と一緒に暮らしているが、自分の面倒がちゃんと見れる大人だ。お腹の子が三か月を越え、体調も安
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第552話

【このまま首都にいれば、きっと彼は、どんな手を使ってでも私を引き戻そうとするでしょう。だからこそ、黙って離れるしかなかったのです。どうか、探さないでください。そして、この決断を、秀一さんには伝えないでください。さようなら。雨音ちゃんの幸せを、心から願っています。玲より】読み終えた瞬間、空気が凍りついたようだった。後から入ってきた友也と雨音も、その場で立ち尽くす。「急に家を出るなんて……玲さん、どうして……」「……藤原さんがすべてを片付けたあと、彼を許せるかどうか、答えが出るって玲ちゃんが言ってたけど……まさか、こんな結論になるなんて」「じゃあどうするんだ?このままじゃ、秀一が一人になっちまうんじゃないか……」友也の言葉に、雨音は静かに首を振った。「それは仕方ないでしょ?玲ちゃんが悩んで、ちゃんと考えて出した答えなんだから、私たちにそれを否定する権利はないよ」玲が黙って去ったことに、親友として胸が痛んでも、雨音は、玲の選択を応援すると決めた。その間、秀一は一言も発さなかった。ただ、黒い文字を見つめ続け――やがて、大きな手が静かに握り締められる。紙は、音もなくくしゃりと歪み、彼の掌の中へと丸められた。……いつの間にか、澄み切っていた空に黒い雲が集まり始めた。まるで、ひととき静まっていた世界が、再びすべてを飲み込む嵐を蓄え始めたかのようだった。玲が朦朧とした意識の中で再び目を覚ましたとき、耳元には絶え間なく打ち寄せる波の音が響いていた。ぼんやりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは――まさかの海と島の景色だった。夜の海は、青というよりも黒に近い深い色を帯び、まるでいつでも人を飲み込めそうな巨大な獣のように静かにうねっている。その光景に、玲は思わず息をのんだ。次の瞬間、背後から聞き慣れた男の声がかかる。どこか優しさを含んだ声だった。「玲、目が覚めたんだね。もう丸一日、何も口にしていない。まずは少し食べよう」言葉と同時に、料理の香りが背後から漂ってきた。玲は慌てて振り返る。そこに立っていたのは、やはり弘樹だった。だが、その姿は少し変わっていた。無精ひげはきれいに剃られ、いつも疲れ切っていた顔つきも、不思議なほどすっきりとしている。まるで、数年前に戻ったかのようだ。玲が一番よく知っていた頃
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第553話

パシッ!乾いた音が空気を切り裂いた。弘樹の言葉が終わるより早く、平手打ちが彼の頬に重く叩きつけられる。一瞬、周囲が異様なほど静まり返った。弘樹は衝撃に耐えきれず顔を横に向け、唇の端から赤い血が滲む。だが、玲の瞳に燃えていたのは、その赤よりもはるかに濃い怒りの炎だった。弘樹が最初の一言を口にした瞬間から、彼女は殴りたくて仕方がなかったのだ。衝動は、もう抑えられなかった。玲はそのまま弘樹の胸元を掴み、震える声で叫ぶ。「弘樹、いい加減に目を覚ましなさい!こんな島に私を閉じ込めて……私を何だと思ってるの?あなたのおもちゃ?それに、この子は秀一さんの子よ。あなたのじゃない。勝手に決めて、生まれたら『お父さん』なんて呼ばせる権利なんてあなたにはないわ!」言葉は、さらに鋭さを増した。「……今のあなた、茂さんと何が違うの?」――茂もそうだった。秀一に「お父さん」と呼ばせようとし、他人の息子を横取りしようとしていた。茂の名前を聞いた瞬間、弘樹の穏やかだった瞳が激しく揺れた。彼は反射的に玲の手首を掴み、力を込めた。「玲……俺を、秀一と比べるのはいいけど、茂と一緒にするな!俺は、彼みたいに愛する人を傷つけていない。無理やり追い詰めて、心を壊すようなことも。俺はただ……あの頃みたいに、お前と一緒にいたいだけなんだ。かつて高瀬家で、まだ二人だけだった頃。俺にとって、あれが一番幸せで、一番大切な時間だった」玲は何度も口にしてきた――あの時間は、もう戻らない、と。それでも弘樹は、どうしても手放せなかった。過去に縋りつき、前へ進めずにいた。玲があの頃に戻りたくないのなら、自分が連れ戻せばいい。難しいかもしれないが、弘樹はそれなりの覚悟を決めていた。「ここでの暮らし、慣れるまではつらいかもしれない。不安にもなるだろう。でも、時間が経てば必ず慣れる。この島で、俺と二人で過ごす生活にな。そうすれば、自然と……俺とずっと一緒にいたいって思えるようになるよ」「……」長い沈黙が落ちた。やがて玲は、静かに口を開く。「……あなた、正気じゃないわ」一語一語、噛みしめるように告げる。「これは愛なんかじゃない。あなたは、私を追い詰めてるだけ。茂さんが紀子さんを壊したのと同じように、私を、重度のうつ状態に追い込もうとしてるだけよ。
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第554話

「玲、秀一のことをよくわかってるね。それもそうだ。妊娠中の妻が突然いなくなれば、夫なら誰だろうと焦るし、探そうとする。だからこそ、俺はあらかじめ手を打った」一拍置き、説明を続ける。「お前の筆跡を真似て、秀一に置き手紙を残したんだ。十三年も一緒に暮らしてきたお前のことは、俺にとって宝物のようだった。だからお前の筆跡ももちろん真似できる。まぁ、今の今まで、お前は知らなかっただろうけど。それで、俺はお前の字で、はっきりと書いた。秀一を絶対に許さないこと。今回いなくなったのは、誰かに連れ去られたのではなく、お前自身の意思で姿を消しただけだということ。そして、その意思を尊重して、探さないでほしい、と。玲、お前はいつも言っていただろう?秀一は俺と違って、お前を尊重する男だと。もしそれが本当なら……これから先、秀一はお前を探さない。お前は、俺のそばに残るしかないんだ」そう語る弘樹の胸には、再び甘い幻想が膨らんでいた。玲が怒り、泣き喚く――どんな反応を見せようと、受け止める覚悟はできている。玲は確かに一瞬、言葉を失った。自分が意識を失っている間に、そこまでのことをされていたと知り、胸が詰まる。それでも、彼女は取り乱さなかった。泣き崩れることもなく、ただ静かに弘樹を見つめ、はっきりと言い切る。「秀一さんは私を探してくれるよ。それは、私の意思を尊重しないからじゃない。あなたが残した偽の手紙を、必ず見抜いてくれるから。そして、私があなたに攫われたって事実にも、必ず辿り着く。だから、たとえあなたが私を閉じ込めることができても、私を飼い慣らすことはできない。私は待つ。秀一さんが、私とこの子を迎えに来る、その時まで」その言葉で、弘樹の描いていた未来は、音もなく崩れ落ちた。彼は一瞬、呆然と立ち尽くす。まるで周囲の空気まで凍りついたかのようだった。やがて、荒々しく立ち上がると、何も言わず背を向ける。重い足音とともに部屋を出て行き、バンッという鈍い音を残して、扉は激しく閉められた。一人残された室内。玲はようやく、布団の下で固く握りしめていた拳をほどいた。……弘樹の前では強気に振る舞ったものの、玲自身はそこまで自信を持てずにいた。秀一が必ず見つけてくれる――そう口では断言した。けれど、本当に彼が真実を見抜けるのか、見抜
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第555話

「……弘樹、何をしてるんだろう……」思いがけない音に、玲は足を止めた。立ち去ろうとしていた動きが、そこでふっと途切れる。そして玲は気づいた。弘樹の部屋の扉は、完全には閉まっていないことに。わずかに残された隙間から、室内の様子が覗けた。玲は無意識に、その隙間へ視線を向け――そして、息を呑んだ。そこにあったのは、玲が想像していたような艶やかな光景ではなかった。目に飛び込んできたのは、数えきれないほどの傷だった。長身の弘樹の身体。本来なら滑らかなはずの肌は、無惨にも無数の傷痕で覆われている。刃物で裂かれた跡。鞭で打たれたような線。焼けただれた痕に近いものまで――それらが網の目のように絡み合い、彼の身体を締め付けていた。ほとんどは年季の入った古傷だった。だが、肩には明らかに新しい裂傷がある。十分な処置がされていないのか、赤く腫れ、炎症を起こしていた。弘樹は、その傷に薬を塗り、黙々と包帯を巻き直している。先ほど耳にした、あの押し殺した呻き声――それは、痛みに耐える音だったのだ。誤解だとわかった瞬間、玲の胸を満たしたのは安堵ではなく、それ以上に重く、逃げ場のない衝撃だった。そのとき、弘樹がふと顔を上げた。視線が合い、二人の目が真正面からぶつかる。もう逃げられない。玲は唇を引き結び、観念したように部屋へ足を踏み入れた。「……どうして、こんなことに?茂さんにやられたの?」高瀬家の跡継ぎである弘樹を、ここまで痛めつけられる存在に、他に心当たりはなかった。弘樹は、わずかに頷く。そして、自分の身体を一瞥し、自嘲気味に唇を歪めた。「そうだよ。あの人は、俺が物心ついた頃から、俺を壊すことを楽しんでいた。俺は紀子さんの子じゃないからな。紀子さんを手に入れられなかった鬱憤を、酒と女で紛らわせた。その結果、どこの誰とも知れない女との間に、俺が生まれた。だから、子どもの頃から俺は、息子というより――格好のはけ口だった。機嫌が悪ければ殴られた。機嫌が良いときも、殴られた」弘樹は、自分の腕を示した。「これは……この間できたばかりの傷。秀一に、俊彦さんの酸素チューブを外させる前、興奮しすぎたあの人が、ナイフで切りつけてきた。長年の敵が、ようやく死ぬと思って、嬉しかったんだろう。だから、その興奮を抑えるために、まず俺で発散し
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第556話

「そうだ。お前にこの無様な姿を見せたのは、わざとだった」そう切り出してから、弘樹は少し息を整え、続けた。「玲……これまで俺は、お前に自分の弱い部分を見せたくなかった。この身体のことがずっと引け目で、三年も付き合っていながら、距離を縮めることも、ちゃんと触れ合うこともできなかった。でも、今は違う。傷だらけのままでいいから、俺をそのまま見てほしい。そして――俺が別れを選んだのには、理由があったんだ。それだけは、どうしても伝えたい」弘樹はベッド脇から立ち上がり、視線を逸らすことなく玲を見つめた。「もう気づいていると思うけど、俺が綾と付き合ったのは、好きだったからじゃない。今度こそ、その理由をきちんと話させてほしい」一拍置き、静かに言葉を続ける。「俺がお前を裏切ったのは、弱かったからでも、父に逆らえなかったからだけでもない。一番の理由は……お前の存在だった」弘樹は自分の身体を示すように、視線を落とす。「見ればわかるだろ。父は支配欲が強く、やり方も容赦がない。俺が物心ついた頃から、思い通りに動かすためなら、平気で傷つけてきた。体罰なんて、日常だった。もし俺とお前の関係が、父の計画の邪魔になると知れたら……きっと、お前にも同じことをした。当時、父は俊彦さんへの復讐を考えていて、そのために藤原家と深く関わろうとしていた。できるなら、内側から引っかき回したい――そう考えて、真っ先に目をつけたのが綾だった。俺が彼女と結婚し、藤原家の婿になれば、状況は一気に動く。父は、そう踏んだんだ。最初は、断固として拒んだ。その頃の俺は、もうお前と想いを通わせ、付き合っていたから。殴られて血まみれになっても、他の女と関係を持って、お前を傷つけることだけはできなかった。だが……ある時、気づいた。父の視線が、少しずつお前に向き始めていることに」弘樹は、玲を守るために、あえて人目を避ける形で交際を続けていた。だが、茂は決して油断する男ではなかった。彼が玲に関心を向け始めた頃、弘樹は悟ったのだ。自分と玲の関係がすでに露見し、そして――自分が茂の思い通りに動かない理由が、玲にあることまで、すべて見抜かれてしまったのだと。その瞬間、恐怖が胸を締めつけた。弘樹は、抵抗することも、感情を表に出すこともやめた。への想いを完全に隠し、何も感じていないふ
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第557話

弘樹は、今日、この瞬間のためにすべてを計画していた。隠してきた傷をさらし、胸の内を洗いざらい打ち明けたのも、玲に――たとえ今すぐ許されなくても、もう一度やり直す機会だけは与えてほしかったからだ。もう、茂に邪魔されることはない。綾が横から飛び出すこともない。今なら、自分と玲の気持ちは、きっと通じ合えるはずだ。そして、自分はこれ以上、隠す必要も、取り繕う必要もない。けれど、彼の前に立つ玲は、ずっと黙ったままだった。ふと気づけば、窓の外では海風が荒れ始めていた。波が岸に叩きつけられ、低く、重い音が響く。その音が、なぜか胸の奥を冷やしていく。最初は、哀しげに玲を見つめ続けていた弘樹の視線も、時間が経つにつれ、次第に力を失っていった。――玲の沈黙こそが答えなのだ。そう悟った、その直後だった。玲が、ゆっくりと唇を開いた。声は静かで、しかし揺るぎがなかった。「弘樹……当時、私を守ってくれたことには、本当に感謝してる。あなたが綾と付き合って、私と別れたのも、全部、茂さんから私を遠ざけるためだったってことも、ちゃんとわかった。今、あなたがようやく茂さんの支配から抜け出せたことも……素直に、よかったと思ってる。でも、それと、もう一度あなたと一緒になるかどうかは、別の話よ。どんな事情があったとしても、私が傷ついた事実も、積み重なった現実も、消えるわけじゃない。私が高瀬家のみんなに責め立てられて、家の掟で罰せられそうになったとき、助けてくれたのは秀一さんだった。綾に陥れられて、あなたに傷つけられ、すべてを失いかけたときも……手を差し伸べてくれたのは、やっぱり秀一さんだった。そのあとも、何度も何度も、彼は私の前に立って、守ってくれた。いつだって、私を一番に選んでくれた。だから、弘樹。私が愛しているのは秀一さんよ。これまでも、これからも――秀一さんだけ」かつて雨音は、玲にこう言ったことがある。弘樹に対する気持ちは、恋というより、感謝や依存に近いのではないか。でも、秀一への想いは、間違いなく本物の愛だ、と。そのときは、玲自身も、はっきりとはわからなかった。けれど今、弘樹がすべてを語り、必死に手を伸ばしてきたこの瞬間に、ようやく理解した。弘樹を許すことはできても、もう一度やり直したいとは思わない。一方で、秀一に対しては、許
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第558話

次の瞬間、秀一の視線が窓辺に立つ玲を捉えた。それはまるで、見えない稲妻が空中で一気につながったかのようだった。秀一の沈んだ眼差しは、玲の顔から一瞬たりとも離れない。この数日で明らかにやつれ、顎には無精ひげまで浮かんだその顔は、張り詰めた熱を帯びていた。彼は必死に確かめていた――玲は無事なのか、怪我はないのか。その視線を受け止めた玲は、思わず目頭が熱くなる。こんな秀一を見てしまえば、胸の奥に押し込めていた想いが、溢れ出さずにはいられなかった。二か月以上会えなかった寂しさと恋しさが、一気に押し寄せる。秀一がこれまで自分に隠し事をし、欺いていたことを許すべきかどうか。その答えは、この瞬間、ほとんどはっきりしていた。けれど、突然、別の手が、玲の腕を強く掴んだ。窓辺に立ち、秀一に気づいてもらおうとしていた玲の身体は、ひやりとした胸に引き寄せられる。気づけば、弘樹はすでに服を身につけていた。島まで追ってきた秀一の存在に気づいたのだろう。玲の手を握る力は、次第に強まり、金縁眼鏡の奥の淡い瞳は、真っ赤に染まっていた。「玲……秀一のところへ行きたいんだろう。今すぐ、あいつと一緒にここを出て……俺の人生から、完全に消えるつもりなんだろう?駄目だ……それだけは駄目だ。俺は、お前を失うなんて耐えられない。全部、俺が悪かった。怖くて、弱くて……お前を手放した。父に逆らう勇気がなくて、お前を守る代わりに、綾と一緒になるなんて選択をした……本当は、綾を選ぶのではなく、秀一みたいに戦うべきだったんだ。なのに俺は逃げた……!だから今度は逃げない。玲、今度は絶対に手を離さないから!」弘樹の声は、ついに震え、喉が詰まる。その言葉と同時に、彼は玲を引き寄せたまま、部屋を飛び出した。目指した先は――海だった。「弘樹、何をするの?」玲は、弘樹の行動が、まるで自暴自棄のように思えて、全身が凍りつく。必死に抵抗しようとするが、強引な力に引きずられ、足元が定まらない。その拍子に、ここしばらく落ち着いていた腹部に、鈍い痛みが走った。下へ引き込まれるような不快感に、玲の手が思わず震える。幸い、弘樹はそのまま深いところへ引きずり込むつもりではなかった。冷たい海水が、玲の腹元まで達したところで、弘樹は足を止めた。その背後から、張り裂けるような怒声が響く
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第559話

茂、美穂、綾、そして豪――彼らは一生をかけて策略を巡らせ、命さえ賭しても手に入れられなかった藤原グループ。それを、秀一は今、玲を人質に取られた状況で、何の迷いもなく差し出そうとしていた。その言葉を聞いた瞬間、玲ははっと息を詰める。身体は相変わらず辛いが、それ以上に、海の中に立ち尽くし、ずぶ濡れになりながらも自分だけを見つめる秀一の姿に、胸が締めつけられ、視界が滲んだ。けれど――藤原グループがどれほどの価値を持とうとも、弘樹にとっては、取るに足らないものだった。「秀一。俺が本当にそんなものを欲しがる人間だったら、あれほど大きな高瀬家を、自分の手で壊したりしない」弘樹は険しい表情で秀一を睨みつけると、金縁眼鏡を乱暴に外し、そのまま海へと投げ捨てた。初めて、何の仮面も被らず、剥き出しの目で秀一を見据える。「なぜ来た?あの手紙を見ただろう。どうして、ここまでして追ってくる……!」その言葉を、秀一ははっきりと遮った。「あれは、玲が書いたものじゃないとわかっていたからだ」一語一語、噛みしめるように続ける。「確かに、お前は玲をよく知っている。筆跡を完璧に真似できるほどにな。だが……肝心なところで、お前は玲をわかっていない」玲は、何も言わずに姿を消すような人間ではない。たとえどれほど傷ついても、離婚を考えるほど追い詰められても、きちんと向き合い、言葉で「別れ」と「失望」を伝えようとする人だ。そんな玲が、たった数行の置き手紙を残し、「二度と会わない」と言い残すなどあり得ない。だから秀一は、すぐ弘樹の嘘を見抜いた。それからの数日間、秀一は眠ることも忘れ、玲を探し続けた。黒服の部下を総動員し、さらに二十億という懸賞金をかけ、あらゆる情報網を動かした。そしてついに――弘樹が匿名の海外口座を使って島を購入していた事実に辿り着く。秀一は迷わずヘリに乗り込み、こうして今、命よりも大切な存在のもとへ辿り着いたのだった。しかし、その話を聞けば聞くほどに、弘樹の表情は凍りついていく。玲を掴む手には、血管が浮き上がるほどの力が込められていた。その一方で、玲は静かに唇を緩めた。先ほどまで鈍く痛んでいた腹部も、少しずつ落ち着いていく。玲は弘樹を見つめ、口を開いた。「弘樹……昔は、あなたと秀一は違うって、私がよく言ってたけど、今、あな
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第560話

「玲!」秀一の切迫した声が、すぐ背後から追いかけてきた。今度は弘樹を刺激するかどうかなど構っていられない。秀一は迷いなく深い海域へ踏み込み、弘樹と玲を引き離そうとする。だが玲は、とっさに手を上げた。胸を締めつける不快感を必死に抑えながら、弘樹に向かって低く叫ぶ。「弘樹……あなた、自分は秀一さんみたいになれなくても、茂さんみたいには絶対なりたくないって言ってたよね?でも今のあなた、本当に茂さんと違うって言えるの?茂さんが紀子さんを傷つけているように、あなたも私を傷つけているのよ?」その言葉に、弘樹の動きがぴたりと止まった。玲を強引に引き寄せていた腕の力が、わずかに緩む。だが、彼の目に宿る闇は、先ほどと同じように濃かった。「……お前を傷つけてるのはわかっている。でも、俺はあいつとは違う!俺は……お前と一緒に、命の果てまで行く覚悟ができてるんだ!」「一緒に?そんなこと望んでないわ!」玲は思わず声を荒げた。波に浮き沈みする中で、彼女は逆に弘樹の腕を掴み、力いっぱい平手を打ちつける。「目を覚まして、弘樹!私を道連れにしようとするのは、もう私を引き止められないってわかったからでしょ?だからこんな卑怯な手に出た。でも、もし本当に茂さんと違うって言うなら、私がどうしたいかを聞くべきでしょ?自分の都合だけで、勝手に決めないで!ここに来てから、私はどんな話をしてもあなたは聞いてくれなかった。でも、今度こそちゃんと聞いて欲しい。私は二人目の紀子さんにはなりたくない。わけわからない理由で、命を奪われるなんて、絶対に嫌!もし今日、本当に私を殺したら……あなたは茂さんと同じよ。自分が一番憎んでる人間になってしまうの!」弘樹には、もう穏やかな言葉は届かない。だから玲は、彼が最も憎む存在の名を突きつけ、あえて深く傷つけた。弘樹は、まるで石のようにその場に固まった。頬は赤く腫れ、ついに、玲を見つめたまま、声を失って泣き崩れた。「……玲、俺は納得できない。俺も秀一も、同じような過ちを犯したはずだ。それなのに……どうして、お前はあいつを許して、俺からは離れていくんだ?」なぜ玲は、秀一にはやり直す機会を与え、自分には一度も振り向こうとしなかったのか。その問いに対して、これまで玲は「秀一はあなたと違うから」とだけ答えてきた。だが今、玲は目を逸らさず
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