朝、出社するなり、司野は岩治に花束とギフトの手配を命じた。オフィスを出る際も、岩治は念を押すように繰り返した。「社長、優しくですよ。くれぐれも、優しくです」司野はその忠告を鼻で笑ったが、素羽を迎えに行った時には、口角に自然と笑みが浮かんでいた。冷徹な印象を和らげ、親しみやすい夫を演じるためだ。「プレゼントだ」素羽は差し出された花束を見つめ、それを受け取る。「ありがとう」向かったのはヨーロッパ料理のレストランだった。到着すると、司野は紳士然と車のドアを開け、素羽もまた彼の「お芝居」に合わせて動いた。レストランは司野によって貸し切りにされていた。キャンドル、音楽、赤ワイン、そして生花。欠けるもののない完璧なセッティングは、ドラマで見る「俺様社長のキャンドルディナー」そのものだった。司野は自ら彼女のグラスにワインを注ぐ。「今まで欠けていた分は、これから少しずつ埋め合わせていくつもりだ」彼の自己満足的な「補填」に対し、素羽は一切意見を挟まず、ただ彼の独壇場を静かに眺めていた。——利津は美宜を乗せ、同じレストランへとやって来た。「ここのシェフは、俺がヨーロッパから直接招いたんだ。本場の味が楽しめるぞ」二人が店内に足を踏み入れると、ロビーマネージャーがすぐに駆け寄ってきた。「オーナー、申し訳ありません。本日は須藤様が貸し切りにされておりまして、他のお客様はご案内できないのです」そう、司野が貸し切ったのは、利津の店だった。利津は驚いて声を上げる。「司野が中にいるのか?」マネージャーは頷いた。「はい」「誰とだ?」マネージャーはありのままに答える。「綺麗な女性の方とご一緒です」それを聞いた瞬間、利津の脳裏に一人の顔が浮かんだ。素羽だ。横を見ると、案の定、美宜の顔色はひどく悪くなっていた。「行くぞ。俺が中へ連れてってやる」二人が中に入った時、ちょうど司野が素羽のためにステーキを切り分けているところだった。利津は遠慮なく歩み寄る。「おい司野、水臭いじゃないか。残業だって言ってたのは、これのことか?」素羽はぼんやり考え事をしていたが、その声に驚き、司野と同時に顔を上げた。利津と美宜が並んで現れたのを見ても、素羽の心には波一つ立たなかったが、司野はわずかに眉
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