All Chapters of 私は待ち続け、あなたは狂った: Chapter 231 - Chapter 240

葉月は善二がそう話すのを聞いて、すぐにドアを閉めようとした。しかし善二はさすがに成人男性で、手で押し返すと、葉月は彼の相手ではなかった。葉月はもう阻もうとせず、じっと善二を見つめ、どんな言葉が次に出て来るか待っていた。善二は彼らが離婚したと知って、気絶しそうになるほど怒っていた。正雄と菊代よりも激しい反応を示した。「逸平はどれほど貴重な存在かわかっているのか？あいつと離婚するだって？頭がおかしいんじゃないのか？」善二は頭ごなしに罵り、言葉もひどくて汚らしかった。「はっ？」葉月はまさに善二のことで笑いが出そうになった。「善二、あなたの頭こそおかしいのよ。そんなに逸平が惜しいなら、自分で嫁げばいいじゃない、私と何の関係があるの！」善二は歯を食いしばった。「くだらないことを言うな。離婚したら、清原家は井上家にどれだけのものを返さなきゃいけないかわかってるのか？」葉月は冷静に言った。「それらは元々返すべきものよ」当初、井上家は清原家を助けるために、多額の資金や資源を提供した。清原家も立ち直った今だとしても、正直と言って、全部返すのは到底無理な話だ。「本当に身の程知らずだな。逸平のどこが悪いんだ？男一人つかまえておくこともできないなんて」葉月はドア枠にもたれ、腕を組んだ。「あなたの考えくらい、わかってるわ。逸平と縁が続けば、助けてもらえると思ってるんでしょ？でも、逸平をそんなバカだと思ってるの？」善二の頼りない考えやプロジェクトに、義兄というだけで逸平が投資するなら、まさに大バカだ。彼は平然と言った。「結婚したんだから家族だろう。家族同士で助け合うのが何が悪い？」善二の言葉を聞いて葉月は吐き気がした。「自分をそんなに偉そうに考えないで。それに、もう逸平とは関係ないんだから、助けてもらおうなんて諦めなさい」善二は葉月を見て胸を波打たせ。葉月がドアを閉めようとした時、彼は言った。「ただで三年も寝かせておいて、何の見返りもないなんて。あの時別の人に嫁がせればよかった」葉月はドアノブに触れた指先をひっそりと丸め、一瞬体が硬直し、善二を見た。その眼差しは冷たく、まるで刃となって善二の汚らわしい体を貫くようだ。「私たちは正式な夫婦だった。そんな汚い言葉で表さないで」善二は冷笑した。「向こうはお前が妻だ

食事を終えて外に出ると、突然激しい雨が降り出した。夜風に冷たい風が混じり、震えが止まらないほど寒い。則枝は葉月を抱きかかえながらホテルのロビーに立ち、外の荒れ狂う風雨を見て少し怯えていた。「どうしよう、この雨じゃ外に出るのも怖いわ」しかも二人とも傘を持っておらず、今は出ようにも出られない状況だ。「ホテルのスタッフに傘を貸してもらおう」葉月はフロントへと歩み寄った。「すみません、傘を借りたいのですが……」スタッフは申し訳なさそうに首を振った。「申し訳ございません、傘は全て貸し出し済みです」突然の雨で、ホテルが用意していた客用の傘は全てなくなっていた。葉月は理解を示し、「わかりました、ありがとうございます」とだけ答えた。しかし葉月がそう言い終わると同時に、遠くから声が聞こえてきた。「井上夫人！」ここ数年の習慣からか、葉月は無意識にその声のほうへ視線を向けた。そしてそこには、数日ぶりに見た男と若く愛らしい女性の姿だった。逸平は黒いコートを着ていたが、痩せたせいか、服が少し大きめに見えた。彼もこちらの方を見たが、ちらっと見ただけですぐに視線をそらした。一方、そばにいた杏奈は明るく笑いながら葉月の方へ近づいてきた。葉月は彼女と親しくはなく、何の用かわからなかった。杏奈は葉月の前に立ち止まり、若く美しい顔に明るい笑みが浮かんでいた。「井上夫人、お会いできて偶然ですね」そう言うと、杏奈は後から自分の言葉が間違っていたことに気づいたように口を押さえた。「失礼しました、今は清原さんと呼ぶべきでしょうか？」葉月と逸平が離婚したことは公にされておらず、今でも知る人は少ない。杏奈が知っているのは、おそらく逸平から聞いたのだろう。葉月は軽く唇を曲げ、表情を変えなかった。「どちらでも、お好きにどうぞ」「外の雨がこんなに激しいですし、一緒に帰りましょう。逸平さんに送ってもらいましょう」杏奈がそう言う時、すでに自分を女主人のような立場に置いているようだ。葉月にわからないはずがない。しかし葉月はただ、この方が少し焦りすぎていると感じただけで、怒りやいらだちを覚えるどころか、むしろ少し可笑しく思った。「杏奈さんのご親切には感謝しますが、大丈夫です」逸平が立っている場所は彼女たちから少し離

葉月と則枝は行人から傘を借りたものの、結局少し濡れてしまった。葉月は家に帰ると傘をベランダに置き、すぐにシャワーを浴びた。何にせよ、こんな天気では風邪を引きやすいのだ。それでも、葉月は夜中に熱を出してしまった。気分が悪く、トイレに駆け込んで何度も吐きそうになった。家に解熱剤がなかったため、葉月はベッドに戻り、布団をしっかりかぶった。まず汗をかいて、朝になっても良くならないようなら病院に行こうと思った。葉月はうつらうつらと眠り、10時過ぎになってようやく起き上がる気力が出た。スマホを見て、仕事場からの連絡の他に、則枝からのメッセージも届いていた。偶然にも、則枝も昨夜風邪をひき、今朝は鼻づまりと咳、少しのめまいを感じていた。そして葉月はいっそう則枝を誘って一緒に病院に行くことにした。則枝の状態はまだましで、車で葉月を迎えに来た。「参ったね、二人そろって病気だなんて、どんな悪運よ？」と、則枝が言った。葉月は分厚い白いダウンジャケットを着て、しっかりと身を包んだ。目を閉じて休みながら、「いい親友だもの、苦楽を共にしなきゃ」と口にした。則枝は思わず笑ってしまった。二人が病院に着き、葉月は体温を測ると微熱があった。比べて則枝のほうは状況が良かった。医者は薬を処方し、お湯をたくさん飲んで暖かくするよう伝えた。葉月の方では、医者は薬を出したが、「この薬は妊婦には使えないですけど、妊娠していませんよね？」と念を押した。葉月は反射的に否定しようとしたが、言葉が喉まで出かかって、彼女は突然凍りついた。恐ろしい考えが急に頭をよぎった。医者は葉月の様子を見て尋ねた。「最後に生理があったのはいつですか？」葉月が考えてみると、この2ヶ月ほどは来ていないことに気づいた。この前は色々なことが起こり、その後は菊代が入院していた。それに葉月はこれまでずっと自分の生理周期に無頓着で、完全に見落としていた。則枝は葉月の後ろに立ち、医者との問答を聞きながら、胸がざわついた。「わからないなら、まず検査を受けてください。慎重にしたほうがましです」葉月の心臓は激しく鼓動し、発熱による不快感さえも今の緊張で薄れていた。則枝がそっと葉月を支え、二人は視線を合わせた。互いに不安を読み取った。廊下でしばらく沈

則枝は突然現れた太一を見て、天が崩れ落ちるような気持ちになった。どこにいようとここに現れるなんて、邪魔しに来たの？でも井上逸平の前で言ってしまった以上、言葉を撤回するわけにはいかない。葉月の子だと正直に言うべきか？そうしたら事情はさらにややこしくなるだろう。逸平も複雑な顔で太一を見た。則枝はなぜか逸平の顔に羨望の色さえ見て取った。本当に厄介だ。太一は足取り重く、苦しそうに則枝の前に進み出て、息が荒かった。その目に渦巻く複雑な感情に、則枝は胸が締め付けられた。「則枝……」震える声で、太一は尋ねようとした。自分の子か？と。そうに違いない。則枝が自分以外の男と関係を持つとは信じられない。太一の熱い眼差しに、則枝は本当に終わったと思った。則枝は葉月を見て、また素早く逸平にも目をやった。覚悟を決め、歯を食いしばり、太一の手首を掴んで遠くへ引きずっていった。太一は心が浮き立つような気分だ。自分は父親になるのだ。葉月は則枝が太一を連れて遠ざかるのを見て、唇を動かしたが、どうすればいいかわからなかった。特に今、目の前に逸平が立ち、その視線が自分に向けられているのを無視するのは難しかった。逸平は目の前の葉月を見た。ダウンジャケットのフードに埋もれた素顔は蒼白で、調子が悪そうだ。思い切って聞いた。「体調が悪いのか？」葉月は声に反応して逸平を見た。今また逸平と会うのは気まずく、心臓が速く鼓動している。お腹には逸平との子どもが宿っている。運命のいたずらか、逸平との縁はどうしても断ち切れないようだ。「ええ」葉月は目を伏せた。「ちょっと風邪気味だけだわ」逸平は昨夜の大雨を思い出し、瞳の色を微かに暗くした。身の側に垂らした指を無意識に弄り、心配の言葉をかけたいが、葉月に嫌われるのを恐れた。ただひたすら自分の考えを押し殺すしかなかった。二人がここに立っているのは少し気まずく、葉月はまた話題を変えて尋ねた。「どうして病院に来たの？」今再会して、二人の会話はかえって穏やかになっていた。「卓也を見舞いに来た」逸平があの車を卓也に譲ってまだ間もないのに、あいつはすっかり調子に乗っていた。そして昨夜の大雨の中、その車を飛ばして事故を起こした。幸いハンドルを切るのが早く、対向車と

逸平は太一の返答を聞いてもたついた。こんなことを軽々しく言っていいものか？「じゃあ妊娠って言ってたのは……」逸平の胸中が激しく揺れ動き始めた。残念ながら太一の次の一言で、逸平の心に灯った小さな炎は消されてしまった。「友達の一人が妊娠しただけだよ。ちょうど話してるところを君に聞かれて、則枝の馬鹿が調子に乗ってデタラメを言ったんだ」「……」逸平は言い返せず黙り込んだ。そして太一の肩を軽く叩き、淡々と慰めた。「落ち込むなよ。今子供ができたらお前たちの状況も大変だ」エレベーターのドアが開き、二人が外へ出ながら、太一が聞いた。「もし葉月が今妊娠したら、君はどうする？」逸平の足取りは自然と遅くなった。頭の中で想像してみたが、考えただけで全身の血が沸き立つような感覚に襲われた。彼と葉月の子供――それは思い描くことすらできなかった。しかし三年経っても二人には子供ができなかった。逸平は思った。きっと子供も両親が愛し合っていないことを感じ取って、来るのを拒んだのだろう。彼は太一にこれらを話さず、たださらりと言った。「そんなことは起こらないんだ」太一は二人の関係を考え、それ以上詮索するのをやめた。ただこの胸の内は、どうしようもなく苦しく、むしゃくしゃして、じんわりと疼くのだ。さっきの自分が喜びに浮かれた様子を思い出すと、滑稽で仕方なかった。二人は黙ったまま病室に入った。卓也は負傷した足を吊り上げ、ベッドでゲームをしていた。二人と比べると、むしろ状態が良さそうに見えた。ちらりと二人を見るなり、すぐに卓也の視線はスマホに戻った。「来たか」その口ぶりは、まるで他人が自分の家に遊びに来たような、何でもない調子だった。太一は不愉快で、鬱憤晴らしの場を探していたところだったが、卓也ののんきな様子を見てますます腹が立った。太一はわざと卓也の負傷した足を、強からず弱からず叩いた。瞬間、病室に卓也の悲鳴が響き渡った。続いて卓也の罵声が聞こえた。「太一、この人殺し！わざと俺の不自由な足を叩くんじゃねえよ！」太一は悪事を働いた後、すっきりした様子になった。彼はひとりで傍らに座り、涼しい顔で言った。「本当に不自由になればいい。お前は不自由にならないと懲りにならないんだから」卓也がこんなことで病院に