Alle Kapitel von 去りゆく後 狂おしき涙 : Kapitel 461 – Kapitel 470

紗季は彰が前もって用意してくれたドレスを身にまとい、車で会場へ向かった。婚約披露宴は非常に盛大だった。彰は地元でも指折りの大企業の社長であり、長年女性を寄せ付けなかった彼が突然婚約し、しかも相手が子連れのバツイチだとあって、世間の話題をさらっていた。だが、それでも記者たちは紗季の悪口を一つも書かなかった。紗季は知っていた。これらメディアの野次馬根性からすれば、少しでも否定的なニュースを報じて注目を集めようとしないはずがない。それなのに、彼らはそうしなかった。それは恐らく、彰が事前に手を回し、好き勝手なことを書かないよう釘を刺していたからだろう。紗季は彰の細やかさに感心しつつ、控室で最後に化粧直しを済ませると、外に招待客が到着しているのが見えた。恵子だけでなく、隼人も陽向を連れて来ていた。紗季は少なからず驚いた。恵子がここに現れたのは、決して良い兆候ではない。「どうしたのです？さっきからキョロキョロして」白い燕尾服を着た彰が彼女の前に現れ、満面の笑みを浮かべた。「いいえ」紗季は彼に微笑んだが、どういうわけか、婚約する喜びは湧いてこず、注意はすべて彰の母に向いていた。彼女は思わず尋ねた。「どうしてお母さんがいらしました？」「母は、昨晩一晩中葛藤した末に、ようやく吹っ切れたと言っていました。どうあれ、私は息子ですし、婚約披露宴を開きたいという私の願いを、これ以上反対し続けるわけにはいかないと。家庭円満のためには良くないですからね」彰はそう説明し、とても機嫌が良さそうだった。家族に支持されることが、彼にはとても嬉しいのだ。紗季はその言葉に一瞬固まり、唇を結んだ。なぜだか分からないが、彰の言う通りだとは思えず、妙に胸騒ぎがした。彼女は思わず、ゆっくりと息を吐き出した。「実は、他のことはどうでもいいのですが、ただ平穏に婚約披露宴を終えたいだけなのです。もしあなたのお母さんが、何か私を不快にさせるようなことをなさったら、どうすれば？」「ありえません」彰はためらうことなく彼女の言葉を否定した。「母がいかに私たちの仲を支持していなかろうと、今や母も悟ったはずです。自分の支持など意味がないと。私はただ、あなたに元気でいてほしいです。もうこんなことに悩まされないでください。これだけは覚えておいてください。母に

突然の異変に、紗季と彰は思わず息を呑んだ。隼人の突然の行動がどういうことなのか分からなかった。だが、どうやら彼は難癖をつけようとしているらしかった。紗季は少し緊張したが、隼人はただ恵子を凝視していた。彼は冷ややかに言った。「息子の婚約披露宴で、その婚約者に対して無礼な皮肉を言う。それが、息子の恋を応援する母親のやることか？それが、お前の言う『流儀』ってやつか？あまりに反吐が出るぞ！」その言葉に、恵子の顔色が変わった。彰もきつく眉をひそめた。彼がそんなことを言うとは思わなかったのだ。紗季は、隼人が自分のために義憤に駆られているのだと分かっていたが、まさかこんな場面で直接前に出てくるとは思わなかった。これは、良い兆候ではない。紗季はすぐに彰を見て、小声で言った。「警備員に頼んで、彼を出してもらいましょうか？」彰は一瞬ためらい、首を振って唇を結んだ。「こんな時に彼を追い出すのはやめましょう。私も、母が一体何を考えているのか知りたいのです。母の所業はあまりに酷すぎます。他人でなくとも、私でさえ耐え難い。母の本心を知る必要があります」紗季は何か言いたげだったが、彰の断固とした眼差しに言葉を飲み込んだ。確かに、恵子の行いはあまりに度を越していた。自分は彼女がこんな場所で自分に対して暴言を吐いた挙句、何事もなかったかのように舞台を降りるのを許したくはなかった。だが、自分は彰の婚約者として、そして彰は息子として、表立って何かを言うのは不適切だった。彼らにできるのは、ただ静観することだけだ。この時、隼人が出てきてくれたのは、かえって好都合だった。紗季はゆっくりと息を吐き出し、冷静さを取り戻すと、義憤に燃える隼人の様子を見つめ、息を殺して恵子の反応を待った。恵子は目を細め、隼人を死に物狂いで睨みつけ、その瞳に冷ややかな光を宿らせた。彼女は軽蔑したように、ふんと鼻を鳴らした。「あなたはもう彼女と別れたのでしょう。彼女に何度も振られて、命を懸けても相手にされなかったくせに、よくもここで彼女のために正義面できますわね。あなたにその資格がおありで？彼女は、あなたに義憤に駆られる資格さえ与えていないのではありませんか？」その言葉に、隼人は冷淡に答えた。「資格があるかどうかなどどうでもいい。俺は彼女が好きだ。彼女のためにこ

恵子もようやく見て取った。彼らは完全に結託しており、しかもどいつもこいつも一筋縄ではいかない相手だということを。そして、そのすべては紗季のためなのだ。恵子は思わず紗季を睨みつけた。その瞳は不満と怒りに満ちていた。この女にこれほどの手腕があるとは思いもしなかった。自分の息子だけでなく、隼人のような男まで虜にしてしまうとは。バツイチで子持ちの女が、どうして二人もの男を迷わせることができるのか、理解できなかった。本当に、反吐が出る。恵子は深く息を吸い込み、冷静さを取り戻してふんと鼻を鳴らした。「白石紗季さん。見ていますわよ。あなたとうちの息子なんて、釣り合うはずがありませんわ。いつか別れるのを楽しみにしていますから！」彰はためらうことなく言った。「別れませんよ。私たちが一緒になるのを阻止しようなどとは考えないでください」彼の口調には、冷ややかさが帯びていた。隼人は気のない様子で言った。「二人を引き裂きたいなら、まず俺を片付けるんだな。その能力がないなら、諦めて大人しくしていることだ」恵子は息を呑み、彼らの言葉に怒りで気が遠くなりそうだった。事態がここまで進んでしまっては、もはや自分の制御できる範囲を超えていると、彼女は突然悟った。渦中にあって、二人の男が自分の最も嫌う女を庇っているのを見て、彼女は奥歯を噛み締め、何も言えなくなった。紗季もまた、今日の状況がこれまでとは全く違うことに驚いていた。かつて自分は、孤立無援の存在だった。隼人側でどれほど反対されようと、自分のために声を上げてくれる人はおらず、隼人と一緒になる価値があると思ってくれる人もいなかった。だが今、立ち上がってくれる人がいる。そして自分もまた感謝していた。これほど長い時を経て、自分の望む愛を選ぶ際、自主的な選択権を持ち、十分な尊重を得られたことに。紗季は隣の彰を見た。まだ愛しているという兆候はないが、こんな時に母親に敢然と立ち向かい、自分を守ってくれる彰の度量があれば、二人が一緒になった後の生活も、そう悪くはないはずだ。婚約披露宴は、結局予定通りに行われた。紗季は段取り通りに彰との婚約を済ませ、控室に戻った時、ちょうど人目を避けるように一人で裏口から出て行こうとする後ろ姿を目にした。紗季は一瞬固まり、すぐにそばにいたメーキャップアーチストにそ

紗季の毅然とした態度を前に、隆之は何も言えなかった。彼はただ理解できなかった。紗季は何も悪いことをしていないのに、なぜいつまでも悪意ある憶測に晒されなければならないのか。あまりにも不公平だ。不公平なことが、一人の人間にばかり降りかかるべきではない。そう思うと、隆之は訳もなく苛立ち、腹が立った。彼の不機嫌な様子を見て、紗季は少し申し訳なく思った。自分のことで兄を不快にさせたくなかった。兄はただでさえ、処理すべき問題を山ほど抱えているのだから。そう思うと、紗季はためらうことなく言った。「恵子は、他の方とは違うと信じてるわ。三浦美琴や黒川玲子のような悪意のある人じゃない。だからお兄ちゃん、安心して。私、彼女との関係を修復できるよう努力するから」隆之の顔色は次第に良くなっていった。彼はため息をつき、別のことを思い出した。「そうだ。聞いたぞ。黒川隼人がようやくまともなことをしたそうだな。お前たちの婚約披露宴で、恵子をこっぴどくやり込めたとか」その話を聞き、紗季は淡く笑った。「ええ。でも、それは単に桐山夫人の振る舞いが気に入らなかっただけで、私に取り入ろうとしたり、わざといい格好を見せようとしたわけじゃないわ」それを聞き、隆之は口をへの字に曲げ、ふんと鼻を鳴らした。「あいつなら、そうして当然だ」紗季は瞬きをし、それ以上は何も言わなかった。今日はあまりに多くのことが起き、衝撃も大きすぎた。彼女は隆之と少し話を交わすと、二階へ上がって休んだ。翌日。紗季はわざわざ滋養強壮の品を買いに出かけた。彼女が大小様々な袋を提げてリビングから出てくるのを見て、彰はすぐに車を降りて受け取りに行った。「何ですか、これ？食事に行く約束でしょう？」「ええ。でも、昨日の婚約式で不愉快なことがたくさんあったから、あなたのお母さんが私にますます偏見を持たれてないか心配で。時間を作って、会いに行きましょうよ」紗季は手の中の買い物袋を揺らし、彰に持つように促した。彰は口をへの字に曲げ、仕方なく袋を受け取った。「正直なところ、母の機嫌を取るのに付き合う必要はありませんよ。あちらのことは私が何とかします。母があんなふうに激昂する姿は、もう二度とお見せしませんから」しかし紗季は彼の言葉を気に留めず、ただ気楽に笑った。「だめよ。私たちは遅

紗季は一瞬呆然とし、すぐに首を振った。「いいえ、違いますわ」紗季は唇を結び、どう説明していいか分からなかった。自分でも、なぜ隼人を一目見た瞬間にあんな行動を取ってしまったのか理解できなかった。まるで、自分と隼人の間にまだ断ち切れない関係があり、誤解を招きやすいかのように。紗季は顔を上げ、真剣に彰を見つめた。「とにかく、私と彼の間には何もありません。ただ、突然彼が現れたので驚いただけですわ」彰は一瞬固まり、彼女を深く見つめた。「そうですか？」紗季は笑った。「ええ」彰はそれ以上何も言わず、ただ体をずらして、ここを離れようと合図した。あいにくその時、紗季のポケットの中のスマホが鳴った。眉をひそめて見ると、隼人からの電話だった。彼女は背後の別荘を一瞥してから電話に出た。「もしもし、は……」彼女が言い終わらないうちに、隼人が小声で言った。「来て、陽向の服を整理するのを手伝ってくれないか？執事は裏庭の水やりで手が離せないらしい。あいつの服の組み合わせが分からなくてな」紗季は仕方なく彰を一瞥し、ここで待っていてくれるよう目で合図した。その様子に、彰もただポケットに手を入れ、その場で待つことにした。紗季は足早に中へ入り、二階の陽向の部屋のドアを開けた。部屋に入ると、クローゼットいっぱいの服を前に、途方に暮れている隼人がいた。紗季は足を止めた。これらの服はすべて、陽向がここに来てから、自分と兄が少しずつ買い揃えたものだ。隼人はこれらの服を見たことがないのだから、どう手をつけていいか分からず、手が出せないのも当然だった。紗季は買い物袋を手に取り、陽向の服を二着畳んで入れた。「あの子、あと何日あなたのところにいるの？」隼人は答えた。「三日だ」「そう。なら、二着で十分ね。今はそれほど暑くないし、頻繁に着替える必要はないわ。それに、持って行った服は洗って着ればいいでしょう。使い捨てじゃないんだから」紗季はそう言いながら、買い物袋を隼人に差し出した。隼人は唇を結び、袋を受け取ろうとはせず、ただ静かに彼女を見つめ、何か言いたげだった。その様子に、紗季の瞳に驚きの色がよぎった。ためらいがちに言った。「どうしてそんなに見るの？」隼人は何と言っていいか分からず、ただ軽く笑った。「いや。ただ、