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All Chapters of この男、毒花の如く: Chapter 21 - Chapter 30

54 Chapters

第21話

三つのライチのうち、一つは皇太子へ、もう一つは周歓の両親のために。 そして、残る最後の一つは言うまでもなく、深宮の塀の内で、首を長くして待ちわびているであろう、あの愛しい人のために取っておいたものだ。 半月が過ぎようとしているのに、蕭晗はいまだ周歓との再会を果たせずにいた。周歓が昇進したばかりで雑務に忙殺されていると知り、軽率に訪ねていくこともままならない。毎夜一人灯火を眺めながら、独り寝の寂しさに眠れぬ夜を過ごしていた。 夜がふけ、永楽殿が静寂に包まれた頃、衣をまとったまま横になった蕭晗の耳に、不意に聞き覚えのある口笛が響いた。蕭晗は弾かれたように起き上がり、靴を履く間も惜しんで裸足のまま殿外へ駆け出した。 音を頼りに永楽殿の外へ出ると、口笛は唐突に途絶えた。茫然と周囲を見回し、幻聴かと思いかけたその瞬間、背後から忍び寄った周歓が、勢いよく彼を抱きしめた。 「捕まえたぞ、陛~下~」 蕭晗は低く驚きの声を漏らすと、すぐさま甘えているのか、あるいは怒っているのか判然とせぬ声で罵った。 「無礼者め……なんと大胆な。放さぬか」 ようやく想い人に会えた喜びで胸が張り裂けそうだったが、生来の照れ屋である蕭晗は、待ち焦がれていた心を周歓に悟られたくなかった。抱きついて積もる話をしたい気持ちは山々なのに、どうしても意地を張ってしまい、口をついて出るのは恨み言ばかりとなる。 周歓は蕭晗が本気で怒っていると思い、申し訳なさそうに、しかし気まずげに彼の腰に手を回した。 「陛下、お許しください。あまりに長らくお会いできなかったものですから、つい興奮してしまい……」 「長らくとはどれほどだ? 何日会わなかったと申す」蕭晗の声には、まだ怒気が混じっている。&nb
last updateLast Updated : 2025-12-04
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第22話

池は極めて浅く、周歓は中に倒れ込んでずぶ濡れになったものの、怒る素振りは一つも見せず、懐から丸いものを取り出した。 「陛下、お怒りをどうかお鎮めください。私、今回は万全の準備をして参りました。ご覧ください」 蕭晗はちらりと目を向け、興味もなさそうに言った。 「ライチだろう。別に珍しくもない」 周歓は意外そうに瞬きをした。 ライチといえば珍品で、皇太子を泣き止ませ笑顔にするほどの代物。ならば蕭晗の機嫌くらい容易く直せるだろう――そう踏んでいたのだ。しかしそっけない態度を取られ、胸の内は穏やかでいられない。 「それもそうですね。皇帝陛下ともなれば、どんな珍しいものも見慣れておられるのでしょう。ライチを宝物のように喜ぶのは、私のような世間知らずの平民くらいのものです……」 しょんぼりと立ち上がった周歓は、しぼんだ鞠のように肩を落とし、ライチを握りしめたまま哀れっぽく背を向け、立ち去ろうとした。 「待て!」 蕭晗が慌てて身を乗り出し、飛び降りるようにして周歓の手からライチを奪い取った。 「誰がいらんと言った」 周歓はぽかんとした。「ですが陛下、先ほど……」 「珍しくないとは言ったが、要らぬとは言っていない」 言いながら蕭晗は素早く殻を剥き、水晶のように透き通った果肉を指先でつまんだ。だが口に運ぼうとしたところでふと動きを止め、黙り込んだまま周歓を横目で見やる。 「何をぼさっと突っ立っている。こっちへ来い……食わせろ」 周歓は一瞬きょとんとしたが、すぐに意図を悟った。 弾かれたように「御意!」と喜び勇んで駆け寄
last updateLast Updated : 2025-12-05
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第23話

蕭晗父子を対面させるには、まず目の上の瘤たる陳皇后を遠ざける必要があった。 夜、寝台に横たわった周歓は、水時計の音を聞きながら思案に暮れていた。千々に乱れる思考の中、やがて「瓊花台」の三文字が脳裏に浮かび上がる。 あれは元々、陳皇后の歓心を買うべく、取り巻きの大臣たちが宮外に建てた離宮である。山紫水明の地にあり、風光明媚なその場所は、保養にはうってつけであった。 周歓の脳裏に、ある日の記憶が朧げに蘇る。 かつて陳皇后のお供で瓊花台の花見に訪れた際、西域から来たという舞人が花叢の中で舞を披露したことがあった。 腰の銀鈴を鳴らしながら舞うその姿に、陳皇后はすっかり心を奪われ、いつまでもその場を離れようとはしなかった。 陳皇后は花を愛でるが、それ以上に美男子を好む。名花に美男。これ以上の組み合わせがあろうか。 周歓は寝台から跳ね起きると、暗闇の中を手探りで進み、帳簿をめくって半年前に西域の国から献上された貢物の記録を探し出した。 そこに、かの名高き花――夜光曇花の名が記されていた。 記録こそ残っているものの、花の盛りはとうに半年も前に過ぎ去っている。 周歓は下唇を噛み、しばし部屋を歩き回った。やがておもむろに上着を羽織ると、扉を開けて腹心の宦官を叩き起こした。 「市場へ行き、造花に異国の香油を焚きしめられる職人を探し出せ。夜明けまでに連れてまいれ」 三日後、皇后の寝宮にて。 珠簾が微かに揺れる。皇后は長椅子に身を横たえ、傍らには緑珠が木櫛を手にその髪を梳いていた。 周歓は一鉢の「夜光曇花」を捧げ持ち、珠簾の外に控えている。 
last updateLast Updated : 2025-12-06
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第24話

蕭昱のその眼差しに見つめられ、蕭晗はわけもなく胸の動悸が激しくなり、慌てて顔を背けた。 強張ったままの蕭晗に、周歓がそっと歩み寄り、耳元で囁く。 「皇太子殿下がお尋ねでございますよ」 蕭晗の胸には万感の思いが込み上げたが、何から言葉にしてよいのか分からなかった。 聡明な蕭昱のことだ、大人たちの様子から何かを察したのだろう。「ち、父上……なのですか?」とおずおずと問いかけた。 蕭晗はもはや感情を抑えきれず、言葉を発するよりも先に涙がこぼれ落ちた。 「父上……お泣きにならないでください」 涙とは伝染するものらしい。父の悲痛な泣き顔を目の当たりにし、蕭昱も鼻の奥がツンとなり、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちてきた。 かつて蕭晗が陳皇后に強いられ、宮女との間に皇太子をもうけた一件は、宮中で大きな騒ぎとなった。とりわけ皇太子に仕える宮女や宦官たちの多くは、蕭晗と蕭昱の境遇に同情を寄せていた。 今、ようやく父子が対面を果たしたこの光景を目の当たりにし、彼らもまた感極まり、こっそり涙を拭っていた。 「皇太子殿下を、お抱き締めになっては」と、周歓が傍らで促す。 蕭晗は涙を拭いながら、自分の足元にぴったりと寄り添い、口では「泣かないで」と言いながらも頬に涙を伝わせている我が子を見下ろし、思わず心が揺れた。 「だが……朕は……」 蕭晗がなおも躊躇しているのを見て、そばにいた薛炎は無言のまま一歩進み出ると、自ら蕭昱を抱き上げた。 ついに父親と視線の高さが同じになり、蕭昱は勇気を振り絞って柔らかな小さ
last updateLast Updated : 2025-12-08
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第25話

第二十五話 蕭晗の胸中を、蕭昱が知る由もなかった。父に己の絵を嫌われたのだと思い込み、彼はがっくりと項垂れると、蚊の鳴くような声で呟いた。 「僕の絵は、そんなに下手でしたか?」 蕭晗は言葉に詰まり、しばしの沈黙の後、ようやくかぶりを振った。そして、嗄れた声で絞り出す。 「……いや、見事な出来栄えだ」 蕭昱は顔を上げ、不思議そうに父を見つめた。 「では、どうして父上は泣いているのですか?嬉しくないのですか?」 「そんなことはない」蕭晗は深く息を吸い、そっと蕭昱の頭に掌を乗せた。その手がひどく震えていることに、彼自身が気づいていた。「朕は、これ以上ないほど嬉しい」 指先が蕭昱の柔らかな髪に触れた瞬間、ふと、出立前の周歓の言いつけを思い出す。 しまった、危うく蜜棗のことを忘れるところだった。 「ほら」 蕭晗は慌てて袖に隠していた数粒の蜜棗を、こっそりと蕭昱の手に握らせた。 蕭昱は手元に目を落とし、掌を広げると、その瞳が砕けた星屑を散りばめたかのようにきらめいた。 「蜜棗だ!」 彼は素早く一粒を口に放り込み、頬をハムスターのように膨らませると、残りを蕭晗の口元へ差し出した。 「すごく甘いですよ!父上もどうぞ!」 蕭晗は口の端を微かに上げ、首を横に振った。 「これはそなたへのものだ。……気に入ったか?」 「はい!大好きです!」 「で
last updateLast Updated : 2025-12-09
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第26話

あの日、陳皇后が瓊花台で夜伽をされて以来、そこは完全に后が愛人を囲うための御殿と化した。 今や陳皇后の一派が朝政を牛耳り、朝廷も民の間も「陰盛陽衰」、すなわち女が強く男が弱いという風潮に変わりつつあった。 色を以て人に仕えるのはもはや女子の専売特許ではなく、少々器量の良い男たちもまた、陳皇后に取り入って一発逆転、その権勢にあやかろうと下心を抱き始めたのである。 しかし、食い扶持は少なく志望者は多い。天下に美男子など掃いて捨てるほどいるが、陳皇后のお眼鏡にかなうのはほんの一握りに過ぎない。いかにして陳皇后のために男寵を選りすぐるか、それが大きな問題となっていた。 永巷令に昇進して以来、中宮の侍従たちを管理する役目は周歓の双肩にかかっていた。当然、瓊花台に集う色男たちの管理も例外ではない。 周歓が陳皇后に仕えて日は浅いものの、后の好みや嗜好は熟知している。彼が選んで中宮に送り込んだ男たちは、往々にして皇后を満足させ、称賛を浴びるのだった。 そうなると、慧眼を持つ周歓は、瓊花台の男たちにとって自ずと「福の神」のような存在になる。 現に、この日も周歓が館に足を踏み入れるや否や、着飾った男たちがどっと押し寄せ、その機嫌を取り始めた。面の皮の厚い者などは、周歓の太ももにしがみつき、「兄貴」などと呼んで甘えだす始末だ。 周歓は数日おきにこの瓊花台へ顔を出していた。名目は「品定め」だが、実際は激務の合間の息抜きであった。 ここは宮廷の外であり、中のように人目もうるさくない。ここに来れば彼は一国一城の主として、大勢の美男たちにちやほやされる快感を味わえる。小唄を聞いたり、美人と世間話に花を咲かせたりするのも悪くない。 だが、ただ一つだけ、どうしても我慢ならぬことがあった。 「なんという匂いだ。鼻が曲がり
last updateLast Updated : 2025-12-10
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第27話

懐竹は、周歓が突如として難癖をつけてくるとは夢にも思わず、その剣幕に仰天してぶんぶんと首を横に振った。 「い、いえ!滅相もございません!決してそのようなつもりでは……僕は……」 腕組みをして懐竹を見下ろしていた周歓は、いつまで経っても煮え切らないその様に、失望を禁じ得なかった。 これほど鈍臭い小僧では、宮中に入ったところで三日と持つまい。 重々しく溜息をつくと、「役立たずめ」と吐き捨て、きびすを返した。 「周令君!」 懐竹はとっさに周歓の前に回り込み、土下座せんばかりにその場に膝をついた。 「お願いします!僕を追い出さないでください!」 懐竹は、周歓の「役立たず」という言葉を、この瓊花台から追い出すという意味だと勘違いしたのだ。涙を滂沱とこぼし、嗚咽交じりに訴える。 「ぼ、僕は幼い頃に母を亡くし、兄弟も皆、疫病で死に絶えました。先日には、長く床に伏せっていた父までもが……。生きるために己を売り、父を葬って、やっとの思いでこの瓊花台での職にありつけたのです。ここを追い出されるくらいなら、いっそ死んだほうがましです!」 周歓は心中、不快感を覚えた。身の上話で同情を引こうとする輩が、ことのほか嫌いだったからだ。 立ち去ろうと足を踏み出したその時、ふと懐竹の顔が黒や白にまだらになっているのが目に入った。 一瞬呆気にとられたが、その黒い塊が単なる煤汚れであることに気づく。 そしてその時初めて、懐竹の顔立ちは冴えないものの、その瞳だけは明るく澄んでいて、生き生きとした輝きを放っていることに気がついたのだ。 彼は考
last updateLast Updated : 2025-12-11
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第28話

「こっちを向け」周歓は頬を膨らませ、もごもごと言った。「手をどけろ」 懐竹は俯いたまま、渋々といった体で寝返りを打った。その動きは関節の硬い人形のようにぎこちなく、緊張からか両手を握っては開き、落ち着きなく腿の脇に垂らしている。 気まずい沈黙が、部屋に重く垂れ込めた。 あまりに何の反応もない周歓をいぶかしみ、懐竹がおそるおそる顔を上げると、思いがけず目の前に燃えるような視線があった。至近距離で目が合ったのだ。 「あっ!」 指一本分ほどの距離しかない。まさか周歓がこれほど近くにいるとは思ってもみなかった。 周歓は目を丸くして、懐竹の体をまじまじと見つめていた。 正直なところ、懐竹の体つきは予想外に良かった。服を着ていると痩せて見えるが、脱いでみれば、ほどよく筋肉がついている。 厨房で薪割りや水汲みといった力仕事をこなしているのだから、筋肉がつかない方がおかしいだろう。 強いて残念な点を挙げるとすれば、栄養が足りていないせいか、肌が不健康なまでに青白いことくらいか。 だが、周歓が最も心を躍らせたのは、そこではなかった。 「しゅ……周令君?」周歓が何も言わずにじっと見つめてくるので、懐竹は不安になり、「あ……あの、服を着てもよろしいでしょうか」とおずおずと尋ねた。 「来い」周歓は懐竹の手をぐいと掴んだ。 「えっ!?」 訳が分からず戸惑う懐竹を、周歓はそのまま奥の部屋へと引き入れ、扉を静かに閉めた。 「周令君……」その様子に懐竹の心臓は早鐘を打ち、か細い声で問いかける
last updateLast Updated : 2025-12-12
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第29話

第二十九話 瞬く間に十数日が過ぎ去った。 懐竹を皇后に謁見させるその日、周歓は宮中で最も化粧の腕が立つ宮女たちを呼び寄せ、懐竹に化粧を施させた。 そして、その化粧は周囲を圧倒するほどの美しさでありながら、決して華美に過ぎず、あくまで控えめで、清らかで俗っぽさがなく、それでいて一目見れば永遠に心に刻まれるようなものにするよう、特に念を押した。 宮女はちんぷんかんぷんといった様子で、苦笑いを浮かべた。「周令君……いっそご自分でなされてはいかがでしょう」 周歓はついに口を噤んだ。 万端整った頃には、ちょうど日が暮れようとしていた。 支度を終えた懐竹が宮女たちに囲まれて周歓の前に現れると、さすがの周歓も密かに驚きを禁じ得なかった。 目の前の少年は、眉は墨で描いたように整い、唇は朱を差したように赤い。ふわりとした深衣の襟元はわずかに開き、見え隠れする胸板からは若々しい活力が匂い立つ。帯は緩すぎずきつすぎず結ばれ、腰の美しい曲線を際立たせていた。 かつて瓊花台の厨房にいた、あの薄汚れた貧しい少年が、今や驚くべき変貌を遂げている。見よ、この顔立ち、この体躯、この身なり。あの日の見る影もない。 懐竹は居心地悪そうに少しだけ視線を上げ、両手で衣の裾をぎゅっと握りしめながら、小声で尋ねた。「……こ、これで、本当に似合っておりますか」 周歓は思わず見惚れていたが、しばらくして我に返った。「もちろんだとも!」 懐竹の瞳が輝いた。「本当に!?」 周歓はしばらく懐竹を見つめていたが、ふと眉をひそめた。 「どうかなさいましたか」懐竹は不思議そうにした。
last updateLast Updated : 2025-12-13
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第30話

実のところ、周歓がここまでのことをしたのは、口先で言うように単に陳皇后の機嫌を取るためだけではなかった。 懐竹は、自分がこれまで献上してきた美童たちとは違い、純真無垢な少年だった。朝夕を共にした日々の中で、そのことは周歓の目にも明らかだったのだ。 これほど清らかな白百合のような少年を陳皇后の寝床へ送り込み、あまりにも早く大人の世界の汚濁に染まらせてしまうのかと思うと、周歓はさすがに心が痛み、罪悪感を覚えずにはいられなかった。 やがて、その罪悪感は一種の負い目へと変わり、周歓は己の中にある罪の意識を埋め合わせるかのように、懐竹のために何かしてやりたいと常に思うようになったのである。 懐竹の直感は正しかった。周歓の目には、確かに懐竹は瓊花台にいる俗な者たちとは別格に映っていた。 そして懐竹の目にもまた、周歓は他の宮女や宦官たちとは違う存在として映っていた。周歓だけが自分のためにすべてを尽くし、見返りを求めず献身的に世話を焼いてくれたからだ。 懐竹のような天涯孤独の身にとって、生まれて初めて赤の他人にこれほど優しくされれば、感動してその身を捧げたいと願うのも無理からぬことであった。 だからこそ、彼は周歓の下で働き、その恩に報いたいと切に願ったのである。 周歓も懐竹がそう思うであろうことは予期していた。そのため、杏には自分がしたことを決して懐竹に漏らさぬよう、あらかじめ固く口止めしていた。懐竹が自分に対して負い目を感じてしまうのを恐れたからだ。 周歓は懐竹の手の甲を軽く叩き、苦笑しながらこう言うのみであった。 「お前というやつは、先のことを考えすぎるな。お前のような融通の利かぬ朴念仁が、この宮中で生き延びられただけでも御の字なのだから」 ――懐竹がただ生き延びただけでなく、一躍、陳皇后が最も寵愛する秘蔵っ子となった
last updateLast Updated : 2025-12-15
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