「だが、俺には無理だ」周歓は途方に暮れた面持ちで、鏡に映る沈驚月を見つめた。「俺はもとより学のないただの庶民で、お前のような名家の若様とは違う。何の準備もなしに臨めば、どうなることか」沈驚月は微かに笑みを浮かべると、身をかがめて周歓の耳元に顔を寄せ、低い声で囁いた。「そうなれば、大変なことになるでしょうね」周歓は思わず身を震わせ、顔を上げて尋ねた。「大鼓書なら唄えるが……これも芸のうちに入るだろうか」※大鼓書とは、小太鼓と快板を打ち鳴らし、節に乗せて物語を語る、庶民に親しまれてきた街場の語り芸である。沈驚月は意外そうに目を瞬かせた。「もちろん入りますとも。心得があるのですか」周歓は頷き、眉根を寄せる。「子供の頃、道端で聞き覚え、見よう見まねで多少はな。だが、決して上手いものではないぞ……」ところが、沈驚月は俄かに色めき立ち、目を輝かせて周歓の腕を掴んだ。「ぜひお聴かせ願いたい!今ここで一節、ご披露いただけませんか」周歓はにわかに面映ゆくなり、鼻の頭をこすると、意を決したように言った。「わかった。お前がそこまで言うなら、恥を忍んでお聞かせしよう」善は急げとばかりに、沈驚月はすぐさま下男に命じて小太鼓一つと快板二枚を運ばせた。そして自身は小さな腰掛けを引き寄せ、卓の前に居住まいを正すと、期待に満ちた眼差しで周歓を見つめた。周歓は片手に鼓の撥、もう片方の手に快板を持ち、ひとつ咳払いをして喉を潤すと、声を張り上げて唄い始めた。それは周歓が幼い頃より馴染み深い演目であった。幾度となく耳にしたその唄は、そらで諳んじられるほどに染みついている。かつて気が向けば、近所の女衆に一節披露してやったこともあった。しかし彼は天性の音痴で、唄い出しから終わりまでまるきり調子が外れているため、いつも途中で聴衆から野次を浴び、唄を止めさせられたものだ。だが、このたびは違った。沈驚月は遮るどころか、終始一言も発さず、静かに最後まで聴き入っていた。最後の一音が消えると、周歓は長く息を吐いた。それは久しく味わうことのなかった、胸のすくような爽快感だった。パチ、パチパチ、パチパチパチ……しばしの静寂を破り、沈驚月がやおら拍手を始めた。ぷっ、とこらえきれずに吹き出すと、沈驚月は肩を震わせ、手を叩きながら声を上げて笑い出した。「愉快だ
Last Updated : 2026-01-06 Read more