All Chapters of トップシークレット☆桐島編 ~お嬢さま会長に恋した新米秘書~: Chapter 101 - Chapter 110

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抑えきれない想い PAGE7

「でも、会長が俺のこと好きかもしれない、っていうのは納得できるかもなぁ。――今日、会長のところに〈Sコスメティックス〉から春の新作ルージュのCM出演オファーが来たんです。会長、オファーを受けられたんですけど、それが条件付きだったんですよ」 僕はお冷やで口の中のモゴモゴを流し込んでから、先輩にもあの話を切り出した。「ん? 条件ってどんな?」「今度のCM、キスシーンがあるらしくて。実際にはしないけど、カメラワークでしているように見せてほしい、って。『ファーストキスは絶対に好きな人としたいから』っていうのがその理由だったんすけど、その時に俺の顔をじっと見つめられてた気がして……。あ、もしかしたら俺の勝手なうぬぼれかもしんないんすけどね」 ハハハ、と照れ笑いなどしつつ、僕はまたチーズ牛丼を匙ですくった。「……いや。桐島くん、それってあなたのうぬぼれなんかじゃないと思うな。会長は間違いなく、あなたのこと好きなんだよ」「…………へっ? どうしてそういう結論になるんすか?」 僕は匙を咥えたまま、先輩に思いっきりアホ面を晒してしまった。これで相手が気心の知れた小川先輩だったからまだよかったが(お互いに異性だと思っていないし)、こういうところではイマイチ決まらない男・桐島貢である。「だってさぁ、好きでも何でもない異性に、わざわざそんなこと言う必要あると思う? あなたのことを意識してるから、会長もあなたにそんなことおっしゃったし、あなたの顔をじーっと見てたのよ。『その相手はあなたなのよ」っていうメッセージを込めて」「…………なるほど」 かつて絢乃会長のお父さまに不倫すれすれの恋心を抱いていた小川先輩が言うと、何とも言えない説得力がある。彼女も同じように、源一会長のことを見つめていたのだろうか。「っていうか、桐島くんと絢乃会長の関係って究極のオフィスラブだよね。まぁ、立場が思いっきり逆転しちゃってるけどさぁ。……あー、それでさっきのあのボヤキか」「……………………」 食べる手を止めもせず、いけしゃあしゃあと言ってのけた先輩を、僕はジト目で睨んだ。反論したいが痛いところを衝かれていたので何も言えないのが悔しい。「でも、もうじき絢乃会長のホントの気持ち、分かっちゃうんじゃない? ほら、もうすぐバレンタインデーだし」「……あ。そういえばそうっすね。すっ
last updateLast Updated : 2025-10-21
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抑えきれない想い PAGE8

「絢乃会長って、お菓子作りが得意なんだってね。じゃあ、もしかしたら手作りチョコとか考えてらっしゃるかもよ?」「…………いや、どうでしょうか」 僕はお茶を濁す意味で首を傾げた。先輩の言葉を疑ったからではなく、本当にどちらか分からなかったからだ。 絢乃さんは会長に就任されてからというもの毎日お忙しく、手間暇のかかる手作りチョコなんぞに割いている時間なんてないんじゃなかろうかと思ったのだ。「分かんないよー? 高校生ならテスト期間っていうのもあるし、あたしたち社会人より時間に余裕があったりするから。まして、好きな人のためなら尚更だね」「……………いやいや、まっさかー」 僕は笑いながら軽く否定したが、少しくらいは期待する気持ちもあったかもしれない。それに、まさかこの数日後、絢乃さんと里歩さんが同じ話題で盛り上がるなんて思いもしなかったのだ。「で、CM撮影の時、俺も同行することにしたんです。一応マネージャー役ってことで」「へぇー、マネージャー……ねぇ」 まあ、マネージャーというのは口実で、本当は小坂さんを監視するためだった。撮影のどさくさで、愛しの絢乃さんのファーストキスを奪われたらたまったものではない。「――ところで、先輩の方はどうなんですか? ちょっとは新しい恋、する気になりました?」 言われっぱなしも悔しいので、僕は逆襲のつもりで先輩に恋愛の話題をお返しした。「どう、って言われてもなぁ。あたし、そんなに早く気持ちの切り替えできないもん。今は仕事に燃えてるの。社長があたしのことすごく気遣って下さってね」「まさか今度は社長に……とか」「それだけは絶対にないから。っていうか桐島くん、あたしのことナチュラル不倫体質だと思ってない?」 ほんの冗談で言ったつもりだったのだが、思いっきり睨まれた。「いや、そんなことないっすよ。冗談ですって」「…………どうだかねー。でも、前田くんとはたまにゴハンに行ったりしてるよ。あくまで友人としてね」「そっすか」 前田さんの話をしているとき、先輩は嬉しそうだった。 男女間の友情から恋に発展することもある。大切な人との永遠の別れを経験した先輩には、幸せになってほしいと僕は心から願ってやまない。   * * * *「――じゃあね、桐島くん。お疲れさま。もっと自分に自信持ちなよ?」 店を出たところで、僕
last updateLast Updated : 2025-10-21
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抑えきれない想い PAGE9

   * * * * ――CM撮影が行われた二月初旬の日曜日の朝。僕はいつもどおりスーツで絢乃さんをお迎えに上がったが、彼女は可愛らしい私服姿だった。「おはよう、桐島さん。今日はマネージャー役よろしくね。ところで、どうして貴方はスーツなの?」「一応、これも仕事ですので。会長こそ、これは広報活動の一環ですからね? お仕事だということをちゃんと憶えておいて下さいよ?」「分かってます」 彼女も当然分かっていらっしゃるとは思っていたが、秘書として、ボスが仕事を忘れて舞い上がるのを牽制することにした。「それならいいんですけど……。あと、小坂リョウジさんには気をつけた方がよろしいかと思います。何だかイヤな予感がするので」「……貴方がそう言うなら、分かった。十分気をつけるね」 絢乃さんは僕のことを信用して下さっているので、僕が抱いた危機感にもお気づきになったのだと思う。   * * * *「――おはようございます。今日は篠沢会長がお世話になります」 〈Sコスメティック〉の本社ビル内にあるスタジオに入ると、僕と絢乃さんはまずCM撮影に携わるスタッフの方一人一人に挨拶をした。 絢乃さんはヘアメイクと衣装に着替えるために控室へ通され、僕はその間廊下で立って待っていることになった。控室の中は男子禁制だったらしいが、何となく廊下に立たされる学生の気分になった。……実際に立たされたことはない、念のため。「――桐島さん、準備が整ったよ。……どう?」 待つこと三十分、プロの手によって変身させられた彼女が僕の元へやってきた。「可愛いですよ。会長は普段から可愛い方ですけど、今日は何というか、アイドルとかモデルさんみたいです」 私服姿も可愛かったが、撮影用に用意されていた衣装もまた少し大人っぽく、それでいて清楚な感じもあって可愛らしかった。 長い髪には緩くふんわりとウェーブがかけられ、お顔には口紅以外のメイクが施されていた。撮影で口紅を塗る演技も含まれていたからだろう。「ありがと」 嬉しそうにはにかまれた絢乃さんは掛け値なしに可愛くて、僕はまたもやハートに不意討ちを食らった。
last updateLast Updated : 2025-10-22
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抑えきれない想い PAGE10

 僕はマネージャーとして、撮影現場を見学させてもらった。でも本当の目的は、小坂リョウジが撮影のどさくさで大事な絢乃さんに手を出さないように監視するためである。 一旦撮影に入ったら、絢乃さんも小坂さんも真剣そのものだった。本職の俳優である小坂さんはともかく、演技なんて素人であるはずの絢乃さんも、ここでは一人の〝モデル〟になりきっていた。人間、化ければ化けるものだ。 撮影は無事に終わり、問題のキスシーンも寸止めで何とか切り抜けられたようだった。が、撮影を終えて間もなく、小坂さんが絢乃さんに色目を使ってきたので僕はイラっとした。……この男、やっぱり信用ならない。「申し訳ありませんが、この方は芸能人ではなく一般人ですので。そういう不謹慎な発言は控えて頂けませんか? あと、次の機会はございませんので。悪しからず」 僕は彼をギロッと睨み、ガツンと言ってやった。その剣幕に彼は怯んだ様子で、この場はあっさり引き下がってくれた。その代わり、彼女にも啞然とした表情をされてしまったが……。   * * * *「――桐島さん、さっきは助けてくれてありがとね」 帰りのクルマの中で、僕は助手席の絢乃さんからお礼を言われた。「ああ、いえ。何も感謝されるようなことは……。むしろ、差し出がましいことをしたようで、謝らなければと思っていたくらいです」「……そう? でも、今日は桐島さんも一緒に来てくれてよかった。わたしひとりだったら、緊張して演技もちゃんとできてたかどうか自信ないもん。ホントにありがと」「…………えっ?」 それは、僕にいい演技を見せたくて頑張っておられたと解釈していいのだろうか? だとしたら、嬉しい限りなのだが。「……なに?」「いえ、何でもないです。絢乃さん、今日は慣れないお仕事で大変だったでしょう? お疲れさまでした」 僕は初挑戦のお仕事で精一杯奮闘された可愛いボスを、心から労った。
last updateLast Updated : 2025-10-22
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抑えきれない想い PAGE11

   * * * * ――翌日の午後は、冬とは思えない暖かさだった。「では、僕はそろそろ会長をお迎えに行って参ります」「ええ、お願いね。行ってらっしゃい」 僕は三時前に会社を出た。加奈子さんはいつも、絢乃さんが出社されるまで会長室で待たれていた。直接仕事を引き継ぎたかったから、だそうである。 ――それはともかく、丸ノ内からクルマを走らせること二十分、八王子の茗桜女子の校門前に到着すると、絢乃さんはちょうど里歩さんとガールズトークに花を咲かせながら歩いて来られるところだった。それも、よくよく聞き耳を立ててみるとちょうどタイムリーにバレンタインチョコの話をされているではないか。「――んじゃ、告るのは別にいいとして、チョコだけでもあげたら? 桐島さんってスイーツ男子だし、絢乃の手作りチョコなら喜んで受け取ってくれると思うよ」「手作りねぇ……。やってる時間あるかなぁ」 里歩さんからのアドバイスに対して、絢乃さんはチョコを手作りされることにお悩みのようだった。その前に、里歩さんが何かサラッとトンデモ発言をされていたように聞こえたが、それは聞き流すことにした。「そこはまぁ、来週はテスト期間だし。休みの日もあるし? あたしも部活休みだし準備とか手伝ってあげられるから」「うん……、じゃあ……考えてみようかな」「――『考えてみる』って何のお話ですか? 絢乃さん」 僕は彼女たちの会話をその部分からしか聞いていなかったことにして、僕の存在にまだ気づいておられなかった絢乃さんに声をおかけした。すると、オフィスでは冷静で落ち着いておられる彼女が思いっきり驚いて飛び上がっていた。「早かったねー」と彼女が声を上ずらせたことも、いつもは部活に出ていてご一緒ではない里歩さんが一緒だったことも、僕はあえてスルーした。ガールズトークに男がおいそれと首を突っ込んではいけないのだ。 会社へ向かう車内で、僕は絢乃さんに訊ねてみた。小学校からずっと女子校だった彼女に、チョコを差し上げる相手がいらっしゃるのかを。 すると、里歩さんや広田常務、小川先輩など女性たちの他に社長と専務のお名前も挙がったがそこに僕の名前はなく、僕の分はないのかと肩を落としかけると、最後にこう言われた。「あと……ね、貴方にも。一応手作り……の予定」と。「……えっ? 本当ですか!?」 その言葉に、僕が小躍り
last updateLast Updated : 2025-10-24
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抑えきれない想い PAGE12

 ――バレンタインデーの前に、また絢乃さんに惚れ直すような出来事があり、僕の彼女への抑えきれない恋心はますます深まった。僕もひどい目に遭わされた総務課のパワハラ問題解決のために、彼女自ら動き出されたのだ。 彼女はどうしてご自身のためではなく、僕やほかの人のためにここまでできるのだろう? それも自己犠牲なんかじゃなく、前向きな理由から。彼女のそういうところに、僕は一人の異性としてだけでなく一人の人間としても惹かれていたんだと思う。 ――そして迎えたバレンタインデー。その日、絢乃会長は学年末テストの最終日ということで、僕は午前十一時半ごろに学校までお迎えに上がった。 クリスマスイブと同じく粉雪が舞うほど寒い中待っていると、彼女は黒いピーコートの肩から提げている通学用バッグの他に、何やら大きめの紙袋を手にして出てこられた。――紙袋の中身はもしかして、彼女がもらった大量のチョコだろうか。 スカートの裾から覗く、剥き出しの膝のあたりが赤くなっていて寒そうに見えた。「会長、学年末テストは今日まででしたよね。お疲れさまでした。――で、その紙袋は何ですか?」 助手席に乗り込まれた彼女に訊ねてみると、案の定後輩たちや里歩さんから頂いたチョコだというお答え。お一人では食べきれないので、会社の給湯室で保管しておいてほしい、とのことだった。 世間に「女子校バレンタイン」なるものがあるということは僕も知っていたが、実際に目の当たりにするのはこれが初めてだった。まるでどこかの某有名歌劇団のようだ。 里歩さんは絢乃さん以上の数のチョコをもらっていて、「女の子にモテまくるのも困る」と笑っておられたらしい。彼氏持ちらしいが。「でも安心して。もらうばっかりじゃなくて、わたしもちゃんとチョコ用意してあるからね」「えっ? もしかして僕の分は……」 もしや本当に手作りだろうかと、僕は期待を膨らませた。絢乃さんは有言実行の人だから、「手作りする」と言っておきながら「やっぱりやーめた」なんてことはないはずだ。 そして、彼女に対しては何の疑いもなく期待を抱くようになった自分に少し驚いていた。「それはナイショ♪ じゃあクルマ出して下さ~い」「はい!」 僕はワクワクする気持ちを抑えられず、鼻唄でも歌いそうになりながらクルマを発進させたのだった。 ――この数時間後、僕はとんでもない大失
last updateLast Updated : 2025-10-24
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抑えきれない想い PAGE13

   * * * * ――オフィスに到着してすぐ、僕は絢乃会長から紙袋にたんまり入ったチョコの保管をお願いされた。ちなみに手作りだった分もあったらしく、それらは別に分けられていた。さすがに手作りチョコまでお裾分けするのは、作って下さった方々に申し訳ないと思われたのだろう。 一人では食べきれないから、秘書室のみんなで分けてもらってもいいと言われたので、僕はそのご厚意に甘えさせて頂くことにした。 そしてその時、僕は彼女からチョコを受け取った。明らかに手作りだと分かる、小ぶりなギフトボックスに入ったそれを受け取り、僕はすっかり舞い上がってしまっていた。 バレンタインデーがこんなに幸せな日だなんて、この時初めて思った。僕にとって、それ以前のバレンタインデーは一体何だったんだろう?「――では、僕はちょっと給湯室へ行って参ります」 絢乃さんから頂いたチョコをビジネスバッグにそっとしまい、大量のチョコを保管するために給湯室へ向おうとしていると、会長が「わたしもちょっと出てくる」とおっしゃった。社長や常務、小川先輩などにチョコを配りに行くのだそうだ。が、それらのチョコは市販品の大袋チョコを小分けしただけのものだった。 僕が不思議に思って訊ねてみると、「細かいことはいちいち気にしないの」とごまかされたが、これはつまり、僕の分だけ彼女にとって特別だったのだと解釈してもいいのだろうか……?  実は給湯室で、僕にひと騒動起きていた。例の「義理チョコこれでもか攻撃」を受けたのである。両手でも抱えきれないくらいの義理チョコを押し付けられ(秘書室の人の分だけでなく、その人たちが他の部署の友人から預かったものもあったと思われる)、どうしたものかと頭を抱えながら秘書席に戻ると、少し後に戻ってこられた会長がデスクの上に積まれた大量のチョコに顔を曇らせた。「へー……。桐島さん、人気あるんだね。それだけもらえるなら、わたしからのチョコはいらなかったかもなぁ」 彼女がふてくされたようにそうおっしゃったので顔を上げると、彼女は「ごめん、何でもない」と小さくかぶりを振った。 「会長が下さったチョコって、もしかして……」と訊ねた僕に、「あなたはどっちだと思う?」と質問返しをされた彼女は、僕から見れば少し傷付いているように見えた。初めて好きになった相手(もちろん僕のことだ)が女性にモテるの
last updateLast Updated : 2025-10-25
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抑えきれない想い PAGE14

   * * * *  ――その日の退社後、ついに僕は暴走してしまった。絢乃さんへの気持ちが抑えきれなくなってしまったのだ。 彼女が無邪気に、久保の分のチョコを用意し忘れたなんて言うものだから、思わずイラっとなってしまったらしい。この人も他の女と同じなのか、男なんてみんな同じだと思っているのかと。 そりゃ、絢乃さんは恋愛初心者だし、男心をよくご存じないのも仕方ないと僕も分かっているが、ここまで鈍感だとは思っていなかったからイラっときたんだろうと今は思う。「……絢乃さんって、まだお気づきになっていないんですか? だとしたらかなり鈍感ですよね」「…………えっ?」 戸惑う彼女の唇を、僕は衝動的に、そして強引に奪ってしまった。それが彼女のファーストキスだと分かっていながら、だ。彼女が本当に僕のことを好きなら怒られはしないだろう、という計算も働いていたかどうか。 「……これでも、まだお分かりになりませんか? 僕の気持ちが」 僕の苛立ち紛れの問いに、彼女はすぐに理解が追いつかない様子だった。……というか、何やってんだ俺! こんな告白の仕方、違うだろ! そりゃ、彼女だって困って当然だ。 彼女が戸惑いながら、「これがわたしのファーストキスだって、あなたも知ってるよね?」と訊ねてきたが、ただ戸惑っているだけなのか怒りの感情も混ざっているのか僕には判断がつかなかった。「はい、知っています。それから、絢乃さん。あなたが僕のことをどう思われているのかも」「……………………ええっ!?」 僕だけのために手作りされたチョコと、義理チョコをたくさんもらった僕に対する傷付かれた様子から、すでに僕は確信を持っていた。小川先輩も言っていたとおり、彼女は僕のことが好きなのだと。「…………あああの、ゴメン! わたし今、頭混乱しちゃっててどう言っていいか分かんない。……えっと、ちょうど週末だし、明日と明後日で頭冷やすから、今日はこれでっ! また来週ね! おっ、お疲れさま!」「…………はぁ、お疲れさまでした」 彼女は混乱からかお怒りからか、あちこちに視線をさまよわせ、結局僕の顔をまともに見ようとしないままバタバタとクルマを降りて行ってしまわれた。「――……………………はぁ~~~っ、ホントに何やってんだよ俺は……」 僕は自分が情けなくて、その場で運転席に突っ伏した。 こんな
last updateLast Updated : 2025-10-25
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思い込みと誤算、そして PAGE1

 ――その日も週末だったため、僕はすっかり絢乃さんに失恋したものと思い込んでしまったまま実家に帰った。「ただいま……」「貢、おかえりなさい。……どうしたのあんた、この世の終わりみたいな顔してるけど」 リビングで出迎えてくれた母は、背中にキノコでも生えていそうな僕を見てそんなコメントをした。どうでもいいが、実の息子相手に何という言い草だろうか。いや、他人にそんなことを言う方が問題だが。「今日、バレンタインデーでしょ。なのにそんな縁起の悪い顔して。……今年はチョコ、ひとつももらえなかったの?」「いや、そんなんじゃないけど……。チョコなら今年もドッサリ」「おう、貢。おっかえり~♪ ぅおっ、今年もチョコ大量だなー。ま、オレには負けるけどな」 続いて顔を出した兄が、ローテーブルの上にドサッと置いた紙袋を見て能天気にそんな自慢をぶっ込んできた。誰も兄貴のもらったチョコの数になんか興味ねえよと毒づきたくなる。こっちはそれどころじゃないというのに。……元はと言えば自分が蒔いた種だが。「…………へぇ。こんなに大量のチョコ、俺一人じゃ食べきれないからみんなで分けていいよ。兄貴も好きなだけ持ってっていいから」「えっ、マジでいいのかよ? お前、くれた子たちに申し訳ないとかそういう気持ちはねえのか?」「別に、どうでもいい」 いちばん好きだと思っていた絢乃さんにふられたと思い込んでいた僕は、不機嫌に吐き捨てた。……が、僕はすっかり忘れていた。帰宅時になって、絢乃さんから頂いた分まで一緒に紙袋へ放り込んでいたことを。「…………あれ? これ一個だけなんか手作りっぽいのあるけど。これ、もしかして絢乃ちゃんから?」「………………だぁぁぁ~~~~っ!? 兄貴っ、それだけはダメ!」 僕はハッとして、兄からギフトボックスを引ったくった。「これは、俺の! 絢乃さんが、俺のためにわざわざ手作りしてくれたんだよ!」 大事に大事に箱を開けると、見るからに手の込んでいそうなチョコレートが六粒、茶色い紙のカップに収まって入っていた。プロのショコラティエが作ったもののように見えたが、お菓子作りの得意な彼女ならこのクオリティーでも頷けた。「あ、それ六個も入ってんじゃん。オレにも一個くれよ」「ぜってーイヤ! これは俺が全部食うの! 感想聞かせてって言われてるし」 僕
last updateLast Updated : 2025-10-27
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思い込みと誤算、そして PAGE2

「――ところで貢、あんたゴハンは? 今日は寒いからクリームシチューにしたんだけど」「うん、腹減ってるからすぐ食うよ。その前に部屋で着替えてくる」「分かった。もうあんたの分だけだから温め直すわね。お兄ちゃんも早く帰ってきてたから、先に食べちゃったし」「サンキュ、母さん。そっか、兄貴今日は早番だったんだ」 僕は絢乃さんからのチョコのフタを閉め、それとカバンを手にして二階の自室へ上がって行った。    * * * * ――僕の実家は銀行の社宅ではなく、父の持ち家である戸建てだ。絢乃さんのお宅ほど立派ではないが、ちゃんとした二階建て。暮らしぶりでいえば、中の上くらいだろうか。 社会人になってからひとり暮らしをしていたものの、毎週末には帰っていたので僕の部屋もちゃんと残っていた。兄とは別々の一人部屋である。 夕飯を済ませてからもう一度部屋に戻った僕は、デスクの椅子に腰かけて絢乃さん手作りのチョコをじっくり味わっていた。「美味い…………。これが手作りなんて信じられないな」 いくつかの層で形成されたチョコはただ甘いだけではなく、ビターチョコのほろ苦さもパンチとして残っていて、なかなか複雑な味だった。 彼女が材料選びからラッピングに至るまで、どれだけの愛情を込めて下さったのかが一粒食べただけでありありと伝わってきた。 でも、それと同時に無理矢理奪ってしまった彼女の唇の甘さまで甦ってきて、僕は自分が何という暴挙に出てしまったんだろうという後悔の念に苛まれた。……まあ、自業自得なのだが。「…………そうだ。絢乃さんにチョコの感想を伝えないと」 デスクの上で充電していたスマホを手に取ると、メッセージアプリを開いた。 電話で伝えてもよかったのだが、あんなことがあった後なので出てもらえない可能性もあったのだ。 実際、彼女からは何の連絡もなかった。チョコの感想を催促されなかったのは、彼女なりの優しさだったのかどうか。〈手作りチョコ、ありがとうございました。すごく美味しかったです。〉「…………なんかありきたりだな」 そう思ったのがそもそもの間違いだったかもしれない。そのせいで、あの後あんな余計な一言まで送信してしまったのだから。〈でも、僕には絢乃さんの唇の方が甘かったですけどね。〉「……………………だぁーーーーっ! 何書いてんだ俺は!? こんなの俺のキ
last updateLast Updated : 2025-10-27
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