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第3話

作者: 元初
由香は木村家へ戻らず、そのまま外に用意しておいたワンルームへ向かった。

ベッドに身を投げた頃には、窓の外はもう真夜中だった。

夕方から今まで、光希は一度も連絡してこない。

労わりの一言も、事情の説明も、安否の確認すらない。

由香は画面を延々と見つめ、目が熱くなるまで離れなかった。やがて携帯を放り投げて目を閉じ、そのまま眠りに落ちた。

翌朝、まだ覚めきらないうちに騒がしさで目が覚めた。

出てみると、光希が人に指図して荷物を部屋に運び込ませていた。

彼女を見るなり、光希は早足で近づいて手を取り、申し訳なさそうに言った。

「由香、悪かった。昨日は会社で急用ができて先に出た。伝える時間がなかった。あとで地震を知った。大丈夫だったか」

平然と嘘をつく男を見つめながら、由香の胸に細い針で刺すような痛みが走った。

昨日、説明が必要だと分かっていながら、彼は嘘をでっちあげ、地震の現場に置き去りにしたことを無かった事にしようとする。

もう別の女を愛しているのに、なぜ自分と結婚しようとするのか分からない。

騙しやすいからか、それとも家では本妻、外では愛人として扱い楽しんでいるのか。

由香が黙ったままなのを見て、光希はため息をつき、髪をくしゃりとなでて言った。

「こういうの好きだろ。いろんなジュエリーを用意した、俺からの詫びだ。もう怒るなよ」

由香は唇を噛みしめ、「いいよ」の一言も言えずにいると、着信音が鳴り響いた。

光希が電話を取り、相手の言葉は聞こえないが、顔色がわずかに変わり、困ったように由香を見る。

「由香、会社で急用ができた。今日は付き合えない。先に行く」

返事を待つこともなく、彼は足早に出て行った。

残ったのはスタッフが荷を出し入れする物音だけ。

どれほど経っただろうか、携帯が鳴った。

開くと、美雪のSNSの投稿だった。

写真には高価なジュエリーが山のように並び、隅には節の目立つ手がさりげなく写り込んでいた。それに中指には見慣れた指輪が光っている。

並ぶ宝石は、今日光希が持ってきた物とまったく同じものだ。

その指輪は、由香の中指にはめられたものとセットだ。

あれは光希の手だ。

由香の目にじわりと痛みが広がり、心臓は握りしめられているかのように苦しく、呼吸さえままならなかった。

愛は真っ二つに割れるのだと知った。

光希の愛は最初から唯一のものではなかったのだ。

「由香さん、すべてのジュエリーをこちらに置きましたので、ご確認ください」

スタッフの声が彼女を現実へと引き戻す。

由香はテーブルの宝石をじっと見て、ふっと笑ってスタッフに言った。

「全部売って。一つも残さずに」

私だけの物じゃないなら、いらない。

処分を済ませた途端、光希から電話が入った。

由香が切っても、またかけてくる。

何度か繰り返してようやくおさまり、メッセージが一通だけ届いた。

【気に入らないなら、今度は一緒に店へ行って選ぼう】

由香はそのメッセージを見たが返信せず、連絡先から長年の友人の名を探し、会う約束を入れた。

彼女はもうすぐここを離れる。

どうしても、きちんと別れを告げておきたい。

夕方、由香は着替えてバーへ向かった。

友人の安藤紗英(あんどう さえ)はすでに待っていて、出国の話にまず目を丸くし、すぐに光希とのことをたずねてきた。

何杯か飲み、由香は伏し目で淡々と言った。

「結婚は譲った」

「ふざけるな!」

紗英がばっと体を起こし、口を開いた。

「相手は光希だよ!彼はあなたに……」

「彼がどうでも、もう関係ない」由香は遮り、かすれ声で首を振った。

「私は正気だよ」

脳裏にまた、子供を抱く光希とその肩にもたれる美雪の光景がよぎる。

その光景に胸の奥をきゅっと締めつけられる。

嘘を付く男なんて、彼女には要らない。

紗英がさらに何か言おうとしたとき、由香は立ち上がった。

「ちょっとトイレ」

個室の前を通りかかると、中から聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。

由香は足を止め隙間から中をのぞく。

光希が腰かけているのが見えた。

顔は薄暗い灯りに隠れ、はっきりとは見えないが、その隣には、白いドレスを纏った美雪が座っていた。
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