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第4話

Author: 元初
由香の全身が凍りついた。

美雪が光希の友達と親しげに笑い合う様子を見るからには今日が初めてじゃない。

光希はいつの間に、美雪を仲間内に入れたんだろう。

由香は何も知らなかった。

あの連中がヘラヘラ「義姉さん」なんて呼んだとき、心の中では由香のことを笑ってたんだろう、枕元の男の心変わりにも気づかない間抜けだって。

爪が肉に食い込むほど握りしめ、由香は個室の中を凝視した。

部屋の中では、みんなが輪になって座り、「王様ゲーム」と呼ばれるゲームに興じて、回したボトルがまっすぐ美雪の前に止まった。

質問が少し意地悪く、周りはすぐに酒を飲ませようとする。

美雪が潤んだ目で光希を見ると、彼は考えもせずグラスを取り、ぐいっと煽ってから場を見渡し、注意する。

「そのへんにしろ。美雪は体が弱い。茶化すな!」

そう言うと、また笑いがあふれる。

数巡して、ボトルはまた美雪の前に止まった。

彼女は再び「罰ゲーム」を選ぶと、隣の人に何かをねだれという内容だった。

美雪はおずおずと光希を見上げ、彼の手首の数珠を指した。

「お兄ちゃん、それ、もらってもいい?」

それは由香が贈ったもの、母から託された唯一の形見だった。

由香の目の前で、光希は木の数珠を指先で二度撫でると、ためらいもなく外して美雪に差し出した。

足元から頭のてっぺんへ、氷のような寒気が一気に駆け上がり、由香の身体は止められぬほど震え出す。

彼女は覚えている。

あのとき自らその数珠を彼の手首にかけながら言った言葉。

「光希、これは私にとって一番大事なものなのよ」

そのとき光希は笑いながら彼女の頭を撫で、こう言った。

「由香がくれたものだから、ずっと身につけてるよ」

前世彼がそれをつけていないのを見つけて問いかけたとき、彼はただ「壊れると困るから、しまってある」と答えた。

その一言を信じて、彼女は二度と数珠の行方を追及しなかった。

まさか、すでに、彼がそれを最も憎んでいた相手に渡していたなんて。

もう、堪えることなどできなかった。

由香は個室の扉を乱暴に開け、目を真っ赤にして光希を見た。

「光希、母の形見が要らないなら返して。どうして美雪にやるの!」

ざわめきは一瞬で止まり、場の誰もが突然の乱入に目を見張った。

光希の瞳孔が縮み、顔に動揺が走った。

彼は早足で由香の前に来て叫んだ。

「由香、誤解だ!そんなんじゃない!」

「じゃあなんなの!」

由香は耳を貸さず、美雪の手にある数珠を奪おうと身を躍らせた。

だが美雪は素早く身をかわし、光希の背後に隠れると、怯えたように彼の服の裾を掴んだ。

「お兄ちゃん……」

光希は何が起こっているのか分からなかったが反射的に二人の間に立ちふさがった。

由香の胸は何か重いものに叩きつけられたように痛み、彼女は光希を見つめ、声を震わせた。

「あなたは……彼女を庇うの?光希、あの女が誰の娘か知ってるくせに、それでも庇うの?」

光希は唇を噛み、低い声で言葉を紡いだ。

「由香、黙ってたのは誤解されたくなかったからだ。美雪は俺を助けてくれたんだ。そのせいで病を抱えることになった。君が彼女の母を嫌ってるのは分かってる。でも……美雪は違う!」

「違うとか関係ない!」

由香は鋭く遮った。

「恩返しがしたいなら自分でやって!なんで私のものを使って貸しを作るのよ!私のものを返して!」

美雪は首をすくめ、涙声で言った。

「でもこれはお兄ちゃんがくれたものなの……本当に気に入ってるの。私が初めてこんなに好きになった物なのに……一度人にあげた物を取り返すなんて、おかしいよ……」

美雪はそう言うと、胸を押さえながら小さく咳き込んだ。

個室の中は、針が落ちても響くほどの静けさに包まれた。

光希は眉をひそめ、美雪の背をさすって息を整えさせると、ゆっくりと由香へ顔を向け、口を開いた。

「由香……譲ってやってくれ!」

声は軽やかに響いたが由香の胸には、鋭い刃となって深く突き刺さる。

彼女は一歩も退かず、今にも裂けそうな赤い目で睨みつけた。

「光希、あれが何か分かってるの?母の形見だよ!それを、母を死に追いやった女の娘に渡して、あの世で母が安らげると思うの!」

光希の喉仏が上下し、何か言いかけたところで、美雪の咳がそれを断ち切った。

美雪は光希の腕にすがり涙目のまま由香へ歩み寄り、数珠を差し出した。

「お姉ちゃんがどうしてもって言うなら、返すよ……」

由香が受け取ろうと手を伸ばした、その瞬間。

美雪がぐいっと由香の手首を掴み、体が大きく後ろへ引っ張られた。

数珠は彼女の手から離れ、空に弧を描き、バラバラと床に落ちた。

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