七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した의 모든 챕터: 챕터 1021 - 챕터 1029

1029 챕터

第1021話

「……髪が、絡まった」詩織は顔を赤くして、もごもごと呟いた。柊也は二人の胸元で絡みつく黒髪の束を見下ろし、その瞳に甘く優しい光を宿す。「動かないで」彼は慎重な手つきで、ボタンから彼女の髪を一本残らず丁寧に解きほぐしてくれた。解放された詩織は半歩後ずさり、乱れた髪を整えながら――ふと、ある嫌な記憶を呼び起こしてしまった。そういえば、彼と柏木志帆も……昔、あのオフィスで真昼間からいちゃついていたじゃないか。しかも、それを目撃したのは他ならぬ私自身だ!あの時、志帆は完全に彼の胸に寄りかかっていたのに、柊也は突き飛ばすどころか、彼女を抱きとめたままだった。そしてノックを忘れた私に対し、冷ややかな顔で「どうして勝手に入ってきた」と咎めたのだ。志帆はわざとらしく「今はちょっと手が離せないから、資料は机に置いておいて」と勝ち誇ったように言い放ち、柊也も「用がないなら、勝手に入って邪魔をするな」と冷たく言い放った……思い出した。完全に思い出した!途端に、詩織の口調はチクリと棘を帯びた。「……随分と経験豊富みたいね」「何が?」柊也は本気でキョトンとしている。「白々しい。柏木志帆がエイジアに赴任してきたばかりの頃、あなたたち、社長室で相当親密にやってたじゃない」彼が口を開くより早く、詩織は畳み掛ける。「言い逃れしようとしても無駄だからね。私、この目でバッチリ見たんだから!」「ああ……確かに、そんなこともあったな」柊也はあっさりと認めた。その言葉を聞いた瞬間、詩織の顔色が無表情になり、クルッと踵を返してドアへ向かおうとする。「おい、待て!」慌てた柊也が手を伸ばし、彼女の腕を引いて無理やり胸の中へ引き戻した。当然、詩織は激しく抵抗する。肘打ちがモロに鳩尾に入り、柊也は「うっ」とくぐもった声を漏らしたが、それでも絶対に腕を離そうとはしない。彼は逃げる彼女をきつく抱きしめたまま、必死に弁解を始めた。「聞いてくれ、あれには事情がある。……実はあの時も、彼女の髪が俺のボタンに絡まったんだ。当時は俺もどう対処していいか分からなくて、無理やり引っ張ったら彼女の髪の束が抜けそうになって……」「何もないのに、いきなり髪がボタンに絡まるわけないでしょ?」詩織の追及は容赦がない。そんな子供騙しの言い訳に引っかかるほど、
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第1022話

柊也は沈黙した。 数秒、あるいはもっと長い時間が流れたかもしれない。 やがて彼は、ゆっくりと抱きしめていた腕を解いた。自由になった詩織は、彼を真っ直ぐに見上げて、真剣な眼差しで問いかけた。「柊也。私には……話してくれない?」完全な防音仕様の社長室は、針が落ちる音すら聞こえそうなほどの深い静寂に包まれた。その沈黙はあまりにも長かった。彼の暗い瞳は前髪が落とす影に沈み込み、その奥にどんな感情が渦巻いているのかは読み取れない。やがて、柊也はそっと手を伸ばし、詩織の髪をひどく丁寧に撫でた。かつてないほど優しく、そして痛々しい声で囁く。「俺のすべてを君に打ち明けてもいい。……だが、あのことだけはダメだ」その答えに、詩織の胸の奥が少しだけ痛んだが、驚きはなかった。賀来柊也という男は、一族の誰もが羨望する完璧な後継者であり、父親である海雲の絶対的な誇りだ。だが、その完璧な仮面の裏で、彼が過去にどんな地獄を味わってきたのか、本当のところは誰も知らない。あれほど親しい太一でさえ、核心には触れさせてもらえないのだ。彼が何年もの歳月を費やし、必死に土の底へ埋め戻した過去。それを今更、誰かの前で掘り返したくないのは当然のことだった。どれほど真実を知りたくても、未だ血の滲む彼の傷跡を、無理やり引き剥がすような真似はしたくない。詩織はふわりと目を細め、再び彼に寄り添ってその腰に腕を回した。温かい胸に頬をすり寄せる。「あなたが話したくないなら、もう二度と聞かない。……これからは、みんなが平穏でいられればそれでいいの」何よりも、柊也自身が穏やかに笑っていてほしい。あまりにも過酷なものを背負いすぎた彼が、これからの人生、少しでも光の当たる道を歩んでいけるようにと祈るばかりだ。柊也の答えは、無言で顔を寄せ、再び彼女の唇を塞ぐことだった。ただ、今回の彼の唇は、恐怖か悲しみか――微かに小刻みに震えていた。詩織はその震えを受け止めるように、彼の背中に回した腕に優しく力を込め、限りなく甘く、柔らかくそのキスに応えた。......ネットの炎上はさらに過熱し、それに比例して華栄の株価は下落の一途を辿っていた。わずか三十六時間足らずで、あっという間に数兆円もの時価総額が吹き飛んでいる。SNS上には、詩織を名指しで非難する声が大規
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第1023話

それを皮切りに、タイムラインを埋め尽くしていた怒りのコメントが、嵐に吹き飛ばされるように次々とごっそり消滅していく。まるで、見えない巨大な手がネット上の痕跡を消しゴムで狂ったように消して回っているかのようだった。わずか十分後には、トレンドランキングから「華栄」や「江崎」というワードが跡形もなく消え去り、代わりに有名アイドルの熱愛スクープがトップに躍り出る。三十分も経つ頃には、アンチコメントを書き込んでいたユーザーのアカウントが次々と『規約違反のため凍結されました』という表示に変わり、完全に沈黙した。喧騒にまみれていたネット上の戦場が、嘘のように静まり返ったのだ。密はタブレットに表示されるネガティブな関連データが急激にゼロに近づいていくのを見て、呆然と目を見開いた。「……どういうことですか、これ……たった今までは、何百万人もの人たちが一斉に叩いていたのに……」仕事の手を休め、詩織が顔を上げる。密は慌ててタブレットを差し出し、信じられないという顔で画面の異変を説明した。詩織は軽く眉を上げ、すぐに合点がいったように自分のスマートフォンを取り出すと、ある番号へ発信した。コール音が鳴るか鳴らないかのうちに電話は繋がり、可愛らしい少女の声が耳に届いた。「詩織お姉ちゃん」「こんな時間まで、どうして起きてるの?」詩織は優しく問いかけた。いま、小春がいる場所はすっかり夜が更けていて、とっくにベッドに入っている時間のはずだ。「ちょうど寝るとこだったよ」小春は無邪気に答える。「あの人たちのアカウント、あなたがハッキングしたの?」隠し通せないと悟ったのか、小春はあっさりと認めた。「だってお姉ちゃんの悪口言われるの、見たくなかったんだもん」小春にとって、詩織はこの世界で誰よりも優しくて大好きな人だった。事情も知らない赤の他人が、詩織を悪く言う資格なんて絶対にない。詩織は呆れたように、小さく息をついた。「大人の事情には首を突っ込まなくていいの。いい子だから、もう寝なさい」詩織の言うことにはいつも絶対服従の小春は、素直に「わかった」と返事をした。通話を終えて安堵したのも束の間、再び密が血相を変えてドアをノックしてきた。「し、詩織さん!大変です。木村取締役たちが緊急の役員会議を招集しました。噂では……」その先を口にする
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第1024話

詩織はゆっくりと顔を上げ、顔面を蒼白にさせている役員たちを順に見渡した。その口元には、真意を読み取らせない極めて薄い笑みが浮かんでいる。「木村様、そして皆様。どうか落ち着いてください」決して大きな声ではなかったが、不思議なほどよく通り、騒然としていた会議室が水を打ったように静まり返った。詩織は上半身をわずかに前へ傾け、組んだ両手の上に顎を乗せた。その瞳は深い湖のように静まり返っている。「華栄の基盤は揺るぎません。今回の騒ぎも、ほんの少し風が吹いただけに過ぎない。ですが、皆様がご心配なさっている退路については……」そこで言葉を区切り、木村の目を真っ直ぐに見据えて、一言一言はっきりと告げた。「あの時の買い取りの約束は、現在も有効です」強張っていた木村の肩から、一気に力が抜けた。「……それなら、いい」結局、会議が終わるや否や、四名の株主が株式の買い取りを正式に要求してきた。四人の持ち株比率は決して高くないものの、一斉に買い取るとなれば、華栄にとっては莫大な現金の流出となる。しかも、泣きっ面に蜂とはこのことだった。この最悪のタイミングで、衆和銀行の株主の一人である霜花が、融資の引き揚げを通達するために華栄へ乗り込んできたのだ。かつて京介が彼女との関係を清算しようとした際、財産分与として衆和銀行の株式の一部を霜花に譲渡していたため、現在の彼女には華栄からの資金引き揚げを決定する権限があった。詩織は経営者として、淡々と霜花を社長室の応接スペースへ案内した。ゆったりとした本革のソファに腰掛ける霜花の態度はひたすら優雅で、少し上向いた顎からは、生まれ持った特権階級の傲慢さがにじみ出ている。あらかじめ用意していた書類をテーブルの中央へ滑らせると、指先でコツコツと天板を叩き、隠そうともしない圧力をかけてきた。「江崎社長、銀行のリスク管理部門は慈善事業じゃないの。華栄の今の炎上ぶりも、株価の暴落も、火を見るより明らかでしょう?役員会にはすでに話を通してあるわ。融資の引き揚げはあくまで正当なコンプライアンスなんだから、私としてもどうしようもないのよ」霜花はそこで言葉を切り、デスクの向こうで沈黙を貫く詩織を見据え、微かに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。室内は、空調の微かな動作音が聞こえるほど静まり返っている。突き出された
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第1025話

詩織だって、もともとはただの秘書上がりじゃないか。どうして彼女ばかりが持ち上げられ、何から何まで自分の上を行くというのか。霜花の表情が少し和らいだその直後、京介から電話がかかってきた。画面の着信名を見た瞬間、霜花の心は弾んだ。京介から自発的に連絡してくることなど、随分と久しぶりだったからだ。彼女は待ちきれないように通話ボタンを押し、昔のように甘い声で呼びかけた。「もしもし、京介、私……」だが、次の言葉を紡ぐ前に、京介の鋭く厳しい声に遮られた。「お前、華栄に行ったのか」霜花は言葉を失い、瞳に宿っていた喜びの光が一瞬で消えうせた。自然と声のトーンが沈み、冷笑が漏れる。「詩織のやつ、もうあなたに泣きついたの?」表では平然と澄ましておきながら、裏ではすぐに男に縋りつく。彼女の強がりなんて、結局はその程度だったのだ。京介は霜花の皮肉には答えず、氷のように冷たい声で続けた。「華栄からの資金引き揚げには、俺は同意しない」「言っておくけど、私だって衆和銀行の株主よ。この決断を下す権利はあるわ」「俺は同意しないと言ったんだ!」京介の強圧的な態度が、霜花の反発心をさらに煽った。「なら、役員会議を開いて採決を取りましょう!」電話の向こうで、京介が息を呑む気配がした。華栄の惨状は、誰の目にも明らかだ。もし本当に採決を取れば、結果は霜花の思惑通り『資金引き揚げ』で満場一致となるのは目に見えている。京介は怒りを押し殺したように言った。「わかった。俺が出張から戻り次第、会議を開いて決める」京介の意図など、霜花には痛いほどわかっていた。時間稼ぎだ。詩織がわずかでも息を吹き返す時間を与えようとしているのだ。霜花は鼻で笑い、スマートフォンを握りしめながら薄情な声で告げた。「リモート会議でもできるわよね。これから衆和に戻ってすぐにオンライン会議をセットするから。宇田川社長も時間通りに参加してくださいね」「霜花!」京介の低く怒鳴る声が響いたが、霜花は容赦なく通話を切った。その顔は、先ほどよりもさらに冷え切っている。「次はあなたの番よ」霜花が傍らの真理子に視線を向ける。真理子は無言で頷き、バッグを手にして車を降りると、迷いなく華栄ビルへと歩いていった。その後ろ姿を見送りながら、霜花は口角を冷酷に歪めた。
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第1026話

差し出された契約書に踊る金額を一瞥し、詩織の口元に微かな冷笑が浮かぶ。「市場価格より三割も安いですね。私が慈善事業でもやっているとお思いですか?」「江崎社長、そんな計算の仕方はナンセンスだわ」真理子は上半身を乗り出し、デスクの上で両手を組みながら、さも善意で忠告でもするかのような口調を作った。「あなたのところ、今どうしても現金が要るんでしょう?銀行の融資引き揚げ、株価の暴落。華栄のキャッシュフローがどれだけ逼迫しているか、社長自身が一番よくわかっているはずよ。この首が回らないタイミングで、現生をポンと出してくれる人がいる。これは買いたたきなんかじゃない、渡りに船って言うのよ」『渡りに船』——そう強調した真理子の眼差しには、隠しきれない優越感がちらついていた。詩織は静寂を湛えた瞳で、真理子の顔を見すえた。真理子の腹の底など、手に取るようにわかる。渡りに船などではない。単なる火事場泥棒だ。さっきの霜花と同じ。弱り切った隙を突き、華栄の息の根を止めようとしているのだ。現在の華栄の深刻な手元資金不足を見透かした上で、これ以上ないほど安い対価で、詩織が持つ最大の価値ある切り札をかすめ取ろうという算段である。「渡りに船、ですか」詩織は冷たく吐き捨てた。「その船は少々火の気が強すぎるようですね。火傷をしないよう、お気をつけて」真理子の顔色がわずかばかりこわばったが、すぐにビジネスライクな表情を取り繕った。「江崎社長、ビジネスは戦場よ。チャンスは一瞬で過ぎ去ってしまうわ」「ここで渋っていれば、華栄の首はどんどん絞まるだけ。いざやっぱり売るとなった時には、こんな好条件すら出せなくなっているかもしれないわよ」詩織はすぐには返事をせず、白く細い指を伸ばして、契約書のページをゆっくりとめくった。静まり返った室内で、紙の擦れるかすかな音だけがやけに響き渡る。しばらくして、詩織は契約書をパタンと閉じ、真理子の方へ押し戻した。「二割引き。それが私が譲歩できるギリギリのラインです」静かながらも底知れぬ圧力を秘めた眼差しを、真理子に真っ直ぐに向ける。「ご一考ください。この価格であれば、あなた以外の誰にでも売れますから」それが紛れもない事実であるとわかっているからこそ、真理子の顔が苦々しく歪んだ。もっと買い叩けると思っていたの
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第1027話

下手に詮索してプレッシャーを与えたくないからだ。しかし、ベッドに入ってからもミキは寝返りを打つばかりで、一行に眠れなかった。どうすればいい。どこからかまとまった大金を作って、詩織のピンチを救う方法はないのか。頭を悩ませ続けた末、ミキの頭にある一つの考えが閃いた。ベッドに身体を起こし、しばらくためらっていたが、意を決して白彦の番号を呼び出す。着信から応答までの時間はわずかだった。あまりに早く出たせいで、ミキは一瞬言葉に詰まってしまう。十秒近い沈黙を破り、先に口を開いたのは白彦の方だった。「……どうかしたのか?」ミキは腹を括って切り出した。「前、あんたが言ってたこと。もし公正証書を破棄してやり直すなら、由木グループの株を十パーセント譲るって話、あれ、まだ有効?」白彦は少し間を置いてから、低く答えた。「ああ。まだ有効だ」本音を言えば、一度は断ち切ったあの男との鎖を繋ぎ直し、復縁して再び鳥かごに戻るなんて、虫唾が走るほど嫌だ。だが、それで詩織を助けられるのなら、あの男の支配下に戻る泥水をすすってでもやってやる。「明日、時間ある?直接会って話したいんだけど」ミキは単刀直入に切り出した。「ああ。君は今、江ノ本市にいるんだったな?」今回の白彦の返事は早かった。「そうよ」「明日の朝一番でそっちへ向かう」「わかった」ミキは短く応え、さっさと通話を切った。電話を切るや否や、白彦はすぐさま秘書に連絡を入れた。「江ノ本市行きの最も早いフライトをとってくれ」秘書はすぐに調べて答える。「最短で、明朝五時の始発便になります」「ならいい。車で直接行く」白彦は言い放った。明日の朝のフライトまでなんて待っていられない。時間が空けば、ミキの気が変わってしまうのが恐ろしかったのだ。秘書は耳を疑った。「……いまから、ですか?」「ああ、今すぐだ。夜通し運転して江ノ本へ向かえ」金曜日。今日は詩織の誕生日である。本来ならお祝いムード一色になるはずの喜ばしい日だ。だが、華栄の株価はこの日の午前中にして再びストップ安というどん底に落ち込んでいた。「あとで誕生日パーティーでね」出勤前、いつもと変わらぬ様子で笑う詩織をミキは見送り、その後すぐに自分も身支度をして家を出た。タクシーを拾う前に白彦へ連絡して
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第1028話

ミキは信じられない思いで車の中を覗き込んだ。そして、運転席の奥に座る澪士と目が合った瞬間、ホッと長いため息をついた。「本当に、本当に申し訳ありません!お客さんがお急ぎだったので、つい焦ってぶつけてしまって……わざとじゃないんです!」タクシーの運転手は必死に平謝りしている。元々は事務的に警察と保険会社を呼ぼうとしていた澪士だったが、窓の外にミキの姿を見つけた途端、表情が止まった。「その乗客って、あんたのことか?」ミキが頷く。「そうよ」「……ならいい」澪士はため息混じりにタクシーの運転手を見た。「あんたの車、まだ走れるか?」運転手は無惨に凹んだ自分の車のフロントを一瞥した。「……無理っぽいです」車の格の違いとは恐ろしいものだ。タクシーのフロントはベッコリといっているのに、マイバッハの方はプロテクションフィルムが少し剥がれた程度だった。澪士は、自分の運転手にはこの場に残って事故処理をするよう指示を出すと、自ら車を降りてミキの前に立った。「どこ行くんだ?送るよ」ミキはとにかく時間がなかったので、おとなしく好意に甘えることにした。だが、助手席に乗り込む直前、マイバッハの運転手に向かってしっかりと言い残す。「悪いけど、修理代は全額私が払うから、とりあえず立て替えといて。あとで請求書を送ってちょうだい」タクシーの運転手は、神様か仏様でも見るような顔で涙ながらにミキを拝んでいた。澪士が自らハンドルを握り、マイバッハが走り出す。道中、彼が不思議そうに尋ねてきた。「今日って、詩織の誕生日だろ?インターコンチネンタルホテルへ向かってるんじゃないのか?それにしちゃあ、時間が早すぎるけどな」澪士も詩織の誕生日のためにわざわざ江ノ本市へ来ていたため、てっきりミキもパーティー会場へ向かっているものだと思っていたのだ。だが、ミキの口から出たのは予想外の言葉だった。「ホテルじゃないの。急いで白彦に会いに行かなくちゃならなくて」澪士の両手が、無意識のうちに強くハンドルを握りしめた。数秒の沈黙の後、抑揚のない声で聞く。「……ああ。まだ財産分与の話でも揉めてるのか?」「ううん」ミキは首を振った。「公正証書を破棄して、元サヤに戻るための話し合いよ」その言葉が落ちた瞬間、マイバッハが急ブレーキをかけた。「きゃっ!?」ミキは不意
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第1029話

澪士はすぐには口を開かなかった。ただ、いつもの皮肉めいた口角の歪みが消え、代わりに薄く、だが確かな喜びの感情がその横顔に浮かんでいた。ちょうどその絶妙なタイミングで、ミキのスマートフォンに白彦からの着信が入る。ミキは通話ボタンを押した。「いまどこだ?」という白彦の問いかけに、ミキは一瞬だけ考え、キッパリと言い放った。「いろいろ考えたんだけど、やっぱり私たち、完全に縁を切りましょう。復縁の話はナシ」「…………」電話越しに白彦が絶句する気配が伝わってくる。こちらから電話して揺さぶっておきながら、土壇場でひっくり返すのは確かに人道に反するだろう。だが、ミキは心からホッとしていた。だからこそ、少しだけ申し訳なさそうに謝罪を口にする。「ごめんなさいね、わざわざ無駄足ふませちゃって」数秒におよぶ重苦しい沈黙の後、白彦が地の底を這うような低い声で尋ねてきた。「……株の割合が少ないのが不満なのか?なら、上積みしてやる」「十パーセントで足りないなら、二十パーセントだ」ミキは一瞬、耳を疑った。二十パーセント?いくらなんでも多すぎる。白彦が持っている由木グループの持ち株比率は五十一パーセントのはずだが、その半分近くを渡すというのか。それでも、ミキの答えは変わらなかった。「お金の問題じゃないの。昨日の夜の電話は、なかったことにして。ごめん」それ以上白彦に口を挟む余地を与えず、ミキはそのまま通話を切った。一部始終を真横で聞いていた澪士の口角が、どんどんつり上がっていく。ミキがスマートフォンを下ろすのを見届け、彼はいかにも意味ありげな笑みを浮かべて尋ねた。「で、今からどこへ行くんだ?」「決まってるでしょ、インターコンチネンタルホテルよ!」澪士は喉仏を上下させ、視線を再び前方の道路へと戻した。本革のハンドルを叩く長く綺麗な指の動きは、先ほどよりもずっと軽快なリズムを刻んでいた。一方、その頃。電話を切られてからずいぶんと時間が経っても、白彦は立ち直れずにいた。人にすっぽかされるというのは、これほどまでに惨めな感覚だったのか。かつての彼は、ミキに対して幾度となく同じことをしてきた。自分が投げたブーメランが、いまこの身に深々と突き刺さって、初めてその痛みを思い知ったのだ。白彦はスマートフォンをし
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