All Chapters of 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Chapter 771 - Chapter 780

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第771話

罵り終わらないうちに、プツンと通話が切られた。「あのアマぁぁぁ!」ミキはスマホを握りしめたまま、放送禁止用語を叫んだ。「何があったの?璃々子が何か言った?」言葉を失うほど激昂しているミキを見て、詩織がそっと問いかけた。電話の相手が璃々子であることは察したが、会話の内容までは聞こえなかったのだ。ミキが荒い息を吐き出す。「忙しいから邪魔しないで、だって」「こんな朝早くから、何をそんなに忙しくすることがあるのよ?」「こんな朝早くから、何が忙しいかって言ったら……」ミキは意味深に言葉を濁した。詩織が呆気にとられる。まるで禅問答だ。次の瞬間、ミキは跳ね起きるようにベッドから飛び出した。その身軽さに詩織が目を丸くする。なかなかの身体能力だ。「どこへ行く気?」「決まってるでしょ!あのクズ男と泥棒猫をシメに行くのよ!」ミキは導火線の短いダイナマイトのような性格だ。一度火がついたら誰にも止められない。詩織は止めるのを諦め、自分もベッドを降りた。せめて彼女が暴走して怪我をしないよう見守り、いざという時は加勢しなければ。そう思って立ち上がった瞬間、太腿の付け根に走る激痛に襲われた。足腰に力がうまく入らず、その場に崩れ落ちそうになる。とっさに近くの机に手をかけ、なんとか体を支えたが、顔が一気にカッと熱くなった。あのバカッ!心の中で柊也への呪詛を吐き捨てずにはいられない。二人がまさに部屋を出ようとした時、来客があった。澪士だ。手には、行列店でわざわざ買ってきたというテイクアウトのデリが二つぶら下がっている。「どこへ行くんだ?」ミキが歯をむき出して答える。「人殺しよ」澪士は何食わぬ顔で返した。「そりゃ面白そうだ。俺も混ぜろ。殺人はまだ未経験なんでね」詩織は天を仰いだ。……なんで会話が成立してるのよ。この二人の思考回路は、特殊な周波数で繋がっているに違いない。ホテルの客室。バスルームから出てきた白彦は、璃々子の姿を見て驚いた。「いつ来たんだ?」「ついさっきよ、秘書の人が開けてくれたの」璃々子は、さもあったことのように付け加えた。「あ、彼なら朝食を頼みに行ったわよ」白彦はそれ以上追及せず、ベッドサイドに置かれたスマホを手にした。画面は暗いまま。メッセージも着信も入っていない。
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第772話

秘書との通話内容を聞き、璃々子が慌てた様子で立ち上がる。「白彦兄さん、私、帰るわ。誤解されたら大変だし」だが、二、三歩歩いただけで顔をしかめ、「痛っ……」と声を漏らした。白彦は眉をひそめて駆け寄り、彼女の体を支える。「まだ足、治ってないのか?」璃々子の目が潤み、赤くなった。「昨日の夜、ホテルの前にパパラッチが張り込んでたの。変な記事を書かれたくなかったから病院には行かずに、部屋で自分で冷やしたんだけど……ここに来る時、無理したからぶり返しちゃったみたい」「わかった。そこに座っていろ。後で病院へ連れて行く」白彦は即座に提案した。「でも、ミキさんが……」「気にするな」白彦は彼女をベッドに座らせる。「お前の怪我の方が大事だ」璃々子は素直に従い、大人しくベッドに腰を下ろした。その時、廊下からドンドンドン!とけたたましい音が響いた。ミキと詩織が部屋の前に到着し、ドアを叩いているのだ。白彦は不快げに眉間に皺を寄せた。ミキのこういう騒々しい無神経さがたまらなく嫌いだ。ここはホテルだ。他の客の迷惑になる。彼は急いでドアを開けに向かった。ミキが二度目を叩こうと手を振り上げた瞬間、ドアが開いた。白彦が冷ややかな目で立っている。「静かにしろ。他の客に迷惑だ」ミキはあまりの言い草に、怒りを通り越して笑ってしまった。「他の客?あんたが迷惑なだけでしょ?」「なんだと?」「どきなさいよ!」ミキは白彦を突き飛ばし、強引に部屋の中へと踏み込んだ。一歩足を踏み入れれば、そこにはベッドの上にちょこんと座る璃々子の姿があった。ここはスイートルームだ。ソファもあれば椅子もあり、なんならふかふかの絨毯の上に座ることだってできる。それなのに、わざわざベッドを選ぶとは。あまりにも露骨すぎる挑発だ。白彦はもはや隠す気もないらしい。璃々子は服こそ着ているが、ミキの目には、それがかえって白々しく映る。さらに腹立たしいのは、璃々子のその白々しい演技だ。「あら、ミキさん。どうしたの?」小首をかしげ、無邪気を装うその声色。さきほどの電話で見せた傲慢さとはまるで別人だ。だがミキは、そんな猿芝居に付き合う気など毛頭ない。ツカツカと歩み寄るや否や、躊躇なく右手を振り抜いた。パァンッ!!乾いた破裂音が室内に響き渡る。強烈な
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第773話

白彦は失望を隠そうともせず、冷ややかに言い放つ。「お前は分別のある人間だと思っていたが……買いかぶりすぎだったようだな。こんなくだらないことで騒ぎ立てるとは」ミキの中で何かが弾けた。「……くだらないこと?」震える声で彼女は問うた。「白彦、あんたの脳みそは犬のエサにでもなったの?私がパパ活疑惑で社会的に抹殺されかけてるのが、あんたには『くだらないこと』に見えるわけ?そんなに寝取られ願望があるなんて知らなかったわよ!」全身が怒りで痙攣していた。失望しているのはこっちだ。白彦が一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。「パパ活……?誰がそんなデマを?」「そこの女よ!」ミキが璃々子の鼻先を指差して叫ぶ。白彦は反射的に否定した。「まさか……何かの間違いだろ?」璃々子もさめざめと泣き崩れる。「ひどい……ミキさん、私そんなことしてないわ。信じて……私がそんなことするわけないじゃない」「しらばっくれるな!あんたがステマ部隊を飼ってることなんて、業界じゃ公然の秘密なんだよ!私を叩いてるアカウントを片っ端から見てみなさいよ。過去の投稿は全部あんたへのヨイショ記事ばっかりじゃない!馬鹿にするのもいい加減にして!」証拠を突きつけられても、璃々子は首を横に振り続け、さらに涙の量を増やした。「違うの、本当に知らないの……」その演技力、ドラマの本番で発揮すればいいのに。そうすれば大根役者なんて呼ばれずに済んだだろうさ。ミキは冷めた目でそう思った。「信じて……お願い……私がそんなことするわけない」白彦の視線を感じた璃々子は、堰を切ったように泣き崩れた。「今のネットなんて元々めちゃくちゃなのよ。一部の過激なファンが勝手に騒いでるだけ。私とミキさんがライバル関係だからって、対立を煽ってる人たちがいるの。私が指示したわけじゃないわ」「……本当にやってないんだな?」白彦の問いかけに、璃々子は涙をポロポロと流しながら必死に頷く。ミキの平手打ちは、かつてアクション女優を目指して鍛えた本気の鉄拳だ。並の力ではない。璃々子の両頬は見るも無残に腫れ上がっていた。その姿に、白彦の胸に同情が湧く。彼は璃々子をかばうように前に立ち、ミキを睨みつけた。「聞いたか?彼女は無実だ!」「こいつの言うことなら、屁だって香水だと信じるのね!」ミキは怒りで視界が真っ赤だ。
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第774話

そしてミキを睨みつける。「ミキさん、何様のつもり!?私への当てつけで白彦兄さんを叩くなんて!彼は関係ないじゃない!」その剣幕は、まるで夫を守る妻のようだ。だが、彼女がミキに詰め寄ろうとした瞬間、詩織が立ちはだかり、無言で突き放した。璃々子はたじろいだ。今の詩織は、自分など指先一つでひねり潰せる権力者だ。逆らえるはずがない。彼女は悔し涙を浮かべ、泣きつくように白彦を見上げた。「ごめんなさい、白彦兄さん……私のせいで……」「お前のせいじゃない」白彦は璃々子を背にかばい、冷え冷えとした目でミキを見下ろした。「悪いのは教養のカケラもないこの女だ」その眼差しには、侮蔑と失望がありありと浮かんでいた。部屋は暖房が効いているはずなのに、ミキの全身は凍りついたように冷たい。言葉が出てこなかった。あまりのショックに、喉が張り付いてしまったのだ。その姿を見て、詩織は胸が痛んだ。まるでかつての自分を見ているようだ。彼女はそっと歩み寄り、冷たくなった親友の手を握りしめた。ミキは詩織の温もりに気づき、力なく微笑んだ。だがその笑みは、あまりにも脆く、哀しげだった。ドアの向こうが再び騒がしくなった。入ってきたのは響太朗と小春だ。背後にはお馴染みのボディガードが二人、影のように従っている。響太朗は生来のオーラというものを纏っていた。ただそこに立つだけで、場の空気がぴんと張り詰める。彼が鋭い視線を璃々子に向けるだけで、彼女は怯えた小動物のように肩を竦め、白彦の背後へと逃げ込んだ。「小春の手が必要だと聞いたが?」詩織へと向き直ると、響太朗の瞳から険しさが消え、柔らかな色が差す。詩織は手短に状況を説明し、何を求めているかを伝えた。小春は即座に理解したように頷く。「なるほどね。IPアドレスを追えばいいのね。楽勝だよ!」彼女は愛用の超小型ノートPCを取り出した。響太朗が特注で作らせたという代物で、見た目は玩具のようだが中身は化け物スペックだ。軽快なタイピング音が部屋に響く。小春が独自のプログラムを走らせると、画面に文字列が滝のように流れ落ちていく。ものの数分もしないうちに、解析結果が表示された。「ほら、見て。この誹謗中傷記事を投稿してるアカウント群のIPアドレス、全部一緒。しかもこれ、以前に早川璃々子の提灯記事を
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第775話

白彦は数秒、無言で彼女を見つめた後、静かに瞼を伏せた。「わかった。信じるよ。……後のことは俺が片付けるから、お前はあっちに行っててくれ」その言葉を聞いて、璃々子は安堵の表情を浮かべ、素直にバスルームへと退避した。ミキは冷めた目でその茶番劇を眺めていた。白彦はゆっくりと視線を巡らせ、最後に詩織と響太朗を見据えた。「もし、万が一これが璃々子の関与したものだとしても……その責任は俺がすべて負う」ミキの手のひらで、爪が肉に食い込んだ。血が滲むのを感じながら、彼女は尋ねた。「何の権利があって?不倫相手として?」「そんな言い方をするな」白彦は眉をひそめ、不快感を露にした。「皮肉めいたことを言っても何も解決しない。望みを言え。できる限り叶えてやる」ミキは即座に切り返した。「じゃあ、離婚届に判を押して」白彦は即答で拒絶する。「離婚以外だ」「なら話すことは何もないわ。あの女に公開謝罪させて!それから芸能界も引退させること。それが条件よ」ミキの瞳の奥に、氷の刃のような冷酷さが宿る。白彦は心底失望したようにため息をついた。「璃々子がどれほどこの仕事に情熱を注いでいるか知っているだろう?なぜそこまで追い詰める?お前はいつからそんなに狭量になったんだ」ミキは言葉を失った。この期に及んで、まだあの女をかばうのか。動かぬ証拠を突きつけてもなお、被害者である妻より加害者を優先するというのか。しばらく呆然としていたミキだったが、ふと唇の端を吊り上げ、笑みを浮かべた。心臓が絞られるような痛みを必死に堪えながら。「私、やられたら倍にしてやり返すタチなのよ。だから、あの子にはきっちりと落とし前をつけてもらうわ。絶対にね!」言い捨てると、彼女はきびすを返して部屋を出て行った。もう一秒たりとも、この男と同じ空気を吸いたくなかった。詩織は慌てて後を追った。今のミキを一人にするのは危険だ。スマホが震える。澪士からのメッセージだ。【ミキについててやってくれ。こっちは俺が片付ける】ホテルのエントランスで、ようやくミキに追いついた。彼女は入り口に立ち尽くし、行き交う車をぼんやりと眺めている。凍てつくような冬の風が容赦なく吹き付け、彼女の心を芯から冷やしていくようだった。「……自分が男を見る目がなかったって認めるの、こんなに辛いこ
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第776話

車に乗り込む直前、白彦はふと思い出したようにスマホを取り出し、指を滑らせた。送信先はミキだ。再び着信拒否されている可能性も頭をよぎったが、構わず送信ボタンを押す。一方その頃、ミキは詩織と共に行きつけのカフェにいた。辛いことがあると甘いもので心を埋めるのが、彼女の長年の癖だ。それを誰よりも理解している詩織が、あえてここへ連れ出したのだ。三皿目のケーキにフォークを伸ばしたとき、テーブルの上に置いていたミキのスマホが震えた。画面に表示された名前は『白彦』。ミキはそこで初めて、彼のアドレスを着信拒否リストに戻し忘れていたことに気づいた。「……あの男からだわ。今更なんの寝言を言うつもりかしら」通知をタップする前から、ミキの声は冷え切っている。メッセージを開き、一瞥するなり彼女は鼻で笑った。「ほら、やっぱり寝言だった」「なんて?」詩織が尋ねると、ミキは画面をそのまま読み上げた。「璃々子は俺たちの問題の本質じゃない。君さえ良ければ、すぐに由木グループの株式5%を君名義に書き換える。だから離婚の話はこれで終わりにしよう。二度と蒸し返さないでくれ」「……呆れた。本当に寝言ね」詩織も深いため息をつく。由木グループ株の五パーセントといえば、莫大な資産価値がある。世の中の大半の人間なら、その条件で手打ちにするだろう。だが、白彦はミキという人間を全く理解していない。詩織の方がよほど彼女の本質を知っている。ミキの理想は、金銭的な野心を満たすことではない。ただ平穏に、憂いなくダラダラと過ごす「気楽なごくつぶし」のような生活だ。必要な分があればそれでいい。白彦が切り札だと思っているその条件は、今のミキにとって紙切れ一枚の価値もないのだ。ミキはカチャリとフォークを置くと、素早い指捌きで短い返信を打ち込んだ。送信完了と同時に、流れるような動作で白彦の連絡先を着信拒否に設定する。電源ボタンを押して画面を暗くすると、彼女は何事もなかったかのように、再び目の前のケーキに向き直った。白彦が車を出した直後、早くもミキからの返信が届いた。あまりの早さに、白彦は一瞬、安堵とも取れる感情を抱いた。やっと目が覚めたか。金銭的な条件を出した途端にこれだ。結局のところ、騒ぎを大きくしたのは値を吊り上げるための駆け引きだったの
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第777話

その言葉に、白彦の手がふと止まった。だがすぐに、苛立ちを隠すように吐き捨てた。「考えすぎだ。あいつは俺の気を引きたくて、わざとあの男と親しげに振る舞ってるだけだよ」ミキのそういう手口には覚えがある。昔からそうだ。いつもなら放っておけば済む話だが、今回は少し度が過ぎている。一度突き放して、自分の行いを反省させてやるのが一番だ――白彦はそう自分に言い聞かせた。……ミキはカフェで甘いものを貪った後、ホテルに戻るや否やベッドに潜り込み、二日間続けて泥のように眠った。その様子を見てようやく詩織も人心地つき、自分自身の後始末について考えを巡らせることができた。後始末――思い出すだけで顔から火が出るような、あの夜の出来事だ。事件からもう三日が経とうとしているにもかかわらず、当事者である柊也からは何の音沙汰もない。以前あれほど執拗にアピールしてきたのが嘘のように、彼は詩織の前から姿を消していた。諦めたのだろうか?それならそれで構わない。むしろ歓迎すべきことだ。だが、あの夜、薬の影響とはいえ自分が彼に何をしたか、何を言ったか――その記憶が喉に刺さった小骨のように詩織を苦しめる。曖昧にしておけば、後々ろくなことにならない気がした。意を決して、詩織は柊也の番号に指を滑らせた。直接会って話をつけるしかない。コール音は鳴り続けたが、彼が出る気配はなかった。詩織は眉をひそめ、無情にも通話終了を告げる画面を見つめた。じわりと焦燥感が胸に広がる。迷った末に、今度はメッセージを送った。【話があるの。会えない?】簡潔すぎる一文は、既読すらつかないまま虚空に吸い込まれた。翌朝になっても、返信はない。詩織は自分を忍耐強い人間だと思っていたが、電話にも出ず、メッセージも無視する柊也の態度にはさすがに腹が立った。逃げているのか、それとも無視を決め込んでいるのか。業を煮やした彼女は、太一に電話をかけた。数コールの後、太一はおずおずと電話に出た。「……おう、江崎社長」「単刀直入に聞くけど、柊也はどこ?」「いや、俺、柊也と一緒じゃねーし。あいつがどこにいるかなんて知らねーよ」まるで尋問を予期していたかのような、妙に早口な返答に詩織は目を細めた。しらばっくれているのは明白だ。「じゃあ
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第778話

何度も拒絶される覚悟はできていたつもりだった。だが、実際に突きつけられる決定的な拒絶を受け入れ、消化するには、今はまだ心が追いつかない。少しばかりの猶予が必要だった。太一はしばらく黙ったあと、恐る恐る尋ねた。「……で、いつまで逃げるつもりなんだよ」沈黙が落ちた。やがて、聞こえるか聞こえないかほどの小さな声が漏れた。「わからん」今の彼には、打つ手など一つも残されていないのだから。……案の定、太一に電話をした後も、柊也からの連絡はなかった。明らかに避けられている。詩織は元来多忙な身だ。彼が子供じみた逃避を続けるなら、これ以上構っていられない。一生逃げ続けられるわけもないし、彼が姿を見せないなら、それはそれで静かで仕事も捗るというものだ。詩織はそう結論づけ、意識を仕事へと切り替えた。詩織の秘書である密から『華栄キャピタル』の声明文の最終チェックが回ってきた際、璃々子の現状についても報告があった。なんと、北里空港で待ち構えていたはずのマスコミの群れを、白彦が由木家の力を総動員して封殺したというのだ。メディアへの圧力と徹底的なガードにより、璃々子の写真は一枚たりとも撮らせなかったらしい。ネット上に散乱していた璃々子の悪評も、驚くべき手際で削除されていた。その一方で、ミキに関する「パパ活疑惑」は依然として炎上したままだ。華栄の法務部を通じて、「当事者のSNSにある『パパ』とは、友人の江崎詩織のことである」という公式声明を出したにもかかわらず、世間の噂好きたちは聞く耳を持たない。大衆というのは、真実よりもスキャンダラスで刺激的なニュースを信じたがるものだ。そうすることでしか、歪んだ優越感を得られないのかもしれない。そこで詩織は、次なる手を打つべく新たな声明文を密に用意させていた。「それだけじゃありません」と、電話口の密は続けた。「早川璃々子のやつ、北里市に戻ってからというもの、復帰に向けて必死に動いているみたいです。由木白彦も裏で手を回して、あちこちに根回ししてるって噂で……うちも業界関係者には釘を刺していますが、所詮あそこは北里の芸能界。白彦が本気で彼女をねじ込めば、復帰は時間の問題かもしれません。我々のネットワークはあくまでここが拠点で、北里までは目が届きませんから」詩織は話を聞きながら、
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第779話

それでもまだ彼女を庇い続けるのか?もしそうだとしたら、それこそが真実の愛というものかもしれない。だが今のミキにとって、白彦の反応など二の次だった。彼女の頭を占めているのは、この情報を掴んできた澪士のことだ。璃々子の用心深さと狡猾さは筋金入りだ。長年の付き合いであるミキでさえ、尻尾一つ掴んだことがない。それをここまで調べ上げるには、相当な労力とコネを使ったに違いない。スジを通すなら、彼にきちんとお礼を言い、食事の一つでも奢るべき場面だ。「でも……」ミキはスマホを握りしめたまま、ベッドの上で頭を抱えた。後悔と葛藤が胸の中で渦巻く。酒なんて飲むんじゃなかった!あれさえなければ……!結局、彼女は感謝のメッセージを送信ボタンに乗せることができず、ただ画面を見つめることしかできなかった。ミキは、詩織から「これからホテルに迎えに行くから、支度して待ってて」というメッセージを受け取った。ついでに、澪士は都合が悪くて来られないということも伝えられた。それを見て、ミキの肩の力がふっと抜けた。心底ほっとしたのだ。正直なところ、今このタイミングで彼とどう顔を合わせればいいのか、まるで整理がついていなかったからだ。複雑な思いで何気なくスマホを触っていると、タイムラインに澪士の新しい投稿が流れてきた。どうやら今夜はクラブに繰り出しているらしい。極彩色の照明が飛び交う薄暗いフロア。一枚目の写真は、手と手を絡ませたアップだった。男の手は紛れもなく澪士のものだ。手首には、彼がいつも身につけているパテック・フィリップが鈍く光っている。その手が握りしめているのは、白くて華奢な女性の手。添えられた文章は、いかにも彼らしい軽薄なものだった。【可愛い子はみんな特別。だから平等に愛してあげなきゃね】ミキは二秒ほど沈黙し、画面を消灯した。そして、大きく息を吐き出す。なんだ、私の自意識過剰だったみたいね。遊び人がなぜ遊び人と呼ばれるのか。それは、彼らの心が特定の誰かに縛られることなどないからだ。一人の女ごときに心を乱されるような男ではない。きっと、あの日のことなんてとうに忘れているに違いない。一人で勝手に気まずくなっていた自分が馬鹿みたいだ。詩織の車に拾われたミキは、そのまま隣のA市へと向
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第780話

LAUコスメティクス本社の受付前。マネージャーの斉藤は、困り果てた様子の受付嬢に食い下がっていた。「申し訳ございませんが、お約束のない方はお通しできません」「そこをなんとか。私は斉藤、こちらが女優の早川璃々子です。御社との素晴らしいビジネスのご提案があって伺ったのですが、広報の須藤部長に取り次いでいただけませんか?」北里ではそれなりに名の知れた璃々子だ。受付嬢も顔くらいは知っている。だが、アポイントなしの来客を通すわけにはいかない。受付嬢は申し訳なさそうに、けれど毅然と首を横に振った。斉藤は焦りの色を浮かべながら、すかさず切り札を切った。「実は先日、由木グループの白彦社長も同席の上で、須藤部長とお食事をご一緒したんです。その際にお約束をしたのですが、正式な予約を失念してしまいまして……」「……少々お待ちください」白彦の名前を出した途端、受付嬢の態度が軟化した。少し迷った末に、彼女は二人を奥へと案内してくれた。通された応接室で対応したのは、須藤部長のアシスタントだった。「須藤部長はただいまオーナーとビデオ会議中です。終わり次第、こちらへ参りますので」アシスタントが退室すると、斉藤はすぐに声を潜めて璃々子に耳打ちした。「聞いた?オーナーと会議中だって。白彦さんが事前に話を通してくれたおかげね。今日の交渉、脈ありよ」「やっぱり。白彦兄さん、私のために動いてくれてたんだ」璃々子の胸に温かいものが広がる。「白彦兄さん、私のこと本当に大事に思ってくれてる」「大事どころじゃないわよ。今回の件だって、白彦さんが圧力かけてくれなきゃ今頃どうなってたか」斉藤の言葉に、璃々子は表情を曇らせた。思い出すだけで腹が立つ。まさか詩織があそこまで強硬に出てくるとは予想外だった。華栄キャピタルの公式アカウントを使って、「『パパ』とは私のことだ」と宣言するだけでなく、法務部を動かして璃々子を含めた拡散元すべてに法的措置をちらつかせたのだ。あの悪質なデマを拡散したアカウントやまとめサイトに至るまで、徹底的に訴訟を起こす構えを見せている。斉藤はリスク回避のため、手塩にかけて育ててきた数百もの裏アカウントや提携インフルエンサーを切り捨てざるを得なかった。損害は甚大だが、璃々子を守るためには仕方がなかったのだ。斉藤がここまで一か
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