All Chapters of 七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した: Chapter 761 - Chapter 770

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第761話

チッ、ガードが固いな。自信がないならそう言えばいいのに。ミキがさらなる煽り文句を打ち込もうとしたその時、画面上部に知らない番号からの通知が割り込んだ。【本港市にいるのか?】誰だ?と首を傾げていると、追撃が来た。【白彦だ】ミキの表情から一瞬で生気が消え失せた。興味も何もかもが氷点下まで冷え込み、彼女は迷わず「ブロックして削除」のコンボを叩き込んだ。せっかくのいい気分が台無しだ。なんで死人が生き返ってメッセージを送ってくるのよ。心霊現象か。ミキはスマホの電源を切り、ふて寝を決め込んだ。今回のチャリティ晩餐会は、財界の重鎮から旬の芸能人までがこぞって招待され、かつてない規模で開催されようとしていた。ミキの参加は急遽決まったことだったため、当日は詩織、そして澪士と共に三人でレッドカーペットを歩く手筈になっている。運営の実務を取り仕切るのは、広報マネージャーの相田さやかだ。彼女は以前、百合子の元でこの種のイベント企画に携わっていた経験があり、その手腕には定評がある。詩織とミキが当日のジュエリーを選んでいると、さやかが控えめにドアをノックして入ってきた。「江崎さん、少々トラブルが。あるタレントがレッドカーペットの歩行順に不満を漏らしておりまして、変更を要求しているのですが……彼女の『格』では、その位置は不相応なんです」ミキがジュエリーを手に取ったまま、ふと尋ねた。「そのタレントって、だれ?」「早川璃々子です」チッ。世間とは、なんと狭いものか。さやかとしては、何とか先方を説得し、当初の構成通りに進めるつもりだった。わざわざ詩織に判断を仰ぎに来たのは、璃々子のバックに北里市の名門・由木家がついているからだ。無下にはできないと判断したのだろう。だが、それを聞いた詩織の反応は拍子抜けするほど淡々としていた。「その人の参加資格、取り消して」さやかは自分の耳を疑った。え、今なんと?詩織は視線も上げずに続ける。「ブラックリストに入れて。今後一切、ウチの案件には関わらせないで」「……承知いたしました」さやかは理由を尋ねなかった。詩織がこれほど断固とした処置を下すからには、確固たる理由があるはずだ。その早川璃々子という女が、詩織の逆鱗に触れるような不義理を働いたのだろうと、彼女は静かに
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第762話

車内で、璃々子は泣き出しそうな声で白彦に訴えかけた。レッドカーペットの参加権を一方的に取り消されたことを、これ以上ないほど哀れっぽく語る。「やっとの思いで掴んだチャンスだったのに……江崎さん、私にそんなに酷いことするなんて」彼女の大きな瞳には涙が滲んでいる。「私、何か悪いことしたのかな?ただ、自分の仕事を必死に守ろうとしてるだけなのに……」白彦はしばらく黙っていたが、やがて短く言った。「……俺と一緒に入ればいい」まさに璃々子が待ち望んでいた言葉だった。しかし彼女はすぐに飛びつかず、わざと躊躇ったふりをする。「でも……おばあさまが仰ってたじゃない。私のことには一切関わるなって。私、あなたの立場を悪くしたくないの。おばあさまとの関係が悪化したら大変だし、ご高齢だから刺激しちゃいけないって……」璃々子が他のエリアで仕事を干されていることは、白彦も知っていた。だが、彼の祖母・サワが「璃々子には一切手を貸すな」と厳命していたのだ。璃々子はその言いつけを守るふりをして、白彦に泣きつくことなく、健気に自力で頑張る女を演じ続けてきた。ほら、効果覿面だ。結局、白彦は彼女を見捨てられなかった。璃々子は内心の歓喜を必死で押し殺し、心配そうな表情を作る。「おばあさまには、どう説明するの?」「メディアには手を回しておく。こちらのニュースはブロックさせるから大丈夫だ」璃々子の瞳が一瞬、暗く光った。サワは以前、言い放ったことがある。「私が生きている限り、あのあばずれを由木の敷居は跨がせない」と。――生きている限り、か。じゃあ、死んだら?私がこの家に入れるってことよね。不穏な考えが頭をよぎった時、白彦のスマートフォンが鳴った。彼の顧問弁護士からだ。白彦が通話ボタンを押すと、弁護士は単刀直入に離婚訴訟の件を切り出した。ミキは離婚手続きの全権を敏腕弁護士の峰岸丞に委任しているという。条件は一切なし。慰謝料も財産分与も放棄し、身一つで構わないからとにかく離婚したい、という強硬な姿勢だ。ここまでくると、離婚が成立する可能性は極めて高い。「……できるだけ引き伸ばせ」それが、白彦の答えだった。璃々子は膝の上で拳を握りしめ、爪が食い込む痛みで表情を保った。ミキはもう離婚を切り出しているのか。なのに、どうし
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第763話

すでに璃々子は斉藤に命じて、レッドカーペット出場を告げるプレスリリースを各メディアに流させていた。あとは実際の写真が上がってくるのを待つばかり、という段になって、白彦から無情な通告を受けた。「レッドカーペット、歩けなくなった」「えっ……どうして?」「江崎さんに取り消された」白彦の声は拍子抜けするほど淡々としていた。「嘘……あなたまで締め出すなんて!」璃々子は絶句した。由木グループの御曹司である彼まで巻き添えを食らうなど、想像もしていなかったのだ。さらに驚くべきは、当の白彦がそれを全く意に介していないことだ。怒るそぶりすら見せない。「俺はちょっと野暮用があるから、お前はホテルに戻っててくれ」「え、ちょっ……待って!」璃々子の制止も聞かず、白彦は足早に去ってしまった。取り残された璃々子は、悔しさのあまりヒールを地面に叩きつけた。もうリリースは出ちゃってるのに、今さらキャンセルだなんて!これじゃ私、ただのピエロじゃない!「斉藤!今すぐ各メディアに連絡して、さっきの記事全部消させて!」斉藤は慌てて各所に電話をかけまくったが、戻ってきたのは絶望的な報告だった。「……もう遅いって。記事は配信済みだし、拡散用のプロモーション枠も予約済みだから、今さら止められないって」「どうすんのよ!」斉藤も青ざめた。ただでさえ業界での立場が危ういのに、これ以上の失態は致命傷になりかねない。璃々子は荒い息を整えると、据わった目で言った。「……だったら、もっとデカいスキャンダルで塗り潰すしかないわね」「スキャンダルって、誰の?」「近藤ミキよ。パパ活疑惑を流すの」彼女はスマホを取り出し、ミキが昨日SNSにアップしていた『スポンサー様ありがとうございます♡』という趣旨の投稿のスクリーンショットを斉藤に転送した。「これをネタに、ミキがどこかの金持ちの愛人やってるって匂わせ記事を書かせて。女優の枕営業ネタなんて食いつき抜群だし、私のドタキャンなんて一瞬で忘れ去られるわ」ミキを社会的に抹殺しつつ、自分の醜態も隠せる。一石二鳥の妙案に、璃々子は暗い笑みを浮かべた。……主催者である響太朗の人脈も手伝い、晩餐会は本港市の名士たちがこぞって参加する華やかなものとなった。当然、香川家の人々も顔を見せている。亡き響太朗の妻・百
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第764話

子供たちのセレモニーも終わり、会場は再び立食パーティーの喧騒に戻った。詩織は、グラスを片手に近づいてきたある男の顔を見て、一瞬足を止めた。記憶の奥底で、かすかな錆の味がする。男は露骨に気まずそうな顔をして、乾杯を促してきた。「江崎社長、お久しぶりですな」「ええ、本当にお久しぶりです、数馬社長」詩織は完璧なまでの営業スマイルで応じた。忘れるはずがない。数馬武(かずま たけし)――かつて江ノ本市へ大規模投資を行った本港市の企業のトップだ。そして、詩織がまだ柊也の秘書だった頃、手酷い屈辱を味わわされた男でもある。当時、行政主導のプロジェクトで莫大な資金を握っていた数馬に対し、詩織はエイジア社のために何度も頭を下げ、投資の取り付けに奔走した。だが数馬は、若く美しい詩織を見るなり、下劣な性欲をたぎらせたのだ。最初は言葉で、目つきで、ねっとりと付き纏った。詩織がそれをあえて気づかないふりで受け流し続けると、数馬は痺れを切らした。ある夜の接待で、彼は強引に詩織を個室に連れ込み、力ずくでわがものにしようとしたのだ。どうせ一介の秘書だ、泣き寝入りするしかないだろう。少し金を握らせればいいし、気に入れば愛人にして飽きるまでオモチャにすればいい。それが彼の常套手段であり、実際、そうやって差し出される女たちを何人も食い物にしてきた。だが、詩織は違った。激しい抵抗の末、彼女は三階の窓から迷わず飛び降り、命知らずの脱出劇を演じてみせたのだ。あの夜、取り乱した詩織が警察に駆け込むのを危惧した数馬は、先手を打って彼女の上司――つまり賀来柊也に連絡を取った。それが、彼の人生において最大の後悔となる。数馬は当然のように、柊也がビジネスを選び、自分の側につくと信じていた。「まあま、社長。大したことじゃないでしょう。上手く収めてくださいよ」そう嘯きながら、多少の補償金をちらつかせる。これまでも嫌がる女がいれば、同じ手口で揉み消してきた。誰も金の前では綺麗事を言えなくなる。ましてや当時のエイジアなど、彼がポケットマネーを少し弾めば半年は食っていける零細企業に過ぎなかった。柊也は感謝して、詩織を黙らせるだろう。そう高を括っていた。ところが……事態を聞いた瞬間、柊也は豹変した。温和なビジネスマンの
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第765話

幸運なことに、数馬のような獣には二度と遭遇せずに済んでいる。下心を抱く男はいても、実行に移す度胸のある者は現れなかった。それにしても……今の数馬の態度はどうだ。まるで幽霊でも見たかのように怯えている。一体、何をそんなに怖がっているのだろう?まさか、私の後ろ盾である響太朗を恐れているのか?それなら辻褄が合う気もしないではないが……晩餐会も終盤に差し掛かると、詩織は足元が覚束なくなるのを感じた。久々の接待にしては、酒が回り過ぎたようだ。響太朗は詩織の不調をいち早く察し、「あとは僕が引き受けるから、上で休むといい」と、ホテルのスタッフに部屋まで案内するよう手配してくれた。詩織は素直に厚意に甘えることにした。本気で酔いが限界だったのだ。休息室に着くと、まずはミキに一言伝えようと電話をかけた。出ない。まだ会場で忙しくしているのかもしれない。仕方なく簡単なメッセージを送り、詩織は重い体を引きずるようにベッドへ倒れ込んだ。ドレスの締め付けのせいだろうか。胸が苦しい。呼吸は荒くなり、心臓が早鐘を打つ。手の甲を頬に当てると、尋常ではない熱さに驚いた。単なる酔いなら、こうはならない。時間の経過とともに体温は上昇し続け、喉がカラカラに乾き、全身の筋肉が溶けたように力が入らない。朦朧とする意識の中で、過去の記憶がフラッシュバックした。――これは、酔いじゃない。薬だ。数年前、高級クラブ『ラウンジ・ノクターン』で盛られた時と全く同じ感覚。全身を駆け巡る異常な熱。詩織は苦しいドレスを引きちぎりたい衝動と戦いながら、震える手でスマートフォンを探り寄せようとした。誰かに助けを求めなければ。だが、指が画面に触れる前に、カチャリとドアが開く音がした。誰かが入ってきたのだ。部屋は暗く、相手の顔は見えない。響太朗の配下の者だろうか。「響太朗さん……私、何か変なものを口にしたみたい……」声が震える。言葉とは裏腹に、理性の最後の砦が決壊しようとしていた。暗い部屋に沈黙が落ちた。やがて、聞き覚えのある低い声が静寂を破る。「……詩織?」だが、詩織の耳にはもう、誰の声なのか判別がつかない。荒い息遣いだけが部屋に響く。体の中を駆け巡る異常な熱に悶え、彼女はシーツの上で身をよじった。
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第766話

柊也は、己の意志の強さを自負していた男だ。だが、その自慢の自制心など、詩織の前では紙切れ同然だった。何度繰り返そうと、彼はこの甘美な毒に溺れてしまう。今この瞬間、柊也は香川家の連中を心の底から呪った。こんな卑劣な手段を使うと知っていれば、罠にかかったふりなどしなかった。これでは本当に、罠に嵌められたも同然じゃないか。詩織はもはや薬の支配下にあった。水気を帯びた濡れた瞳は、正気を失いながらも、なぜか柊也を誘うような魔力を放っている。彼女はひたすらに、柊也の体にすり寄ってくる。まるで、少しでも彼に近づけば、この灼熱地獄から逃れられるとでも言うように。そんな視線を向けられて、耐えられる男などいるだろうか。柊也の額に、大粒の汗が浮かぶ。喉仏が激しく上下し、絞り出すような声が漏れる。「……詩織、お前……俺を嵌める気か」しかし詩織は、彼がどれほどの苦痛と戦っているかなど知る由もない。熱に浮かされた顔を、無心に彼の首筋へ埋めてくる。体中を焼き尽くす炎から逃れるため、少しでも冷たい場所を探し求めているのだ。「あつい……」彼女の白い肌は、まるで桜貝のような薄桃色に染まり始めている。その光景に、柊也の理性は限界を超えて軋んだ。全身の筋肉が強張り、汗が顎を伝って滴り落ちる。部屋の空気は、既に彼女の甘美なフェロモンで満たされていた。そして、熱い息が柊也の敏感な耳元を撫でる。「……助けて」それは、あまりに無防備で、あまりに切実な懇願だった。潤んだ瞳、紅潮した目尻。頼りなく揺れるその姿は、庇護欲と征服欲を同時に掻き立てる、残酷なほどの儚さを孕んでいた。「だめだ」柊也は彼女から目を逸らした。「シラフに戻ったら、絶対に怒る。俺を責めて、また避けるんだろ」彼は自分自身に言い聞かせるように呟くと、無理やり詩織をベッドに押し戻した。理性を保つため、手近な掛け布団を鷲掴みにし、彼女を乱暴に包み込もうとする。だが、火照りきった詩織がそれに大人しく従うはずもない。「いやっ!」彼女は必死に身をよじり、拘束から逃れようとする。柊也はパニックになりかけた。上半身を押さえれば、下半身がはだける。足元を隠せば、豊かな胸元が露わになる。終わりのない鼬ごっこだ。そして、ふと見えた詩織の表情に、彼の手が止ま
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第767話

しかし、堕ちていくのは彼女だけではない。柊也もまた、底なしの沼へ足を踏み入れていた。「んぅ……」詩織の喉から、すすり泣くような甘い鳴き声が漏れる。いじめ抜かれた子供のようにか細いその声が、柊也の嗜虐心を煽り立てる。汗が滝のように滴り落ちる中、彼は詩織の額に自分の額をゴンと押し当てた。「詩織、よく見てろ。俺は……最後の一線だけは守ったからな」だが詩織は、挑発するかのように顎を上げ、彼の唇に食らいついた。その瞬間、柊也の理性の糸が完全に焼き切れた。低い唸り声と共に、鋼のように隆起した筋肉が、彼女をきつく抱きしめる。熱に浮かされた二人の境界線が曖昧に溶け合い、雲の上を漂うような浮遊感に包まれた。たとえこのまま息絶えることになろうと、構わない。今の柊也にとって、この瞬間こそが全てだった。激情の嵐が過ぎ去り、後には燻るような余熱だけが部屋に残っていた。激しい消耗の末、詩織は泥のように眠っていた。だが、その眠りは安らかなものではないらしい。整った眉間には、浅い皺が刻まれている。柊也は、その眉間の皺を指の腹で優しくなぞり、撫で広げようとした。詩織が夢うつつに何かを呟く。それは抗議のようでもあり、甘えのようでもあった。柊也は身を屈めると、彼女の額、そして鼻先に、愛おしげに口づけを落とす。「またタダ働きさせやがって……」彼は苦笑交じりに、眠る彼女へ囁いた。「ま、今回の指名料もサービスにしといてやるよ」甘い空気がまだ漂う中、部屋の外では不穏な気配が動き始めていた。「そろそろ時間ね。記者どもはまだ?」廊下に響いたのは、静姫の神経を逆撫でするような甲高い声だ。父である青山が短く答える。「今、エレベーターだ」静姫は勝ち誇った笑みを浮かべ、側に控えていたボディガードに命じた。「いい?到着したらすぐにドアを蹴破りなさい。記者たちに雪崩れ込ませて、あの女の痴態をきっちり撮らせるのよ」「承知しました」タイミングを見計らい、青山が娘を促す。「よし、我々は退散するぞ。現場に居合わせるわけにはいかないからな。後は任せた」「ええ」香川親子は手筈通り、現場を部下に一任して足早にその場を立ち去った。入れ違いに、ハイエナのように獲物を嗅ぎつけた記者たちの群れが廊下に押し寄せる。その瞬間、ボディガードは指示通り、荒々しく
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第768話

青山は計画の失敗を知り、狼狽した。だが、静姫の反応は常人とは違う。露見への恐れより、怒りが先に立つのだ。「なんでよ!賀来柊也を部屋に入れたのはこの目で見たし、江崎詩織があのミルクティーを飲んだのも確認したのに!なんで江崎しかいないのよ!」「あの男、どこへ消えたんだ?」青山の疑問ももっともだ。「窓から逃げたのか?」「まさか!ここは七階よ?自殺志願者でもあるまいし!」静姫は即座に否定する。理屈ではそうだ。だが、ボディガードの報告では、記者たちは他の誰の姿も捉えられず、部屋の中を捜索しても柊也の影すら見当たらなかったという。静姫は苛立ちを露わに吐き捨てた。「あの男、それでも男なの?ベッドまでお膳立てしてやったっていうのに、逃げ出すなんて!私の計画を台無しにして!」あの薬は特製品だ。豪華客船の極秘パーティなどで好んで使われる代物で、貞淑な聖女だろうと淫魔に変えるほど強力だと聞いている。ましてや、柊也は詩織への未練を捨てきれていない。抗えるはずがないのだ。青山は娘よりいくぶん冷静に、先へと思考を巡らせた。「雇ったボディガードは口が堅いんだろうな?」「大丈夫よ、心配ないわ。絶対に私を裏切ったりしないから」静姫は胸を張って保証する。「ならいいが」二人は何食わぬ顔を作り、まだ客の残る晩餐会の会場へと戻った。談笑の輪に加わりながらも、静姫の腸は煮えくり返っている。計画の失敗が腹立たしくてたまらず、グラスをあおっては心の中で悪態をつき続けた。あの腑抜け野郎!役立たずのせいで、何もかも台無しよ!「ハクシュッ!」その頃、別の場所で柊也が立て続けにくしゃみをした。「どうした?さっき風に当たったから風邪でも引いたか?」太一が心配そうに尋ねる。「いや、大丈夫だ」柊也はこめかみを指で押し揉みながら答えた。その顔には、隠しきれない疲労の色が滲んでいた。実のところ、太一にはさっき何が起きたのかさっぱり見当がつかなかった。なぜ柊也がホテルの七階の窓の外にしがみつき、「至急クレーンを手配しろ」などという前代未聞の救助要請を送ってきたのか。詳しい事情は不明だが、今の柊也は極めて不機嫌だ。まるで自ら檻に入った猛獣のように、苛立ちを押し殺している。「……」太一は口を閉ざした。今の柊也に余計なことを
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第769話

彼女にとって、白彦の存在などとうに終わったことなのだ。それを象徴するかのような拒絶だった。澪士はドアから颯爽と現れ、その威圧感で白彦を一歩下がらせた。白彦は眉を寄せ、不快そうに問う。「二階堂さん、これはどういうつもりだ?」澪士は黒い瞳を細め、けだるげに見下ろした。「由木社長。こんな夜更けだ。話があるなら明日にしたらどうです?」身長は互角だが、纏う空気の質が違う。澪士の余裕が、白彦の焦燥を上回っていた。白彦の瞳に苛立ちが走る。「妻に会いに来たんだ。時間は関係ない」澪士は唇の端を吊り上げ、皮肉げに返した。「俺が聞いている限りじゃ、彼女はすでに離婚の準備を進めているはずだが」「誤解だな。あれはただの痴話喧嘩だ。すぐに収まる」強がってはいるが、白彦の声には明らかな動揺と強張りが混じっていた。澪士は鼻で笑った。まるで子供の言い訳を聞いたかのような態度だ。白彦はその乾いた笑みに腹が立った。それに、ここ半月ほど音信不通だったミキが、ずっとこの男と一緒にいたという事実が、得体の知れない不快感を呼び覚ますのだ。彼は胸の内に渦巻く嫉妬にも似た感情を押し殺し、尋問するように問い詰めた。「あんた、俺の妻とはどういう関係だ?」「純粋な友人関係ですよ」澪士はさらりと答えたが、白彦は歯を食いしばった。「信じられるか。男女の間に純粋な友情などあるわけがない」ましてや、二人きりで海外へバカンスに行っていたというではないか。澪士は肩をすくめ、信じようが信じまいがどうでもいいといった風情だ。白彦は顎に力を込め、警告を発した。「離婚が成立していない以上、彼女はまだ俺の妻だ。これ以上の越権行為は慎んでもらいたい」澪士は一瞥をくれ、馬鹿にしたように笑う。「ご存知でしょうが、俺は品行方正な人間じゃないんでね。道徳だの世間体だのを持ち出されても痛くも痒くもないんですよ。わざわざ公序良俗を説きに来る暇があるなら、まずは鏡をご覧になってはいかがです?ご立派な道徳観をお持ちのご自分が映るかどうか」そう言い捨てると、彼は近くにいた大森へと振り返った。「詩織ちゃんは休んでる。誰にも邪魔をさせるな」大森は即座に意を汲み取り、白彦の前に立ちはだかった。「由木さん、お引き取りください」ここは高坂響太朗の聖域だ。これ以上騒ぎ立てれば自分の立場も危う
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第770話

詩織は自分の頬を覆った。まるで火がついたように熱い。ミキは即座に悟った。長年連れ添った親友だ。この程度の変化を見逃すなんて、うわべだけの付き合いではない。彼女は腕を組み、尋問するような眼差しを向ける。「吐きなさい。昨日の夜、何があった?」詩織は言葉に詰まる。あまりにも恥ずかしい。もはや穴があったら入りたいなどというレベルではない。つい二日前、あれほど毅然と絶縁宣言をしたばかりだというのに……なんという運命の悪戯だろう。「もしかして……響太朗さんと?」「ちがう!」詩織は即座に否定した。ミキの表情に困惑が浮かぶ。他の男だとしても、詩織がこんな反応を見せるはずがない。脳裏にとある可能性がよぎり、ミキの顔色がさっと変わった。「まさか……あの賀来柊也?」詩織は顔を両手で覆い隠してしまった。それが何よりの肯定だ。ミキは血を吐かんばかりに激怒した。「あいつッ!またどさくさに紛れて!」罵詈雑言を並べ立てようとしたが、詩織の苦悶に満ちた表情を見て思い止まる。彼女が何を気に病んでいるのか痛いほどわかるからだ。ミキは努めて明るく、豪快に言い放った。「いい?気にしちゃダメ。ホスト呼んで遊んだと思えばいいのよ。ノーカウント、ノーカウント!」「……お金なんて払ってない」「なら、タダで高級ホストを食い散らかしたってことにしなさい!お得じゃない!」ミキのその一言で、詩織の記憶の奥底で何かがカチリと音を立てた。昨夜、柊也も同じようなことを口にしていた。『またタダ働きさせやがって……』「また」とはどういう意味だ?以前、太一と志帆に嫌味を言われた時、売り言葉に買い言葉で言い返したのだ。「彼なんて、タダで遊ばせてもらっただけ」まさか、根に持っているのか?詩織がその思考の迷宮に沈みかけると、ミキのスマホがけたたましく鳴り響いた。マネージャーの佐伯からだ。ミキは電話に出るなり、たちまち爆発した。「はあ!?私がパパ活!?頭沸いてんじゃないの!誰がそんなデマ流してんのよ!証拠あんのかって!」佐伯の焦ったような声が漏れ聞こえる。「トレンドの上位に入ってるのよ。明らかに誰かが金を使って操作してるわ。複数のゴシップ系インフルエンサーが一斉に拡散してるし、かなり炎上してる……」ミキはこの業界で長
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