幸い、私は本当のことを言わなかった。もしあの人に知られていたら、離婚なんてまともにできなかったに違いない。春代が心配そうに私をちらっと見て、時生の指示で電話をかけに行った。私は緊張のせいか、それとも一晩中、水すら口にしなかったせいか、胃の痛みが全身に広がっていくのを感じていた。急に喉に鉄のような生臭さが込み上げ、突然血を吐いた。床に飛び散った暗赤色を見て、自分でも驚いた。――まさか本当に、医師が言っていた通り、胃炎が癌になってしまったのだろうか。「昭乃」時生が私を抱き上げ、そのまま外へ駆け出した。運転手を待つこともなく、自分でハンドルを握り、病院へ急いだ。車の中で吐血は止まったが、胃の痛みは容赦なく続いた。隣で唇をぎゅっと結び、黙って運転する男を見ながら、私は苦笑いしながら言った「これで信じたでしょ?時生、私は嘘なんてついてない」彼は答えず、スピードをさらに上げた。病院に着くと、彼は私を抱きかかえ、そのまま救急外来へと駆け込んだ。この角度から見えるのは、張りつめた顎のラインだけ。もう長いこと、時生が私を気にかける顔を見ていない気がした。医師は事情を聞くと、消化管出血の疑いがあると言い、私を慌ただしく胃カメラ室へ運んでいった。……一時間後、検査の結果が出た。時生の姿はすでになかった。また置いて行かれたのかと思ったが、ほどなくして戻ってきた。微かにタバコの匂いがする。彼がタバコを吸うのは、心底苛立っている時だけだ。ということは、さっきは吸いに行ったのだろうか。「……結果は?」時生が眉をひそめ、医師に問う。医師は胃カメラの報告書を差し出し、重い声で告げた。「昭乃さんは前から重い慢性胃炎と胃潰瘍を抱えています。今回の吐血は潰瘍からの出血でしょう」「胃潰瘍?」時生はさらに眉を寄せた。「まだ若いのに、どうしてそんな病気に?」「鉄欠乏性貧血の経験がありますね。記録を見ると、長く菜食を続けておられるようです。栄養のバランスが偏った食生活が、胃炎を悪化させた可能性が高いです」時生は黙り込み、声を低くして尋ねた。「今後はどう治療すればいい」「まずは止血です。頻繁に再発するようなら、胃の一部切除も検討せざるを得ません。そのままだと癌化の恐れもある。これは前回も本人に説明したはず
Baca selengkapnya