Tous les chapitres de : Chapitre 91 - Chapitre 100

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91話

私が座っているソファの左側が深く沈み、剥き出しの肩に男性の手のひらが触れた。 そして、ぐっと引き寄せられてしまった私は、驚いて横を見る。 そこにいたのは──。 「く、黒瀬さん……!?」 「加納さん、先程ぶりだね。滝川社長は──ああ、あそこで捕まっているのか」 くすり、と黒瀬さんの口元が笑みの形に変化する。 そして、私の肩を抱き寄せていた黒瀬さんの手のひらが二の腕を伝い、脇腹、腰へと移動していく。 「──っ!?」 「こんなに美しい女性を1人にするとは……。危ない目に遭うかもしれないよ」 「今のように、ですか……?」 いやらしく私の体を這っていた黒瀬さんの手から逃れるように、私は失礼だと分かっていながらソファから立ち上がる。 滝川さんに触れられるのは、ちっとも嫌じゃないのに。 今、黒瀬さんに触れられた箇所がゾワゾワと鳥肌が立っている。 不快感を隠しもせずに私が顔を歪めると、黒瀬さんは楽しそうに笑った。 「意外と気が強いのか…ますます興味深い」 黒瀬さんも立ち上がり、私に1歩、2歩と近づいてくる。 彼は、このパーティーの主催者で、この会社の経営者。 人の注目を集めているし、こんな場所でさすがに不埒な真似はしないだろう。 そう考えた私は、彼に軽く頭を下げて滝川さんのもとに向かおうとした。 「……ご冗談を。失礼します」 背後からくつくつと楽しげに笑う声が聞こえてきて、私はついつい眉を顰めてしまう。 黒瀬さんを注視していたからか。 私は黒瀬さんに意識を集中してしまっていて、前方の確認を疎かにしてしまっていた。 先程までは誰もいなかったのに。 はっと気付いた時には、誰かが足早に私に近付いて来ていた。 そして──。 「きゃあっ!」 「──っ!?」 どんっ!と私の体が誰かに強くぶつかった衝撃。 そして、硝子が落ちて砕ける派手な音がその場に響いて、私は驚きに目を見開いた。 「ひ、酷い!なにこれぇ!!」 私とぶつかったせいで、持っていたグラスの中身が零れ、服にかかったのだろう。 私の目の前には、真っ赤な染みが広がってしまったドレスを見下ろし、涙目で今にも泣き出してしまいそうな麗奈が私を睨み付けていた。 「心……っ!どうしてくれるのよ、これ!こんな格好、酷
last updateDernière mise à jour : 2025-11-16
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92話

「ごめんなさい、麗奈」 「謝って済む問題じゃあ──」 「これ以上騒がないで……周囲の注目を集めているわ」 私は、恥ずかしい真似をよして、と言う意味で麗奈に向かってそう囁いたのだけど、麗奈はここぞとばかりに嫌な笑みを浮かべて私に答えた。 「人の目が気になるの?そうよね、あんたが私のドレスを汚したんだもの。周囲にいる人達から責められるのはあんただものね」 「違くて……、責められるのは分かっているわ、だけど少し声のトーンを落として──」 「何よ!?謝らないつもりなの!?あんた、これがいくらするか分かってるの!?あんたみたいな庶民が逆立ちしたって手が届かないくらいのドレスなのよ!?」 「ちょっ、麗奈。分かったわ、分かったから声を落として──」 麗奈の騒ぎ声に、周囲の人達は不快そうに顔を顰めているのが見える。 このようなパーティーでは、参加者同士で接触してしまう事はたまにあるのだ。 服が汚れてしまっても、表立って騒ぐ人は殆どいない。 みな、ひっそりと場所を移動して処理をするのだ。 大声で騒ぎ立てる事なんて、あってはならない。恥ずべき行為だから。 それなのに、麗奈はこの場で大声で騒ぎ立て、注目を集めている。 とても品位に欠けた、愚かな行動だ。 そんな麗奈が清水瞬のパートナーだと知っている人もこの中には大勢いるだろう。 麗奈の考えが分からない。 自分1人の行動で、パートナーの評判が落ちてしまうのだ。 だから私は麗奈を静かに別室に移動させようとしたのだけど、彼女が騒ぎ立てるからそれも上手くできなくなってしまった。 このままじゃあ、私をパートナーとして選んでパーティーに参加している滝川さんの顔に泥を塗るかもしれない。 「ちょっと!聞いている
last updateDernière mise à jour : 2025-11-17
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93話

滝川さんが目の前に現れ、麗奈は怯んだように後ろに後退する。 そして、先程までの剣幕が嘘のように瞳に涙を溜めて滝川さんに訴え始めた。 「滝川社長、加納さんが私にわざとぶつかったんです…。私が瞬にドレスをプレゼントしてもらったから、きっと嫉妬に狂ってこんな事をしたんだわ…酷い…」 「加納さんはわざとぶつかる人じゃない。加納さんも不注意だったし、君ももっと周囲に気をつけた方がいい」 自分の味方をしてくれるでもなく、責められるとは思わなかったのだろう。 滝川さんの言葉に、麗奈は不満気に眉を顰めた。 「どうして私が責められるんですか……」 麗奈が涙声で訴える。 そうしている内に、この騒ぎに気付いたのだろう。 清水瞬がやって来るのと、私が先程係の人に頼んだ物が到着したのは同時だった。 「──麗奈?それに、心も?何があったんだ?」 「お待たせいたしました。こちらでよろしいでしょうか?」 清水瞬の声と、係の人の声が被る。 私は清水瞬の声には答えず、係の人に向き直り笑顔を浮かべたままお礼を告げる。 「ありがとう、助かったわ」 「いえ、とんでもございません。では……」 係の人が頭を下げて去っていくのを見送る。 滝川さんは、私が受け取った布を不思議そうに見つめつつ、私に話しかけた。 「加納さん?この布は何に使うんだ?」 「この場しのぎにしかならないんですけど…移動する間くらいはこれで隠せるので」 私は滝川さんに答えつつ、持っていたバッグから小物入れを取り出す。 安全ピンや、小さな針と糸が入った小物入れを取り出すと、私は布を持ったまま麗奈に近づいた。 「ちょっと、聞いているの心──」 「少し黙っていてくれるかしら?動くと危ないわよ」 「な、なにっ」 私の手にある布と、安全ピンや針と糸を見た麗奈が狼狽える。 私は麗奈が狼狽えているのをいい事に、麗奈のドレスを指先で掴み、零れてしまった飲み物の染みを隠すようにドレスを巻き込み隠していく。 「──えっ、ちょっと……」 「動かないで。危ないわ」 私の強い口調に、麗奈はびくりと肩を震わせてその場に硬直する。 滝川さんも、清水瞬も私の手元を見つめつつ、ただ黙ってその場に立っていた。 私は持って来てもらった布を薔薇の花をイメージ
last updateDernière mise à jour : 2025-11-17
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94話

「た、滝川さ──」 「黒瀬さんは何を言っているんですか?彼女を欲しい、なんて。彼女は物じゃない」 滝川さんの怒気すら籠った言葉と表情。 警戒しているのが私にまで伝わってきて、私は口を噤む。 滝川さんは更に私の腰を引き寄せ、黒瀬さんに続けた。 「加納さんは君には靡かない。黒瀬さんの会社にも入らない。彼女は俺の会社のデザイナーだからな」 「──なに?」 「滝川さん!?」 一体、急に何を言い出すのか。 驚く私とは逆に、黒瀬さんは面白そうに口端を持ち上げ、私に視線を向ける。 「なるほど……これだけの技術があるからな……デザイナーだと言うのは納得だ」 「──は?心が、デザイナー?何をふざけた事を……っ」 黒瀬さんの言葉に被せるように、麗奈が怒りに震えながら呟く。 彼女の存在を忘れてしまっていた私たちは、はっと思い出して麗奈に向き直った。 自分の存在を忘れられていた、と悟った麗奈は、羞恥に顔を真っ赤に染め上げながら叫ぶ。 「私を忘れんじゃないわよ!そんな女がデザイナー!?馬鹿な事を言わないで!そんな大層な仕事ができる訳ないわ!」 「彼女の手腕をあなたは自分の目でしっかり見ただろう?少しの手間で、こんなに素晴らしくドレスをリメイクする技術は相当なものだ」 「ふざけんじゃないわよ……っ!その女は滝川社長の手助けがなければ何も出来ない、何も持たないただの一般市民よ!こんなパーティーに参加出来ているのも分不相応なのに!」 麗奈の金切り声に不快そうに眉を顰めた黒瀬さんが、はっきりと告げた。 「そもそも、君が加納さんにわざとぶつかりに行っていたじゃないか。しっかり見えていたぞ。それなのに、こんなに大騒ぎをして……誰のパートナーなんだ、君は」
last updateDernière mise à jour : 2025-11-18
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95話

「私も見ていたが、そちらの女性にわざとぶつかって行ったのを見たぞ。これ以上騒ぎ立てるのはやめなさい。みっともない」 落ち着いた男性の声が聞こえ、滝川さんを含む皆がそちらを振り向いたのが分かる。 だけど、私だけはどうしてもその男性を見る事が出来ない。 かつて、聞き慣れていた声。 昔より年を重ね、若さはなくなっている。 だけど、いつも家で聞いていた声だ──。 誰かが声を発した。 「加納社長。おいで下さったのですね」 「ああ黒瀬くん。今日は素晴らしいパーティーに招待してくれてありがとう。新作はどれも素晴らしい出来だった。楽しみにしているよ」 「ありがとうございます、社長のお言葉が何よりも嬉しいです」 「ははは。これからも頑張ってくれ。私はこれで失礼するよ」 「はい。お見送りいたします」 黒瀬さんは、加納社長と呼ばれた男性を見送りにその場を離れる。 私は結局、1度もその人の顔を見る事ができないまま。 俯いていると、腰を抱いた滝川さんの手のひらに力が篭もり、私はそっと滝川さんに顔を向ける。 「……加納さん」 滝川さんが私にそっと話しかける。 滝川さんの瞳には、私を気遣う感情が見て取れて、私は何とか笑みを浮かべながら頷いた。 大丈夫だ、と伝えるように。 「加納さん、黒瀬さんもあちらに向かったし……俺たちもそろそろ帰ろうか?」 「そう、ですね……新作はしっかり見れましたし」 「ああ。家に帰ろう」 「──はい」 滝川さんの力強い腕に支えられながら、私と滝川さんはパーティー会場を後にする。 パーティー会場では、その場に残された麗奈と清水瞬が険悪な空気で言い争いをしている事なんて分からなかった。 ◇ 心も、滝川もいなくなってしまったパーティー会場では、麗奈が参加者の注目を集めていた。 その注目のされ方も、良い注目のされ方ではなく、嫌な注目のされ方だ。 麗奈のもとにやって来た瞬は疲れたようにこめかみに手を当て、深く溜息を吐き出した。 「麗奈……どうして心に突っかかるんだ?恥ずかしい真似はやめてくれ」 「瞬、どうしてそんな事を言うの?私、心にドレスを汚されたのよ?」 「黒瀬さんも、……加納社長も言っていただろう。麗奈、君が心にわざとぶつかって行ったって」 「ち
last updateDernière mise à jour : 2025-11-18
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96話

まさか、瞬にしっかり見られているとは思わなかったのだろう。 麗奈はあからさまに狼狽えだし、真っ青になりながら瞬に向き直る。 「その…瞬…」 「もう、本当に懲り懲りだ……どうしてこんな騒ぎばかり起こすんだ……」 瞬は苛立ちを顕に、自分の髪の毛をぐしゃりと掻き乱す。 黒瀬に見られていた事は、まだ良い。 だが──。 「加納社長にこんな所を見られていたなんて…恥以外の何物でもない」 「か、加納社長……?」 「さっき黒瀬社長の後ろからやってきた男性が加納社長だ。顔も知らないのか?国内ブランドでトップシェアのブランドの社長だぞ?頼むから顔くらい知っててくれ……。最悪だ。加納社長に最悪な場面を見られた……」 「しゅ、瞬……」 麗奈は、狼狽えつつ瞬に手を伸ばすが瞬は麗奈に見向きもせずにくるりと踵を返してパーティーの中心部に戻って行く。 ちらり、と肩越しに振り返った瞬は、麗奈に言い聞かせるように言い放った。 「麗奈。頼むからこれ以上騒ぎを起こさず、大人しくしていてくれ。俺は仕事で忙しい」 「わ、分かったわ……瞬。ごめんなさい」 麗奈の謝罪に、瞬は疲れたように溜息を吐き出してから会場の中心部に歩いて行った。 ◇ パーティー会場を後にした私と滝川さんは、お互い無言で車へ歩いて戻っていた。 気遣わしげな滝川さんの視線を、先程から感じる。 私は苦笑いを浮かべながら滝川さんに顔を向けた。 「まさか、こんな場所で会うとは思いませんでした……。あの人は、こういった華やかな場所は嫌いなので……」 「加納さん──」 「でも、大丈夫です。びっくりしちゃいましたけど……それだ
last updateDernière mise à jour : 2025-11-19
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97話

「私が、滝川さんの会社に……?」 「ああ。加納さんが良ければ、どうかな?」 今まで、考えられなかった事を提案されて、私の頭の中は真っ白になってしまう。 元々、衣服やデザイン関連は好きだった。 将来、そんな仕事に就きたいと学生の頃は夢に見ていた。 だけど、私が愚かな事をしてしまって。 その夢は叶う事がない、と諦めていたのに。 それなのに、滝川さんはいとも簡単に私が夢見ていた仕事を目の前に提示してくれる。 手を伸ばせば、簡単に掴めるような距離にあるそれに、私は一瞬心が揺れた。 ──デザイナーに、なりたい。 ──服を、作りたい。 ──衣服に関わる仕事に就きたい。 けど、本当にいいのだろうか。 過去の罪を償う事もせず、そんな簡単に、手を伸ばしてもいいのだろうか。 私が悩んでいる事に気づいたのだろう。 滝川さんが優しい笑みを浮かべながら言葉を続けた。 「重く考えなくていい。もし、デザイナーの肩書きが重いなら……そうだな。持田さんや間宮みたいに、俺の秘書兼デザインの相談役として入社してみるのはどう?」 「滝川さんの秘書、ですか?」 「ああ。これから業務が増えそうだし、持田さんや間宮だけだと手が回らないかもしれない、とも考えていたし……気が引けるなら、試用期間として…とかだとどう?」 試用期間。 確かに、それならまだデザイナーとして入社するよりいいかもしれない。 私は、デザイナーとしての経験も何もない。 海外に留学してもいないし、何か実績がある訳でもないから、突然デザイナーとして雇ってもらうのは気が引ける。 私は、歩いていた足を止めて滝川さんに向き直った。 滝川さんも私に倣い、しっかりと私と目を合わせてくれる。 「秘書見習い、として…よろしくお願いします」 「──ふふっ。秘書見習いか、それでも有難いよ」 「秘書としての能力は……期待しないでくださいね。これからしっかり勉強して身につけます」 「加納さんは勉強熱心だから。心配していない。……これから、よろしく頼む」 「──こちらこそ、よろしくお願いします!」 滝川さんから差し出された手のひらを、私はしっかりと握った。 滝川さんの車に乗り込んだ私たちは、パーティー会場をあとにして、家へと戻ってきた。 「加
last updateDernière mise à jour : 2025-11-19
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98話

とととっ、と軽やかに廊下を走ってやってきた2つの小さな影に、私は目をまん丸にしてしまう。 「きゃんっ!」 「──え、わっ!?」 玄関に入って、靴を脱ぐためにしゃがんでいた私の体に向かって、その小さな影は飛び込んでくる。 とん、と軽い衝撃と、ふわふわの毛並みが私の顔に触れる。 やわい体を咄嗟に受け止めた私の視界に、もう1つの小さな体を抱えて慌ててこちらにやって来る持田さんの姿が見える。 「あ、加納さん!お帰りなさい。申し訳ございません、この子が……」 「た、ただいまです……持田さん……この子たち……」 私は自分の腕の中にいるふわふわの子を持ち上げ、持田さんに問う。 すると持田さんは笑顔のまま、頷いて答えてくれた。 「はい。以前社長が仰っていた、豆柴の子です。私が抱えているのが雄の陸(りく)で、加納さんの抱えている子が雌の凛(りん)です」 「陸ちゃんに、凛ちゃん……」 私が名前を呼んだ事で、持田さんに抱えられた陸ちゃんも、私の腕の中にいる凛ちゃんも元気よくきゃん!と鳴く。 大きな瞳をキラキラと輝かせて私を見つめる凛ちゃんに、私は自分の胸がきゅんきゅんとときめくのが止まらない。 「ひゃあああ、可愛い、可愛いですね!」 「ふふ。今トイレトレーニングをしていた所だったんです」 「そうだったんですね!しっかり覚えました?この子たち、まだ幼いようですが」 「ええ。まだ半年くらいだそうです。トイレトレーニングの成功率はまだ半々…ですかね」 苦笑いを浮かべている持田さんに、私も苦笑する。 でも、根気よく教えていけば覚えてくれるだろう、と話していると背後で玄関が開く音がした。 「お……引き取ってきたんだな」
last updateDernière mise à jour : 2025-11-20
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99話

さっき話していた内容──。 滝川さんの言葉に、私ははっとする。 滝川さんがパーティー会場で言っていた、デザイナーと秘書の件、だろうか。 「正式に社員として働くなら、契約書も確認してもらわないといけないから。少し時間がかかるかもしれないが、いい?」 考えていた事で合っていたようで、滝川さんはその話をするようだ。 私は滝川さんに頷く。 「はい、大丈夫です」 「良かった、ありがとう。分からない事とか、条件面とかで不満があったら気軽に言ってくれ」 「不満なんてとても……!私は会社勤めの経験がないので、むしろ私の方が申し訳ないです……」 「加納さんが気負う事はないよ。本当に加納さんには助けられてる。センスもいいしね」 軽い口調で茶目っ気たっぷりと笑う滝川さんに、私もついつい釣られて笑ってしまう。 滝川さんの言う通り、気負わずにお話を聞いて、疑問点があれば気軽に相談しよう。 私は、リビング横にある滝川さんの仕事部屋に入った。 お互い、テーブルを挟んで向かい合う。 私の目の前には、滝川さんが用意してくれた2枚の契約書が乗せられていた。 今は、ある程度滝川さんに内容を説明してもらった後。 滝川さんは私に視線を向けて口を開いた。 「ここまでで、何か分からない部分や、契約内容に不満はない?」 「そう、ですね……。不明点も、不満も特にありません」 「本当?加納さん用に特別用意した物じゃなくて、秘書とデザイナー用だけど……条件面は厳し過ぎないか?もっと緩和しようと考えているんだが……」 「──えっ!?この契約内容でも、とても有難いですよ!?これ以上緩和なんて、そんな……!」 「いや、だけど報酬面はもう少し……」 滝川さんはそんな事を呟きながら、ペンを手に取り契約書にさらさらと書き足していってしまう。 私が止める間もなく、次から次へと「やっぱここももう少し…」と言いながら契約書に滝川さんが自ら赤い文字で文章を書き換えていってしまう。 「加納さんは、秘書兼デザイナーだから少し特殊な契約形態になるだろう?加納さんには、うちの会社で気持ち良く働いてもらいたいし、嫌な思いはして欲しくない」 「そんな……どうしてただの一社員にここまで良くしてくれるんですか、滝川さん。社員1人1人にそこまで気を配って
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100話

翌日。 私は、滝川さんと一緒に会社に出社する事になった。 先ずは、デザイナーとしてではなく、滝川さんの専属秘書として働く。 滝川さんの秘書として働けば、自然に衣類に関しての業務にも携わる事ができる。 滝川さんが新規事業を始めるにあたり、通常業務は副社長に業務を大幅に任せ、滝川さんは新規事業の衣類に専念する。 そして、私も彼の補佐を行う。 滝川さんの元々の秘書である持田さんと間宮さんは、副社長の補佐に回るため、常に滝川さんにつくのは私の役目となった。 「秘書課に軽く挨拶をして……午前中は俺と一緒に新規ブランド作品を調べに行こうか」 「分かりました、社長!」 ピシッと背筋を伸ばし、車を運転してくれている滝川さんに答える。 すると、私の返答に滝川さんは苦笑いを浮かべつつ話す。 「役職呼びじゃなくて、今まで通り名前で呼んでくれ。加納さんに社長、と呼ばれると何だか落ち着かない」 「えっ、でも…一社員として流石にそれは…」 「うーん……でもなぁ。距離も感じるし、いつも通りで頼むよ、加納さん。……だけど、これってパワハラに入る……?嫌だったら──」 「嫌じゃないです!全然、そんな事はないんです。その…他の社員の方が見たら、あまり良くないかなぁ、と思って……」 私の言葉に、滝川さんはなるほど、と納得したように頷いた。 ハンドルを握りつつ、滝川さんは緩やかに笑みを浮かべて答える。 「それだったら問題ない」 「そう、なんですか?」 私が不思議に思って滝川さんにそう返した時。 車がちょうど会社に着いた。 駐車場に車を停め、2人並んで駐車場から会社のエントランスに向かうと、私たちの姿を見た社員の人達が笑顔で挨拶をしてくれ
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