「でも、私がいなくなりますし……彼のそばには長門先生がいますから、彼女のためにも、きっと離婚してくれます。あとは時間の問題かと」「それならよかったです。じゃ向こうに着いたら、連絡して」由奈は目を細めて笑った。「はい」そのときだった。「――どこへ行くつもりだ?」低く抑えた声が、背後から響いた。振り返ると、祐一が車椅子に座っていた。肘を肘掛けに預け、指を組み、ボディーガードに押されながらこちらへ向かってくる。由奈の笑みが、わずかに凍りついたが、智宏は平然と彼を見やった。「滝沢社長は入院中と聞いていましたが……どうやら本当のようですね」「ご心配いただき恐れ入ります。さすがは滝沢家の未来の婿殿ですね」皮肉を帯びた言い方だった。智宏は笑みを引っ込める。「それは、どうでしょう」「……気が変わったと?」「あの場で断らなかったのは、滝沢家の顔を立てるためです。大事になれば、分が悪いのはそちらでしょうから」智宏は薄く笑い、真正面から見据えた。「まさか、本気で僕に奈々美さんと結婚させるつもりじゃありませんよね?」祐一は体勢を変え、片手で額を支える。その視線が、智宏の背後に立つ由奈へと流れた。「中道さんのご家族が、本気にしていなければいいんですが」智宏の表情が、すっと硬くなる。「……由奈。こっちへ」祐一が由奈に声をかけた。入院して三日。由奈は毎日病院に来ていた。――ただし、彼の病室には一度も姿を見せていない。由奈は唇を噛みしめ、それでも彼のもとへ歩み寄った。「部屋まで送れ」その言葉を聞き、ボディーガードは即座に一歩下がる。由奈は一度だけ智宏に視線を送り、黙って車椅子を押し始めた。最上階の病室に戻ると、由奈は車椅子を所定の位置に止めた。「……用がないなら、帰るわ」そう言いかけた瞬間、祐一が立ち上がった。距離を詰め、彼女の背後でドアを閉める。逃げ場を塞がれ、由奈は扉に背を押しつけられた。「誰に会いに行くつもりだ?」「誰にも。帰りたいだけなの」「本当に?」祐一は彼女の顔を覗き込み、静かに言う。「俺が入院している間、毎日病院に来ていた。浩輔に会い、智宏には会うのに……俺には一度も顔を見せない」由奈は眉をひそめた。「あなた、見舞いが必要な状態なの?」「どうして、必要じゃないって分かる?」
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