由奈が帰宅したのは、夜七時を回った頃だった。玄関をくぐる瞬間から、いつもと違う重たい空気が家の中に漂っているのがわかる。リビングでは智宏と秀明が何やら話し込んでおり、そのそばには本邸付きの使用人が静かに立っていた。昼間に美羽が口にしていた言葉がふと頭をよぎり、由奈は胸の奥に小さな不安を覚えながら、そっと声をかける。「……何かあったんですか?」秀明はソファに腰を下ろしたまま俯いており、その知らせをまだ受け止めきれていない様子だった。由奈は智宏の隣まで歩み寄り、その横顔を見上げる。智宏はしばらく言葉を選ぶように唇を閉ざしていたが、やがて低く口を開いた。「……美羽さんが事故に遭ったんだ」由奈は言葉を失った。――事故?……現場となった白鷺湖はすでに警察によって封鎖され、岸辺には遠巻きに様子をうかがう人だかりができていた。やがてクレーン車が湖の中から事故車を引き上げる。水滴を滴らせながら姿を現したのは、数千万もする高級車――美羽が普段から乗っていた車だった。その様子は通行人によって次々と撮影され、動画や写真がSNSに投稿されていく。やがて、【中道家長女、車ごと湖に転落し死亡】という見出しが一気に拡散され、瞬く間にトレンドの上位に躍り出た。一方、秀明は由奈と智宏を連れて急いで本邸へ戻った。リビングには、すでに美羽の娘、澪の姿もあった。由奈が彼女と顔を合わせるのはこれが初めてだった。どこかハーフのような雰囲気を漂わせながらも、顔立ちは母親に似た東洋的な印象が強い。だが今はその面影すら薄れ、ソファに座ったまま虚ろな表情で動かない。泣き腫らした目は赤く腫れ上がり、まるで魂が抜けたようだった。その姿を見た瞬間、由奈の胸の奥にじわりと痛みが広がる。まだ二十歳そこそこの年齢で、母を失う現実を背負わなければならないなんて――あまりにも酷だった。リビングの空気は重く沈み込み、息をするのも苦しいほど張り詰めている。上座には信三が座り、無言のまま煙草を何本も続けて吸っていた。普段は鋭い威圧感を放つその目にも、今は赤くなり、疲労の色が隠せない。その沈黙を破ったのは智宏だった。「……どうして急に事故なんて起きたんでしょう」そう言いながら、彼はさりげなく靖彦と花織の方へ視線を向ける。花織は息を吸うことさえ怖いような様
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