警察署署長の高橋誠(たかはし まこと)は険しい表情のまま、若い警官に手で合図を送り、先に室内へ入らせた。残された長谷川夫婦は顔を見合わせ、まだ状況を飲み込めずにいた。「高橋さん、それ……どういう意味ですか?」裕美は声を荒げ、苛立ちを隠しきれなかった。「今までは兄の顔を立てて、何度も助けてくれたじゃないですか。それに、うちの息子のことは高橋さんもよくご存じでしょう?」誠の表情がみるみる険しくなる。「知ってるさ。だがな、私よりもあんたたち親のほうが、よくわかってるはずだろ?頭の病気があるってわかっていながら、どうして目を離した?トラブルを起こしたのはこれで何度目だ?そのたびに尻ぬぐいしてきたのは誰だと思ってる!」怒声が響き、長谷川夫婦は息を呑んだ。反論の言葉を探そうとしても、何も出てこない。誠は苛立たしげに肩を振り払い、背を向けた。「今回はもう無理だ。私だって助けたい気持ちはある。だがな――あんたたちの息子は、絶対に関わっちゃいけない相手を怒らせたんだ。下手に動けば、俺の首が飛ぶ」「そんな……!」裕美は必死に叫んだ。「相手が誰だろうと、うちの子は病気なのよ!どうしようもないじゃない!」その無知を晒すような物言いに、誠は呆れを通り越して怒りが滲む――まったく、なんて無責任な親だ。辻元(つじもと)署長も、こんな妹を持って気の毒なものだ。「……滝沢家だ」誠は吐き捨てるように言い放った。「文句があるなら、直接言ってみろ」その名を聞いた瞬間、裕美の顔から血の気が引いた。まるで冷水を浴びせられたように、体が硬直する。……夜更け。由奈は浅い眠りの中で、ふと気配を感じた。薄く目を開けると、病室の薄闇の中に人影が見える。その瞬間、彼女の心臓が跳ねた。廊下の光がわずかに差し込み、男の輪郭を浮かび上がらせる――祐一だ。彼は脚を組み、付き添い用の椅子に深く腰を下ろしていた。指先で腕時計の盤面を弄びながら、低い声で言う。「入院のこと、どうして黙ってた?」由奈は驚きの余韻を抑え、ゆっくりと体を起こす。「……言ってどうなるんです?むしろ、滝沢社長がここにいらしたほうが珍しいですね」距離を置くような言い方に、祐一のまぶたがわずかに動いた。視線は彼女の血の気のない顔に留まる。やがて祐一は前のめりになり、静かに問う。「由奈、そんな言い方しかで
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