それは今朝の出来事だった。――午前5時目覚めた私は震えながら全身鏡の前に立っていた。「そ、そんな……」鏡の中には見知らぬ、若くて美しい女性が映っている。青い宝石のような瞳に栗毛色に波打つ背中まで届く長い髪……。まるで絵画に描かれた貴族のような面立ち。「え? ま、まさか……これは私……?」鏡に手を当て、青い瞳を覗き込んだ瞬間。記憶が鎖のようにカチカチと繋がっていく。思い出した。これは夢ではない。私は転生したのだ。前世の全ての記憶を携えて―― 前世、若気の至りで結婚した私。夫の浮気が発覚して結婚生活は僅か2年で破綻。その後は狭い団地で女手1人、シングルマザーとして寝る間も惜しんで必死に働き、子育てを頑張った。一人息子は良い子に成長し、国立の一流大学に合格。卒業後は大手商社に就職し、25歳で結婚した。生活は落ち着き、私は長年の夢だった念願のパン屋を開業させることが出来たのだ。まさに順風満帆、人生これからという時。僅か数カ月で運命によって全て奪われてしまった。そして……ここに押し込まれた。見知らぬ華麗な貴族の世界に――「なるほど……これはもう一度チャンスがあるってことね」鏡の前で、私はニコリと笑みを浮かべた――****冷めきった料理を食べ終え、私は部屋に戻ってきた。ベッドの淵に座り、今の夫のことを考えた。若くて端正な顔立ちをしているが、私を見るその瞳は背筋が凍り付きそうになるほど冷たい。「ん? 若い……?」そこでハッとなる。ラファエルはたったの21歳。そして前世の私は46歳、息子の年齢は25歳だった。ラファエルは自分の精神年齢より25歳も年下、挙句に息子より4歳も若い。「なるほど……。だからラファエルのことを思い出しても、心が少しも動かなかったのね」いや。むしろ幼ささえ感じてしまう。前世を思い出すまで、かつての私はラファエルの時折見せる優しさに心を奪われた。彼の愛人アネットに嫉妬し、狂い、屋敷中に響く程泣き叫んでいた。だけど今は……。「アハハハハハッ!」私はお腹を抱えて笑った。ラファエルに対する愛、執着、嫉妬。それら全てが前世の記憶とともに完全に吹き飛んだ。私は既に、前世で夫の不倫。裏切り、孤独な子育ての苦しみを経験した。今の私は、もはや人生を1人の男に委ねたりはしないのだから――
Last Updated : 2025-12-18 Read more