All Chapters of 旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させていただきます: Chapter 1 - Chapter 10

49 Chapters

第1話 いつもの朝

 午前7時半―― いつものように朝食の席に夫のラファエルが現れるのをダイニングルームで待っていた。しかし一向に彼は現れない。私は7時からこの部屋で夫を待ち続けていたが、どうやら今朝も無駄な様だ。先程から給仕のフットマンが気の毒そうに私をチラチラと見ているし、何より忙しい彼をいつまでもこの部屋で待機させるわけにもいかない。「ごめんなさい、夫は今朝も来ないようだから今日も1人で頂くことにするわ。用意して貰える?」笑みを浮かべて、隣に立つ給仕のジェフに声をかけた。「は、はい! 承知いたしました! で、でも……すっかりお料理が冷めてしまったので温め直してまいりましょうか?」ジェフが申し訳なさそうに私を見る。「いいのよ。今日で最後だから別に冷めていても構わないわ。それに忙しい貴方の手をわずらわせるわけにはいかないしね」「は、はぁ……」今日で最後と言う言葉が気になったのだろう。ジェフは首を傾げながら料理を私の前に並べていくが、理由を尋ねることは無かった。「あ、あの……奥様。旦那様は……恐らく、今お部屋で……」冷めた料理を並べ終えるとジェフはためらいがちに言った。「ええ。分っているわ。ラファエルはアネットと一緒に部屋で食事をしているのでしょう? だって2人は同じ部屋で寝食を共にしているのだから。それでは朝食を頂くことにするわ」私はすっかり冷めてしまったスープを飲み始めた。冷めた料理を口にしながらジェフの様子を伺うと、彼は困ったような顔で私を見ている。私のことを気にしているのだろうか……? その目には憐みが宿っているように見えた。夫のラファエルは自室で幼馴染で恋人のアネットと朝食をとっている。夫は私という妻がいながら、堂々と恋人とほぼ1日中一緒の時間を過ごしているのだ。晩餐会やパーティーに招かれても、連れて行くのは私では無くアネット。でもこの屋敷の使用人たちは私を憐みの目で見ても、誰もが夫の行動をたしなめる者はいない。たとえ夫の両親であっても……。その理由は恐らく私が貴族ではなく、商人の娘だからであろう。私はラファエルの妻であったが実際は単なる書類上の妻というだけの存在で、アネットがこの屋敷の女主人の様に振る舞っていたのだ。「奥様……今朝はその、何だかまるで別人の様ですね?」料理を口にしていると、不意にいつもは寡黙なジェフが話しかけて
last updateLast Updated : 2025-09-25
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第2話 前世の目覚め

 それは今朝のこと――いつものように、朝6時半きっかり。今年20歳になる専属メイドのブランカが私を起こしにやってきた。「奥様……ゲルダ様。起床のお時間です……って。え!?」ブランカは既に起きて着替えを済ませている私を見て驚いている。「ゲルダ様……! まさか今朝は1人で起きられたのですか?」部屋のカーテンと窓を開けて空気の入れ替えをしている私にブランカは駆け寄ってきた。手にはタオルと真新しいピローカバーとシーツを持っている。「ああ……ゲルダ……ね。確かそれが私の名前だったわね。あの有名な名作の主人公と同じ名前なんて何だか妙な感じね」「え? 奥様? なんの話ですか?」ブランカは首を傾げる。「あ〜……何でもないわ。気にしないで。あ、タオル持ってきてくれてありがとう。後は自分で全部やるからいいわよ。タオルとカバーシーツ貸してくれる?」「え? 何故ですか?」「そんなの決まってるじゃない。自分で交換するからよ」ブランカからタオルを受け取った。「な、何を仰っているのですか!? 奥様にそんなことさせられるはずないじゃありませんか!」ブランカは目をこれでもかというくらい見開いた。「大丈夫だってば。これでもベッドメイキングには自信があるのよ。何しろ25年位昔に仕事で経験済みだから……」言いかけて、しまったと思った。「え? 25年くらい昔……? それに仕事って何のことですか? ……奥様はまだ21歳ですよね? それに働いた経験てありましたっけ?」「いいからいいから。私のことは構わずに貴女は自分の仕事をしに行ってちょうだい」無理やりブランカの背中を押して部屋の外においやる。「あ、あの!? 奥様!?」――バタンブランカを追い出すと、腕まくりをした。「さて、ベッドメイキングのついでに部屋の掃除でも始めますか」先程掃除用具置き場から拝借してきたモップで床掃除を始め……今朝目が覚めた時のことを回想していた。****「う〜ん…」いつもの習慣で朝5時に目が覚め、驚いた。何故なら天蓋付きのフカフカベッドの上で自分が眠っていたからだ。「え……? う、嘘でしょう……?」ベッドからムクリと身体を起こし、さらに驚いた。縦縞模様の綿パジャマを着て眠ったはずなのに、今着ているパジャマはいわゆるネグリジェと呼ばれる代物だったからだ。ツルツルと光沢のある素材…
last updateLast Updated : 2025-09-25
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第3話 前世の私

「全く……前世でも浮気が原因で離婚しているのに、何で生まれ変わっても結婚相手が堂々と浮気しているのよ。ほんと、私って生まれ変わっても男運が悪いのね」キュッキュッと窓拭きをしながらブツブツ愚痴を言う。けれど、不思議と悔しいと思う気持ちは沸かなかった。前世の記憶を思い出す前は、あれほど2人の仲を嫉妬して周囲の視線もはばかることなく、泣いたり暴れたりしていたのに。今では何とも感じない。まるで憑き物が落ちたようだ。何しろ私と夫は夫婦生活の営みすらなかったのだから。「きっと神様が私を哀れんで前世の記憶を取り戻してくれたのかもね……あ、ここまだ汚れてるわ」ハ〜ッと息を吹きかけて、再び窓掃除を続ける私。さて……何故私が前世の記憶を取り戻すと同時に夫への愛? 嫉妬? が綺麗サッパリ無くなったのかと言うと理由はシンプル。「結婚相手が前世の自分の我が子と同じ年齢なんてありえないじゃないの……」そう、前世の私は日本人で25歳の息子がいる母親だったのだ――**** 前世では若気の至り? で僅か20歳で結婚し、21歳で男の子を出産した。親子3人、幸せな生活を送っていたのはずなのに、それも束の間。夫の浮気が発覚して結婚生活は僅か2年で破綻。その後、狭い団地で女手1人、シングルマザーとして寝る間も惜しんで必死に働き、子育てを頑張った。そんな頑張る私の背中を見て育った息子は期待通りの良い子に成長してくれた。国立の一流大学に合格。卒業後は大手商社に就職し、息子は25歳で結婚した。親孝行の息子は私と同居することを強く望んだけれども、そこは丁寧に断った。何しろ結婚相手は息子の就職先の会社の部長の娘だったのだ。若い二人の為に新居のマンションを購入したのも先方の父親。そんな環境で私が一緒に暮らせるはずはなかった。息子が結婚後は1人築40年の団地に残り、相も変わらず必死で働き続けた。何故なら私には夢があったから。いつかパン屋を開業させるという夢が……。そしてついにその夢が叶った。私は念願のパン屋を開業させることが出来たのだ。まさに順風満帆、人生これからという時に……。****「恐らく、あのままきっと私は死んでしまったのね……」窓拭きをしながらポツリと呟く。でも息子が結婚後で本当に良かった。それだけが救いだ。「よし! こんなものかな?」部屋を見渡せば、窓はどこも曇りがない
last updateLast Updated : 2025-09-25
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第4話 前世の記憶が上回る

「全く広すぎる屋敷と言うのも考えものよね……」真赤な絨毯を敷き詰めた長い廊下を歩いていると、つい愚痴が口を突いて出てしまう。それにしてももっと活動的な動きやすい服は無いのだろうか?現在私が着ている洋服は襟元や袖口にフリフリがついた真っ白なブラウスに、足首まで届くロングスカート。どうやら今の私は前世の記憶の方が勝っているらしく、この服装が不便でたまらない。「何でこんな足さばきの悪いスカートを履かなくちゃならないのかしら。袖のフリルも邪魔だし……。ジーパンを履きたいわ」しかし私の知る限り、この世界にはジーパンなるものが存在しない。この時代は恐らく時代的に見ると19世紀頃かも知れない。馬車は走っているが、一応自動車もバスも存在している。電気はまだなく、明かりはガスランプか石油ランプを使っている。電話もちらほら使用できるようにはなっているけれども、庶民にはまだまだ手が届かない高嶺の花的存在だ。「前世の記憶が強いと困るわね。ネットが恋しくてたまらないわ。電子レンジだって無いんだもの……」他にもあれこれ前世の世界と今の世界の事をあれこれ考えつつ歩き続ける。「だけどいくら私と顔を合わせたくないからと言って、ちょっと部屋を離し過ぎじゃないかしら?」ちなみにノイマン家の屋敷はコの字型の作りをしており、私は東塔、夫とアネット、それに義父と義母も南塔に住んでいる。その為、使用人の配置も圧倒的に南塔に集中している。東塔は閑散としているけれども、南塔には大勢の使用人が働いている。途中何人もの使用人達にすれ違ったが、皆遠巻きに私を見るだけで誰一人として挨拶すらしてこないのだ。つまり、それだけ私はこの屋敷に歓迎されていないという現れだった――****「ふう〜……やっとついたわ」ここまで歩いてきた息を整えながら部屋の扉をノックしようとした時。「ああ! お、奥様! いけません!」何処から現れたのか、夫の専用フットマンであるリックがバタバタと足音を響かせてこちらへ向かって走って来た。「おはよう、リック。何がいけないの?」「おはようございます、奥様。ほら、この部屋に張り紙がありますよね? お読み下さい」「張り紙?」リックの指さした部分には約5センチ四方の紙が画鋲で止めてある。この大きさはどう見ても張り紙と言うよりは単なるメモ紙だ。メモ紙には小さな文字で何か書き込
last updateLast Updated : 2025-09-26
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第5話 夫と恋人と異臭部屋

――コンコンまずは右手で軽くノックしてみる。……はい、出るわけないわよね。――ゴンゴン!次は強めにノックしてみる。それでもやはり無反応。きっといつもの2人きりの甘〜いイチャイチャタイムに突入しているのだろう。だから当然この部屋の中は人払い済み。ラファエルとアネットの2人きりというわけだ。「す〜」大きく深呼吸すると……。ダンッ!ダンッ!ダンッ!拳を握りしめ、身体を海老反りして両手で思い切りドアをノックしてやる。その名も『必殺!管理人ノック』。これは私が当時5歳の息子を抱えて住み込みの学生寮の管理人をしていた時に培った技だ。このノックをすれば、どんなに寝坊助の学生さんだって起こすことが出来た。「うるさい! 誰だ!」流石にたまらないと思ったのか、ガチャリと乱暴にドアが開かれた。目の前に現れたのは着衣が乱れた夫のラファエル。「おはようございます、旦那様」「げ! ゲ・ゲ・ゲ……ゲルダ!」「……朝のご挨拶に参りました」ロングスカートの裾をちょっとつまんで朝の挨拶をする。それにしても『げ!ゲ・ゲ・ゲ…ゲルダ!』とは一体何よ。そんな風に呼ばれると何だか非常に下品な名前に聞こえてくる。第一今の私は『ゲルダ』と呼ばれるよりは前世の名字、『小林さん』と呼ばれたほうがしっくりくるのに。じっと目の前に立つラファエルを見上げた。「……何だよ?」ラファエルは金色の巻毛が美しい青年だ。ラファエル……三代天使の1人と同じ名前。確かに外見は天使のようだが、その実態は天使というよりはむしろ小悪魔に近いだろう。今世の私はこの外見に惚れ込んで、多額の持参金を持ってノイマン家に嫁いできたのだから。黙って見つめていたからだろう。ラファエルはまくしたててきた。「おい! 何なんだよ! お前は! さっきから黙って人の顔を見つめて……! まぁ、僕が美しすぎるから見惚れるのも無理はないと思うが、大体表の張り紙が目に入らなかったのかよ!」バンッ! と扉を手のひらで叩く。「張り紙ですか? さて……そんな物はありませんでしたけど……それより……」私はラファエルの首元にくっきりつけられたキスマークを見つめた。「やれやれ……駄目ねぇ。これから人前で仕事をしないといけない人にそんな目立つ場所にキスマークなんかつけたりして……」「な、何だって!?」私の言葉に慌てたように
last updateLast Updated : 2025-09-27
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第6話 ご挨拶に参りました

「な、何よ……この鼻をつくような匂いは……」換気! 部屋の換気をしなくちゃ!ラファエルの脇をすり抜けて部屋の中へと入っていく。「お! おいっ! 勝手に部屋へ入るな!」背後でラファエルの声が追っかけてくるけど、私の歩みは止まらない。「な、何よ! 勝手に私達の部屋へ入ってこないでよ!」部屋の中央のテーブルには食事中だったのか、半分以上は手つかずの料理が残されており、椅子に座るアネットの姿があった。肩にかかるふわふわな金髪に紫の瞳のアネットはこちらを睨みつけている。「あら? いたのね。あまりにも静かだったからいないのかと思ったわ」「な、何ですって! 誰に向かってそんな口を叩くのよ!」普段からまるでお人形のように美しいともてはやされているアネットが私の前で本性を現す。眉を釣り上げ、歯をむき出しにして睨みつける姿はさながら……。「まるでハイエナみたいね」小声でポツリと言ったのに、アネットにはばっちり聞こえてしまった。「ちょっと誰がハイエナよ!」「おい! 待て! ゲルダ!」全く……うるさい若者たちだ。私は返事もせずにバルコニーへ続く掃き出し窓の側へ寄ると大きく窓を開け放った。途端に3月のまだまだ冷たい風が部屋の中に一気に吹き込んでくる。「さ、寒い!」「ちょっと! は、早く閉めてよ! 凍え死んじゃうわ!」 背後で寒さで悲鳴を上げるラファエルとアネット。でも、私は寒さに強い人間。「あ〜気持ちい」両手を広げて冷たい風を身体に受ける。前世では1年中乾布摩擦をしていた私にとってはこのくらいの寒さどうってことない。それより新鮮な空気を取り入れる方が重要だ。「さて……2人とも。後最低でも10分は部屋の窓を開けて換気をしておくのよ? 空気が悪すぎるから」「「は?」」寒さで震えながらラファエルとアネットが同時に首を傾げる。「それじゃ、私はこれで失礼するから」それだけ言うと部屋の扉に向かった。「おいっ!ゲルダッ!」ドアノブに手を触れた時、ラファエルが声をかけてきた。「何?」振り向いて返事をするとラファエルが寒さでカタカタ震えながら尋ねてきた。「お、お前……、一体……何しにこ、ここへ来たんだよ!?」「はぁ?」何を今頃言い出すのだろう?「私……最初に言ったわよね? 朝のご挨拶に参りましたって」「え……? そ、それだけ……か?」「
last updateLast Updated : 2025-09-27
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第7話 洗濯の基本

約10分かけて恋人たちの異臭部屋からピカピカに掃除された自室へ戻って来ることが出来た。「あ、お帰りなさいませ。奥様」自室の前でに籠に入れた洗濯物を運ぼうとしていたブランカが私に気付いて声をかけてきた。「ええ、ただいま」返事をすると何故かブランカがじ〜っと私を見つめている。「え? 何?」「いえ……今日は泣かれなかったのだなと思って」「え? 泣く……? あ!」そうだった。今までの私はラファエルが朝食の席に現れないので毎回泣きながら部屋に戻って来ていたんだっけ……。その私の態度がますます周囲の使用人たちから馬鹿にされる原因になっていた事に気付きもせずに。それにしても前世の記憶が戻る前の自分が情けなくてたまらない。あんな顔だけしか取り柄の無い男に惚れこんでいたなんて。前世で産み育てた我が息子の俊也の方が断然魅力に溢れていたわ。……まぁ、少し親の欲目もあるけどね。「……本当に昨日までの私って馬鹿だったわね」ぽつりと呟くと、どうやらブランカに聞こえていたようだった。「え? 奥様? 何かおっしゃいましたか?」首をかしげてきた。「何でもない、何でもない。ほら、早く洗濯しに行った方がいいわよ。3月とはいえ、まだまだ外は寒いんだから早く洗い物をして干さないと乾かないわよ」その時、ブランカの持つ洗濯物の中に私が今朝着ていたネグリジェが入ってることに気付いた。「あら、それも洗うのね?」「はい、そうです」「ちなみにそれは素材はシルク?」「え、ええ……そうですけど?」そうか、やはりあのネグリジェはシルクだったのか。「ねぇ、シルク素材も太陽の光に当てて干していたの?」「はい。勿論です」当然のように返事をするブランカ。「あ〜それはダメよ。いい、シルク素材はね、日光に当てて干すと黄色くなっちゃうから絶対に陰干しがお勧め。分かった? 今度からそうするのよ?」するとブランカが何かに気づいたのか、あっと驚きの顔を見せた。「そう言えば、シルクの素材って、すぐに黄色く変色してました。何故かと思っていたのですが、日光の下で干していたからなんですね? ようやく分りました!」「ええ、そうよ。シルクは日陰干しが基本。だから早くお洗濯してきたほうがいいわよ。そうじゃないと乾かないから」「はい! 分かりました!」ブランカは洗濯籠を持って小走りに去って行った。その
last updateLast Updated : 2025-09-28
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第8話 不利な条件

「そうだ。まずはこの世界では離婚をする場合どこに相談すればよいか、調べないと。それに両親にも報告して……」そこまで考え、がっくりと肩を落とした。そうだった……。祖父と父は貴族に目が無い人達だった。親子2代で財を築いた大商人。その財力に物を言わせて今まで欲しいものは全て手に入れてきた。たった一つをのぞいて。そのたった一つのものと言うのが貴族の【爵位】だったのだ。成金らしく、どうしても爵位を手に入れたかった祖父と父は一人娘である私に白羽の矢を立てた。爵位は高いけれどもお金に困っている貴族に巨額な持参金付きの嫁として私を差し出そうと考えたのだ。そこで父と祖父は【独身貴族求む! 巨額の持参付きの花嫁あげます】とうたったビラを大々的にこの町一体に撒いて宣伝し、名乗りを上げたのが今の夫の両親である。それが今から1年前の出来事だった――****「それにしても爵位欲しさに娘を売りに出すなんて、ろくでもない身内よね」ソファにゴロリと横になった。 恐らく私がラファエルと離婚したいと言っても祖父も父も認めてくれないだろう。何しろこのノイマン家……没落貴族ではあったけれども、この地で400年続く由緒正しい伯爵家なのだから。そのノイマン家が困窮し始めたのは先先代のノイマン伯爵が浪費家かつ賭博好きのろくでなしだったからだ。彼のせいでノイマン家は借金がかさみ、先祖代々引き継いできた領地を手放す寸前に、ここ『テミス』の町で一番の大富豪商人のばらまいたビラを手にした。そして『テミスの大富豪』と呼ばれた一人娘の私、ゲルダとノイマン家の嫡男ラファエルとの婚姻関係が結ばれることになったのだ。「あの当時の私に今出会えるものなら、一発殴りつけたい心境だわ……」頭を抱えながら思わずため息が漏れてしまった。何故なら私はラファエルに一目惚れしてしまい、彼と結婚出来るならどんな犠牲もいとわない! と、圧倒的に理不尽な条件を飲んでしまったのだ。その条件には様々な内容が多岐にわたって決められていた。例えば我が屋敷から、年間1億2000万シリル(日本円と同等)の支援金を保証すること。ノイマン家の生活スタイルに異議申し立てはしないこと。私1人だけ別の塔で暮らすこと……等々が盛り込まれていた。けれども、これらは特に大きな問題ではなかった。何故なら支援金に関して言えば、実家は世界的にも有名な【テミ
last updateLast Updated : 2025-09-29
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第9話 義理の両親からの呼び出し

「まぁ、過去のことは振り返っても仕方ないし。これからは未来に向けて進んでいかないとね」ソファから立ち上がると、早速出かける準備を始めた。まず前世を思い出す前に買い揃えた高級貴金属を全て売りに出すことにしよう。クローゼットに向かうと扉を開ける。ハンガーに大量に吊るされたドレスを両端に寄せると、その奥に隠し金庫が現れた。「それにしても嫁ぎ先に内緒で金庫を持ち込むなんて、今世の私もなかなかやるじゃない」思わずほくそ笑む。クローゼットの奥から出てきた金庫は私が実家から持ち込んできた代物で最高級のアクセサリーばかりが隠されている。そしてこの金庫はダイヤル式の鍵で暗証番号は私しか知らない。早速ダイヤルをカチャカチャと回し、金庫の蓋を開けると中には目もくらむような光り輝くダイヤやゴールドのアクセサリーが大量に現れた。でもこれはほんの一部。他に隠し金庫を私は嫁いで来た時に3つ持ち込んできたのだ。勿論この屋敷の者たちは誰も知らない。取り敢えずここからいくつかアクセサリーを持ち出して、町に売りに行こう。まず離婚するに当たって、先立つ資金がなければどうにもならない。前世で苦い経験があるから、じっくり準備をしなければ。そこで適当に10点ばかりアクセサリーを取り出すと金庫を閉じて再びドレスで隠す。「よし、今日のところはこれくらい持っていけばいいかしら」巾着袋に無造作に金庫から取り出したアクセサリーを入れるとスカートのポケットに突っ込んだその時。――コンコン遠慮がちなノックの音と共に、専属メイドのブランカの声が聞こえてきた。「ゲルダ様、お話がございます。よろしいでしょうか」「どうぞ〜入っていいわよ」「失礼いたします……」カチャリと扉が開かれ、ブランカがモジモジしながら私を見る。「あ、あの……大変申し上げにくいのですが……」「何? 私と貴女の仲じゃない。遠慮せずに言いなさいよ」するとブランカが両手を胸の前に組んだ。「奥様……実は先程大旦那様と大奥様が南塔の自分たちの部屋へ大至急来るようにと伝言が届きました。何でも大事な話があるそうです」「はぁ?」この私を呼びつけるとはいい度胸だ。私は前世の年齢46歳+今世の年齢21歳、合計年齢が67歳なのに、共に年齢45歳の夫婦に呼び出されるとは……。しかも伯爵家でありながら私達の援助が無ければとっくに没落している貧
last updateLast Updated : 2025-09-30
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第10話 プライドの高い一族

「ゲルダ……昨夜、お酒を飲んだと聞いたが?」義父は足を組むと両手を組んで顎を乗せ、私を鋭い目つきで見た。「はい、そうです。飲みましたけど?」昨夜私は確かにお酒を飲んだ。しかもかなり、浴びる程大量に。自分の今置かれている状況が辛すぎて現実逃避をする為に地下室に並べられた高級ワインを2本貰って泣きながら部屋で飲んだ。どうか生まれ変わらせてくださいと誰に言うとも無しに……。そして今朝目覚めると私は前世の記憶を取り戻していたのだ。「やはり飲んだのだな! しかも勝手に!」ダンッ!義父は右手拳を握りしめ、目の前のテーブルを思い切り叩いた。以前の私ならこれくらいのことで震え上がっていたが、前世を思い出した私にはこんなことは何てことはない。「何故許可がいるのでしょう? あの地下室のワインだって、お義父様のリクエストがあったから、私が実家に頼んで手配して届けさせた物ですよね? 何故私が飲んではいけないのですか?」ほら、言い返せるものなら言ってみなさい。「ぐ……っ!」義父は顔を赤くしてブルブル震えている。ふ〜ん…肌の色が白いと綺麗なピンク色に染まるのか……。妙に納得しながら義父を見ていると、今度は義母が私を睨みつけた。「な、何て生意気な口を叩くのかしら……!」「そうでしょうか?」生意気? むしろ生意気なのは目の前に座っているこの2人だと思う。「うるさい! お前はもうこのノイマン家に嫁いで来た身なのだろう? 当主である私の許可なしに我が屋敷の財産を勝手に盗むな! お前が飲んだワインはなぁ……私が楽しみにとっておいた30年物オールドヴィンテージワインだったのだぞ! しかも2本も!」義父はよほどそのワインが飲みたかったのだろう。「だったらさっさと飲んでれば良かったじゃないですか。世の中、早いもの順ですよ」「な、な、何だと! 謝るどころか開き直るとは! 弁償しろ! 同じワインを用意するように実家に催促するのだ!」「は? 弁償? 催促?」肩をすくめてやった。「お前が勝手に飲んだのだから、責任を取るのは当然だろう?そうだな…この際ついでにワインを1ダースつけてくれ」ニヤリと笑みを浮かべる義父。「嫌ですよ。何故私が催促しないといけないのですか? どうしても欲しいなら自分で頼んだらどうですか?だって私には十分あのワインを飲む資格があるのですから」にべも
last updateLast Updated : 2025-10-01
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