All Chapters of 許すとでも?私を15年愛す極上の夫を選ぶわ: Chapter 171 - Chapter 180

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第171話

ロビーにいた役員たちは全員、静まり返った。莉子の顔から笑みが消えた。彼女がまだ何か言おうとする前に、凪はすでに隣の陽菜へと目を向けていた。「私と一緒に人事へ行って、ミツキホールディングスの社員のデータを集めてちょうだい。それから、経理の全データをロックして。30分後には、私の秘書もチームを連れて来るから、帳簿の照合と人員の整理をするのよ」「はい」陽菜はうなずき、受付で預かったカードキーを手に、凪を追ってそのまま上のフロアへと上がっていった。陽菜にとって、これが初めての仕事だった。しかし彼女は恐ろしいほどの手際の良さで動いた。経理部も総務部も何が起きているか理解できないうちに、出入りを禁じられ、事態が収束するのを待つことしかできなかった。しばらくすると、泉が新しい人事や経理の担当者たちを連れて現れ、作業に加わった。その間、莉子は何度も凪との話し合いを求めた。だが、凪はそれを一切受け付けなかった。役員たちの持ち物を次々と押さえ、陽菜と泉と共に重要書類を集めると、すぐに信頼できるチームに調査を依頼した。こうした状況が丸二日間続いた。ミツキホールディングスでは、清掃員と警備員以外の人間が一人残らず一掃された。そして、莉子が再び凪と顔を合わせた時のことだ。入り口の通路には多くの人が押し寄せ、オフィスの扉をドンドンと叩いて大声を上げていた。「辞めさせるなら退職金を出せ!」「俺たちはミツキホールディングスで何年もやってきた古参なんだ!言葉だけで退職させようなんて都合のいいことは通用しない!」「不当解雇として訴えてやる!」目の前に広がる怒りの渦の中、凪は椅子に座り、穏やかな表情で言った。「陽菜、賠償を求める人間をリスト化して。規定に基づき、適正な額を支払いなさい」あまりの対応の早さに、社員たちは呆気にとられた。納得できた者もいれば、できなかった者もいた。紆余曲折あったものの、最終的には大半の者が合理的な金額を受け取り、立ち去った。これにより、ミツキホールディングスの人員入れ替え作戦は完全に成功した。そんな様子を見ていた莉子は、怒りに駆られながら群衆をかき分け、凪の机を力いっぱい叩いた。「全員追い出して会社を潰す気なの?!ミツキホールディングスは私が必死で育ててきた会社よ!」莉子の手駒だっ
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第172話

「いつでも相手になります」凪は凛とした態度で答えた。その態度に、莉子はさらに怒りを燃え立たせた。「いいわ、大地さんが怖くないっていうなら、一緒に二宮グループのところに行きましょう!」大地が、凪のことをよく思っていないのを知っていたのだ。二宮グループへ行けば、いとこである大地が自分の味方をしてくれるに違いない。自分のほうが圧倒的に有利だと感じた莉子は、凪に向かって得意げに顔を上げて、挑発的な視線を向けた。しかし凪は動じることなく、静かに頷いた。「莉子さん、後で泣き言は言わないでくださいね」「ふん!大地さんがいとこの私を可愛がるか、男を追って家出を繰り返していた娘を信じるか。見ものだわ!」二人は睨み合い、空気は張り詰めていた。莉子は話をつけようと、凪を連れて二宮グループへ急いだ。……二宮グループの社長室で、大地は、渉と新しいプロジェクトについての打ち合わせをしていた。そこへ、秘書が慌てて飛び込んできた。「社長、ミツキホールディングスの責任者である丸山様が、どうしてもお会いしたいとおっしゃっております。止めることができず……」「ミツキホールディングスは凪に任せたはずだろう?なぜ急に……」大地は眉をひそめ、そっと渉の方へ目を向けた。親戚同士の醜い争いは、さすがに部外者には見せたくない。だが、大地が言い終わるよりも先に扉が開かれた。莉子は警備員を振り払い、涙を流しながら無理やり押し入ってきた。彼女は渉の姿に気づくこともなく、いきなり大地へ向けてバッグを投げつけた。「大地さん!凪にひどいいじめを受けたの!あの子、私が育てた社員を勝手に全員クビにして、私まで追い出そうとしているの。他の人には退職金を払うくせに、私には一円も払ってくれない……大地さん、私はこれからどうすればいいのよ!」ひとしきり愚痴をこぼすと、莉子は泣きながら大地の横へ駆け寄り、その肩を叩こうとした。大地は眉をひそめて彼女の腕を避けて言った。「莉子、話なら後で聞く。いまは中島社長が……」「どうして今じゃだめなの!今日解決してもらわないと、私は帰る場所までなくなるかもしれないわ。うぅっ!」「……」大地はため息をついた。その時、部屋にやってきた凪は、中に座っている渉の姿を目に留めた。渉は凪を見るなり、
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第173話

「お気になさらず」大地は言葉に詰まった。しかし莉子は必死になって叫んだ。「デタラメ言わないで!私を陥れる気ね!その証拠は全部、捏造したのよ!」言い終えると、莉子は真っ赤になって凪の髪を掴もうとした。凪はすっと頭を引いてそれをかわした。そして莉子をソファへと押し倒し、無様に叫び声を上げる彼女を見下ろして、静かに手を上げた。後ろにいた泉が、整理された書類を凪に手渡した。凪はその書類を莉子に向かって投げつけた。「これに書かれていることは、すべて事実ですよね!」「お父さん、莉子さんはミツキホールディングスで資金を横領して、多大な損失を出していて、毎年数億円の損害を与えている。これだけでも、十分に警察に引き渡すべき案件よ」警察って……大地と莉子は、その言葉に凍り付いた。大地は慌てて言った。「でも、身内なんだし、警察に突き出すなんて、世間に知られたら……」「凪が通報しづらいのでしたら、部外者の俺が代わりに通報しましょうか?」渉が、突然そう口を開いた。凪の瞳が冷たくなった。渉は、なぜいつも余計な口を挟んでくるのだろう?別に本気で警察に引き渡すつもりはなかった。この機会に、横領された金をすべて吐き出させたいだけだったのだ。莉子は目を吊り上げ、渉を睨みつけた。「何様のつもりよ!二宮家の問題に口を出さないで!ひょろひょろした体をして、ろくな教育を受けていないんじゃないの……きゃっ!」莉子が言い終わる前に、大地は、その頬を強く叩いた。身内のトラブルなど、自分たちで静かに解決すればよかったのだ。まして、渉という大切な客を敵に回すなど、絶対にあってはならないことだ。「いい加減にしろ!甘やかされて育ったから、そんな身勝手な態度をとるんだ!凪は身内の問題を穏便に済ませようとしていたのに、お前はこんな風に暴れて……恥を知らないのか!その頭をしっかり冷やしてから出直してきなさい。出て行け!」莉子はまだ何か言いたそうにしていたが、大地は警備員に合図をして、無理やり彼女を引きずり出させた。莉子の泣き叫ぶ声が、次第に遠ざかっていった。社長室はようやく落ち着きを取り戻した。大地は、慌てて渉に笑みを向けた。「取り乱してしまいまして、本当に申し訳ありません。中島社長、どうか今の言葉は気にしないでください。ただ
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第174話

「とぼけないでよ!」葵は激怒して部屋に押し入ってきた。「来週、大輔さんの婚約パーティーがあるのよ!あの斎藤グループのお嬢様と婚約するなんて、こんな大きな出来事、黒崎家の三男の妻として、知らないわけないでしょ?知っていたなら、どうして教えてくれなかったのよ?今さら状況を変えようとしたって、もう手遅れじゃない!?」葵は怒鳴りながら、スマホを強く握りしめた。画面には、大輔が婚約するというニュースが、はっきりと映し出されていた。それを見た凪は呆気にとられた。こっちにとっても初耳のニュースだったからだ。ただ、自分と空が出会った当日にすぐに入籍したことに比べれば、大輔と春海の噂は以前からあったのだから、これくらいの時期に婚約が発表されても驚くようなことではない。凪はまったく動じず、腕を組んだまま、ドアの枠に身を預けた。「黒崎家のやることは絶対よ。最近嫁いだばかりの私が一言言ったくらいで変わるもの?それに、あなたがちゃんと大輔さんの心をつなぎとめていれば、斎藤さんが出てくる隙なんてなかった。男を射止める魅力がないのは自分のせいだし、婚約のことをニュースで知ってしまうようじゃ、元から好かれていなかったのよ。自分に惹かれていない男なんて、無理やり引き留めても無駄だけどね」そう告げると、凪は時計を気にかけつつ、葵の横をすり抜け、ミツキホールディングスの仕事を片付けようとした。しかし、再び葵に手を掴まれた。「お願い、お姉さん……」葵は声を詰まらせてすがりついてきた。「私たち二人が黒崎家に嫁ぐ方が、二宮家にとってもずっと都合がいいでしょ!私を黒崎家まで連れて行って。そうしてくれたら、絶対に大輔さんの気持ちを引き戻して見せるから……」そこへ、大地も後を追ってやってきた。「凪、葵は君の妹なんだし、大輔さんとうまくいけば、今後の黒崎家で信頼できる人が増えるじゃないか」凪はそこで歩みを止めた。その様子を見た二人が、ようやく凪の心が動いたと喜んだ直後、凪はパシッと葵の手を振りほどき、冷たく言い放った。「葵、本当にどうかしてるわ。大輔さんと斎藤さんは、両家が認めた相手同士。今更あなたの入る余地なんてないわ。割って入れば、ただの泥棒猫になるだけ」凪はそう言い捨てると、二人に背を向け、その場を離れた。葵は、前に春海
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第175話

「確かに、お前の言う通りかもしれないな」大地は隠し事をされるのが嫌いなだけだったが、明里の言葉にも一理あると感じた。明里は、すかさず畳み掛けた。「それよりも、凪がミツキホールディングスを引き継いでから、かなり張り切っているみたいよ。本気で会社を立て直すつもりなのかもしれないわ。あそこは美月さんが残した会社よ。もし本当に凪が再建させたら、それを足がかりにして二宮グループの支配から抜け出すかもよ。凪は大地と心が通じ合っていないのだから、警戒しておくに越したことはないわ」明里は、まるで心の底から大地のことを心配しているかのように親身に語りかけた。大地は明里の本心に気づくはずもなく、その手を握って優しく慰めた。「俺のために言ってくれているのはよく分かっているよ。だがミツキホールディングスはもう何年も赤字だ。その上、凪が全社員をクビにしたんだ。売上もなく人もいないのに立て直せるわけがない。安心しなさい」大地が自信を持って慰めたが、明里の不安は消えなかった。何が起こるか分からない世の中だ。一番の安全策は、今すぐ凪を叩き落とすことだ。そう考えた明里は言い訳をしてその場を離れ、休憩室にいる莉子のもとへこっそり向かった。ひとしきり泣いて騒ぎ散らした莉子は、服を着替えてメイクを直していた。明里の姿を見ると、さっき大地に平手打ちされたことを思い出し、挨拶する気にもなれなかった。しかし、明里はそんな彼女の様子を気に留めなかった。「大地は莉子さんのいとこだし、私たちは莉子さんの味方です。でも知っての通り、凪は私たちのことなど全く眼中にないのです。凪が訴訟を起こせば、私たちでも止められません。だから忠告にきました。凪が本気で調べ始めたら厄介ですよ……私たちは身内の穏便な話し合いで解決したくても、凪は承知しないでしょうからね」その言葉を聞いた瞬間、莉子はガタッと立ち上がった。「明里さん、嘘でしょう?凪なんてただの若造なのに、親として抑えられないなんて……」「凪はたった一人で、私と葵をずっと言いくるめてきたのよ……莉子さんなら、なおさら容赦しないでしょう」明里は本当に深く傷ついたかのように、目に涙をにじませてため息をついた。莉子は息を呑んだ。美月が亡くなって、すぐにその座を奪い取ったあの明里が、凪のことを抑えられな
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第176話

車に乗り込んだその時、空から着信があった。「家にいるか?隆に輸入キャットフードを届けさせた」「キャットフード?」どうして隆がキャットフードを?凪は二宮グループに急いで向かいたかった。アクセルを強く踏み込むと、エンジンが重々しい唸りを上げた。空はその音を聞き取ったようだ。「友達の家でキャットフードが余っていて、処理に困っているらしいんだ。君は最近猫を飼い始めたんだろ?だから君のもとへ運ばせることにしたんだ。何か急ぎの用でもあるのか?」空は簡潔に用件を伝えると、最後は少し心配そうに問いかけた。このスピードでは事故を起こしやすいのだ。凪はハッとした。エンジンの音だけで急いでいることに気づかれるとは、さすが空だ。凪は車の窓を閉め、苦笑交じりに答えた。「確かに急ぎの用事で……キャットフードなら玄関先に置いておいてください。帰宅した時にもらいます。ありがとうございます」「気にするな」空は冷たく応じたが、電話を切ろうとはしなかった。凪が会話を終わらせようとしたその時、空はいきなり、「ミツキホールディングスの件か?」と質問した。信号待ちで車を止めた凪は、思わず目を見開いた。「どうしてそれを?」「各グループの動向は公表されているからな」「そうでしたね。でも大丈夫です、すぐに処理してきます」凪は気づかなかった。K市には無数の企業がある。忙しいはずの空が自分の企業の人事や経営の詳細をこれほどまでに把握していることが、ただのビジネスパートナーとしては距離が近すぎるということを。空は独自のルートで情報を集めて、ミツキホールディングスで起きた厄介な出来事を承知していた。それに、凪がこれほど荒っぽい運転をしていたことなんてなかった。胸の奥で、自然と不安が広がっていた。「隆をそっちに向かわせる」「でも、キャットフードのことをお願いしていたんでしょう?」「それは……キャットフードよりもビジネスパートナーの方が重要だ」信号が青に変わった。凪の焦りは、空の言葉のおかげで不思議と消え失せた。なぜだろう?空が関わると、物事はいつも順調に動き出す気がする。断る隙もなく、電話はすでに空に切られた。「もう……いつも勝手な人なんだから」そう言いながらも、口角は自然と上がっていた。これほ
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第177話

警察が数度問い詰めても、相手は何も吐こうとしなかった。そこで、凪が口を開いた。「今、あなたたちが壊した書類。あれにはミツキホールディングスの帳簿や資料だけでなく、二宮グループの極秘資料も混じっていました。あなたたちの行為は『営業秘密侵害』に該当します。背後で糸を引いている人間を白状しなければ、直ちに弁護士を通じて刑事告訴を行い、法的措置を取ります。刑務所の中に放り込まれますよ」言い終えると、さっきまで黙り込んでいたチンピラたちが、一斉に勢いよく顔を上げた。「刑務所!?そんなの、聞いてねえぞ!」「そんなのゴメンだ!」隆は息をのんだ――凪が先ほどまで穏やかに社員を慰めていたかと思えば、次の瞬間にはチンピラたちを圧倒するように言葉を投げかけるなんて。さすが、空が選んだ女だ。凪はそれ以上何も言わなかったけれど、彼女の言葉に怯え始めたチンピラたちはすぐに自分たちに指示した人間を警察に明かした。しばらくすると、莉子が連行されてきた。莉子は警察に逆らえず、凪の前に押し出されると、目を赤くして叫んだ。「この馬鹿なチンピラたちを騙したからって、いい気にならないでよ!二宮グループの極秘資料が、ミツキホールディングスにあるはずがないでしょ?またでたらめなことを言っているわね!そもそも、この資料は全部私のものよ!私が誰かに頼んで壊そうが、私の自由でしょ!?」凪は眉をひそめて、淡々と言い放った。「馬鹿なのはあのチンピラたちかしら?もし莉子さんがチンピラたちと違って頭が切れているなら、会社の資料はその経営者に属することくらい、分かっていますよね?ミツキホールディングスの経営者は私になりました。クビになったはずのあなたには、会社の資料を処分する資格はないと思いますが?」凪はそう言うと、見下すような冷ややかな目で、莉子を見つめた。もし莉子が会社の金で遊んでいなければ……ミツキホールディングスがこれほどまでに没落することはなかったはずだ。追い詰められた莉子は、言い返す言葉がなくなったのか、地面に落ちているガラスの破片を握りしめ、凪に向かって突進した。「道連れにしてやるわ!」「危ない!」陽菜が慌てて凪に駆け寄った。凪は目を大きく見開いた。莉子が暴行に走るとは、予想外だった。鋭い破片が、凪の顔を狙っていた。
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第178話

「すみません、署までご同行いただけますか?」警察の声に、凪はやっと我に返った。促されるまま、事情聴取に向かった。事の重大さに気づいた莉子は、慌てて口を開いた。「誰かに言わされたのです!明里さんですよ!凪を懲らしめろって吹き込まれて……カッとなって動いただけなのです。ちゃんと調べてください。私、刑務所なんて絶対に行きたくないです!」莉子の泣き叫ぶ声が、取調室の外にまで漏れ聞こえてきた。だが明里が裏で糸を引いていたという証拠がなく、莉子はひとまず暴行した仲間たちと一緒に拘置された。今後の取り調べを待つことになったのだ。莉子は泣くことしかできなかった。壁一枚隔てた場所で、莉子の供述を聞いていた凪の目つきが鋭くなる。明里も裏で絡んでいたというのか?自分を陥れるために莉子を駒として利用したのか、それとも……何か別の目的があるのか?考えを巡らせていると、陽菜からメッセージが届いた。【経理部の小林光生(こばやし こうき)って名前の経理のことですが、公費名目で、なんと3年間で12億を横領しました。これはただ事じゃないですよ】その名を聞いて、凪の瞳に一瞬、驚きが走った。陽菜に事情を説明しようとしたその時、空が凪の前にやってきた。「片付いたぞ。会社まで送ろう」「うん」凪はとっさに頷いた。空は隆と共に凪をミツキホールディングスまで送り届けた。去り際に、空は凪にキャットフードを忘れず受け取るように言い添えた。凪はエレベーターに乗った空に微笑んで手を振った。「ありがとうございます、気をつけて帰ってくださいね」「ああ」エレベーターのドアが閉まる。空を見送ると、凪は残った業務を片付けようと踵を返した。しかし、隣にいた陽菜がまだエレベーターの方を見て、ひどく落ち込んだ表情をしていることに気づいた。凪は不思議そうに尋ねた。「どうしたの?もしかして空さんを知ってるの?」「もちろんです!」陽菜が急に顔を上げ、目を輝かせた。「あの人、高校時代の憧れの先輩ですよ!成績優秀、イケメンで先生からも大人気でしたから!しかも人柄も最高だって評判で、悩んでいる同級生がいれば絶対に助けてくれるらしいです。OBとして学校に来てくれた時、声をかける勇気もなくて……本当にもったいなかったのですね……」陽菜は早口で空を褒
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第179話

凪は心の中で答えを出していたが、それを陽菜に詳しく教えることは控えた。「入籍済みの夫婦だから、彼も私には酷いことはしないわ」「え、えぇーっ!」陽菜は勢いよく食いついてきた。「私の憧れの人が、今の上司と夫婦だなんて!夢を見ているみたいですね。今度握手してもらうことってできますか?本当に尊敬していたんです!」凪は苦笑いした。空の代わりに約束することもできず、機会があれば伝えてみるとだけ答えた。陽菜は飛び上がるほど喜んだ。午後の仕事でも、陽菜は興奮気味に働き、3人分の仕事を驚異的な速さで片付けた。今日の騒ぎもあり、凪はみんなにしっかり休むようにと声をかけ、全員を定時より早く退社させた。凪が会社の外に出ると、目の前にはヘルメットを被り、原付バイクに跨った陽菜の姿があった。しかも、あちこち塗装が剥げている中古のやつだった。陽菜は、凪がエントランスで動かずにいるのを見て、凪の車に何か問題があったのだと勘違いした。「車が動かないなら、駅まで送りましょうか?」「……」凪は言葉を飲み込んだ。自分が一番に認めている社員が、毎日原付バイクで通勤しているなんて……ミツキホールディングスを支えるメンバーは、会社の看板を背負っているようなものなのだ。そう思い至った凪は、そのまま陽菜のヘルメットを取り上げて尋ねた。「免許はある?」「大学の時に取りましたけど、それがどうし……え?」陽菜が言い終わる前に、凪は彼女の手を引いて近くのディーラーへ向かった。店には多くの高級車が並んでいた。凪はスタッフを呼び寄せ、陽菜に向かって言った。「好きな車種を、どれでも選んで」陽菜は驚愕し、値札を見て激しく首を横に振った。「とんでもないです。原付があるだけで十分だし、遠出ならタクシーを使いますから……」「会社支給の社用車だと思えばいいわ。私に呼ばれた時、いち早く向かうためにはこれくらいがちょうどいいでしょう?SUVがいいと思うんだけど、好みのものはある?」凪は陽菜を連れ、スタッフと共に車を見て回った。何千万という額を聞き、陽菜は目眩がした。一生縁がないような金額だ。それでも凪に急かされ、困り果てた陽菜は一番安価なビーエムダブリューを指さした。「これなら……」ここにある中で一番安いものだ。陽菜はガ
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第180話

陽菜は新しい車に乗り換え、運転の練習だと言って、凪を自分の住むシェアハウスへ連れて行った。車でも40分はかかる距離だった。凪が車を降りると、そこには窮屈そうな建物が立ち並び、日当たりも悪かった。陽菜について薄暗い路地を入り、シェアハウスの入り口を抜けて、陽菜の狭い部屋へ入った。すると男の入居者がキッチンへ歩いてきて、二人が目に入った途端、いやらしい目線を向けてきた。凪はゾッとして、鳥肌が立った。凪は、「ダメ。別の場所へ引っ越しなさい!」と言って、陽菜の手首を強く握りしめた。陽菜が何かを言い返す前に、凪は引越し業者に連絡を取り始めた。凪はミツキホールディングスの近くにあるワンルームの物件に、そのまま陽菜を連れて行った。陽菜は、南向きで掃き出し窓がついた綺麗なワンルームを見渡した。「こ、こんなところ、本当に私が……」「杏奈の友人として。それに何より、あなたの安全のためよ。だから受け取って」凪は部屋の鍵を陽菜の手に押しつけると、彼女に断る暇も与えず、さっさと車へ戻った。車に戻ると、後部座席にある封筒を確認した。そこには光生が12億を横領した証拠が入っている。光生。明里の弟なのだ。凪はアクセルを踏み、そのまま二宮家へ直行した。移動中、陽菜から感謝のメッセージが届いた。凪はそれに返信して、新しい家で安心して暮らすよう伝え、続けてミツキホールディングスの今週の改善点について打ち合わせをした。用件が終わる頃、ちょうど二宮家に到着した。家に入ると、使用人が恭しく凪へ挨拶をした。「凪様、旦那様と葵様は、まだお戻りではございません。奥様だけがいらっしゃいます」「ちょうどよかった。明里さんの手料理、久しぶりに食べたいわ」凪は微笑みながらダイニングへ向かい、持っている書類を脇に置いて座った。明里が使用人から話を聞き、眉をひそめた。「あの生意気な小娘!私を家政婦とでも思っているの!?」明里は怒りを覚えながら1階へ降りた。何かを言いかける前に、凪が指先で封筒を軽く叩いた。「弟さん、ミツキホールディングスで経理をしていたみたいね。彼の金の使い道について、食事の間にじっくり話したいわ。もし今日話せなくても、他の日に、お父さんが家にいる時に話してもいいけど」それを聞いた瞬間、明里の目に宿っ
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