All Chapters of 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない: Chapter 101 - Chapter 110

113 Chapters

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 鏡子の完璧だった計画を、他ならぬ息子が壊してしまったのだ。鏡子としては当然、認めるわけにはいかない。 玲香の醜い嫉妬は承知の上で、あえて手を組んで結菜を遠ざけた。 ところが、結菜を失った智輝はどこかおかしくなってしまった。 鏡子は当時のことを思い出すと、わずかに胸が痛むのを感じる。 智輝は仕事に没頭して、他を顧みなくなった。自分自身を削るように働き続けた。『智輝。自己管理も仕事のうちです。無理をして倒れたらどうするのですか』 母としての心配と管理者としての責務から言えば、智輝は感情が抜け落ちた瞳で答える。『ご心配なく。KIRYUホールディングスをさらに成長させる。母さんの目標は、必ず果たしますから』 ――母さんの目標。 鏡子は息子に必要以上の責任を押し付けてしまったのではないかと、一瞬だけ思った。 だがすぐに、桐生家の当主としての立場がそれを打ち消した。(会社の成長と家の持続は当然の責務。私もそうやって生きてきた) 彼女はそれ以外の生き方を知らない。だから疑問に思わない。 孫の存在を喜ぶよりも、その子をいかに活かすかを考える。 樹という子供を手に入れる。まずは智輝本人を結菜から引き剥がし、東京へ連れ戻さなければならない。会社を人質にすれば、CEOとしての責任感が強いあの息子は、動かざるを得ないだろう。 鏡子は、KIRYUホールディングスの古参役員の一人に電話をかけた。「私です。明朝、緊急の役員会を招集なさい。議題は――」◇ 翌朝、図書館のプロジェクトルームに智輝が出勤すると、PCを立ち上げてすぐに緊急の通知が割り込んできた。『臨時取締役会 オンライン出席要請』 予定にない、しかも「緊急」と銘打たれた招集。智輝は、訝しげに眉をひそめた。(何事だ……?) 彼は指定された会議システムのURLをクリックする。画面が切り替わり、東京本社の役員会議室の光景が映し出された。 長いテーブル
last updateLast Updated : 2025-11-19
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 智輝は、これが母によって周到に準備された、一種の劇場なのだと瞬時に悟った。議題も役員たちの発言も、結末も、全ては鏡子の描いた脚本通りに進むのだろう。これは会議などではない。自分を断罪するための、罠だ。 議長席に座る最古参の役員が、重々しく口を開いた。「では、これより臨時取締役会を始める。本日の議題はただ一つ――桐生CEOのプライベートに関する、一連の由々しき報道についてだ」 その言葉を皮切りに、役員の一人が手元のタブレットを操作した。プロジェクトルームにいる智輝のモニターに、ある週刊誌の電子版記事を共有する。『名門・桐生財閥の若きCEOに隠し子騒動! 地方都市でシングルマザーと密会か』 下品な見出しが踊っている。その下には遠くから盗撮されたのであろう、智輝と結菜、樹が3人でいる不鮮明な写真が掲載されていた。「桐生CEO。これは、一体どういうことですかな」 別の役員が待っていましたとばかりに、非難するような口調で言った。「このようなゴシップが、現在ネットニュースやSNSで拡散されて、当社の企業イメージを著しく毀損しております。株主様からも、説明責任を求める声が多数上がっている。我々としては、到底看過できません」「CEOの私生活に関するスキャンダルは、企業価値を著しく損ないます。株主への説明責任も果たせません。桐生CEOには、速やかに東京へ戻り、この事態を収拾していただくことを要求します」 智輝は、画面の向こうの役員たちを冷ややかに見返した。「ゴシップ記事が企業イメージを毀損する、ですか。この記事によって、我が社の株価が1円でも下がりましたか? 具体的な経営上の損害が出ているというデータがあるなら、提示していただきたい」 CEOとしての、極めて正論な反論だった。だが古参役員の一人が、まるで子供を諭すかのように、わざとらしく首を横に振る。「智輝CEO。問題は、目先の株価などという些末なことではございません。桐生家というブランド、その歴史と伝統に、泥が塗られようとしている。そのことが問題なのです」「その通りだ。跡継ぎに関する不透明な噂は、株主たち
last updateLast Updated : 2025-11-20
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 役員会が終わった直後から、本社からの圧力は図書館のプロジェクトに影響が出し始めた。 まず智輝の元に、本社経理部から一通のメールが届いた。『件名:地方図書館改築プロジェクトに関する追加予算の執行保留について』 本文には、「先日の役員会での懸念を受け、プロジェクトの事業継続性について再評価を行うため、承認済みであった追加予算の執行を一時保留とする」と、事務的な言葉が並んでいた。プロジェクトの生命線である資金を、鏡子は容赦なく断ち切ってきたのだ。 それに追い打ちをかけるように、プロジェクトルームの電話が鳴り始める。相手はプロジェクトに参加している地元の建設会社や、ITシステムの提携企業からだった。「桐生社長。少し、よろしくない噂を耳にしましてな。本社の方でプロジェクトの見直しが行われているとか……。今後のスケジュールに変更は?」「ゴシップ記事の件、拝見しました。まさかとは思いますが、プロジェクトが中止になるようなことは……」 智輝は押し殺した声で、一件一件、丁寧に対応せざるを得なかった。「ご心配には及びません。プロジェクトは計画通り進行します」 しかしその言葉が虚しく響いていることを、彼自身が一番よく分かっていた。 鏡子は彼の手足を一本ずつ奪い、身動きが取れないようにしている。智輝は、その事実を痛感していた。◇ 桐生本邸の、静かな自室。雅臣はタブレットに表示されたニュース速報を見て、深く長いため息をついた。『KIRYUホールディングス、本日午前に緊急取締役会』 記事にはCEOである智輝のスキャンダル疑惑と、経営体制への影響を懸念する声が、匿名のアナリストの言葉として引用されている。(鏡子さん……君は、本気で智輝を潰すつもりなのか) 妻が息子を追い詰めるために、自らが育て上げた会社を武器として使っている。その事実が、雅臣の心を締め付けた。 経営の才覚がない自分は、この桐生家の――会社の部外者だ。妻のやるこ
last updateLast Updated : 2025-11-20
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 雅臣は自室の書斎で迷い続ける。 壁一面の本棚には、経営に関する本は1冊もなく、植物図鑑や美術全集が静かに並んでいる。婿養子である彼にとって、この書斎だけが桐生家の中で唯一、心安らげる場所だった。(私が、口を出すべきことではないのかもしれない。だが……) デスクの上に置かれた、幼い智輝と笑うい合う自分の写真が目に入る。あの頃の、息子の屈託のない笑顔。 それを奪ったのは、桐生家の跡継ぎとして施された厳しい教育であり、決定的になったのは、5年前の鏡子の冷たい決断だった。そして今、彼女は再び同じ過ちを犯そうとしている。(私はあの時、智輝の心を救えなかった。いや、5年前だけではない。幼い智輝に厳しすぎる教育が行われるのを、反対できずに見ているだけだった。あの子が孤立を深めていると知っていたのに、父として手を差し伸べなかった) 雅臣は意を決したように立ち上がると、鍵のかかった引き出しの奥から、古びた革張りの手帳を取り出した。 それは鏡子の父、エドワード・アトキンソン・桐生が、彼にだけ「困ったことがあれば、いつでも連絡してきなさい」と言って渡してくれた、お守りのようなものだった。 鏡子の父であるエドワードは、イギリス人。第二次世界大戦後の日本に単身で渡り、一代で会社を興した人物である。 元華族の名門である桐生家の娘を娶り、日本に根を下ろした。 既に高齢のため、今は国内の静養地で隠居生活を送っている。 手帳に記された電話番号を、雅臣はスマートフォンでタップした。緊張で指が震えそうになっている。 数回のコールの後、静かだが威厳のある声が画面の向こうから聞こえてきた。「――雅臣かね。どうした、こんな時間に」「……お義父様、夜分に申し訳ありません」 雅臣は、ゴクリと唾を飲み込んだ。「実は、智輝と……鏡子さんのことで、どうしてもお力をお借りしたく……。息子が、壊れてしまう前に……」 それは経営能力のな
last updateLast Updated : 2025-11-21
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 樹は結菜から取り上げられて、桐生家に引き取られる。その後、樹がどういう扱いを受けるかは想像に難くない。智樹自身が通ってきた道なのだから。(それだけは、絶対にさせない) 結菜に全てを話すしかなかった。自分の置かれた状況も、彼女たちを守るという決意も。彼女に信じてもらうしかない。 智輝は、テーブルの上に放り出してあった車のキーを掴むと、部屋を飛び出した。自らハンドルを握ってアクセルを踏み込む。夜の闇に沈む海辺の町を、彼の車は一直線に結菜のアパートへと向かった。 アパートの前に車を停め、部屋の明かりがついているのを確認すると、彼は一度、深く息を吸った。追い詰められた表情の中に、しかし、強い意志の光を目に宿して、彼はインターホンへと手を伸ばした。 出迎えた結菜に、彼は告げた。「結菜、少しだけ、時間がほしい。母が仕掛けたこの馬鹿げたゲームを、終わらせてくる。必ず俺が全てを片付けて、君と樹くんを迎えに来る。だから、それまで俺を信じて待っていてくれないか」◇ 結菜は、智輝の言葉を信じたいと、心の底から思った。 けれど彼の「迎えに来る」という言葉は、同時に5年前の辛い記憶のふたを開けた。 あの時もそうだった。家柄の違いを理由に彼の母親に手切れ金を突きつけられて、別れを告げられた日。彼は何も言ってはくれなかった。ただプライドの高い、桐生家の跡継ぎとしての顔で、彼女を突き放した。なすすべもなく彼を失った、あの日の絶望。(信じたい。でも……) 目の前にいる彼は、あの頃とは違う。後悔と決意に満ちた、強い瞳をしている。だが彼がこれから戻っていく「桐生家」は、あの頃よりもさらに恐ろしい怪物となって、結菜の前に立ちはだかっている。(あの家に帰って、あなたは……本当に、戻ってこられるの? またあの時のように、全てを諦めてしまうことはないの……?) 不安が黒い染みのように心に広がる。 しかし今、戦おうとしている彼に、この不安をぶつけることはできなかった。結菜は、込み
last updateLast Updated : 2025-11-21
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105:祖父の来訪

 東京へ戻った智輝は、その足でKIRYUホールディングスの本社ビルへと向かった。これから始まるのは、会議という名の断罪劇である。そうと分かった上で、彼は覚悟を決める。(……上等だ。受けて立つ。そして、叩きのめしてやる) 智輝は自らを奮い立たせるように、固く拳を握りしめた。 役員会議室の重厚なドアを開けると、そこには既に、会社の重鎮である古参役員たちが全員席に着いていた。彼らは智輝の姿を認めると、一瞬だけ視線を向けたが、すぐに気まずそうに手元の資料へと目を落とす。 その部屋の空気は重く、冷え切っていた。 智輝は、無言のままCEOである自身の席に着く。彼の視線の先、議長席の隣に設けられたオブザーバー席には、母親である鏡子が一切の感情を排した無表情で座っていた。 会議が始まった。 重役たちは先日のビデオ会議と同じように、鏡子の筋書き通りに智輝の非難を始めた。 株価への影響やゴシップによる企業イメージ低下が繰り返される。 鏡子は何も言わない。しかし役員たちは、彼女のコントロール下にいるのは明らかだ。 しかし智輝は黙っていない。 役員会議室の空気は、智輝が放つ理詰めの反論によって、むしろ膠着(こうちゃく)していた。「株価への影響はごく軽微。経営上の実害はゼロだ。これは私的な問題であり、取締役会で弾劾されるような案件ではない」 智輝の言葉に、だが古参の役員たちは表情一つ変えなかった。彼らは顔を見合わせると示し合わせたように、一人が重々しく口を開く。「智輝CEO、我々が憂慮しているのは、数字には表れない『信用』の問題です。創業者一族にまつわるスキャンダルは、我々が長年かけて築き上げてきたブランドイメージを根底から揺るがしかねない」 一人の役員が子供を諭すように言うと、別の役員が待っていましたとばかりに続けた。「その通り。社員たちも動揺しておりますぞ。自社のトップに、このようなスキャンダルがあっては、士気に関わる」 さらに別の役員も畳み掛けてくる。「そもそも、跡継ぎに関する不透
last updateLast Updated : 2025-11-22
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 株価の話をすれば伝統の話にすり替え、伝統の話をすれば社員の士気の話にすり替える。次から次へと浴びせられる、論点を巧みにずらした糾弾。 智輝は、彼らの言葉が、全て母・鏡子の受け売りであることに気づいていた。彼らは経営の合理性ではなく、ただ鏡子の意向に沿って彼を非難しているだけだ。 非難そのものが目的であって、理屈も何もない。議論は、もはや無意味だった。◇(筋書き通りですね) 無意味な議論を繰り返す智輝と重役たちを見て、鏡子は内心で頷いた。 この茶番は、鏡子にとっていくつかの重要な意味を持つ。 1つめは智輝を海辺の地方都市から東京に呼び戻すこと。 結菜と樹が住むあの町にいる限り、智輝は彼らと接し続ける。かつて愛した女と、血を分けた息子だ。愛着を持たないはずがない。 そうなれば智輝は鏡子のコントロールをますます離れてしまうだろう。 それを避けるため、智輝のCEOとしての責任感を逆手に取り、会社を人質にとって東京に留まらざるを得ない状況を作る。 東京は鏡子のテリトリーだ。ここであれば、強い影響力を振るうことができる。 2つめは母としての支配力の誇示。 智輝は今回、公然と鏡子に反旗をひるがえしてみせた。プライドの高い鏡子にとって、許しがたい裏切りだった。 そのため彼女は緊急会議を招集し、子飼いの重役たちを使って智輝を揺さぶってみせた。 息子がCEOの立場にあるとはいえ、母は未だ大きな力を持つ。(この私に逆らえば、どうなるか思い知るといい) 息子への報復と力の誇示を、鏡子はここでやろうとしている。 さらに3つめ。これは、鏡子が確実に樹を手に入れるための布石だった。「CEOの隠し子スキャンダルが、企業価値を損なっている」という既成事実を役員会で作ることで、「会社の安定のためには、その原因である子供(樹)を桐生家が管理下に置く必要がある」という、大義名分を作り出そうとしている。 彼女は、こう考えている。 将来的に親権を巡って法的な争いになった際に、「母親(結菜
last updateLast Updated : 2025-11-22
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 鏡子は智輝を結菜から引き離し、精神的に追い詰める。その上で最終的に樹を奪い取るための正当性を、会社を巻き込んで作り上げようとしているのだ。 それがどれだけ自分勝手で理不尽なものであるか、鏡子は気づいてもいない。 彼女はただ、桐生家の当主として、KIRYUホールディングスの重役として責任を果たしているつもりでいる。(まったく、手間のかかること。とはいえ、私が婚約者選びに失敗したのも事実ですね。綾小路銀行との縁は良いと思ったけれど、当の玲香さんがあそこまで浅はかとは。まあ、結婚相手はこれからまた探せる。今は確実に子供を手に入れておきましょう) 鏡子は窮地に立たされている息子を、無感動な目で見やっていた。◇ 会議室は、重苦しい膠着状態に陥っていた。 役員たちはただただ非難を繰り返すが、智輝も折れることはない。 話のすり替えに応じず、感情を殺して反論してみせる。 しかし役員たちもまた、鏡子の前でそう簡単に白旗を上げることもなかった。 その時、コン、コン、と控えめなノックの音が、重厚なドアを震わせた。 役員の一人が、苛立たしげに「誰だ」と声を上げる。重要な役員会の最中に許可なく入室を求める者など、通常では考えられない。 ドアがわずかに開いた。隙間から顔を覗かせたのは、若い秘書だった。彼は室内の重圧に気圧されたように青ざめている。「申し訳ございません。……お客様が、どうしてもと……」 秘書の言葉が終わるよりも早く、ドアがさらに押し開かれた。 ドアの前に立っていたのは、心配そうな、どこか安堵した表情の雅臣だった。「雅臣さん? あなたに出席の資格はないはずですけれど?」 鏡子が、驚きと非難の入り混じった声で夫の名を呼ぶ。しかし雅臣は妻の視線を無視すると、恭しく背後の人物に道を開けた。 静かなモーター音と共に、一台の電動車椅子がゆっくりと入室してくる。 それに乗っていたのは、一人の老紳士だった。90歳を超えているはずだが、その
last updateLast Updated : 2025-11-23
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 エドワードの登場に、その場の空気が、一瞬にして凍りついた。 先ほどまで智輝を糾弾していた役員たちが、まるで幽霊でも見たかのように目を見開き、一斉に椅子を引いて立ち上がる。その動きは、まるで軍隊の号令にでも従うかのように、一糸乱れぬものだった。 彼らは皆、若き日のエドワードのカリスマ性と厳しさを知る世代。その創業者を前に、彼らは会社の重役ではなくただの平社員へと戻っていた。 鏡子もまた、完璧なポーカーフェイスを崩していた。信じられないものを見たように唇をわずかに開く。(お父様がなぜ、ここに……?) 彼女の視線が、父の車椅子の横に立つ夫、雅臣へと突き刺さる。(雅臣さん? いつも私の言うことには黙って従うだけのあなたが、なぜ!?) 雅臣は妻の非難に満ちた視線を、逸らすことなく受け止めていた。常の気弱な彼としてはあり得ない態度である。 裏切りに対する怒りと、尊敬する父の登場による狼狽。鏡子の心中は激しく揺れた。「お父様……なぜ、ここに?」 ようやく絞り出した声は、力を失っていた。◇ エドワードは、騒然とする役員たちを一瞥で黙らせると、車椅子をゆっくりと進めた。孫である智輝の苦悩に満ちた顔をじっと見つめる。その視線を娘である鏡子へと移した。 そうして発せられた声は穏やかだったが、その場の誰をも黙らせる力があった。「鏡子。お前には、ずっと苦労をかけてきたな」「……え?」 予期せぬ労いの言葉。鏡子は、驚いて父の顔を見上げた。「雅臣くんが、経営には向かぬと分かっていながら、婿に迎えたのは私の判断だ。そして、なまじお前に能力があるからと、智輝を産んだ後も、重い荷物を背負わせすぎてしまった」 エドワードは一度言葉を切ると、静かに続けた。「だが、もう一度考えてみてほしい。会社はもちろん大事だ。だが会社とて、人間一人ひとりによって支えられているもの。そして人間は機械ではない。みなが心を持ち
last updateLast Updated : 2025-11-23
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「違うだろう。私はただ、お前や雅臣くんや智輝に、幸せになってほしかったのだよ」「……!」 鏡子は絶句した。 幸せになってほしい。そんな素朴な願いが、尊敬する父の口から飛び出るなんて。「お前の伴侶に雅臣くんを選んだのは、彼が優しい心の持ち主だからだ。お前のビジネスの手腕と、雅臣くんの優しさ。夫婦の力が合わされば、いい未来を掴み取れると思った。……現実は、そこまで上手くいかなかったかもしれないが」 エドワードは苦く笑った。「あの……エドワード様」 重役の一人がおそるおそるといった様子で声をかけると、エドワードは頷いた。「君たちは、席を外してくれ」「かしこまりました」 役員たちが退出していく。 会議室には、エドワード、鏡子、雅臣、そして智輝だけが残った。「智輝。久しぶりだね。あまり元気そうではないが」 智輝は祖父の前で改めて背筋を伸ばした。「いいえ、お祖父様。お知らせすることがあります。俺は今、大事な人を得ました。愛する女性と、彼女の間にできた子です」「智輝!」 鏡子が声を上げるが、智輝は構わずに続けた。「俺は彼女たちを守ると誓いました。母は不満のようですが、負けるつもりはありません。必ず、幸せを手に入れてみせます」「そうか。あの小さかった智輝が、そんなことを言うようになったのか」 エドワードは感慨深そうに頷いた。「智輝。その女性と子に会うのはできるかな?」「結菜と樹です。彼女らは地方にいます。ビデオ通話でよければ」「それで構わない。まったく便利な世の中になったものだ」 智輝はタブレットを取り出して、結菜にビデオ通話をかけた。画面の向こうの結菜は、驚いた顔をしている。 エドワードがタブレットを覗き込んだ。「こんにちは、お嬢さん。私は智輝の祖父で、エドワードという」「おじいさま、ですか? 
last updateLast Updated : 2025-11-24
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