All Chapters of 氷のCEOは、愛の在処をもう知らない: Chapter 111 - Chapter 113

113 Chapters

110

「こんにちは! さおとめ、いつきです。4さいです!」 元気よく自己紹介した樹は、エドワードの姿を見て不思議そうに首を傾げた。「しらないおじいちゃんがいる」「こら、樹! 失礼でしょ! この方は、智輝さんのおじいさまよ!」 横で結菜が必死で息子をつついている。「おじさんの、おじいちゃん? おじさんのお父さんのお父さん?」 樹はますます首を傾げた。「樹くんは、いい子だね。結菜さんが心優しく育ててくれたのだろう」 エドワードが言うと、樹は嬉しそうに笑った。「うん! ママは、とってもやさしいよ!」◇ エドワードは、画面の中で屈託なく笑うひ孫の姿に目を細めた。(そうか……この人とこの子が、智輝の大事な宝物) 智輝は桐生家の女帝だった母に反旗を翻してまで、戦ってみせた。 孫のそんな姿に、エドワードはかつての自分を思い出す。戦後の日本に単身で渡り、無一文から会社を興した若き日の自分を重ねていた。守るべき血統や家柄など何もない。ただ、未来を信じる情熱だけがあった、あの頃の自分だ。 旧華族の名門・桐生家の娘と結婚したのも、ただ純粋に相手を愛していたからだ。 当時の桐生家は名門の名ばかりで、すっかり没落してしまっていた。だから結婚に特に利益があったわけではない。 エドワードと妻は、戦後の動乱期と会社の成長を二人三脚で乗り切った。信頼と愛情があってことのことだった。 その妻はもういない。十数年前に先立ってしまった。 エドワードの気落ちは激しく、娘の鏡子に全てを任せて隠居生活に入った。 その時の智輝はまだ10代の学生。結果、鏡子に全ての責任がのしかかった。(あの時、隠居するのは早かったかもしれんな。おかげで鏡子に、最後まで苦労をさせてしまった) エドワードは内心で首を振って、過去の後悔を振り払った。 今、孫の智輝が守ろうとしている「未来」そのものが、画面の向こうで輝いている。 
last updateLast Updated : 2025-11-24
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111

「……」 鏡子はモニタの向こうで笑う、樹の姿を見た。小さい頃の智輝とそっくりの少年が、目を輝かせてこちらを見ている。(あの年頃の頃、智輝はどうしていたかしら) よく思い出せない。その頃の鏡子は仕事に追われて、家庭を顧みていなかった。 それ以降は、智輝に厳しい教育を施した。桐生家の跡継ぎにふさわしいように、尊敬する父から受け継いだ血と会社を途絶えさせないようにと。 智輝は期待に応えて、優秀な大人になった。 でも、いつからだろうか。息子が心から笑わなくなったのは。 大人になればそんなものだと、鏡子は気にしていなかった。だが智輝は、結菜と樹の前では笑うのだ。 楽しそうに。孤独の影を脱ぎ去って。――幸せそうに。『幸せになってほしかった』『あの光こそが、桐生の名を未来へ繋ぐ』『雅臣くんを伴侶に選んだのは、彼が優しい心の持ち主だから』 父の言葉が何度もこだまする。 ふと横を見れば、智輝が慈しむような目で樹を見つめていた。久しぶりに見せる――否、鏡子が初めて見る心からの穏やかな笑顔。(私が、間違っていたというの?) 認めたくなくて、鏡子は何度も頭を振った。「鏡子」 そんな娘の肩に、エドワードは手を置いた。しわ深く痩せてしまっているけれど、確かに父の温かい手だった。「お前には、必要以上の重圧をかけてしまった。後悔しているよ。愚かな父を、許してくれるだろうか」「そんな。お父様は、間違いなど犯しません。全ては私が至らないせいで――」「間違いを犯さない人間などいないよ、鏡子。私も、お前もね。けれど真に反省して前を向けば、それでいいんじゃないかな」「……!」 鏡子は顔を歪めた。涙が出そうになって、必死にこらえる。「おばさん、ないてるの? どこかいたいの?」 モニタの向こうの樹が、鏡子の様子に気づいて心配そうに言った。結菜がぎゅっと息子を抱きしめる。「&he
last updateLast Updated : 2025-11-25
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112:5年目のプロポーズ

 KIRYUホールディングスの会議の一件から数日後。智輝が、結菜のアパートを訪れた。 あれから会議は終了になって、鏡子と重役たちはエドワードから説教をされた。「お前たちに苦労をかけたのは分かっている。だが、これはないだろう。会社という組織のために個人の幸福を潰すのならば、そんな会社こそ潰れてしまえ。KIRYUホールディングスは、社員の幸せと社会貢献を重んじる。それは今も昔も変わらない」 偉大な創業者に諭されて、全員がうなだれるばかりであった。 そうして鏡子は、決断をする。「母さんからの伝言だ」 彼は少し気まずそうに、しかし穏やかな表情で切り出した。「代理人弁護士を通じて、親権に関する一切の要求を正式に取り下げた、と。それから……」 智輝は、一度言葉を切った。「『あの子のために、季節ごとの衣服を贈らせてほしい』と。母さんなりの謝罪の形なんだと思う。母さんは君に酷いことをした。そう簡単に許せるものではない。ただ……心から悔いているように見えた。あのプライドの高い人が、非を認めたのだから」 智輝の言葉に、結菜は目を瞬かせた。(服? あの氷のようだったお母様が、樹にプレゼントを?) 直接的な謝罪の言葉ではない。けれどあれほどプライドの高い彼女が、不器用で遠回しな形で歩み寄ろうとしてくれている。 それは鏡子が樹を「桐生家の資産」としてではなく、一人の「孫」として認めようとしている。そんな兆しに思えた。 結菜をあれほどまでに追い詰めた女性。憎んでも憎みきれないはずだった。なのに、なぜだろう。不器用な愛情表現に、結菜の胸の奥が、じんわりと温かくなっていくのを感じている。「今すぐでなくていい。君の気持ちが落ち着いたら、どうか、受け取ってくれないだろうか」「……はい」 結菜は微笑んだ。優しい笑みだった。「ありがとうございます、と、お伝えください」 かつて2人の間にあった、桐生家という巨大な氷の壁。それが春の陽
last updateLast Updated : 2025-11-25
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