智輝は息を切らしながら『月読』のドアを乱暴に開けた。 カラン、カラン――といつもよりけたたましい音を立てて、ベルが鳴る。 店内は異様なほど静まり返っていた。カウンターの奥で、マスターが苦渋に満ちた表情で立ち尽くしているのが目に入る。 智輝の心臓は激しく鳴っている。玲香の話が嘘であってくれと心の底から願いながら、彼は店の一番奥にある結菜との思い出の席へと視線を向けた。 目に飛び込んできたのは、信じたくない光景だった。 彼の母・鏡子と、婚約者・玲香。そして、その向かいに座る結菜の姿。 テーブルの中央には、分厚い純白の封筒。そしてその封筒に、結菜の手が伸ばされている――。 結菜が金を返そうと封筒を押し返した動きが、彼の角度からは、まるで金を掴もうとしたように見えたのだ。 結菜の顔は、智輝の突然の登場に驚いて青ざめている。しかしその表情すら、彼の目には「悪事が露見した者の罪悪感」として映ってしまった。 智輝の存在に最初に反応したのは、玲香だった。 彼女は「あっ……」と短く息を呑んでみせた。それから信じられないものを見たように、ゆっくりと智輝の方へ歩み寄る。その瞳は、涙で潤んでいる。 玲香は智輝のそばまで来ると、わざとらしくふらついて彼の腕の中に倒れ込んだ。か弱い被害者を演じるためだ。結菜には聞こえないよう、智輝の耳元だけで囁く。「智輝様、鏡子様のお顔をご覧になって。あんな女のせいで、お母様が追い詰められていますわ! お金なんて渡す必要ないと、あたし、申し上げたのに……!」 彼女は智輝の背中に隠れるようにして、結菜の方を怯えた目で見つめた。 芝居がかったわざとらしい動作だったが、結菜を見ていた智輝は気づかない。 一方で鏡子は一言も発しない。ただ、失望を隠さない冷ややかな視線を息子に向けただけだった。しかし智輝にとって、その沈黙こそが何より重い、結菜の有罪を告げる答えのように感じられた。 智輝の頭の中で、すべてのピースが最悪の形で組み合わさっていく。 結菜との1週間の音信不通。彼女の恵まれない境遇。一致するように見えた趣味。玲香の涙の訴え。そして、目の前の「証拠」。(……そうか。全部、こういうことだったのか)『月読』で初めて会った時の、あの純粋に見えた瞳も、すべてはこのための計算だったというのか? あの夜、腕の中で見せ
Terakhir Diperbarui : 2025-10-08 Baca selengkapnya