結菜は内心で思ったが、表情を変えずに答える。「申し訳ございません。開館前には毎日清掃しておりますが、至らぬ点があったようです」「そう」 玲香は一冊の本を抜き取り、わざとらしく表紙を指で弾いた。「それにこの本、古くてよれよれだわ。こんなものを智輝様のプロジェクトで扱う価値があるのかしら」 結菜の返事を待たずに本を乱暴に棚へ戻すと、玲香は閲覧室に視線を移し、小さく息を吐いた。「それに、この内装……安物の家具ばかりで、統一感もない。まだ紙のカードで管理しているなんて、さすがは地方の施設ね。毎日こんな単純作業ばかりで、退屈しない?」(ここ、図書館よ? 高級ホテルじゃあるまいし) 結菜はムッとしながらも呆れてしまった。 結菜の職場と仕事を、あらゆる角度から徹底的にこき下ろす。その一つひとつが、結菜自身への侮辱であることは明らかだった。 聞き流していた結菜だったが、玲香はその合間に最も核心に触れる言葉を投げ込んできた。「あなた、まだ独りなの? 智輝様とは、お仕事以外でもお会いするのかしら?」(この人は、5年前と少しも変わっていない。私を怒らせて、貶めようとしている。でも、ここで感情的になったら、あの時と同じになってしまう。今度こそ、負けるわけにはいかない) 結菜は玲香の全ての挑発を「業務上のことですので」と、冷静かつ事務的にかわし続けた。 感情を一切見せない結菜の態度に、玲香の苛立ちは募っていく。◇ 案内が絵本コーナーに差し掛かった時だった。「ママ、まだお仕事おわらないの?」 不意に、棚の陰から小さな男の子が駆け寄ってきた。樹だった。 毎日保育園が終わると、結菜の仕事が終わるまでここで絵本を読んで待っているのだ。 結菜の血の気が引く。(樹! 来ちゃだめ、この人だけは……樹に会わせるわけにはいかない!) 結菜は咄嗟に屈み込み、樹を抱きしめるようにして玲香から隠した。そ
Last Updated : 2025-10-18 Read more