All Chapters of あなたの「愛してる」なんてもういらない: Chapter 201 - Chapter 210

273 Chapters

201話

御影さんの視線には、ぞっとするほどの何かを感じた。 それは、一緒に居た苓さんも同じようで。 苓さんはぽつりと「執拗いな」と呟くと、御影さんに向かって口を開く。 「御影専務、我々はここで失礼します。これ以上、茉莉花さんに纏わりつかないでください」 「──ふん」 苓さんの言葉に、御影さんは鼻で笑うと、私に顔を向けた。 「またすぐに会う事になる。茉莉花、それに小鳥遊部長、また」 ひらり、と余裕そうに片手を上げて機嫌良さげに商品に視線を戻す御影さん。 その態度が何だか不気味で。 「茉莉花さん、すみません。今日は一旦帰りましょう」 私の肩を抱いて退店を促す苓さんに頷いた。 ◇ お店を出た私たちは、足早に駐車場に戻り、車に乗り込む。 ようやく安心出来る場所に来れた、と言う安心感で私が息を吐き出すと、苓さんも同じように長い溜息を吐き出した。 「──彼は、一体何を考えているんだっ」 「苓さん、すみません。せっかく買い物に来たのに……」 まさか、御影さんと涼子と鉢合わせてしまうなんて。 それに、2回目なんて御影さんに嫌な絡まれ方をされてしまった。 私が苓さんに謝罪をすると、苓さんが慌てて私に顔を向けた。 「茉莉花さんが謝る事なんて1つもないです!俺が嫌な気持ちになったのは、御影専務に対してなので。茉莉花さんは何一つ悪い事はしていないですよ」 「ですが……私がもっと強く御影さんに言えていたら……」 「彼には何を言っても無駄だと思います……。自分の考えが正しいと、そう信じ込んでいる人は、周りの意見には聞く耳を持たないですから」 疲れたようにそう呟く苓さん。 苓さんの言う事は、尤もだ。 それにしても、どうしてあんなに傲慢な人になってしまったのだろう、と私は頭を抱える。 昔は、私と御影さんが仲の良かった頃は、あんな性格じゃなかった。 優しくて、人の気持ちを汲み取る事が上手で、頭の回転も早かったのに。 さっきの御影さんは、昔の面影なんて一つも無かった。 そこまで考えた私は、ふと疑問を口にした。 「だけど……涼子はどこに行ったんでしょうか?それに、御影さんが最後に口にしていた言葉って……」 「速水さんに関しては……分からないですね。……ただ、御影専務が最後に口にした言葉……またすぐに会うって……、嫌な予感しかしません」 「苓さんも
last updateLast Updated : 2026-01-22
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202話

◇ チャリティー登山、当日。 その日は、とても天候に恵まれていて、登山日和だった。 私は、お祖父様とお父様と一緒に家を出ると、車に乗り込んだ。 会社の社員達は、会社に向かい迎えに来る高速バスに乗り込み、富士山を目指す。 私たちのような役職持ちは、高速バス乗り場が違うのだ。 ゆったりとした2列シートのバスが用意されていて、私達3人はそのバスに乗り込んだ。 「──茉莉花さん、おはようございます」 「苓さん!?おはようございます!」 まさか苓さんと同じバスになるとは思っていなかった私は、バスに乗り込んですぐに苓さんの傍に駆け寄った。 「苓さんも同じバスで向かうんですね?嬉しいです」 「ええ、実は──」 苓さんが声を潜めて、私を手招きする。 「茉莉花さんのお祖父様と、お父様の計らいで……。兄も同じバスに乗せて頂いて、感謝してます」 「苓さんのお兄様も──?」 苓さんが示す方向に顔を向けると、小鳥遊建設の社長──苓さんのお兄様が、ちょうどお父様とお祖父様に挨拶をされている場面だった。 お兄様は、私の視線に気が付くと軽く会釈をしてくださって、私も慌てて会釈を返す。 「このバスは、藤堂の重役や、重要な取引先の重役が乗るんです。……俺は、役職に就いているとは言え、まだまだこのバスに乗せていただけるような身分ではないんですが、お気遣い頂きました」 「そう、だったのですね。でも、苓さんと一緒に移動出来て嬉しいです」 「ええ、俺も」 私と苓さんが談笑していると、座席に座ったお父様から声をかけられる。 「茉莉花、早く荷物を置いて小鳥遊くんの隣に座りなさい」 「は、はいお父様!」 私が慌てて返事をすると、苦笑いを浮かべたお父様とお祖父様の顔が視界に入る。 苓さんと一緒のバスで、こんなにはしゃいで恥ずかしい……。 私は荷物を上の棚に乗せると、席に着いた。 高速バスでの移動は、約3時間ほど。 その間、バスに乗った人達は各自自由に過ごす。 目的地まで寝て過ごす人や、お父様とお祖父様のようにお仕事の話をする人。 そして、私と苓さんのように談笑する人。 ゆったりとした2列シートだから、少し大きな声で話さないといけないけど、周囲からも話し声が聞こえてくる。 みな、この時間は何もする事がなくて世間話に花を咲かせるのだ。 このバスには重役の
last updateLast Updated : 2026-01-22
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203話

目的地──富士山の五合目に到着し、私たちはバスから降りた。 「──んんっ、ずっと座っていると、体が固まってしまいますね」 「ええ、しっかり体を解してくださいね、苓さん」 身長の高い苓さんには、座りっぱなしと言うのはとても辛かっただろう。 座席はゆったりとしていたけど、確かに長時間バスに揺られているだけ、と言う経験は久しぶりで、私も少し体が固まっている気がする。 苓さんは首を回したり、腕を動かしたりしている。 時折、苓さんの体からパキッ、と音が聞こえてきている。 私たちが話していると、同じようにバスから降りたお父様とお祖父様がやってきた。 「茉莉花。小鳥遊くんは登山が初めてだって?」 「なら、茉莉花は苓と一緒に登りなさい。我々には気を使わなくてよい」 お父様とお祖父様。 それぞれからそう言われ、私と苓さんは顔を見合わせてしまう。 「で、ですが良いのですか?社の方達と私もご一緒した方が……」 重役がいるのだ。 それに、取引先の面々も。 私も会社に復帰したのだし、彼らと合流して登った方がいいのでは、と思ったのだけど、お祖父様は笑みを浮かべたまま首を横に振った。 「良い良い。こちらは我々で対応する」 にこにこと嬉しそうに私と苓さんを交互に見るお祖父様に、私は気恥しさを感じつつ「ありがとうございます」と告げた。 ◇ お父様やお祖父様達が、社の重役や、他社の役員達と話しながら登って行く背中を見つめ、私は苓さんに向き直った。 「苓さん、私たちもそろそろ出発しましょうか?」 「ええ、分かりました茉莉花さん」 五合目の駐車場には、続々とバスが到着している。 恐らく私のチームのメンバーも着いている頃だろう。 そう思っていると、どこからか私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。 「藤堂本部長──っと、申し訳ございません、お話し中でしたか」 「矢田主任、おはようございます」 「お、おはようございます!えっと、そちらは取引先の……?」 矢田主任が、苓さんをチラチラと見て頬を染めている。 そうだ、まだ正式に顔を合わせた事が無いんだ、と私は思い出す。 矢田主任がこちらに来た事で、私の戦略チームのメンバーもぞろぞろと近くに集まって来ているのがわかった。 「そう言えば紹介していなかったわね。彼は小鳥遊苓さん。今回の新規事業で、我が社と提携を組
last updateLast Updated : 2026-01-23
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204話

「──えっ」 何で志木チーム長が知っているのか、と私が驚いていると、志木チーム長は至極あっさりと告げた。 「さりげなく色を合わせていますよね、お2人……。何でしたっけ……ああ、そうだ。リンクコーデ、でしたっけ?」 志木チーム長の言葉に、矢田主任を含め、チームメンバーの視線が私と苓さんに集まる。 確かに、志木チーム長の言う通り、私と苓さんはあの日御影さんに買い物を邪魔されてしまったけど、その後改めて買い物に出かけてウェアを始め、必要な用品を買い揃えたのだ。 さりげなく色を合わせたつもりだったけど、やっぱり志木チーム長のように周囲を良く見ている人には知られてしまった。 ここで否定する必要も無いし、私と苓さんは顔を見合わせて肯定した。 「え、ええ。その、お付き合いさせて頂いているんです」 「私が藤堂本部長に猛アピールして、ようやく頷いてもらったんですよ」 苓さんの言葉に、周囲の女性メンバーは「羨ましい!」と声を上げる。 「やっぱり藤堂本部長ほどの女性がお付き合いする男性も、素敵な人なんですね。残念……、私も本部長を見習って、素敵な女性になります!」 「私も私も!」 矢田主任を初め、仲の良い女性メンバーも声を上げる。 「ふふ、ありがとうございます。でも、皆も十分素敵な女性だから、きっと素敵な出会いがあると思いますよ」 「わああ!ありがとうございます本部長!」 「お邪魔してしまい、すみません!」 「では本部長、登山頑張りましょうね!」 チームメンバーは、私たちに声をかけてくれると、それぞれ一緒に登る人達と纏まり、私たちから離れて行った。 最後にその場を離れた志木チーム長は、軽く一礼して去って行く。 彼らに手を振っていた私に、苓さんが穏やかな顔で話しかけてくれる。 「凄く良いチームですね」 その言葉が嬉しくて、私は笑顔で苓さんに頷いた。 「はい、とっても。みんな仕事熱心で、真面目なんです」 「茉莉花さんも、凄く慕われていますね」 「そ、そう見えますか?そうだったら嬉しいです」 みんなが慕ってくれているように見えるんだ、と私は嬉しくなってしまう。 疎まれるような上司にはなりたくなかった。 だけど、仲良くし過ぎて緊張感のないチームにもしたくなかった。 「ええ、みんな茉莉花さんが大好きなんだな、って伝わってきていましたよ」
last updateLast Updated : 2026-01-23
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205話

今回のチャリティー登山には、前回を上回る多くの人達が参加していた。 人も多く、誰がどこの会社の人なのか。 名札を見ないと分からない状況だった。 沢山の人達が楽しそうに、お喋りをしながら登山を楽しんでいる。 私は、その様子を目を細めて眺めた。 「茉莉花さん?どうしました、疲れましたか?」 隣を歩いていた苓さんが、心配するように声をかけてくれる。 私は苓さんに振り返りつつ、首を横に振る。 「いいえ、まだまだ大丈夫です。ただ……お祖父様の主催した登山が、沢山の人が楽しんで参加してくれて、嬉しいなぁって……」 「藤堂会長の立派な志、ですよね」 「ふふ、そう言っていただけると嬉しいです。……お祖父様は昔から藤堂の仕来りを熱心に守っていたけど……このチャリティー関係の仕事は、仕来りに従うだけじゃなくて……お祖父様が、参加者も楽しんでくれるように熱心に企画していたんです」 真夜中まで、お祖父様の部屋の電気がついていたことを、私は子供の頃から知っている。 子供の頃は、よくお祖父様のお部屋にお邪魔して、何をしているのかを聞いたものだった。 まだお祖母様がいらっしゃる頃は、お祖父様は私を膝に乗せてお祖母様と一緒にあれこれ意見を交換しながら、藤堂に伝わる慈善活動について話し合っていたのを覚えている。 お祖母様が亡くなってしまい、お祖父様は暫く落ち込んでいたけれど。 お祖母様が亡くなって、暫く。お祖母様が良く行っていた児童福祉施設の子供達がお祖母様にお手紙を書いてくれて、それがお祖父様に届いたのだ。 子供達にはまだ人が亡くなるって事は理解出来なかったけど。 だけど、もうお祖母様とは会えないって事はしっかりと理解してた。 お祖母様が大切にしていた、福祉のお仕事。 お祖父様は、お祖母様の志も引き継いで、このチャリティーに関するお仕事も以前に比べてもっともっも大切に、力を入れるようになったのだ。 助けが必要な人達に惜しみなく手を伸ばす。 お祖父様はそう考え、考えるだけではなくて必ず実行に移していた。 そして、そのお祖父様の志は確かにお父様にも繋がっている。 「私も……お祖父様やお父様のように頑張らないと……」 藤堂の家が大切にしてきた事を、私も大切に受け継いでいかないといけない。 「茉莉花さんはもう頑張らなくてもいいと思いますよ。普段から沢山
last updateLast Updated : 2026-01-24
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206話

私と苓さんが顔を見合わせ、笑い合っていると──。 「茉莉花に、小鳥遊部長か。こんな所で止まってどうしたんだ?」 背後から、ここ数日聞きなれた声が聞こえて、私と苓さんは一瞬で顔が曇った。 以前、登山用品のお店に居たからまさか、とは思ったけど──。 まさか、本当に今回のチャリティー登山に参加しているなんて。 私は振り向き、彼に向かって言葉を返す。 「御影専務に、涼子──いえ、速水さん。この度は当社のチャリティー登山にご参加頂いていたのですね。ありがとうございます」 「いや、礼には及ばない。前々から興味があったからな」 ──嘘ばっかり。 御影さんは、以前私がいくら誘っても、興味なんて微塵も無さそうだった。 それより、仕事が忙しくてそんな遊びに付き合う暇はない、と一蹴してしまったのだ。 御影さんは、登山だからだろうか。 普段よりラフな格好をしていて。 普段はカチッとセットされている髪の毛も、今日はセットされておらず風が吹くと黒い髪の毛がさらさらと攫われていた。 涼子も、普段より控え目な服装で。 だけど普段通り御影さんの腕にしっかりと自分の腕を絡ませ、ぴったりとくっついていた。 そして、普段の涼子とは様子が違って──。 いつもは私と向き合うと弱々しい態度で、顔を伏せているのに。 だけど、今日の涼子は私としっかり顔を合わせている。 しかも、涼子の瞳には何だか燃えるような、言いようのない不気味な感情が宿っているように見えて──。 普段と明らかに様子が違うのに、御影さんはそんな涼子には目もくれず、変わらず私に話しかける。 「登山には俺も涼子も詳しくなくてな。もしよければ一緒に──」 「あっ!藤堂本部長!」 御影さんの言葉を遮るように、矢田主任の声が聞こえた。 矢田主任には、私と苓さんの後ろにいる御影さんと涼子の姿は見えないのだろう。 同じチームのメンバー数人と、笑顔でこちらに手を振り、やって来た。 その中には志木チーム長もいて。 彼はすぐに御影さんと涼子に気付き、気まずそうな顔をしていたけど、ぐいぐい行ってしまう矢田主任に付き合うような形でこちらに向かって来ているのが見える。 矢田主任は、私たちの近くに来ると笑顔で口を開けた。 「流石登山経験者の本部長ですね!恋人の小鳥遊部長も本部長にあっさりと着いて来られていて、凄いで
last updateLast Updated : 2026-01-24
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207話

「え、えっと……」 矢田主任が申し訳なさそうな顔をして、つつつ、と近付いて来る。 そして私と苓さんにだけ聞こえるような小さな声で告げた。 「す、すみません藤堂本部長……。他のお客様とお話中だと気付かず……。えっと、その……ご友人、でしょうか?」 「──えっ」 矢田主任が直接御影さんの顔を社内で見た事が無いとは言え、今や彼は御影ホールディングスの顔となっている人物だ。 写真で見る普段の彼のピシッとしたスーツ姿とは違い、ラフな格好であるとは言え、彼に気付かないとは──。 そう考え、私と苓さんが驚いている内に、志木チーム長が私たちに近付き、そして御影さんに手を差し出して挨拶をした。 「御影ホールディングスの御影専務ですね?このような場所でお会い出来て光栄です。お話中、お邪魔して申し訳ございません」 「ああ、いや……構わない。君は……茉莉花と同じチームなのか?」 御影さんの名前を聞いた矢田主任や、他の女性達は御影専務、と言う単語を聞き顔を真っ青にした。 そして、握手を求めた志木チーム長は、御影さんが握手に応じつつ、私を「茉莉花」と呼び捨てにした瞬間、ぴくりと眉が動いた。 「──はい、私は藤堂本部長が総括する戦略チームで、チーム長をさせて頂いております、志木辰哉と申します」 「そうか、藤堂の会社でチーム長の座についているとは……相当仕事が出来る方なんだな、茉莉花」 「……志木チーム長は素晴らしい方です」 仕事で良く見る愛想笑いを浮かべつつ、御影さんは志木チーム長を見定めるようにじろじろと見下ろす。 御影さんは、一般的な男性に比べて身長が高い。 そんな彼から見下ろされ、じろじろと見られていては、志木チーム長が圧迫感を感じて気まずいのではないか──。 私がそう考え、志木チーム長を矢田主任達の方に戻ってもらおうと口を開きかけた時、志木チーム長が御影さんに言葉を返す。 「とんでもない。藤堂本部長の仕事に関する姿勢や、的確な指示に我々部下はいつも助けて頂いております。本部長が復帰して下さり、とても感謝しています」 「──そう、か」 志木チーム長の言葉に、御影さんの眉がぴくりと反応する。 御影さんとの婚約話がなくならなければ、私はそのまま御影さんと結婚し、家に入る予定だった。 だけど、御影さんが涼子との付き合いを選んでくれたお陰で、私は御
last updateLast Updated : 2026-01-25
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208話

涼子はどうしたのだろうか──。 私の視線に気が付いたのだろう。 御影さんも不審がり、涼子に顔を向ける。 そして、そこで真っ青になっている涼子を見て、御影さんはギョッと目を見開いた。 「──涼子?どうした、気分が悪いのか?」 「な、直寛ぉ……」 涼子は瞳に涙を溜め、ぐすぐすと泣き出してしまう。 どうして急に。 五合目にやって来て、大分休憩を取ったとは言え、もしかして高山病の兆候だろうか。 苓さんも、私と同じ考えだったようで、御影さんに話しかけた。 「御影専務。もしかしたら速水さんは高山病になりかけているのかもしれません。もう少し彼女と休憩をしてから登り始めた方がいいのでは?」 「高山病……」 御影さんも、高山病の危険性は分かっているのだろう。 眉を寄せ、涼子の体を支えた。 「涼子、息を深く吐け。泣いてたら呼吸が浅くなる」 「な、直寛っ」 涼子は泣いていて、御影さんのアドバイスに対応し切れていない。 私はすぐさまスマホを取り出し、ある連絡先にかけた。 その行動を見ていたのだろう。 御影さんが不思議そうに私に顔を向けた。 「茉莉花、どこに電話を?」 「医療班です。こういった場合に備え、医療資格のある方達がボランティアで参加して下さっているので。……参加申し込みの際、緊急連絡先の記載がありましたが……」 「すまない、確認不足だ」 私の言葉に、御影さんは気まずそうに視線を逸らし、俯いた。 「高山病は馬鹿にしてはいけません。命の危険だってあるんです。富士登山に参加すると決めたのなら、最低限送られてきた資料は目を通しておいて下さい」 私がぴしゃり、と御影さんに告げると、御影さんは気まずそうにもう1度「すまない」と謝った。 ◇ 「じゃあ、後はお願いしますね」 「はい、お任せください」 私は、医療スタッフに涼子を頼み、御影さんがまだ何かを話したそうにしていたけど、そのまま苓さんと一緒にその場を後にした。 彼らは、救急待合所に居る。 そこからある程度離れた所で、苓さんがふと口を開いた。 「茉莉花さん」 「──?どうしました、苓さん」 「ちょっと、こっちに……」 登山客の邪魔にならないよう、苓さんが私の手を引き、少し開けたスペースまで来ると、苓さんは私に向き直った。 周囲に誰もいない事を確認すると、声を潜めて私に
last updateLast Updated : 2026-01-25
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209話

志木チーム長の名前を聞いた瞬間、涼子の顔色が──? 私は全然その事に気づかなかった。 「そうなんですか!?全然気付かなかったです……」 「ええ。志木チーム長と御影専務が話している時……。それまでは興味無さげにつまらなさそうにしていたんですけど……。志木チーム長が自分の名前を名乗ったら、顔色が変わりました」 それは、もう如実に、との事らしい。 「そこで、思ったんです」 「え……?」 苓さんが真剣な表情で、私に告げる。 「確か、志木チーム長って……前の会社を不当解雇されたんですよね?それに、彼の元同僚がもしかしたら交通事故を起こしているかもって」 「──っ」 苓さんの言葉を聞いて、私も思い出す。 志木チーム長が、私の歓迎会の時に酔って零した話。 あれ以来、志木チーム長はその話を一切口にしないけど──。 「どうして、志木チーム長の名前を聞いた涼子がそんな……青ざめるなんて……」 まるで、その事件に関わっているみたいじゃないか──。 ふ、と私の頭の中に浮かんだその言葉。 恐ろしくて、私は頭を横に振ってその考えを振り払う。 そんな恐ろしい事を考えてしまうのも嫌だったし、考えたくも無かった。 もしかしたら、誰かが意図的に起こした交通事故。 その事故に、知り合いが関わっているなんて。 「すみません、茉莉花さん。怖い思いをさせたかった訳じゃないんです」 「──ぇ」 苓さんの手のひらが、ゆっくり優しく私の頬を撫でる。 苓さんが私を見る目が、とても辛そうで。苦しそうで。 「私、すみません……」 「いえ……こんな話をして、怖がらせた俺が悪いです。……その、話は忘れてと言うのは難しいかもしれませんが、今は登山に集中しましょうか?他の事に気を取られてしまうと、危ないですよね?」 申し訳なさそうに笑う苓さんに、私はこれ以上話を続ける事が出来なくて。 曖昧に笑って、頷いた。 ◇ 富士登山は、1泊2日で行われる。 高山病への対策に、登りはゆっくりと時間をかけ、体を慣らす。 富士山の六合目、八合目には藤堂グループが出資して、ロッジをいくつも作っているのだ。 勿論、ロッジを利用せずにテントを設営して外で過ごす人もいる。 今回の参加者は丁度綺麗に約半数がロッジで。 約半数が外でのキャンプ泊に別れていたようだった。 私と苓さんは勿論
last updateLast Updated : 2026-01-26
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210話

「苓に、茉莉花さんだね。今日はよろしく頼む」 「──!こ、こちらこそ!本日はご参加頂きありがとうございます小鳥遊社長」 私は、苓さんのお兄様──圭吾(けいご)さんに挨拶をすると、握手をした。 苓さんのお兄様はとても気さくに笑い、とんでもない。と返してくれる。 「こちらこそ、藤堂社長と会長にはとてもお世話になっていて……今日の登山も、とても助けて頂いています」 「ふふ、それは良かったです。お祖父様も、お父様も無理難題を言っていませんか?無理して付き合わなくて大丈夫ですよ?」 私の言葉に、お祖父様が「茉莉花は酷いなぁ」と軽口を叩く。 お祖父様は苓さんを隣に座らせ、色々と建築関係のお話をしていたはずなのに、しっかり私と苓さんのお兄様の会話を聞いていた。 「あら、でも本当の事ではないですか、お祖父様?また苓さんをずっと拘束して、ご迷惑をかけないで下さいね」 「全く……茉莉花はどんどん祖母さんに似てくる……ほれ、馨熾(けいし)早く1杯やろう」 お祖父様は肩を竦め、お父様を手招いてお酒を用意し始める。 富士登山にお酒なんて、と私が怒ろうとしたのを察知したのだろう。 お祖父様もお父様も、私に両手を出して揃って声を出す。 「1杯だけだ。無茶はしない」 「寝酒のようなものだ!大丈夫、酔うほど飲まんさ!」 「──〜もう!しっかり睡眠を取ってくださいよ!」 私がお父様とお祖父様を怒っている後ろで、苓さんとお兄様が顔を見合せて笑っている、なんてちっとも気が付かなかった。 ◇ 「藤堂の家族と、小鳥遊建設の社長と部長が同じロッジで寝泊まりするのか?」 御影は、茉莉花が入って行ったロッジを見て、自社の社員にあのロッジに泊まる人数を調べさせた。 そうしたら、あのロッジに泊まるのは5人で。 それも、藤堂の3人と、小鳥遊建設の社長と部長だ、と知ったのだ。 「まさか……家族にまでもう、紹介済なのか──」 御影は、茉莉花が泊まる予定のロッジを鋭く睨みつけた。 もう、そんな段階にまで話が進んでいるのか。 藤堂会長藤堂社長も一緒のロッジに泊まるなんて、結婚の話が進んでいると言っても過言ではない。 「そんな事をさせてたまるか……」 茉莉花を、あんな男と結婚させてはならない。 御影の胸に、そんな強い思いがふつふつと湧き上がる。 その感情に比例して、御影
last updateLast Updated : 2026-01-26
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