All Chapters of あなたの「愛してる」なんてもういらない: Chapter 351 - Chapter 360

419 Chapters

351話

お母様の病室の前には、苓さんが手配してくれた護衛の人達が変わらず立ってくれていた。 その人達に「ご苦労さまです」と声をかけてから入室する。 病室に入ると、お母様は変わらずベッドに横になったままの姿が視界に入る。 本当に、ただただ静かに眠っているだけのような姿に、お母様は今にも目を覚ましそうな気がいつもしていた。 今日こそは、といつも思って。 そして、いつも目覚めないお母様を置いて私は家に帰る。 その時の切なさや寂しさはかなりのものだ。 「きっと、今日もお母様の病室を出る時は寂しくなってしまいますね」 私は小さく笑みを零すと、真っ白で細いお母様の手を取り、マッサージをする。 眠るお母様に話しかけつつ、マッサージをし続けていると、あっという間に時間が経った。 もうそろそろ谷島さんと約束している時間になる。 私は、病室にかけられている壁掛け時計に顔を向けた時間を確認したあと、お母様に顔を戻した。 「お母様、そろそろ私はお暇しますね。また近い内に来ます」 そう声をかけると、私は丸椅子から立ち上がった。 名残惜しい気持ちを何とか耐えて、鞄を持ち上げて病室の扉へ向かう。 部屋を出る前に、私はお母様をもう1度振り返ってから扉を開けて病室を後にした。 ◇ 茉莉花が出て行った部屋の中。 沢山の管に繋がれた茉莉花の母・羽累(はる)の指先が、ぴくりと微かに震えた。 ◇ 私は谷島さんと待ち合わせをしている病院の正面入口に向かって歩いていた。 すると、私の背後から声がかけられた。 「──藤堂、さん……?」 「え……」 どうして、ここに──。 何で、今日、この場所で苓さんの声が聞こえるの──。 私は、驚きつつ声が聞こえた背後を振り返った。 「小鳥遊、さん?」 振り向いた先に居たのは、やっぱり苓さんで。 苓さんが恋しいあまり、聞こえてしまった幻聴ではなかった。 だけど、どうして今日ここに苓さんが居るのか──。 私が不思議に思っていると、私のその様子が伝わったのだろう。 苓さんは声をかけてしまった以上、立ち止まった私を無視する事はできなくて、そのまま近付いてきてくれた。 「……藤堂さん、お体の調子が悪いんですか?」 「いえ、違いますよ。それより、小鳥遊さんこそどうされたんですか?小鳥遊さんこそ、体調不良で病院の受診を……?」
Read more

352話

「──谷島?どうして、藤堂さんと……」 「あれ、小鳥遊?どうしてここに?」 苓さんの言葉は、谷島さんが驚いた時に上げた大きな声でかき消されてしまって。 すぐ近くに居たはずだけど、私の耳に苓さんの言葉は上手く届かなかった。 私が苓さんに顔を向けてもう1度話してもらおうと思ったけど、苓さんの表情は険しい顔に変化していて──。 まるで怒っているようにも見えるそんな苓さんの表情──。 私は、こんな風に怖い顔をしている苓さんを殆ど見た事がなくて、びくりと肩を跳ねさせてしまった。 そんな私の様子に、谷島さんが気遣うような視線を向けてくれた。 「藤堂さん、大丈夫ですか?移動できますか?」 「──あっ、そう、ですね……。お話を聞きたいですから」 移動しましょうか。と、私が告げようとした瞬間。 苓さんが視界の端で動いたのが分かった。 「──藤堂さん!」 「──えっ」 苓さんの焦った声が聞こえ、私の腕を苓さんに掴まれる。 久しぶりに感じた、苓さんの体温──。 苓さんの手のひらの温かさに、私はじわりと視界が滲んでしまった。 私の手を掴んだ苓さんが、そんな私に動揺しているように見えた。 慌てて私から手を離そうとしたけど、結局苓さんの手が私から離れる事はなくて。 「その、小鳥遊さん……?どうしましたか……?」 ここ最近は、苓さんと会う機会が殆ど無かった。 現場視察にも、苓さんはあまり同行しなかった。そんな苓さんの様子から、もしかしたら私との接触を避けているのかも──。 そんな風に思っていたりもしたけど、苓さんの手は今、私の手を掴んでいる。 それに、掴んだ手を離そうとしていなくて。 (もしかしたら、苓さんの記憶が戻りつつあるの……?そんな風に、期待してもいいの……?) 私が微かな希望を胸に抱いた瞬間、苓さんは私の手をぱっと離してしまった。 「急に触れてしまい、すみません」 「いえ、大丈夫ですよ……。お気になさらないでください。えっと、そろそろ……大丈夫ですかね?」 「谷島と、約束をされているんですか?」 私の言葉に、苓さんがちらりと谷島さんを見やりつつ、そう問いかけてくる。 特に隠す事もないだろう。 だから私は頷いて答えた。 「ええ、谷島さんとお話があって」 「ああ、今回の事件に関わる事だから、小鳥遊、お前にはあまり詳しく話
Read more

353話

歩いて行く後ろ姿。 小さくなっていく藤堂さんの後ろ姿を見て、俺はその場から暫く動く事ができなかった。 藤堂さんが時折隣を歩いている谷島に話しかけられ、笑顔で言葉を返しているのが見える。 そんな藤堂さんを見て、俺の胸にはもやもやとした形容しがたい感情が溢れてくる。 「……くそっ。こんな気持ちになりたくないからあの人と距離を取っていたのに」 あの人の隣にいるのが、谷島なのが気に入らない。 どうして、藤堂さんは谷島と楽しそうにしているんだ。 藤堂さんの隣にいていいのは俺だけなのに──。 そんな事を考えてしまっていた俺は、ハッとする。 「何で……俺は、藤堂さんを知らないのに……」 どうしてこんな気持ちになるのか。 知らないのに、知っているような。 記憶なんてないのに、俺は藤堂さんの笑顔を知っている。 あんな風に藤堂さんに笑顔を向けられるのは、俺だけだったのに。 「──は?俺は、何を……」 俺だけが笑顔を向けられていたって何だ? どうしてそんな事を思うんだ。 俺は、藤堂さんを何も知らないのに──。 俺は、本来ここに来た理由が入っているスマホを入れているポケットに視線を向けた。 どうしてあの時、俺は藤堂さんに聞かなかったのだろうか、と後悔の念が込み上げてくる。 スマホにスケジュールされた、ある予定。 その予定に、どうして藤堂さんの名前が書かれていたのだろうか。 どうして、俺はその名前を見ただけで彼女だと、藤堂さんだと思ったのか──。 スマホのスケジュール。 今日の日付には、しっかりと書かれていた。 「茉莉花さんと病院」と。 「茉莉花さん──」 どうして、しっくりとくるんだろうか。 それに、どうして茉莉花と言う名前が藤堂さんだとすぐに分かったのか。 どうして、懐かしい気持ちになるのか──。 「……くそっ」 何が何だか分からなくて。 もう1度藤堂さんに会ったら、何かが分かるだろうか。 谷島と、どこに行った──? 俺はあの2人を探し出そうと思い、駆け出そうとした。 その瞬間。 ポケットに入れていたスマホが、着信を知らせた。 ぶるぶると震えるスマホに、ハッとして俺はスマホを取り出す。 すると、そこには──。 「警備会社……?どうして、俺に……?」 どうして俺に警備会社からの電話が? そう思ったが、何か
Read more

354話

◇ 病院からほど近いカフェに移動した私と谷島さん。 飲み物を頼み、それを待っている間は谷島さんと世間話をして時間を潰す。 お互い注文をした飲み物が来て、私達は席に着いた。 カフェ店内は、落ち着いた雰囲気で、店内にもお客さんはぽつりぽつりと居る程度。 病院に近いカフェだからか、利用客は病院に用があって、来ている人達ばかりのような気がする。 穏やかな空気が流れる店内で、私と谷島さんは飲み物を一口飲み込んでから顔を見合わせた。 「……はは、そんなに緊張しないでください、藤堂さん」 「すみません……これから話す内容に緊張してしまって……」 「そうですよね……。我々のような仕事をしていないと、中々耳にする機会が少ないでしょうし……」 困ったように眉を下げて笑う谷島さん。 そんな彼に、私も苦笑いを返した。 「先程、病院で話した内容ですが……汚れ仕事を専門的に扱う組織がいる、と言ったでしょう?」 「──はい」 「そういった組織は、実際に存在しているんですよ。……金さえ積めば、何でもやる非人道的な組織があるにはあります」 「──っ、なんてこと……」 「ただ、藤堂さんが口にしていた、速水家との関わり……。そこは、はっきり言って盲点でした。……正直に言ってしまえば、古くから続くお家や、大企業には、そういった組織と通じている場合もあります」 まさか、そんな事があるなんて。 だけど谷島さんは警察関係者だ。 そんな人が、嘘を言う訳がない。 「古くから、国の中核を担う方々にはそんな組織と繋がっている事も珍しくはありません。悲しいけど、これは世界のどの国でも有り得る事なんです、我が国だけではなく……」 「……必要悪、があると言う事ですね」 「ええ、悲しいけどこれが現実ですから……」 谷島さんは目を伏せた後、迷うように視線を彷徨わせた後、改めて口を開いた。 「速水家が、そんな組織と繋がっている可能性はない、と無意識に除外していました。……今後は、その線も見越して捜査しますね」 「──は」 はい、と私が言おうとした瞬間。 「藤堂さん!」 カフェの店内に、慌てたような苓さんの声が響いた。 「──え、……小鳥遊、さん……?」 「良かった、見つけた!」 息を乱し、肩で息をしている苓さんが私と谷島さんに近付いてくる。 突然の苓さんの登場に呆
Read more

355話

──待って、今苓さんはなんて言ったの。 私の手を引き、前方を走る苓さんを唖然と見つめながら、私は足を動かし続ける。 道路を駆け、病院に戻ってきた苓さんは、驚いたままでいる私に振り向き、事情を話した。 「警備会社から、俺の所に連絡が来たんです。藤堂さんに連絡が繋がらなくって、俺の所に……!」 「え、え……」 「藤堂さんがお母様の病室を出て暫くして、お母様の指が動いた、そうです。病室内の様子を確認するために時間を決めて、毎回窓から中を確認しているようで……その時、警備員が確認した時にちょうど──」 「お母様の指が動いた、と……?」 私の言葉に、苓さんは強く頷いた。 苓さんが、焦って私を探しに来てくれた理由はこれで分かった。 だから私は、腕を掴んでいる苓さんの手に自分の手を重ね、離してもらうようにぐっと力を入れた。 「ありがとうございます、小鳥遊さん。……すぐに教えていただき、助かりました。谷島さんとお話をしていたから、電話に気づかなくて。……ご迷惑をかけてしまいましたね」 困ったように眉を下げ、私がそう口にすると。 苓さんは何とも言えない、何かを言いたそうな表情で私を見た。 だけど、今の私には苓さんが何を口にしたいのか──。 全く分からない。 私の手を離してもらおう、と力を込める。 すると、私の行動の意を汲んでくれた苓さんは、ゆっくりと手を離した。 「ありがとうございました、小鳥遊さん。……では、私はお母様の所へ向かいま」 「──あのっ、俺もご一緒してもいいでしょうか?」 私がその場を離れようとした時、それまで悩むような顔をしていた苓さんが、意を決したように声を発した。 「え……、どうして、小鳥遊さんが……」 「その……、間違っていたらすみません。だけど、このスケジュールアプリに書かれている茉莉花さんって、……藤堂さんの事ですよね?」 茉莉花さん。 苓さんの口から、凄く久しぶりに私の名前が呼ばれて。 私の視界は瞬時にぶわり、と涙で滲んだ。 そんなに長い期間じゃなかったのに。 苓さんに「茉莉花」と名前で呼ばれなくなった事が、とても寂しかったんだ、と実感する。 苓さんに名前を呼ばれただけで、懐かしく感じて、凄く嬉しくて。 涙が溢れてくるなんて。 「と、藤堂さん……?」 苓さんは、突然涙ぐんだ私に驚き、戸惑ってい
Read more

356話

苓さんと一緒に、お母様の病室に向かう。 病院内を進む苓さんは、記憶がないからだろう。 通い慣れたお母様の病室までの道を、物珍しそうに見ていた。 きょろきょろと周囲を確認する苓さんの前方を歩き、別館に向かった私達は、お母様の病室にようやく着いた。 病室の前と、中には医師や看護師がいるのが見えた。 「──先生!」 私は、病室に駆け寄りつつ声を上げる。 すると、私が来た事に気が付いたのだろう。主治医の先生が私の顔を見て安堵の表情を浮かべた。 「藤堂さん……!良かった、戻られたのですね」 「は、はい……!母の意識が戻った、と……!」 「ええ、驚く事に……。とても喜ばしい事です。先程、指先が動きました。その後、目を覚まされましたよ」 「──っ!本当に、本当に!?奇跡のようです……っ」 「ええ、今はまた眠ってしまっておりますが、意識は戻りましたのでご安心ください。明日、精密検査をしましょう」 「はいっ、はい……!よろしくお願いします!」 お母様の状態を一通り確認し終えたのだろう。 主治医の先生は病室を出て行き、看護師さん達が「何かあればお声かけくださいね」と柔らかい表情で去って行った。 私は、お母様の意識が戻った事が嬉しくて嬉しくて。 私は、ふらふらとしつつ病室の扉に手をかける。 「藤堂さん、危ないです。俺が開けますよ……」 「──あっ、ありがとうございます、小鳥遊さん……」 私を気遣ってくれたのだろう。 苓さんは、私に触れるか触れないかの距離まで近付くと、私の代わりに病室の扉を開けて中に入るよう促してくれた。 「その……、危ないので手を……」 「何から何まで、すみません……」 苓さんが躊躇いがちに手を差し出してくれる。 私は、その心遣いを有難く受け、手のひらを差し出してくれた苓さんに自分の手を重ねた。 苓さんは、重ねられた私の手を見てぎゅっと強く握ると、私の背中に手を添えて支えながら入室した。 「──お母、様」 私がお母様の眠るベッドの横に辿り着いた瞬間、かくんと足から力が抜けてしまった。 「──危ない!」 「ご、ごめんなさい……、小鳥遊さん……」 その場に膝を着いてしまいそうになった私を、苓さんは慌てて支えると、丸椅子に座らせてくれた。 そして、苓さんも眠るお母様をじっと見つめている。 お母様には、今まで
Read more

357話

私がお母様の頬を撫でると、お母様の睫毛がぴくりと動いた。 ふるふる、と痙攣する。 私がその光景に驚き言葉を失っていると──。 ゆっくり、お母様の瞼が持ち上がった。 「お、お母様……?」 お母様はぼんやりとした目をしていたけど、私の声が聞こえたのだろうか。 酷くゆっくりと、緩慢な動作でお母様の目が動き、それに連動してお母様の顔がゆっくりと私に傾けられる。 お母様が、私を見た──。 その瞬間、お母様の瞳に様々な感情が浮かんだ。 そして、一瞬にしてそれが消えて。 「ま……つ……」 「──っ、はいっ、はい……!お母様!私です、茉莉花です!」 お母様の唇がぶるぶると震え、確かに私の名前を呼んでくれたような気がする。 お母様の声は聞き取るのも酷く難しいくらい掠れ、小さかった。 だけど、確かに私を認識して、私の名前を呼んでくれた気がする。 その証拠に、お母様の目には沢山の涙が溢れんばかりに溜まり、とうとうそれが零れ落ちた。 私がお母様の手を優しく、だけど力強く握ると、お母様の手にも微かに力が籠る。 そして、弱々しくだけど。確かに私の手を握り返してくれた──。 それが、嬉しくて嬉しくて。 どうしようもなくて──。 私は声も出せず、お母様のベッドに顔を伏せ、泣いた。 そんな私の背中を、苓さんが優しく撫でてくれている。 私の事を覚えていないはずなのに。それなのに、苓さんの優しさは変わらない。 その優しさに、また私の目からは涙が溢れて。 私が泣いていると、廊下からバタバタと忙しなく駆けて来る足音が聞こえ、そして次の瞬間、勢い良く病室の扉が開かれた。 「──羽累!!」 お母様の名前を叫びながら病室に駆け込んできたお父様は、今まで見た事がないくらい慌てた様子で。 いつもはきっちりと整えられている髪も、スーツも、焦って走って来たからだろうか。 信じられないほど乱れていて。 お父様の声に反応したお母様が、ゆっくり顔を動かしてお父様を見たような気配がする。 私は、涙で視界が滲んでしまっていたけど、確かにお母様の顔がお父様の方に向いているのが見えて。 背後から、どしゃりと膝を着いたような音が聞こえた──。 そして、聞いた事がなかった、お父様の涙に濡れる声が聞こえて。 お父様が泣いている──。 それが分かった瞬間、収まってきていた
Read more

358話

ようやく私たちの呼吸も、感情も落ち着いて。 私がお母様が寝ているベッドから立ち上がる事ができた。 そして、病室の入口付近で泣いているお父様の元へ近づき、お父様を立たせる。 ぐっしょりと涙に濡れたお父様の顔。 お父様は私に何度も「すまない」とお礼を伝えながら、震える足で何とかお母様の近くに行き、私が座っていた丸椅子に腰掛けた。 「はる……はる……」 「──な、た」 お母様の名前を、お父様が必死に呼び。 そして、お母様が途切れ途切れにお父様を呼ぶ。 お父様の手は、しっかりお母様の手を握っていて。 その光景を見つめていた私は、自分のバッグからハンカチを取り出して目元を拭った。 そこで、ふと気付く。 さっきまで私の背中を優しく撫でてくれていた手が、いつの間にか消えている。 「──苓、さん?」 私は病室をぐるりと見回したけど、病室に居るのは私たち家族、3人だけ──。 そこに、苓さんの姿はなくなっていた。 もしかしたら、気まずくなって帰ってしまったのだろうか。 私は顔を真っ青にすると、慌てて部屋から出た。 お母様が目覚めた事を教えてくれて。 そして、一緒に病室に残ってくれていたのに。 それなのに、苓さんに失礼な事をしてしまった。 もう、帰ってしまっただろうか。 私は廊下に出て、走り出そうとしたけど、苓さんはすぐに見つかった。 廊下に設置されている長椅子に座り、ぽつんと1人で過ごしている苓さんに、私は近付いて行く。 私の足音に気が付いたのだろうか。 苓さんは慌てた様子で自分の顔を腕で拭い、ぱっとこちらに顔を向けた。 「──藤堂さん」 「苓さ……小鳥遊、さん……」 苓さんの顔を見て、私は驚いて彼の名前を呼んでしまいそうになった。 だけど、慌てて苗字を言い直す。 どうして? どうして、苓さんが。 苓さんの目元は赤く染まっていて。 明らかに泣いていたのが分かる。 苓さんは、私とお付き合いをしていた事なんて覚えていない。 だからきっと、私に付き合い、お母様のお見舞いに来た事だって覚えていないはずなのに。 それなのに、苓さんは泣いてくれていたの? 私は、苓さんの近くまで歩いて行くと、彼が拒まないのをいい事に、少し彼から距離を取って長椅子に腰を下ろした。 「──小鳥遊さん、すみません」 「え……っ?」 突然謝
Read more

359話

苓さんは軽く鼻を啜ると、長椅子から立ち上がった。 「藤堂さん、俺……そろそろ帰りますね」 「──えっ?」 「今は、目覚めたばかりのお母様についていてあげてください」 「た、小鳥遊さん──」 苓さんは、気まずそうに私に頭を下げるとそのまま私には目を向けずに歩いて行ってしまう。 「あ…… 」 苓さんの遠ざかって行く背中に、私は情けない声を上げてしまうだけで。 彼を追いかける事が出来なかった。 今は、目覚めたばかりのお母様の傍を離れたくない、という気持ちがある。 それに、私の事を忘れてしまっている苓さんが、ここにいるのは気まずいだろう、と言う考えもあって。 その事に悩んでいる内に、苓さんは帰ってしまった──。 私は、苓さんと別れて廊下を歩きお母様の病室に戻ってきた。 病室の扉が開いた音に反応したのだろう。 お母様の手を握っていたお父様が振り向いた。 「茉莉花、苓くんは帰ったのか?」 「はい、後はご家族で……、と」 「そうか……」 お父様の目は赤く染まっている。 「お父様、お母様は……」 私は、お父様に手を握られて目を閉じているお母様に顔を向ける。 すると、お父様はとても優しい目でお母様を見つめたあと答えた。 「ああ。疲れたようで、眠ったよ……」 「そうですか……。でも、お母様が目覚めて、本当に良かった……」 いったい、何年経っただろう。 お母様が交通事故に遭い、どれだけの時間が流れたのたか。 お母様が眠っている間に、沢山の事があった。 目覚めた瞬間、色々な事が変わっていて、どれだけショックを受けるだろうか。 「茉莉花。……羽累も眠った事だし、私たちは1度家に帰ろう」 「え……っ、今日は泊まらないのですか……?」 てっきり今日は病院に泊まるのだと思っていた私は、驚きに目を見開いてしまう。 そんな私の問いかけに、お父様は難しい顔で頷いた。 「ああ。茉莉花がさっき外に出ている間に、羽累と少し話した……。それで、茉莉花にも話しておきたい事がある」 「えっ、私に、ですか?」 「ああ。その話はここで話すべきではないと判断した」 「……重いお話、ですか?」 嫌な予感がした。 私がお父様を見つめてそう問うと、お父様も私の目をしっかり見返して頷いた。 「ああ。……もしかしたら、藤堂は相当前から速水家の謀略に嵌め
Read more

360話

書斎のソファに座ったお父様は、私に向かって口を開く。 「羽累の交通事故、だが……。恐らく事故ではない。事件だ。……羽累を狙って、車が突っ込んで来たらしい」 「──え」 お父様の言葉に、私の頭は真っ白になってしまう。 何で、どうして──。 私が混乱している間にも、お父様は話を続けた。 「羽累が事故に遭う前から、不穏な雰囲気はあったらしい」 「な……っ」 「誰かに見られているような……着けられているような気がしていたらしい。そして、不安を感じる日々を過ごしていて……相談しようとした矢先に……」 「車に轢かれてしまった、と言う事ですか……?」 そうらしい、とお父様が頷いた。 待って……。 待って。 それじゃあ、お母様はただの交通事故じゃなくて。 誰かに。明確な殺意を持って狙われていた、と言う事なの。 そんな事って。 「──っ、ひど……っ、酷い……っ」 「茉莉花!」 私は、目の前が真っ暗になる。 ぐわんぐわん、と頭が回って、気持ちが悪くなる。 お母様に、お祖父様。 お母様は奇跡的に命が助かったけど、気が気じゃななかった。 いつお母様の目が一生覚めない、と言われるかという恐怖を感じた。 そんな日が、もしかしたらいつか訪れるかもしれない、と怖かった。 お母様は奇跡的に無事だった。 だけど、お祖父様は──。 お祖父様は、この世を去ってしまったのだ。 まだまだお元気で、私の結婚を楽しみにして下さっていたのに。 苓さんとの婚約式を、結婚式を楽しみにして下さっていたのに。 それなのに──、惨い事に、命を奪われた。 それと、苓さん。 苓さんは、私を守るために身代わりになってしまったようなものだ。 私に関わらなければ、苓さんがあんな大怪我をする事は無かったのに。 私と──藤堂家と関わってしまったばっかりに、苓さんは大怪我をして、私の記憶まで失った。 私たちに関わらなければ、苓さんはきっとこんな大変な目に遭う事なんて無かったのに。 沢山の人を巻き込んでいる。 涼子は、速水家は、藤堂家への恨みで沢山の人を巻き込み、その人の人生をめちゃくちゃにしているんだ。 「絶対……絶対に許せません、お父様……っ」 私が声を振り絞り、何とかそれだけを紡ぐと、お父様は頷いた。 「ああ。私だって許せない。羽累を、お祖父様を……そして
Read more
PREV
1
...
3435363738
...
42
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status