あなたの「愛してる」なんてもういらない のすべてのチャプター: チャプター 421 - チャプター 430

461 チャプター

421話

苓さんの説明を聞いていく内に、私の口は驚きであんぐりと開いてしまう。 し、信じられない……! 仕事先で、しかも協力会社の上司に対してそんな暴挙を……! 「苓さんの話が……」 「ええ、本当です。……とは言っても、証拠が無いですからね……。この辺りに防犯カメラがあればいいんですけど……」 「設置は本オープンに間に合うように手配していたから……」 「そうなんです。だから、プレオープン前の今はまだ設置されていないんですよね……」 ああ、くそ。 珍しく苓さんが憤りを顕にしていて。 本当に防犯カメラは設置されていないだろうか。 本オープン前に設置が完了していたら──。 そう思い、私は周辺を確認する。 このままじゃあ、あの女性スタッフの言い分が通る可能性の方が大きい。 苓さんの背中の怪我の具合にもよるけど……。 怪我の状態が酷ければ、女性スタッフに男性である苓さんが無理やり迫る、なんて事は状況的に無理だ、と判断されればいいけど、そうなると苓さんの怪我がかなり酷い状態じゃないと判断されない。 苓さんの潔白を証明するには、大怪我を願う状態な今のこの状況が悔しい。 プレオープン前の大事な今、どうして女性スタッフはこんな暴挙に出たのか。 私がそんな事を考えていると、苓さんがぽつりと呟いた。 「だけど、あの女性……。何だか様子がおかしかったんです。……切羽詰まっているような、何かに怯えているような……そんな感じがしました」 「……様子が?」 「──ええ、そうです」 こくり、と強くはっきりと頷く苓さん。 苓さんが違和感を覚えた、と言うならきっとその通りなのだろう──。 苓さんの話を聞いていた私の視界の隅に、ふととある物が入り込んだ。 「──あれは!」 私が大きな声を出した事に、苓さんがびっくりしたように目を見開く。 どうしたんですか?と言葉を発する苓さんに、私はぱっと顔を向けた。 「苓さんの潔白が証明出来るかも……!あそこに、防犯カメラが……!」 「──えっ!?」 本オープン前だから、と半ば諦めていたけれど。 まさか、カメラが設置されているなんて。 願わくば、あのカメラがしっかりと作動している事を祈るのみだ。 私と苓さんが喜んでいると、遠くから救急車のサイレンの音と、パトカーのサイレンの音がこの場所に近付いて来る音が聞こえた
last update最終更新日 : 2026-05-31
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422話

「──何だか、やけにあっさりとしていますね」 救急搬送されても、警察の監視があると思っていました、と苓さんが呟く。 私も苓さんと一緒に救急車に同乗していたから、警察と苓さんのやり取りを見ていた。 「確かに、苓さんの言う通りです。事情を聞く時も何だか……気遣い、のような物がありました、ね……?」 「ええ……。襲われた、と女性スタッフが言っているのに……どうして俺の気遣いを……?」 不思議そうに首を傾げる苓さん。 私は、苓さんが女性スタッフを襲うなんて、有り得ないと思っている。 それは、長い時間苓さんの人となりを見ているし、過ごした時間があるから。 だから、苓さんがそんな事をしない人だって事は分かる。 だけど、警察は苓さんの事を知らない。 小鳥遊財閥の事や、企業の事は知っていても、苓さん個人の事は知らないはずなのに。 それなのに、警察から感じたのは苓さんに向けられる気遣いの感情と、何だか──。 憐れむ、ような……? 私達が首を傾げていると、救急隊が「では、発進します」と声をかけてくれた。 苓さんはうつ伏せにベッドに横になり、その隣に救急隊員が座る。 「婚約者さんも、ベルトを締めてくださいね」 「あっ、すみません、分かりました!」 救急隊員に促され、私は急いでベルトをする。 救急車がサイレンを鳴らして走り出す。 車が走り出して、少し。 私の手を、苓さんがそっと握ってきた。 「茉莉花、こんな騒ぎにしてしまってすみません。せっかく明日はプレオープンの日だったのに……」 「苓さんが謝る事じゃないですよ。これは……事故ですから。苓さんの怪我が酷い物じゃなくて良かったです」 「ええ……」 私の言葉に頷いてはくれるけど、苓さんは悔しそうに唇を噛んでいた。 せっかく、晴れのプレオープン前だったのだ。 大事な大事な仕事の成果が、やっと現れる。 その日を楽しみにこれまでずっと一緒にやって来た。 大変な目に遭いながらも、この仕事を成功させたい一心でやってきたのに、大事な所でこんな事が起きてしまって、苓さんの悔しさは計り知れない。 「──くそっ、本当に油断していました……。まさか、あんな風に突進してくるとは思わなかったから……。馨熾さんにも迷惑をかける事になって、申し訳ない気持ちでいっぱいです」 「お父様の事も、私の事も、仕事の事
last update最終更新日 : 2026-06-01
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423話

◇ 「縫合の必要はなさそうですね。傷口の洗浄も終わりました。化膿する恐れもなさそうなので、帰宅いただいて大丈夫ですよ」 あれから。 病院に搬送された苓さんを、お医者さんが診てくれた。 幸いな事に、手術するような大きな切り傷じゃなくて。 傷口を診て、処置をしてくれたお医者さんがそう言ってくれて私と苓さんはほっと安堵の息を吐き出した。 「良かった、帰宅出来るんですね……!」 「ええ、ですが今夜熱が出る可能性があります。解熱剤と抗生物質を処方しておきますので、熱が出たら必ず飲んでくださいね」 「分かりました」 「あの、先生……!お風呂とかは、入らない方がいいですか?」 私は、先生に質問をする。 すると先生は私に体の向きを変えて、答えてくれた。 「お風呂も入って大丈夫ですよ。ですが、傷口を濡らさないよう、奥様が入浴のお手伝いをしてあげてください」 「──分かりました」 「日常生活を送る分には支障はありません。ただ、工事現場で動く、とか走る、などの体を激しく動かすような行動は暫く避けてくださいね」 「はい、分かりました」 「では、処方箋を出しておきます」 「ありがとうございました」 先生の話を聞き終えた私達は、病室を出るために椅子から立ち上がる。 すると、苓さんが僅かに体を強ばらせ、顔を顰めた。 縫合するほどの傷ではないとは言え、切っているのだ。痛くないはずが無い。 「苓さん、手を……。私に掴まってください」 「俺が体重をかけたら、茉莉花が潰れてしまいます」 「それくらい大丈夫です!しっかり支えますから」 そんな事を話しながら私と苓さんは診察室を出た。 苓さんを待合室の椅子まで支え、座ってもらうと私は思い出す。 そうだった、警察に連絡をしないと……! 「苓さん、私ちょっとだけ離れて電話をしてきますね。警察の方に連絡をしないと……!」 「だけど、1人じゃあ──」 「大丈夫です、──ああ、ほら!護衛の方も少し離れた場所で控えてくれていますから!」 私が視線を向けた先に、苓さんが手配してくれていた護衛の姿を見つける。 救急車で搬送された時、護衛もしっかり後を追ってくれていたのだろう。 護衛の姿を確認した苓さんは安心したのだろう。 渋々ではあるけど、頷いてくれた。 「──分かりました。だけど、俺の目の届く所にいて
last update最終更新日 : 2026-06-01
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424話

女性スタッフは写真から顔を逸らし、小さな声で答えた。 「──っ、知り、ません……」 青い顔でしらを切ろうとする女性スタッフ。 谷島はため息を吐き出した。 「君は、この女性がどんな恐ろしい事をしたか、知っているか?」 「──え」 「坂口 美波さん。あなたの供述は一貫性が無く、信用に値しない。……それに、防犯カメラにもしっかり映っている。あなたは小鳥遊 苓に襲われたんじゃく、自ら彼に迫り、そして押し倒した。その結果、小鳥遊さんは怪我を負った。……捜査に協力的ではない今の態度だと……結果は悪い事になりますよ」 「──っ」 そう。 今回の事件は、全て防犯カメラに映っていたのだ。 茉莉花が警察への通報を指示した時、女性スタッフ──坂口はそこまでやるつもりは無かった。 寧ろ、自分が犯罪行為を働いたのだ。 警察に通報され、しっかり調べられたら自分が嘘をついて苓を陥れようとした事が簡単にバレてしまう。 だからこそ、その動揺や恐怖から、警察が来て事情を聞かれている時も坂口は動揺し、供述が一転二転した。 襲われて、動揺しているのではない。 何か嘘をついているから、それが発覚するのを恐れている。 その動揺だ。 そう判断した警察は、見方を変えた。 もしかしたら、これは単なるトラブルじゃないかもしれない。 警察は坂口だけではなく、坂口に対して何か不思議に思う事や、普段の彼女の様子を店のスタッフに聞いた。 そうしていると、他のスタッフから坂口が仕事仲間ではない女性と店の裏で会い、話しているのを見た事があると複数人から話されたのだ。 それを聞いた警察が、周辺の道路の防犯カメラを探し、映像を確認した所、他のスタッフの言葉通り、確かに坂口と別の女性が映っているのが確認出来た。 そして、そのもう1人の女性──。 その女性が、速水 涼子だと分かり、警察は警視庁刑事課の担当刑事、谷島にすぐに報告をしたのだ。 未だだんまりを続ける坂口に、谷島は懐から手錠を取り出した。 「──指名手配犯、速水 涼子の協力者と判断し、坂口 美波さん。あなたを緊急逮捕します」 「──えっ!?」 谷島が口頭で弁護士の事、拘束についてなどを説明していると、坂口がぎょっとして顔を上げた。 「まっ、待ってください!私、知らなかったんです……!あの女性が指名手配犯なんて……っ!ぜ
last update最終更新日 : 2026-06-02
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425話

「苓さん、お待たせしました。家に帰りましょう」 「──え?」 私が戻るなり伝えた言葉に、苓さんはきょとんと目を丸くした。 苓さんもこの後、警察署に行くものとばかり思っていたのだろう。 だから私は今さっき電話で話した事を苓さんに説明する事にした。 「何だか、今日は来なくても大丈夫ですって。詳しい事は後日聞きますって言ってました。苓さんは藤堂で寝泊まりしますって伝えたら、警察の方が後日家に来るそうです」 「──茉莉花の家で過ごしていいんですか?本当に?」 私の言葉に、苓さんの表情がぱっと明るく変わる。 「ええ、もちろん。……もし苓さんが良ければ、これからもずっと暮らしませんか?」 苓さんから聞いた、小鳥遊のご両親の話──。 きっと、幼少期からずっと辛い思いをしていたのだろう。 長男も、次男も成功して──スペア扱いだった苓さんへ、苓さんの両親は愛情をたっぷり注いでくれたのだろうか。 いえ、きっとそれは無い。 苓さんの話や、態度から両親に愛されていたような雰囲気は感じなかった。 むしろ、その逆で。 ずっと寂しい思いをしていたのかもしれない。 それなら──。 藤堂の家は。 私のお父様やお母様は、少し過干渉だとは思うけど。 両親は娘の私の欲目を抜かしても、しっかり個人を見てくれる人だし、愛情深い人達だと思う。 それに、苓さんの事が大好きな私もいるから。 苓さんとは、何れ近い内に一緒になるのだ。 それなら、少し同居が早くなってもいいんじゃないだろうか。 一緒にいれば、怪我をした苓さんの生活のお手伝いだって出来る。 私の考えを苓さんに伝えると、苓さんは嬉しそうに頷いてくれた。 「ありがとうございます。藤堂の家に、お世話になります」 「分かりました。では、お父様に伝えておきますね」 私はお父様に一報を入れ、苓さんと一緒に病院を後にした。 車に乗り込み、走り出してから少し。 スマホを確認していた苓さんが私に声をかけてくれた。 「──茉莉花、谷島から連絡が……!」 「えっ、谷島さんから?……捜査に進展があったんですか?」 私の言葉に、苓さんは持っていたスマホを私に見えるように見せてくれた。 「今回の事件、どうやら速水 涼子が関わっていたみたいです」 「──えっ!?」 「あの女性スタッフ、速水 涼子からの依頼を受けて
last update最終更新日 : 2026-06-03
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426話

苓さんの言う通り、谷島さんからのメールには涼子が女性スタッフに接触していた事。 そして、女性スタッフを唆し、苓さんを狙う事を指示されたと書かれていた。 「……プレオープン前のあのお店の情報を、涼子が知っている……?」 「ええ、そうなんです。……以前茉莉花から聞いた時も、違和感を覚えていて。……俺が以前、怪我をして搬送された時。その時も、茉莉花に速水 涼子から連絡が入ったんですよね?」 「そ、そうです……!それも、苓さんが搬送されてまだそんなに時間が経っていないのに……」 あの時の事はしっかりと覚えている。 苓さんの頭から、血が流れる光景。 私を庇ったせいで、苓さんが大怪我を負った、と自分自身を責めたから。 そして、そんな私に追い打ちをかけるように涼子からメッセージが届いたのだ。 あの時、きっと涼子は私の近くに居た。 私が絶望に打ちひしがれているのを見て、とどめを刺すようにメッセージを送ったのだろう。 それは、容易に想像が出来た。 「……俺や、茉莉花──いや、茉莉花の行動が筒抜けになり過ぎていませんか……?」 苓さんの言葉に、私ははっとする。 確かに、言われてみればそうだ。 どうして涼子は私の行動を把握しているの? 今回の、和風庭園カフェのプレオープンだって、どうしてその日付まで知っているの……? 「和風庭園カフェの事は……記念パーティーが開催されているし、ネットニュースにもなっているから、知っていてもおかしくは無い。……だけど、どうして茉莉花と俺が視察する日を知っているのか……そこがおかしいんです」 苓さんの言葉に、私も頷く。 「苓さんの言う通りです」 考えたくないけど──。 もしかしたら──。 私が考えていた事を、苓さんがはっきりと言葉にした。 「小鳥遊建設か、藤堂グループか……。どちらかに内通者──情報を、速水 涼子に流している人間がいる。俺は、そう思います」 「──っ」 疑いたくなかった。 だけど、私のスケジュールを把握していると言う事は。 そう言う事、だ。 私はぎゅっと目を閉じ、悔しさに唇を噛み締めた。 「……来週、出社したら……社内を1度確認、します……」 「ええ、そうしてください。俺も、小鳥遊建設で1度社内システムを確認します」 まさか、社内に内通者がいるなんて。 そうじゃないと願いたい
last update最終更新日 : 2026-06-04
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427話

「ただいま戻りました……」 「お邪魔します」 私と苓さんが帰宅すると、お母様がパタパタと足音を立てて出迎えてくれた。 「お帰りなさい、2人とも。馨熾さんは今日明日と出張だから帰らないわ。今日は大変だったわね、2人とも。ご飯は食べた?」 「いえ、まだです……。だけどごめんなさいお母様、食欲が無くて……今日は早めに休みますね」 「──あっ、茉莉花」 私はお母様に軽く頭を下げると、そのまま廊下を進み自分の部屋に向かった。 お母様と苓さんがまだ少し話しているのが後ろから聞こえた。 だけど、私はもしかしたら自分の会社に情報を流している人がいるかもしれない、と言う事を考えていたせいで後ろの2人を気遣う事が出来ず、そのまま部屋に戻った。 自分の部屋に入り、力なくソファに座る。 着替えもしてしまいたかったけど、その気力がなくって。 もし、本当に会社の人が涼子に情報を流していたら。 私が気付けず、呑気に過ごしていたせいで苓さんが2回も危険な目に遭ったのだとしたら。 「私は、自分自身が許せないわ……っ!」 私がのほほんとしていたせいで。 しなくていい怪我をしたかもしれないのだ。 「私のせいで……っ」 ぐっ、と背を丸め自分の顔を両手で覆う。 情けなくてしょうがない。 そうしていると、私の部屋の扉がコンコン、とノックされた。 「──茉莉花、入りますよ?」 「苓さん……?」 部屋にやって来たのは苓さんで。 私はソファから立ち上がり、扉を開けに行く。 すると、苓さんは食事が乗ったトレーを持って立っていて。 食事から温かな湯気が立ち上っている。 きっと、お母様が私と苓さんがいつ帰ってきてもいいように準備してくれていたのだろう。 「茉莉花のお母さんが用意してくれていました。今日はずっと俺についていてくれて、お腹が減ったでしょう?お母さんのご飯を食べましょう」 「苓さん……。ありがとうございます、食べます」 私が食べる、と返事をすると苓さんはほっとしたように微笑んだ。 苓さんからトレーを受け取り、一緒に部屋に入る。 「茉莉花、冷蔵庫を開けても?」 「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」 私の部屋には小型冷蔵庫がある。 苓さんは私の部屋で過ごす事が多くなったから、冷蔵庫には私が好きな飲み物と、苓さんが好きな飲み物が常に常備され
last update最終更新日 : 2026-06-05
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428話

「怪我をしているのに、苓さんにやらせてしまってごめんなさい」 「気にしないでください。それに、怪我だってそこまで酷くはないですから。背中さえ気を付けていれば大丈夫です」 苓さんが優しく微笑み、そう言ってくれる。 きっと私がさっきの話で落ち込んでいるのは苓さんにお見通しなのだろう。 苓さんから気遣うような感情が感じられる。 怪我をして、大変な目に遭ったのは苓さんなのに、苓さんに気遣わしてしまったら駄目だ。 週明け、誰が情報を流しているのか。 本当にそんな人はいるのか。 それを私がしっかりと調べないと。 私は、そう心に決めた。 夜。 食事も終わり、後はお風呂に入って眠るだけ。 今は苓さんとソファに並んでテレビを見ていたけど、そろそろお風呂に入った方がいいだろう。 私はちらり、と時計を見た後、苓さんに顔を向けた。 「苓さん、お風呂に入っちゃいましょう」 「──そうですね、もうこんな時間か」 分かりました、とソファから立ち上がる苓さんに続いて、私も立ち上がる。 すると、苓さんが私が立ち上がった事に不思議そうな顔をした。 「どうしたんですか、茉莉花?」 「苓さん、怪我をしているからお風呂入るのが大変ですよね?私も一緒に入ります」 「──え?」 まさか私がそんな事を言うとは思わなかったのだろう。 苓さんは呆気に取られたようにぽかん、と口を開けたまま固まってしまっている。 私は気にせず、お風呂道具を用意し始めた。 「ま、待って、待ってください茉莉花……!」 「──え?」 私がテキパキと準備をしていると、それまで固まっていた苓さんが、慌てて私を引き止める。 びっくりして振り向くと、苓さんの顔は真っ赤に染まっていた。 「じ、自分1人で大丈夫です……!1人で洗えますから、茉莉花は気にしないでください……!」 「そんな事出来ません……!背中を切っているんですよ?1人で入ったら、どこが傷口か分からないし、濡れちゃうかもしれないじゃないですか。私も一緒に入って、手伝います!」 「だ、だけど……っ」 「ほら、行きましょう苓さん……!」 私は戸惑う苓さんの手を掴み、部屋にあるお風呂へ向かった。 普段は、部屋にあるお風呂じゃなくて、家の中にあるお風呂を使う。 そっちの方が広々としていて、のびのびとお風呂に入れるから。 だけど
last update最終更新日 : 2026-06-05
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429話

私が苓さんの着ているワイシャツのボタンを外していると、そこでようやく苓さんが硬直から解けた。 はっとすると、真っ赤な顔のまま私の両手をがしっと掴んで静止してきた。 「──まっ、待ってください茉莉花……!」 「えっ」 「なっ、何を……っ、こんな……っ」 真っ赤になった苓さんに、私は何故そんなに拒むんだろうか、と首を傾げる。 「だって、お風呂に入るなら服を脱がなきゃいけませんし……傷が痛いですよね?脱ぐのも大変じゃないですか?」 「た、多少痛みはするけど……、そんな……自分で出来ますから……」 だから、茉莉花は部屋でゆっくりしてて。 ぎこちなく笑みを浮かべた苓さん。 私はそんな苓さんに首を横に振った。 「嫌です。苓さんが我慢してしまう人だって……、無理をしてしまう人だって分かっているからこそ、私に出来る事は何だってしたいんです!だから、お風呂だってお手伝いをします!」 「ま、茉莉花──……っ」 「だから、一緒に入ります!」 私は、もう1度苓さんのワイシャツのボタンに手をかけ、外して行く。 次第に顕になって行く苓さんの体に、私は一瞬だけ手が止まってしまった。 「──〜っ」 今更だけど、凄い事をしているのだ、と羞恥がじわじわと込み上げてくる。 苓さんに無理をして欲しくないのは本当。 苓さんが我慢強い人だから、頼って欲しいのも本当。 だけど、一緒にお風呂に入るって事は。 その先を考えて、私は恥ずかしさに顔を赤くしてしまいそうだったけど、恥ずかしいと思っているのが顔に出ないように必死に隠す。 私が恥ずかしがっている、と苓さんが気付けば、1人で入ると言われてしまうから。 「し、下も……脱がします、ね……」 「──ちょっ」 私が苓さんのベルトに手をかけた時。 苓さんが先程の非ではないくらい顔を真っ赤にして私の手を掴んだ。 「わ、分かりました……!茉莉花と一緒に入る、入ります、から……!下は自分で脱ぎます……!」 「えっ、でも……」 「それくらいは自分で出来ますから……!その、先に入っていてください。……逃げたり、しませんから」 苓さんが私から視線を逸らし、そう言う。 ここまで来て、苓さんは逃げないだろう。 私はこくり、と頷くと苓さんに背中を向けて自分の服を脱ぎ始める。 ここで恥ずかしがっちゃ駄目。 普通に、普通
last update最終更新日 : 2026-06-06
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430話

私は、入ってきた苓さんを直視しないようそっと視線を外しながら、泡立てたボディーソープをボディタオルにつける。 そして、苓さんにバスチェアに座るように促した。 「苓さん、そこに座ってください。体を洗います」 「わ、分かりました……」 苓さんはぎこちなく歩いてくると、大人しく椅子に座ってくれる。 背中を私に向けて座った。 病院で手当を受けた、防水仕様の傷口を覆うシート。 その部分に触れてしまわないよう、そっと優しく苓さんの背中にボディタオルを当てた。 「力加減大丈夫ですか?」 「ん……大丈夫です」 「傷がある付近は洗わないでおきますね、刺激しちゃうと痛いと思いますから」 「ありがとうございます、茉莉花」 ごしごし、と苓さんの背中を洗う事に集中する。 苓さんの背中は広くて、逞しい。 しなやかな筋肉が隆起していて、私はいつもこの体に抱かれているのか──。 そう、場違いにもそんな事を思い出してしまって。 駄目だ、こんな事を考えていたら。 今は苓さんのお手伝いをしているんだから……! 背中を洗い終え、傷口に水が掛かってしまわないように気をつけながらシャワーで流す。 ボディーソープをタオルに足して、次は前を洗おうと、私は苓さんの前に回り込んだ。 「次は前面です、洗いますね」 「──えっ!?ちょ、ちょっと待ってください茉莉花……!前は自分で洗います……っ!」 苓さんが慌てたように声を上げ、私の手首を掴む。 だけど、私の手首は今しがた泡立てたボディーソープがついていて、苓さんが手首を掴んだ瞬間、ぬるりと滑った。 「──えっ、あっ、きゃあっ!」 「えっ、うわっ!」 苓さんに手首を掴まれたと同時に、引っ張られてしまった私は、足元のボディーソープに足を取られ、滑ってしまった。 私がバランスを崩した事に気が付いたのだろう。 苓さんが腕を広げ、私を抱き留めてくれた。 その瞬間、苓さんの素肌と、私の体が密着してしまう。 私の体には、タオルを巻いていたけれど、それも今の衝撃で外れてしまって──。 「──っ」 水分を吸ったタオルが、べちゃりと音を立てて床に落ちてしまった。 私の体が顕になり、それを至近距離で見てしまった苓さんの体がぎちり、と固まった。 「ごっ、ごめん
last update最終更新日 : 2026-06-06
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